幼馴染たちは恋をする

久野真一

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ギクシャクしている片想いの幼馴染の裏アカウントを見つけたら俺への不満が書かれていた件

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「はぁ……」

 春のうららかな陽気の中。
 俺、前田吾郎まえだごろうはため息を吐いていた。
 原因は単純。
 幼馴染の森宮歌穂もりのみやかほとギクシャクしているのだ。

 発端は約2週間前。急に歌穂がよそよそしい態度を取り出したのがきっかけ。
 会えば挨拶はするし、軽い会話も交わす。
 でも、会話が続かないし、彼女が俺を避けている節がある。

(どうしたものか)

 俺だけだとどうにも手詰まりだ。
 友人たちに相談に乗ってもらうか。
 歌穂を除いた三人のライングループを作る。

【歌穂がよそよそしいんだがどうしたらいいだろうか】

 まんまなタイトルをつける。

浩史【また、君は直接的なタイトルを……】

 浩史ひろしからのコメント。
 鵜崎浩史うざきひろし。歌穂と同じく俺の幼馴染だ。
 穏やかな性格で聞き上手な奴だ。
 よく相談事に乗ってもらっている。

吾郎【しゃあないだろ。2週間続いて、手詰まりなんだよ】

 端的に状況を伝える。浩史に長々とした前置きは不要。

浩史【心当たりは無いのかい?】
吾郎【さっぱりだ。前日の日曜日までは普通だったぞ?】
浩史【ちょっと待って。日曜日にやらかした可能性は?】
吾郎【あいつの家で対戦ゲーム軽くやった程度だぞ】
浩史【その日に歌穂ちゃんと険悪なムードになったとか?】
吾郎【スプラトゥーン2をほのぼのとプレイしただけだが】
浩史【君が歌穂ちゃんをボコボコに負かしたとか】
吾郎【馬鹿いうな。俺のほうがボコボコにされたぞ】

 だから険悪になるような間柄でもない。

凜花【あんたが何か無神経な事言ったんじゃないの?】

 凜花りんかが割って入ってくる。
 山本凜花やまもとりんか。同じく俺の幼馴染だ。
 姉御肌な奴で面倒見が良い。
 浩史と同じくよく相談に乗ってもらっている。

吾郎【家の前で別れる前まで普通の態度だったぞ?】
凜花【家に帰ってから思い出し怒りってのもよくあることよ】

 思い出し怒りねえ。

吾郎【歌穂がそれするとは思えないけどな】

 本人が後から掘り返す真似が嫌いだと言っているくらいだし。

凜花【まあいいわ。覚えはないということね】
吾郎【ああ。相談なんだけど、放課後は四人で遊びに行かないか?】

 四人とは、俺、歌穂、浩史、凜花のことだ。

凜花【今だと、二人っきりになると避けるわよね】
吾郎【そういうこと。頼めるか?】
凜花【いいわよ。私もビミョーな空気は嫌だし】
浩史【僕もOK】
吾郎【恩に着る】

 端的な言葉でわかってくれるのは、ありがたいことだ。

◇◇◇◇

 時は流れて放課後。
 早速、三人で歌穂の席に向かう。

「歌穂。放課後、マクドに皆で行こうって話になってるんだけど」

 凜花がそれだけ言って俺に視線を寄越してくる。

「どうだ?無理にとは言わないけど」

 俺はそう言いつつ歌穂の目を見つめる。
 少しちっちゃい背丈にクリクリと大きな瞳。
 胸があんまり無いのを本人的には気にしている。
 性格は……基本的に穏やかだ。
 怒ることは滅多にないし、注意する時だってやんわり。
 ただ、反対に自分を責める事が多い面もある。

「……ごめんなさい。今月、お小遣いがもうなくて」

 俺の経験が嘘だと告げていた。
 でも追求しても仕方ない。

「じゃあ歌穂の分は俺が出すからさ」
「そこまで甘えられないよ。三人で楽しんできて?」

 陰のある微笑みを浮かべて歌穂は下校してしまった。

「どう思う?」

 二人の意見を聞いてみる。

「避けられてるわね」
「避けられてるね」

 二人揃って同じ回答。

「だよなあ……」

 どうしたもんだか。

「歌穂にはそれとなく聞いといてあげるわ」
「凜花には頭が上がらないな」
「そんな事今更でしょ。期待しないで待ってて?」
「僕も友達にちょっと聞いてみるよ」
「頼む。ほんとにずっとギクシャクは勘弁」

 この2週間は針のむしろだった。

「怒っている様子なかったし。たぶん、些細なことだと思うわよ」
「だといいんだけどな。友人関係切りたがってるとか」
「吾郎、ネガティブになり過ぎだよ。なんとかなるって」
「だといいんだけどな」

 二人は俺が歌穂のことを好きなことを知っている。
 度々サポートしてくれている。
 つくづくいい奴らを友人に持ったと思う。

◇◇◇◇

 その日の夜。俺は寝る前の時間をツイッターを見て過ごしていた。
 タイムリーな話題、話の種などのため、毎日ツイッターをチェックしている。
 ふと、"#人生相談" という気になるハッシュタグがあった。
 どうもトレンドになっているらしく、各々がちょっとした悩み事を書いている。

「皆、悩みを抱えているんだなあ」

 俺よりずっと大きい悩みもたくさんある。
 好きな人の態度が氣になるなんてちっぽけなものだ。
 "#人生相談" を見て過ごしていると、気になるツイートが。

【好きな人に振り向いてもらえないのは、つらい。。でも、二連続で断られたし、やっと今日はデート出来たと思ったら、服もスルーされる。しかも、ゲームだけしたら、さっさと家に帰れって感じだったし。きっと脈なしだよね。。気まずくて避けちゃってるけどどうしよう。。 #人生相談】

 色恋の悩みはどこでも同じようなものだなと苦笑する。
 俺自身、歌穂が友人以上の存在だから思い悩んでいるのだ。

「この。。って歌穂がよく使うよな」

 他の人も使うのかもしれない。
 ただ、気まずくて避けちゃってるという状況の符号が気になる。
 気になってプロフィール欄を見てみると。

 趣味:読書、スプラトゥーン2(ガチ勢)、料理作りなどなど。。
 普段吐き出せない本音を吐き出しています。。
 鬱陶しかったらすいません。。

「ん?」

 反射的にそう思った。
 趣味の内容は俺が知っている歌穂のものそのまま。

(まさかな……)

 ツイッターIDはspla_mori。前半はともかく後半が気になる。
 苗字の森宮からとったと考えるのは穿ち過ぎだろうか?

 気になった直近のツイートを拾ってみた。

【彼にデートの誘いを断られてしまった。。用事がなんて言ってたけど、二連続……。。】 

 ツイートを遡ると、また気になるツイートがあった。

【デートの誘い断られちゃった。。新作RPGやり込みたいからって。。仕方ないよね。。彼はRPG好きだし。でも私はRPG以下なのかな】

 覚えがあり過ぎる。もうちょっと遡ってみる。

【今日の彼とのデートは楽しかった。。早く会いたいな……】

 日付を見ると、歌穂と遊園地で一緒に遊んだ日だ。
 
(ひょっとして、歌穂の裏アカウントって奴では……)

 ツイッターは複数のアカウントを使い分けている人も多い。
 表のアカウントにダイエットアカウント。趣味用アカウントなど。
 表では出せない愚痴を吐くための裏アカウントというのもある。

 プロフィール欄を見ると誕生日はまさに歌穂のものだった。
 裏アカウントでバカ正直に誕生日を記載するのが実直な歌穂らしい。

 つまりだ。
 俺に二連続でデートの誘いを断られたと。
 お部屋デートでも気がないようだったので凹んでいる。
 辛くなって避けていると。

「あー、考えてみると俺がすっごいギルティな気がしてきたな」

 歌穂の真意に気づいた俺はうかつさ加減に自己嫌悪。
 発端となったであろう数週間前の出来事は些細な事だった。
 俺にとっては些細だったけど、歌穂にとってはそうじゃなかっただろう。

◇◇◇◇

 俺は歌穂かほが好きだ。自覚したのは高校に入ってからだろうか。
 それ以降、何度もデートに誘って来たし、誘われて来た。
 歌穂も二つ返事で応じてくれる事が大半。
 相手も憎からず思ってくれているのだろうという気持ちがあった。

 ただ、歌穂の気持ちに甘えてしまっていたと今はよくわかる。

◆◆◆◆

吾郎ごろうちゃん。今度の日曜なんだけど、予定空いてる?」

 木曜の放課後、歌穂がそんな事を言って来た。
 デートのお誘いかと反射的に思った。
 でも、今日は待ちに待った新作RPGの発売日。
 一刻も早く帰ってプレイしたい。

「悪い。今日、『アルティメットサーガ』の発売日でさ」
「あ、吾郎ちゃんが楽しみにしてたやつだよね」
「そうそう。週末もぶっ続けてプレイしてると思うんだ」
「……」
「その来週の土日だったら空いてるからさ」

 ゲームがあるからデートを断るというのはバツが悪い。
 次の週は埋め合わせをする。そういう意図だったのだが。

「いい。その日は予定入ってるから」
「そうか。悪いな」

 歌穂の言い方が少し不機嫌そうなのが気にかかった。
 ただ、この時はそれほど気にしてはいなかった。

 その次の次の週。放課後のこと。

「今度の土日のどっちかで水族館行かない?ペンギンショーやってるし……」

 おどおどした様子でそんなお誘いの言葉をかけてきた。
 気持ちは嬉しい。ペンギンショーに二人で行くとか楽しそうだ。
 嬉しいんだけど……。
 爺ちゃんの法事があるから出ない。泊まっていけって言われたし。

「悪い。用事があるんだ。次の週だったら空いてるぞ?お前さえ良ければ……」

 さすがに連続でお誘いを断ったことになるので、罪悪感があった。
 その次の週に埋め合わせをしようと思った。

「じゃあ。再来週の日曜日は吾郎ちゃんの家でデート、したいんだけど……」

 お家デートか。一緒にスプラトゥーン2でもやりたいのかな。

「いいな。歌穂の事だし、スプラトゥーン2思いっきり対戦したいんだろ?」
「う、うん。そういうこと」

 どうにも微妙な反応が気になったけど、深く原因を考えることはしなかった。
 
 再来週の日曜日。
 部屋で気楽にデートだと思っていた俺。
 一方、歌穂の奴はやけに気合の入った服装をしてきた。

 普段の歌穂は地味なデザインの服を好む。
 ただ、今日は全体的に明るい感じの色合いだ。
 胸元も少し開いている感じで、多少露出がある。
 下も膝上までしかないミニスカート。

 大人しい歌穂のイメージに似合わない服装だった。
 妙に色香のあるファッションで来られて俺としてはドキドキだ。
 容姿はそのままなのに服一つでこんなに変わるのか?
 でも、なんでまた急に?

「ど、どう、かな?吾郎ちゃん」

 上目遣いで感想を求めてくる歌穂。
 はっきり言って可愛いし色々たまらん。
 ただ、俺はこういう雰囲気になったことがない。
 だから、恥ずかしくて、ついそっけなく言ってしまった。

「まあ。いいんじゃないか?」

 さすがに失言かと思い直した。
 気合い入れてくれたのにこれは無い。

「そっか。じゃあ、ゲームしよ?」

 一瞬、悲しんだ表情を見せた気がした。
 でも、次の瞬間にもうそれは戻っていて。
 二人でスプラトゥーン2を和やかに対戦したのだった。

「いやー。今日も楽しかったなー」

 気がつけばもう夕方だった。
 歌穂はガチ勢なので手強いけど楽しい。
 好きな女の子と一緒なら楽しいのもある。

「私も。思わず白熱しちゃった」

 失言の事についてはもう忘れてくれたらしい。
 少し気にしていたので正直ほっとした。

「そういえば、歌穂は早く帰った方がいいんじゃないか?」

 歌穂の家は母子家庭だ。
 お母さんの家事、特に夕食をよく手伝っている。
 だから、率直に聞いたつもりだった。

「吾郎ちゃんは帰って欲しい?」

 飼い主に捨てられた犬のような顔。
 その顔を見て罪悪感で胸が締め付けられる。

「い、いや。歌穂は普段だともう夕食の支度してるだろ」

 慌ててそう返す。

「冗談だよ、冗談。確かにそろそろ帰らないとって思ってたし」

 次の瞬間にはにぱっとした笑顔になっていた。

「驚かせないでくれよー」

 言うなり立ち上がって玄関に行く歌穂を送る。
 ご近所なのだけど、ちょっとくらいはな。

「家まで送るよ」
「いいよ。私も早く帰って夕ご飯の支度しないとだし」
「そっか。頑張ってな」
「吾郎ちゃんも今日はありがとう」

 バイバイと手を振って別れる俺たち。
 別れる間際寂しそうな顔をしていたのが少し気になる。

(気の所為だよな)

 少し気がかりだったけど、寝る頃にはすっかり忘れていた。

 振り返ると「早く帰った方がいいんじゃ?」て言うのはよくなかった。
 歌穂にしてみれば「さっさと帰って欲しい」の意思表示だと思うだろう。
 だから、裏アカウントであんなに落ち込んでた。

「しかし、どう謝るべきか」

 無神経だった。二連続でデート断ったのは間が悪かっただけだと。
 本当に他意はなくて帰った方がいいんじゃないかと気遣っただけだと。
 そう弁解すべきだろうか。

「歌穂にしてみれば単なる言い訳だよな」

 歌穂を悲しませているのは事実だ。
 最初の一回は「新作ゲームがあるから」いうのもまずかった。
 逆の立場だったら「俺はゲーム以下なのか」と落ち込むかもしれない。

「よし!」

 きちんと歌穂に今までの事を謝ろう。
 でも、裏アカウントの事は触れられないよな。
 それにしても歌穂を傷つけたままなのは心が痛い。
 好きな子に避けられたままなのも辛い。

 許してもらえるまで俺が誠心誠意謝るしかないだろう。

「俺はまだまだガキだなあ」

 少しため息をついてしまった。

◇◇◇◇

  翌朝の事。相変わらず歌穂は俺のことを避けている。

歌穂かほが避けてる原因はわからなかったわ」
「僕も。吾郎ごろうは何か心当たりはあったかい?」

 浩史こうじ凜花りんかの二人は色々調べてくれていたらしい。
 本当に得難い友達だ。

「実は思い当たる節が有り過ぎた」

 歌穂の裏アカウントは伏せつつ事情を話す。
 間が悪くてデートのお誘いを二回連続で断ったこと。
 お家デートで意図せずそっけない言い方になったこと。

「吾郎は、昔からデリカシーがないけど……」

 微妙そうな表情の浩史。

「今回ばかりはかんっぜんに俺が悪い」
「おめかしして来たのに、スルーされるのはきついわよね」
「いや、本当に言う通り」
「しかも、「早く帰った方が」だとねえ……」
「本当に俺の不徳の致すところで」
 
 付き合いが長い分色々扱いが雑だったと。
 正直そう思う。

「というわけで歌穂に今までのこと土下座しても謝る」
「土下座はともかくそれがいいわね」
「歌穂も避けてるだけで吾郎を嫌ったんじゃないよ。きっと」
「本当に恩に着るよ」

 真面目にそう言ったら、二人は

「おおげさだって」

 口を揃えて言うのだった。

 俺は意を決して、歌穂のラインに

【放課後、色々謝りたいんだ。時間取ってくれないか?】
【……あんまり長いと無理だけど。下校の間くらいなら】
【助かる。ここの所ずっと気まずかったから】
【ううん。私が私の身勝手で避けてるだけ】
【とにかく。それも含めてきっちり話すから】

 これで話し合いの場はもてた。
 あとは話運びの方法だな。
 謝るだけじゃなくてプレゼントも用意してある。
 歌穂に嫌われていないのなら気持ちを伝えることも。

(授業中に色々考えておこう)

 決心した俺は授業中にあれこれシミュレーションしまくったのだった。

◇◇◇◇

 放課後。

「一緒に帰ろうぜ」

 一瞬だけ表情を歪めた歌穂。

「うん……」

 話し合いでこれがなんとかなりますように。

「この所、歌穂は俺の事避けてるだろ?」

 単刀直入に要件を切り出す。

「避けてるっていうか……私がどうしていいかわからないだけ」

 ダウナー気味なテンションでつぶやく歌穂。
 大人しいけど明るい歌穂がこうなのはつらい。

「その話だけど。俺が全面的に悪かった!」

 腰を深く曲げて精一杯謝る。
 
「え?え?別に吾郎ちゃんが謝罪する事はないよ?」

 対して歌穂はやけに慌てている。
 ああ。裏アカウントの話はしてないから。

「ここ数日、俺も原因を色々考えてたんだ。何がまずかったんだろうって」
「ううん。私が勝手に避けてただけだから」
「いや。俺が歌穂の立場なら同じようにしてたと思う」

 一回ならいい。でも二週連続で断られた。
 しかも、法事があるとちゃんと伝えずに用事などと言った。
 既に一度断られた後だからデートに行きたくないのだと疑う事だってあるだろう。
 最後のお家デートの時。早く帰った方が、というのは致命的だ。

「新作ゲームって急ぐ必要ないし。あの時にゲーム理由で断ったのはごめん」
「そこまでは。吾郎ちゃんだって、自分の好きな事はあるから」
「でも、二週連続で断られたら気にするだろ?」

 間が悪いと言えばそれまで。ただ、色々言い方がよくなかった。

「うん。吾郎ちゃんはデートしたくないのかなって」
「ほんと悪い。二回目の時とか、理由誤魔化したから。不審に思うよな」

 ちゃんと爺ちゃんの法事があると言えば良かった。

「本当はきっと重要な事があったんだよね」
「ああ。爺ちゃんの法事でさ。泊まっていけって言われたから」
「ちゃんと言ってくれれば良かったのに」

 少しだけ険しい顔が和らいだ気がした。

「今度からは無理な時は説明するから」
「わかったよ」

 それと。

「お部屋デートの時、歌穂は普段着ない服だったよな」
「う、うん。この機会に吾郎ちゃんにもっと見てもらいたかった」
「それを俺が完璧スルーしたわけで。ほんと傷つけて悪い」
「……五郎ちゃん、時々無神経な事あるよね」

 ようやく、クスっと笑って言い返して来てくれた。

「好きな女の子とデートしてるのに、照れくさいからあんな返事だったんだ。悪い」
「す、好き?」

 目を大きく見開いてびっくりしている。
 
「あ。フライングだった。本当はすげー可愛かったし、なんならハグしたかった」
「そ、そうなんだ。あの時、そんな風に思ってくれてたなんて……」

 照れ照れし始めた。だいぶ機嫌が直ってきたらしい。
 ただ、もう一つ謝らないといけない事がある。

「早く帰れみたいに取れること言ったのも良くなかった」
「私も普段なら冷静に受け止められたかも。でも、あの時は……」
「もっと一緒に居たいと思ってくれてたんだろ?」
「うん。あの日は元々お母さんが夕食の支度してくれる事になってたし」

 ああ、それでか。色々納得だ。

「そういうの諸々含めて、俺は歌穂の気持ちに甘えてて、雑になってた」
「……」
「だから、はっきり言うよ。歌穂の事が好きだ。恋人になって欲しい」

 歌穂の気持ちは裏アカウントで既に見ている。
 ただ、結局俺から言わないと始まらないだろう。

「す、好き?ほんと?」
「俺が歌穂に嘘ついたことないだろ?」
「無神経なことはあるけど」
「悪かった。とにかく、今のギクシャクした関係が嫌だし」
「私も、嫌だった。どんどん自己嫌悪してっちゃうし」
「それに、恋人になって歌穂ともっとイチャイチャしたい」

 言っててなんて恥ずかしいんだ、俺は。
 そう思いそうになるけど今日は言えなかった想いを届けるんだ。

「い、イチャイチャって。どんなの?」

 顔を赤くしてるけど何を想像しているんだろう。

「抱きしめ合うとか。キスするとか。お互いの肌に触るとか」
「エ、エッチなのはまだ早いよ!」
「早合点するな。髪とかほっぺに触るとかそういうの」
「はー。びっくりしたー」

 前から歌穂は早合点する癖があった。

「他にも色々あるけど。俺は付き合いたい。歌穂はどうなんだ?」

 裏アカウントを見る限りは想いを寄せてくれている。
 でも、今の歌穂がそう思ってくれてるかはわからない。

「私も吾郎ちゃんが好きで、恋人になりたい!いっぱいイチャイチャしたい!」

 大きな声で宣言した歌穂はいっぱいいっぱいで、可愛らしい。

「じゃあ、これ。プレゼントなんだけど」

 リングは重いと言われる事が多いけど、それこそ相手が歌穂になら。

「これって……」
「開けてみろよ」

 箱を開けると出てきたのは、一組の飾り気のないペアリング。

「ペ、ペアリング?」
「ひょっとして重かったか?」
「ううん。ずっと不安だったから。すっごく嬉しいよう……」

 言い出してなぜだか泣き始めてしまった。

「よく、私の指輪のサイズ覚えてたね?」
凜花りんかからちょっと聞いたんだ」
「そっか。ところでこれ、吾郎ちゃんが嵌めてくれる?」

 さっきまでが嘘のような上機嫌だ。
 俺としても、幼馴染……今は恋人が喜んでくれるのなら嬉しい。

「それとな……」

 背中に手を回して抱きしめる。
 俺の気持ちの本気度が伝わるように。

「え?え?」
「俺の気持ち。嫌だったか?」
「ううん。でも、恥ずかしい」

 しばらくそうしていると、ふと、歌穂が俺の方を見上げた。
 目をつぶって何かを待つ仕草は……なるほど。
 ゆっくりと唇をあわせて、お互いの口内の感触を味わったのだった。
 キスの時に出る水音って少しエロいなんて思いながら。

「なんか、不安だったのが嘘みたい」

 手をつなぎながら家路につく間。
 歌穂はずっと上機嫌で嬉しそうだ。
 
「俺が歌穂の事、雑に扱ってたから。これからは大切にするから」
「ありがと。私も突っ走るんじゃなくて吾郎ちゃんに言うから」
「ああ。ようやく元鞘だな」
「恋人になったんだから、元鞘じゃないと思う」
「そうだな。歌穂が恋人にとか嬉しいな」
「わ、私だって吾郎ちゃんが恋人になってくれて嬉しいよう」

 お互い目を見合わせて笑い合う。

「雨降って地固まるっていうのかな?」
「そうかもな」

 元通りの、あるいはそれ以上に仲良くなった俺たち。
 教訓。相手の気持ちに胡座をかいてはいけない。
 無神経な発言にも気をつけよう。
 そう誓った俺だった。

◇◇◇◇後日談◇◇◇◇

「なんか、ちょっと前がギクシャクしてたのが嘘みたいね」
「まあまあ。元々、僕たちもそれを応援してたんだし」

 なんだか凜花と浩史が生暖かい視線で見つめてくる。

「別に歌穂と普通に雑談してるだけだろ!」
「そうだよう。楽しくお話してるだけだって!」

 二人揃って反論する。

「その雑談の内容が問題なのよ」
「そうそう。「私のどこが好き?」「全部」とか」
「かと思ったらいつもデートの事話してるし」
「……く、否定出来ない」

 まさに雨降って地固まる。
 お互いに好きな気持ちをしっかり言葉に出そうと決めあった。
 だから、一日に一回以上はお互いに好意を伝えあっている。

 それが、凜花にしてみれば「胸焼けする」だそうだ。
 ともあれ、めでたし、めでたし……だろうか?
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