上 下
18 / 50
第7章 高校三年生の夏と俺たち

第18話 同クラのバカップル

しおりを挟む
「階段が恨めしい……」
「もうちょっとだよ。がんばろー」

 高校三年生のクラスは一番上の4階だ。
 去年よりも一つ階数が増えただけだけど、暑さも相まって少々恨めしい。

 3-Fの教室の扉を開けて入ると、ひんやりとした空気が溢れ出してくる。

「ああ、涼しい」
「廊下にもエアコンがあればいいのに」

 二人で悪態をつきながら着席する。
 三年からは文理コースで区分け、EとFが理系コースという割当だ。
 結果として、理系コースを選んだ俺たちは同じクラスだ。

「しかし、同クラはともかく、席も隣とは……」

 半分は偶然で半分は必然。何故なら。

「これも運命っていう奴だよ、きっと」
「腐れ縁もここまで来ると凄まじいな」
「最愛の恋人を腐れ縁扱いする?」
「冗談だって。隣になれて感謝してる」
「誰に?」
「学校の先生?」
「一緒にいるために、席替えしてもらった私には?」
「まあ、感謝してる」

 横のラインで一つ違いになったのは偶然。
 たまたま隣の席になる子が目が悪かったのも偶然。
 百合が手を挙げて最後尾の席と入れ替えを提案したのは必然。
 
 ふと、右隣を見ると、何やらニコニコしている百合。
 
「どうしたんだ?」
「ううん。幸せだなーって」

 いきなり直球ストレートだ。

「俺も幸せだけど……」
「だけど?不満があるの?」
「いや、周りの目がな……」

 仲良く会話していると、もうクラス中が色々話しているのが聞こえてくるのだ。

「壁になりたい……」
「わかるわかる」
「入り込む隙がかけらもないもんな」
「見てなかったらもっと凄いよね。きっと」
「ああ、きっと。あんなこととかこんなこととか」

 元々、俺達の関係は隠してはいなかった。
 ただ、隣席になって、べったりになってしまったおかげで目立つ目立つ。
 
「さすがに見てないところでやって欲しいなー」

 一部の奴の苦言も。
 しかし、百合の好意を無下にするわけにはいかないし。

「いや、いいや。それより、さっさと勉強しよう」
「そだね」

 高校三年生の夏は受験にとって非常に重要な時期だ。
 「夏は受験の天王山」とも言われるらしい。
 HRまでの間、特に重要な数学を二人で復習中だ。

「百合。ちょっとこの数学的帰納法を使った問題なんだけど」

 nを自然数とする。この時、命題P:
1+2+3+…+n-1+n=½ n(n+1)
 が成り立つ事を証明せよ。

 証明、中でも数学的帰納法を使ったものは苦手だ。
 論法はわかるのだが、なんともしっくり来ない。

「割と典型的な問題だよね。どこが難しい?」
「まず、n = 1の時はわかるんだよ」

1 = ½・2

 になるだけで、簡単な当てはめだ。

「うんうん。それで?」
「n = kで命題Pが成り立つことを仮定した時に、n = k + 1で成り立てば、命題Pが成り立つと証明できたことになるだろ。解けると言えば解けるんだけど、気持ち悪いというか」

 暗記問題として扱ってしまえば、何も難しいところはないのかもしれない。しかし、どうにもしっくり来ないのだ。

「私もその事は少し悩んだことがあるけど……ドミノ倒しという説明がわかりやすかったよ」
「ドミノ倒し?ああ、言われてみればなるほど!」
「まず、最初の一つが倒れるのが n= 1の場合」
「それでもって、n = kで成り立つと仮定した時に、n = k + 1 で成り立つのは、ある牌が倒れた時に、次の牌も倒れるようなイメージと」
「そうそう。これでしっくり来ない?」
「あー。結構前から悩んでたんだけど、しっくり来た。ありがとうな」

 頭にかかっていたモヤモヤが晴れた時はなんとも気持ちいいもんだ。

「どういたしまして。撫でてくれてもいいよ?」
「調子乗ってやがる……ま、いいか」

 目を細めてナデナデを受け入れている百合。
 幸せそうな笑顔も相まって、こっちまで幸せになってくる。
 
「じゃ、こっちもお返しね」
「ちょ……照れ臭いんだが」

 不思議と悪い気分じゃない。
 ただ、幼児の時の記憶が呼び起こされるといえばいいのか。
 嬉しいけど妙に恥ずかしいのだ。

「嫌じゃないでしょ?」
「それはそうだけど」
「じゃあ、もう少しこのままで」

 しばらくお互いの頭を撫であうことに。

「あの二人だけ、空気が違うんだけど」
「羽目外してるんじゃなくて、ナチュラルにやってるのが性質悪いよな」
「でも、彼氏に撫でられるとかいいかも」

 などと外野が囁くけど、気にしない、気にしない。

「お前ら、仲がいいのはわかるが、それくらいにしとけって」
「……さすがにやり過ぎたか」
「仲良く話すくらいならいいけど……皆の前でスキンシップはな」
「悪い、宗吾そうご。少しは控える」
「うん。ちょっとやり過ぎたかも。ごめんね、宗吾君」
「いや。俺も彼女が同クラだったら、暴走してるかもだしな」

 割り込んできたのは学友の川村宗吾かわむらそうご
 三年になった頃から、下の名前で呼び合うようになった。
 それというのも、宗吾の奴にも彼女が出来た事だった。
 恋人がいる者同士、以前より馬が合うようになったのだ。

「そうそう。宗吾は彼女と仲良くやってるか?」
「まあ、割と。ゆうさんはやっぱり優しいし」

 春日優かすがゆう。※3話参照
 俺と百合の共通の友人にして、小学校からの付き合い。
 昔から姉御肌で慕われていた彼女が宗吾の恋人とは。
 俺も百合も最初に聞いた時は驚いたもんだ。

「優ちゃんからもよく聞いてるよー。宗吾君は優しいって」
「ちょ、ちょっと。優さんからどこまで聞いてるんだ?」
「女の子同士の会話というのがあるのですよ」

 百合からそんな言葉が出るようになるとは。

「まあ、諦めろ。宗吾。優なら変なことは言ってないさ」
「そうだといいんだけどなあ……」

 しかし、日頃から姉御として慕われていた優がまさか、宗吾とくっつくとはな。

「しかし、お前らの出会いもドラマチックだよなあ」
「ね。優ちゃんも、自分自身びっくりしてるって言ってたし」
「それ言われると、俺もドラマか何かじゃないかと思えてくるけど」

 優と宗吾が出会ったきっかけは、毎日同じ電車に乗っていたかららしい。
 お互い、気にしてはいたものの、きっかけは優が電車内に忘れ物をした事。
 とっさに宗吾は一緒に捜索を開始し、無事、忘れ物は戻ってきた。
 お礼に食事を奢らせて欲しいと優が申し出て、後はとんとん拍子。
 
「あの時に宗吾君の優しさを実感した、って言ってたよ」
「そんな事まで言わなくてもいいのに。優さんも……」

 恥ずかしそうに俯いている宗吾を見て。

(なんていうか、すっごく甘酸っぱいよねー)
(ああ。俺たちもこんな時期があったよな……)

 などと遠い目をしていたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何でも出来る親友がいつも隣にいるから俺は恋愛が出来ない

釧路太郎
青春
 俺の親友の鬼仏院右近は顔も良くて身長も高く実家も金持ちでおまけに性格も良い。  それに比べて俺は身長も普通で金もあるわけではなく、性格も良いとは言えない。  勉強も運動も何でも出来る鬼仏院右近は大学生になっても今までと変わらずモテているし、高校時代に比べても言い寄ってくる女の数は増えているのだ。  その言い寄ってくる女の中に俺が小学生の時からずっと好きな桜唯菜ちゃんもいるのだけれど、俺に気を使ってなのか鬼仏院右近は桜唯菜ちゃんとだけは付き合う事が無かったのだ。  鬼仏院右近と親友と言うだけで優しくしてくれる人も多くいるのだけれど、ちょっと話すだけで俺と距離をあける人間が多いのは俺の性格が悪いからだと鬼仏院右近はハッキリというのだ。そんな事を言う鬼仏院右近も性格が悪いと思うのだけれど、こいつは俺以外には優しく親切な態度を崩さない。  そんな中でもなぜか俺と話をしてくれる女性が二人いるのだけれど、鵜崎唯は重度の拗らせ女子でさすがの俺も付き合いを考えてしまうほどなのだ。だが、そんな鵜崎唯はおそらく世界で数少ない俺に好意を向けてくれている女性なのだ。俺はその気持ちに応えるつもりはないのだけれど、鵜崎唯以上に俺の事を好きになってくれる人なんていないという事は薄々感じてはいる。  俺と話をしてくれるもう一人の女性は髑髏沼愛華という女だ。こいつはなぜか俺が近くにいれば暴言を吐いてくるような女でそこまで嫌われるような事をしてしまったのかと反省してしまう事もあったのだけれど、その理由は誰が聞いても教えてくれることが無かった。  完璧超人の親友と俺の事を好きな拗らせ女子と俺の事を憎んでいる女性が近くにいるお陰で俺は恋愛が出来ないのだ。  恋愛が出来ないのは俺の性格に問題があるのではなく、こいつらがいつも近くにいるからなのだ。そう思うしかない。  俺に原因があるなんて思ってしまうと、今までの人生をすべて否定する事になってしまいかねないのだ。  いつか俺が唯菜ちゃんと付き合えるようになることを夢見ているのだが、大学生活も残りわずかとなっているし、来年からはいよいよ就職活動も始まってしまう。俺に残された時間は本当に残りわずかしかないのだ。 この作品は「小説家になろう」「ノベルアッププラス」「カクヨム」「ノベルピア」にも投稿しています。

bathroom【BL】

水月 花音
BL
右京のことが大好きな綾兎。 ある日、一緒にお風呂に入ることになって……? イケメン高校生×美少年小学生 ※ショタです。気をつけてください。

兄妹心中地獄めぐり~ずっと一緒だよ~

完全に理解したかえる
恋愛
「俺がずっと一緒にいるからな」 両親が亡くなった時も、兄は私の手を握ってそう言ってくれた。 大学生の兄である冬木と、高校生の妹のわたしは二人暮らし。 実は、私はお兄ちゃんのことが異性として好きだ。 背が高くてイケメンで頼りになる人だし、何より優しいから。 ……でも、この気持ちは秘密にしておく。 私は可愛くないし、断られるのが怖いから。 そのはず、だったのに。 (この作品は兄と妹のダブル主人公です。ご了承ください)

心も体もセンセー好みの女にされた俺

久保 ちはろ
恋愛
女体化した男子高生が男性養護教論の彼女にされるまで。

イケメン幼馴染に処女喪失お願いしたら実は私にベタ惚れでした

sae
恋愛
彼氏もいたことがない奥手で自信のない未だ処女の環奈(かんな)と、隣に住むヤリチンモテ男子の南朋(なお)の大学生幼馴染が長い間すれ違ってようやくイチャイチャ仲良しこよしになれた話。 ※会話文、脳内会話多め ※R-18描写、直接的表現有りなので苦手な方はスルーしてください

年下の幼馴染♂が好みの美女になりすぎて辛い。

弥生
BL
「けーた」 会社の飲み会帰りに声をかけたのは、白いフレアワンピースがとても似合う、長い髪の美しい人だった。 再会した年下の幼馴染みに皆が振り替える。 平凡なサラリーマンである俺は慌ててみやの手を取る。 こんなに可愛い子が飲み屋街にいたら危険すぎる! 家まで送るが、みやは目を細めて蠱惑的に微笑むが……。 執着系魔性の大学生×チョロいリーマン。 imooo様(@imodayosagyo)の再会年下攻め創作企画参加作品です。 ツイノベで書いたものに加筆修正をしたものです。 アルファポリスさんでも公開しています。

あなたの臭いは何味ですか?

マロ
ファンタジー
新感覚、匂いフェチ変態小学生ファンタジー

とあるカップルの性活

緋方逢乃
恋愛
大学生カップルである美月と雅也 2年生である美月には付き合って2年の彼氏と同棲中 お互いに気持ちよくなるのが大好きな二人のえっちな性生活を覗き見る ・♡喘ぎあり(男女共に基本♡ついてます) ・んほぉ系、濁喘ぎ、モロ語、淫語、オノマトペが主な構成内容 ラブラブいちゃいちゃ気持ちいい事が大好きでえっちなことしか考えてない感じなので脳みそ空っぽにしてみてもらえると嬉しいです 更新頻度はかなりゆっくりですが、それぞれ一話完結になっていますので楽しめるかと思います

処理中です...