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第5章 幼馴染とバレンタインデーを過ごしてみた

第14話 バレンタイン・デート(後編)

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 店内は和と洋が調和した不思議な佇まいで、どこか非現実的だ。
 畳を意識した色合いの床に、木造りの椅子とテーブル。
 壁面や天井は白味がかった灰色だ。

和洋折衷わようせっちゅうもいいもんだな」

 やはり和風パスタを出す店だからだろうか。

「うん……いいよね」

 雰囲気の良さを感じているのか、百合も口数が少ない。

「百合はどうする?」

 さっきのスイーツ店のようにパパっと決めるものだと思っていた。
 ただ。

「うーん……ちょっと考えていい?」
「ああ、それはもちろん」

 珍しく真剣な表情でメニューを見つめて、
 「納豆パスタも捨てがたい」
 「釜揚げしらすパスタも美味しそう」
 「たらこパスタも定番だけどいいよね」
 「五右衛門パスタ……なんだろ?」
 などと小声で悩み続けている。

「メニュー選びで迷うの珍しいな」
「迷っちゃうくらいいいってこと」
「そっか。なら良かった」
「それに、こういう日にパパっと選ぶのも勿体ない、かなって」

 少し頬を赤らめての言葉はつまり-

「じゃあ、俺もゆっくり選ぶとするか」

 メニューを見ながら思案する。
 納豆パスタはないとして、釜揚げしらすパスタは良さそうだ。
 うにの和風クリームパスタというのも面白いかもしれない。
 確かに、バリエーション豊かで百合ゆりが悩むのもわかる。
 
 結果。
 俺は釜揚げしらすパスタ。うにの和風クリームパスタになった。

「あー、お腹空いて来た」
「ふふ。私も」

 ちょっと小洒落た店でデートというのはこれまであまり無かった。
 普段と違うお互いの格好もあって、一段と百合が魅力的に見える。

「うん。美味し」
「ああ。美味しいな」

 静かに味わうのが正解な気がして、自然と口数も少なくなる。
 顔を上げると、微笑んだ百合の顔が見えるのだけど。
 な、なんか幸せいっぱいです、といった表情にドキっとする。

「なんか、考えてたか?」
「うん?」
「いや。凄い幸せそうだなーって」
「それは幸せだよ。私の事凄い色々考えてくれてるもん」
「あ、いや。確かに百合が好きそうな店だとは思ったけど」
「それだけじゃなくて、今日の色々」
「あ、ああ。どういたしまして?」

 こういう態度に出られると滅茶苦茶照れる。
 そして、静々とパスタとデザートまで食べ終えた俺たち。

「すいません。私と彼の二人で記念撮影お願い出来ますか?」

 給仕さんに何やらお願いしている百合。
 隣の席に移って、ひっついてくる。

「はい。笑ってくださーい」
「修ちゃん、顔がにやけてる」
「お前もだろ」

 なんて言い合ってる所をパシャっと。

「「ありがとうございましたー」」

 会計を済ませて店内を出ると、いよいよ雪もつもり始めていた。
 肌を刺すような冷たさはあるけど、心はどこか温かい。

「今日は楽しかったな」
「うん。ありがとう」
「俺の方こそな。一つ聞いていいか?」
「うん?」
 
 目があった。

「なんか今日の百合はらしくない……いや、違うな」

 別に個々の仕草自体はいつもの百合だ。
 それがいつもより強いというか。

「「大好き」をきちんと伝えようって思ったの」
「それが理由か?」
「うん。私達って、色々、すぐに「当たり前」になるよね」
「付き合い長いしな」

 関係性が変わっても、あっという間にそれが日常になっていく。
 それは別に悪い事じゃないんだろうけど。

「でも、修ちゃんにしてもらってるのを「当たり前」って思っちゃ駄目だと思うの」
「当たり前でいいと思うけど。ただ、俺も「当たり前」にしちゃ駄目なのかもな」

 なんとなくわかった気がする。

「それがひょっとして「ありがとう」が多かった理由か?」
「そんなところ。そしたら、修ちゃんの事がもっと好きになれた」
「あ、ああ。俺も百合がもっと好きになった」

 元々は、ちょっと特別な一日を。くらいのつもりだった。
 でも、それ以上に色々が得られた気がする。

◇◇◇◇

「とうちゃくー!」
「あー、部屋が暖かいなー」

 部屋につくなり、二人して荷物とコートを置いてベッドに一目散。
 家族旅行ではあったけど、二人では本当に初めてだ。
 さて、後はプレゼントとかをいつ渡すかだけど。
 よく見ると疲れ気味っぽいし、しばらくゆっくりするか。
 たぶん、チョコ以外の何かのせいだろうけどな。

 数分経つと、すー、すー、と静かな寝息が聞こえてくる。
 やっぱりお疲れモードだったらしい。
 しばらくそっとしといてやるか、と思ったら、ぎゅっと抱きしめられる。

「お、おい。百合?」
「……」

 いきなりでビックリしたけど、単純に無意識らしい。
 思い出してみると百合は大層寝相が悪いのだった。

「……うん?」

 一時間くらい放置していると、パチっと目が見開いた。
 
「おはよう、百合」
「あ、私、すっごく恥ずかしいところを……」

 途端に凄まじく狼狽しだすので苦笑い。

「落ち着けって」

 ポンと頭に手を置くと。

「そだね」
「やっぱり寝不足だったんだな」
「うん。実は。ちょっと待っててね」

 ピョンと跳ね起きたかと思えば、手提げ袋を取って戻ってきた。

「はい。まずはこれ。バレンタインの本命チョコ」

 銀紙で包まれた両腕で持てるくらいのハート型だ。
 
「いつもよりさらにデカイな」
「それくらい大好きですってこと」
「食べてもいいか?」
「大丈夫だよ」

 銀紙を開くと、やや白味がかった茶色のチョコレート。
 ひとかけらを割って、口に運ぶと、優しい甘さが口に広がる。

「美味しいな。これ、かなり手間かかっただろ?」
「そこまででもないよ。味のバランスは色々考えたけどね」
「いやいや、これ、調整するの大変だろ。後を引かない甘さというか」

 百合は器用な方だけど、甘さを抑える方向に工夫してあるのがよくわかる。
 
「何個か作ってみて、バランスくらいは考えたけど。それだけ」
「それだけって。ま、とにかくありがとう。好きだぞ」
「私も大好き」

 そう真っ直ぐ言われるとクラクラとしてしまう。
 百合も照れくさそうだけど、誤魔化そうとすらしないし。

「あ、あとね。もう一つプレゼント」

 ガサゴソと百合が手提げ袋から取り出したのは……手袋?
 しかし、既製品と違って、少し歪だし、まさか。

「ひょっとして手編みか?」
「そう。二人で一緒の手袋つけて歩きたいなーって」
「それで寝不足気味だったのか」
「なんとか当日までに完成させないとだったから」

 百合がどれだけ気合入れてたのかわかろうというもの。

「大切に使うな」
「それと、明日から外ではお揃いのつけよ?」
「なんかバカップルぽいけど……ありか」
「私も、私がこうなるなんて思っても見なかったよ」
「言えてる」

 しかし、こうなると俺も全く同じ思考回路だったことになるな。
 
「あ、そうそう。俺からもプレゼントあったんだ」
「え?ああ。納得。鞄のサイズがいつもと違ったし」
「それなりに大きいからな」

 露骨に手提げ袋をさげていてはバレてしまう。
 いや、バレてもいいんだけど。

「ほい。お前のと違って手編みじゃないけど」

 買ってきた、長めの毛糸のマフラーを手渡す。

「……これって、ペアでだよね」
「まあ。少し考えたけど、どうだ?」
「バカップルっぽいけど、ありかも」

 二人して何やってるんだろうと笑ってしまう。

「やっぱり似たもの同士だね。私達」
「いや、ほんと。プレゼントの発想が似過ぎてる」
「修ちゃんはゲームソフトとか思ったんだけど……」
「い、いや。さすがに、俺もそれはない」
「でも、候補にくらいは考えたでしょ?」
「少しは。しかし、さすがにネタ過ぎるし」
「私はそれでも良かったけど。でも、嬉しい」

 言いながら上着を脱いだかと思うと、ベッドに転がって手招き。
 雰囲気出来上がってるなあ。
 でも、それもいいか。ギュッと彼女を抱きしめる。
 香水の香りとどこか甘い香りと。少しだけ、汗の香りと。
 あと、身体の暖かさが伝わってくる。

 チュ、っと唇に軽いキスをされる。
 お返しにと同じようにすると、今度は百合の番。
 その次は俺の番、というのを繰り返していると、どんどん興奮してくる。

「シャワーとか大丈夫か?」
「大丈夫。冬だし」

 お互い少しずつ服を脱がし合って。

「雰囲気ってのは怖いな」
「そういうものだよ。きっと」

 初めて過ごす二人でのお泊りの夜はこうして更けて行ったのだった。

◇◇◇◇

 翌朝。
 ベッドの中で二人してじゃれあったり。
 あるいは、ビュッフェ形式の食事を楽しんだり。
 そうこうしている内にチェックアウトの時間。

「お泊り、すっごく楽しかった。一生の思い出になりそう」
「俺も、たぶん一生覚えてるな。ここまで積極的な百合、初めてだった」
「たまにはいいでしょ?」
「いつもだと、ちょっとバカップル過ぎるけどな」
「修ちゃんだって人の事言えないよ」
「いやいや。百合の方が気合い入れすぎなんだって」
「ううん。修ちゃんの方が……」

 どうでもいい事を言いながらホテルを後にしたのだった。
 何か一つ、超えてはいけない一線を超えてしまった気がする俺たちだった。
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