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太陽の国ミヅホ編

決定事項

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 厳しい陽光が肌をチリチリと刺してくる夏のある日。僕は思案に暮れていた。

 魔牛肉をどう料理しようか。

 魔牛とは家畜化した牛型の魔物の呼称である。ミヅホの国ではブラックブルという魔牛が極一部の地域で飼育されている。その肉は知る人ぞ知る超高級品である。
 そんな希少な肉が数日前から無限収納に仕舞われている。なぜかというと魔牛肉目当てで遠出の依頼を受けたら本当に譲ってもらえたからだ。
 兄さんの食欲を考えると一食分の量だ。なので失敗は絶対に許されない。

 無難にステーキにするのが正解だとは思う。前にバチードの街で買った胡椒がまだ余っているし。
 でも本当にそれでいいのかと葛藤している自分もいる。せっかくミヅホという前世の日本に近い国にいるのに、サシの入った牛の肉を塩胡椒でステーキにして本当に満足なのか?
 日に日に魔牛肉を催促する兄さんの目が鋭くなってきている。早くプレッシャーから解放されたいのに妥協したくないというジレンマに悩まされていると光明が見えた。

「ザラメだー!」
「いらっしゃいませ。白双糖をお求めですか?」
「買います。全部ください」
 過程を全てすっ飛ばしていきなり購入したが後悔はない。隣にいた兄さんに一言の相談もなく衝動買いしたので呆れた顔をされた。

「兄さん、明日の夕飯に魔牛肉を使った料理を作るよ」
「やっとか。よろしく頼む」
 今日と明日は買い物で忙しくなる。頭の中で購入するものを考えていたら自然と口元が緩んだ。

 翌日、夕飯の準備をしているとお腹を空かせた兄さんがそわそわとこちらを見ているのに気づいた。
「どうしたの?」
「なぜ冷房の魔法を?封印したはずでは?」
「ああ、今から火を使うからね。汗だくになりながら食べる料理じゃないから今日だけ特別」

 準備ができたので机に鉄鍋とそれを載せる台を置いて魔法で鉄鍋を熱する。
 十分に熱された鉄鍋に牛脂を入れて溶かし、魔牛肉を広げて砂糖をかける。この時火は強くせずにじりじりと魔牛肉を焼き付ける。その後醤油、酒を入れ絡めながら肉を焼く。

「まずは肉だけを食べてみて。溶き卵につけて食べてね」
「これはなんという料理だ?」
「すき焼きだよ」
 今回は質の良いザラメが手に入ったのでこの調理法にしたけど、次は割り下で煮るタイプのすき焼きを作ってみよう。

 さっそく魔牛肉のすき焼きを食べてみる。タレや卵が絡みやすくなるように少しだけ厚めに切った大きめの一枚肉を頬張ると、まずその歯切れの良さに驚く。肉本来の味と脂の甘味が砂糖の香ばしい風味と合わさり、凝縮された魔牛肉の旨みが口いっぱいに広がる。卵がすき焼きの濃い味付けを包み込んでまろやかにしているのに、肉の旨みだけはいつまでも口の中で余韻を残している。

「これが最高級魔牛肉……とんでもないね」
「美味い」
 ふたりともこれ以上話す気が起きず黙り込んでしまう。少しして兄さんよりも先に衝撃から戻った僕は次の調理に移った。

 先ほどと同じ要領で肉を焼いていく。肉の味付けまで終わったら白菜、玉ねぎ、焼き豆腐、しらたきを加え再度味を調整しながら煮焼きする。野菜から水分がでたら焼き麩、しいたけを加える。野菜が煮えたら魔牛肉を入れて最後に味を整えて完成だ。

「野菜もあるから食べてね」
「わかった。どれも美味そうだ」
 味が染みた野菜を溶き卵につけて食べてみる。肉の脂と旨みが染み込んだ野菜は主役に負けず劣らずの存在感だ。肉と野菜を一緒に食べるとそれぞれの旨みと甘味が溶け合ってまた違う味わいを見せる。

 魔牛肉は想像以上の味だった。少し多いかなと思ったが完食できた。兄さんも満足そうだ。しかしまだ締めが残っている。
「締めはうどんにするけどまだ入る?」
「余裕だ」
 食べ終わった鍋にゆでうどんを入れる。煮汁が完全に染み込んだうどんが好きなので、くたっとするが少し長めに煮ていく。最後に卵を入れて半熟状になったら火を止める。
 鍋の旨みが全て絡んだ、つるつるモチモチとしたうどんがとても美味しい。次にすき焼きを作る時は雑炊にしてもよさそうだ。

 後片付けを終えてのんびりしていると兄さんが真剣な声で今後の相談をしてきた。
「なあ、もう少しミヅホにいてもいいんじゃないか?」
「だめだよ。創造神と女神の月にラウリア王国行きの船に乗るって話し合って決めたでしょ」
「ミヅホから動く理由が見つからない。今日のすき焼きも美味かった」
「ありがとう。でもスパイスが待ってるから」
「どうしてもだめか?」
「だめ。ラウリア行く、スパイス買う。これは決定事項」
「ああ、カツ丼親子丼そばうどん焼き鳥照り焼き生姜焼き唐揚げ天ぷらとんかつ肉じゃが厚焼き卵味噌汁が……最近だと枝豆も」

 兄さんがぶつぶつと気に入っているのであろう料理名を言い始めた。兄さんミヅホの食事気に入ってたんだな。ここまでとは思わなかった。
「そんなに好きなんだ」
「ああ。それにミヅホには布団と浴衣もあるしな」
「浴衣も?なら室内用だけじゃなくて外でも着られるの買おうか?特注になるかもしれないけど」
「いや、俺の分は別にどうでもいい」
「そうなんだ」
 観賞用で好きってことかな。この話題を突っ込んで聞いたら話の趣旨が変わってきそうなので、話を切り上げて畳に座っている兄さんの背中側へ移動する。

 どうした?と聞いてくる兄さんを無視して背中合わせに座り、兄さんの肩に頭を預ける。
「実はね、僕が作ったご飯を美味しそうに食べる兄さんの顔が好きなんだ。食べた時の表情が料理ごとに違ってて、それを見るのがすごく好き。ラウリア王国でもさ、兄さんのいろんな顔が見たいな。兄さんは僕のお願い聞いてくれる?」
「もちろんだ。わくわくしてきた」
「よかった。ギリギリまでミヅホの料理も楽しもうね」
「そうだな。いつもありがとう」
「どういたしまして」

 なんだか恥ずかしいことを言った気がする。説得するためとはいえ本音を話しすぎたか。
 僕は気まずさを誤魔化すため、冷房の魔法が効いているのをいいことに兄さんと背中合わせのまま、しばらくじっとしていた。
 この体勢だと兄さんの顔が見えない。それがいいことなのか悪いことなのかぼんやりと考えながら、冷房の涼しさと兄さんの体温が混じった優しい心地よさに身を委ねた。
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