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イーザリア王国編

生理的に無理

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「そろそろソーンが戻ってくるっす。」
 季節が夏になろうかという頃、突然の報告に誰のことか一瞬思い出せなかった。
「え?あいつ戻ってくるの?もう戻ってこないと思ってた」
「いよいよか」
 兄さんは覚悟を決めた顔つきになった。僕も気を引き締めないと。
「おそらく数日以内に戻ってくると思うっす。ルカは特に注意してほしいっす」
「わかった。ありがとうミゲル」
「俺も情報収集頑張るっす!」
 ミゲルが力になってくれてすごく助かる。これから一層用心しないと。

 と、思った数時間後。最悪なことに僕達の拠点の前にやつがいた。
 数日以内に戻るって聞いていたから油断してた。兄さんと不動産屋に賃料を払いに行く途中、雨が降りそうになったから洗濯物が心配で先に帰ったことを後悔した。

「っ!ぃってーな!!クソッ!……お前はあの時のガキ!」
 しかもやつは僕の魔法をくらっていた。痛そうに手を押さえてあからさまにイラついている。
 警戒のため他人がドアノブを触ったら割と痛めの電撃が流れるようにしていた。ノッカーもあるのに、家主不在の家のドアノブを触ったのかよ。本当に非常識な輩だ。
 僕と兄さんの拠点を荒らそうとするなんて許せない。

「こんにちは、ソーンさん。僕達の家に何かご用ですか?」
「ソーン様だ、クソガキ!これはお前の仕業だろ!」
「ドアノブのやつ?痛そうだね」
「殺す」
 ソーンが僕に触れようと手を伸ばした瞬間
 
 バチィッ

 すごい音が出た。本気で痛かったのだろう。ソーンが手を押さえながら後ずさる。
「クソが。アイザックだけじゃなくてテメェもムカつくな」
「不法侵入者に警戒してたもので」
 しばらく僕を睨んでいたソーンがいきなり口を歪めて笑った。警戒を強める。

「へぇ、ちゃんと顔を見てなかった。綺麗な顔してる。まだガキだが俺の好みだ」
 一気に鳥肌が立った。こいつイカれてる。兄さんが冒険者登録をした日に注意したことの意味がやっとわかった。
『男でもいいってやつは意外とたくさんいる。珍しい毛色を好むバカはどこにでもいるから気をつけてくれ』
 兄さんは大袈裟だなと思ってごめんなさい。本当に無理だ。生理的に無理ってやつだ。

「俺達のパーティーに入らないか?全員で可愛がってやるよ」
「お断りします。お引き取りください」
「そんなこと言っていいんだ?俺ギルド長にコネあるよ?ここにいられなくなるかもね?」
「結構です。お引き取りください」
「気が強いところも俺好みだ。調教しがいがある」
 だめだ。話が通じない。どうやって立ち去ってもらおうかと考えていると、雨が降ってきた。
「今日のところは帰るわ。アイザックにさっさと決闘受けろって伝えとけ。じゃあな」

 ソーンの背中が見えなくなったら力が抜けた。雨に濡れてびしょびしょだがそれが気にならないくらい呆然とした。
 あんな情欲を孕んだ目で見られるとは思わなかった。
 本気で警戒しないといけない。兄さんを巻き込んでしまう。僕の覚悟は甘かったようだ。

「ルカ?どうしたんだ?」
 兄さんの声だ。見上げると心配そうに僕を見つめていた。心の底から安堵して視界がゆがむ。
「兄さん、ソーンが家まで来た。魔法を使ってなんとか追い払ったよ」
「あいつが!?無事か!」
「うん、怪我はないよ」
 その後、ソーンを追い払った経緯を説明した。でも僕を可愛がってやる云々の話は、どうしてもする気になれなかった。

「どうやらソーンは仲間と別れてひと足早くトリフェに戻ったらしいっす。俺の情報のせいで申し訳ないっす」
「ミゲルは悪くないよ。いつも助かってる。ありがとう」
「本当にごめんなさい!本気で心配っす!」
 ソーンに遭遇した翌日、ミゲルが謝ってきた。ミゲルは悪くないのに。罪悪感でいっぱいだ。

「ソーンは決闘の時に必ず仲間を立会人にするっす!そいつらが戻ってくるまでは、決闘はないっす!」
「仲間が立会人?」
「ソーンが満足するまで相手をボコボコにするのが目的だからっす。ルールを逆手に取って汚いやつらっす」
「そもそも決闘のルールがわからん」
「アイザックさん知らなかったっすか?」
「兄さんは無駄な戦闘が好きじゃないから」
「意外っすね。決闘のルールは……」

 ミゲルがいろいろと細かく教えてくれた。決闘のルールをまとめると
・ギルド所定の場所で決闘すること
・立会人を2名用意すること
・賭ける内容は命から金までなんでもあり
・決着がつくまで決闘は続く。どちらかが参ったと言った時、命を落とした時、双方の同意によってのみ決着とする
・決闘後に遺恨を残すことを禁じる

「だいぶ荒々しいね。殺し合いありなんだ」
「冒険者ギルド設立当時の掟をそのまま受け継いでるらしいっす。最近は暗黙の了解で相手を殺すことは禁止になってる感じっす」
 兄さんの強さは信じているけど、もしも怪我をさせられたらと思うと怒りで手が震える。

「とりあえずやつらの動向は今後も探っていくっす!それはそうとルカ!」
「ん?」
「もうすぐ誕生日っすね!13歳かぁ。若いっす!」
「ミゲルも17歳になったばかりだから十分若いよ」
「それはそれ、これはこれっすよ!誕生日当日は『銀色の風』全員でお祝いするのでよろしくっす!」
「嬉しい!楽しみにしてる!」

 誕生日当日、ギルドの一室を貸切にしてミゲル達がお祝いしてくれた。あのダリオも素直に祝ってくれて楽しい宴会だった。
 『銀色の風』からのプレゼントでいい匂いがする石鹸をもらった。
 綺麗な髪をしているから使ってほしい、とカミラが独断でプレゼントを決めたらしい。僕好みの香りで嬉しかった。

 兄さんからは花が描かれた栞をもらった。綺麗な淡い紫色の花だ。
 この栞はずっと大事にしまっておこう。人生で最高の誕生日だった。
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