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宿場町のコンフィ

6話

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 灰月25日。早朝。
もう25日なんだな……。
数時間後にはセロニカ城で年末の会議が行われ、その最中にヘレントスからイルターノアへユリエとフランらが転移、そしておれたちもリンネラ村に移動と、色々盛り沢山な日だ。
もし何もなければ、今頃はフォリオの自宅で年越しの準備でもしていただろうな。
大掃除したり、新白祭のご馳走のために買い物に行ったり、今年お世話になった人たちに挨拶に行ったり……。
ケイジュと一緒にそういう行事をこなしていくのは、きっと楽しかっただろう。
はぁ、早く普通の一市民としての生活に戻りたい……。
来年こそ、平和な一年を過ごすぞ。
そのためには、とにかく今日の予定をこなしていくしかない。
日が昇って街道が明るくなったら、おれたちはリンネラ村を目指して出立する。
急遽ネレウスが合流することになったので、自動二輪車に無理やり3人乗りして街道を北上することになった。
さっき荷物の配置を変えたり、ケイジュに鞄を背負ってもらったりしてなんとか3人乗れそうなことは確認済だ。
街道も雪は積もってないようだし、よく整備されているようなので、ネレウスがはしゃいで動き回ったりしなければ転ぶこともないだろう。
問題なく走行できれば今日の午後にはリンネラ村に到着。
その後はヤトと合流して船に乗り、そのまま夜を徹して海を渡る。
ネレウスが言うには、日が暮れる前にリンネラ村から出港できれば夜明け前には対岸にたどり着くだろう、とのことだ。
南の海岸からトゴルゴまで少し離れているが、自動二輪車で半日走れば走破できる距離だ。
ということはつまり、明日の夕方にはもうトゴルゴに辿り着いている、ということ。
それを考えると、不安とか緊張とか達成感とかで、背中がぞくぞくと震えてくる。
いよいよ、おれたちの旅の終わりが迫っている。
旅が終わったその先にいい未来が待っていることを信じて進むしかない。
録音は以上だ。

 おれが録音を切るとほぼ同時に、宿屋の階段をどしどしと下りてくる音がした。
昨日と同じく全身をローブで隠したネレウスが宿屋の一階に現れた。

「おはよう、よく眠れたかぁ?」

ネレウスは欠伸を噛み殺しているようなぼやけた声でおれに挨拶してきた。

「ああ、おはよう。ずっと野宿だったから、久々のベッドが身にしみたよ」

「ほぉ、それはよかった……おれはちょっとばかり寒く感じたがな」

ネレウスはぼやきつつ、鼻のあたりを擦っている。
流石のネレウスも慣れない寒さと乾燥に少々やられてしまったようだ。
ここでネレウスに倒れられるとまずいので、後で薬を渡しておこう。
ネレウスが宿屋の受付で会計を済ませている間に、おれは荷物を背負い直して外に出る。
宿屋の前にはすでに倉庫から出してきた自動二輪車と、まだ眠そうに自動二輪車の座席で丸くなっているトリア、それを見守るようにケイジュが立っていた。
ふとトリアが首をもたげて、東の空を見上げる。
ケイジュもつられてその方向に顔を向けた。
まだ薄暗いが、地平線は徐々に明るくなっている。
人気のない煉瓦の街並みと、冷たく青白い冬の空、そこに差し込む朝の光。
ケイジュの横顔はしんと静かで、自動二輪車を支えて立っている姿があまりにも格好いい。
ケイジュはおれに気付いてこちらを見て、柔らかく微笑む。
なんだか急にケイジュと歩んできた旅路が思い出されて、じーんときてしまった。
こんなに綺麗な人と、おれはずっと一緒に進んできたんだな。
うっかり見惚れていると、追いついてきたネレウスから背中を叩かれた。

「おい、なにぼーっと突っ立っているんだ。もう出発できるのか?」

おれは我にかえって、慌てて自動二輪車に歩み寄った。

「ああ、宿場町を抜けるまでは自動二輪車は押して行こう」

ケイジュは先程までの麗しい笑顔はどこへやら、いつもどおり落ち着き払った表情で自動二輪車を押し始める。
トリアは自動二輪車の座席から億劫そうに退き、いつものようにケイジュの外套の中に潜り込んでいった。
おれは歩きながら、自動二輪車に乗せている荷物の中から薬とマグカップを引っ張り出す。

「ネレウス、これを飲んでくれ。体を温める薬だ。ちょっと鼻声だから、本格的に体調を崩す前に手を打っておいたほうがいい」

「んん?そうか?風邪なぞ何年もひいてないんだがな」

「おれもそうやって油断して死にかけたことがある。殻都生まれの人間はあんまり病気に耐性がないらしいんだ。ほら、粉になってるから水で流し込んでくれ」

おれの話を聞いていたらしいケイジュは、一度立ち止まってマグカップに水を生成してくれる。
ネレウスは顔を覆っている布をしたにずり下げて薬を飲み、その後水で流し込んでめちゃくちゃ渋い顔になった。

「ぐふっ、すごい味だな」

「良薬は口に苦しだ。おれが飲んだ薬に比べたら砂糖菓子みたいなもんだよ」

ユリエからもらった薬の苦さを思い出し、おれまで渋い顔になってしまう。
ネレウスはしばらく呻いていたが、しばらくしてありがとうとぼそりと言っていた。

 歩くこと数分、宿場町の端まで来たのでいよいよ自動二輪車に乗ろうと思ったのだが、ここで一つの問題に直面した。
乗れることを確認したときに、おれはネレウスを真ん中に座らせるつもりだった。
ネレウスは自動二輪車に慣れていないので、経験者二人で挟むのが一番安全だと思ったからだ。
おれがそれを告げると、ケイジュが先程のネレウスよりも渋い顔になってしまった。

「本当に、それ以外に選択肢はないのか?」

ケイジュが細い声でおれに尋ねてくる。
その表情が雨に濡れた子犬のように見えて、おれは言葉に詰まってしまう。

「いや、その、一番後ろに座る人には荷物を背負ってもらうことになるし、トリアも居るし、初心者のネレウスは真ん中がいいかな、って……」

ケイジュはおれに詰め寄り、おれにだけ聞こえるような音量で囁いた。

「……だが、そうなるとネレウスがセオドアにしがみつくことになるだろう?狭いから背中も密着するし、顔も近くなるし、おれは正直気乗りしないんだが……」

意外に嫉妬深いケイジュがここに来て我儘とは。
不意をつかれて嬉しくなってしまったけど、一応これでもネレウスは議長だし貴族だし、怪我なんてさせたら大変なことになる。
おれは説得を試みた。

「ケイジュ、おれもケイジュ以外の男と密着したくはないけど、でも仕方ないんだ。我慢してくれないか?それに、前にも言ったろ、ネレウスとは友人にはなっても恋愛感情が湧くことはないって。それに、ネレウスにも想い人が居るみたいだから、心配してるようなことは起こらないよ」

「……恋愛感情の有無は関係なく、セオドアにはおれ以外の人間に触れてほしくないんだ……」

ケイジュはここぞとばかりに甘い声で畳み掛けてくる。
おれがケイジュの切なげな視線と悲しげな声に陥落しそうになったとき、ネレウスが声をかけてきた。

「おい、何を話し合ってるのか知らんが、早く出発しよう。もう日が昇るぞ」

ケイジュがネレウスの方をじっとりと見やると、ネレウスはにやぁと笑った。

「まさか、未だに3人乗りが嫌で駄々をこねてるのか?たった半日のことなのに、あまりにも心が狭すぎる。独占したいのは結構だが、そんなに窮屈な愛情を押し付けていると逃げられるぞ?」

「やかましい。おれはセオドアのことに関してはもう一歩も譲らないと決めているんだ」

「ははぁ、なるほど。おれがセオドアにぎゅっと抱きつくのが嫌で嫌で仕方ないって顔だ。だがなぁ、おれにも選択権があるってことを忘れてないか?おれだって自動二輪車がこんなに小さな魔導具だと知っていたらこんな提案はしなかった。セオドアのことは友人だと思っているが、だからといってベチャベチャひっつきたいとは思わん。だが、もう他の手段は無いんだから、仕方ないだろう。腹をくくったらどうだ?」

ネレウスはまだにやにやと笑いながらケイジュを窘めた。
ケイジュの眉がきりきりと吊り上がり、目つきもおっかないものに変わっていく。
おれは慌てて二人の間に割って入った。

「待った。そこまでだ。こんなしょうもないことで時間を使ってる場合じゃない。合理的な判断をしてくれ」

おれがケイジュを見つめると、ケイジュはまだちょっと拗ねた顔をしていたが一応頷いてくれた。
ネレウスは涼しい顔で肩をすくめている。

「乗り慣れてないネレウスは真ん中だ。運転はおれがする。ケイジュは一番うしろで荷物を背負ってくれ。体重が後ろに持っていかれるから不安定だけど、ケイジュの身体能力なら問題ないよな?」

おれがダメ押しするとケイジュは、わがままを言って悪かった、とぼそりと言って荷物を手に取る。
そうしてひと悶着ありながらなんとか自動二輪車に跨った。
前に詰めているのでいつもより腕の角度が違うけど、まあ難しい道を進むわけじゃないし大丈夫だろう。

「ネレウス、しっかり掴まってるか?」

「ああ、お前の彼氏が後ろから睨んでくるんで後頭部に穴が空きそうだが、今の所問題ない」

真後ろからケイジュのものではない声と体温を感じるのはなんだか妙な感じだ。

「ケイジュ、荷物はどうだ?座る所確保できたか?」

「ああ、大丈夫だ。無駄にでかい男が座ってるせいで視界が悪いが、今の所問題ない」

ケイジュもケイジュで大人気ない言葉を返してくる。
おれは苦笑しながら、エンジンを起動した。
大きな音にネレウスが一瞬びくっとして、その後動き出した車輪に感嘆の声を上げる。
成人男性が一人増えても自動二輪車の力強さは変わらず、タイヤが街道の土を蹴り上げる。
初動こそ少し重く感じたが、ある程度速度が出るといつもと変わらない感覚で進み始めた。

「なかなか速いじゃないか!おれも欲しくなってきた!」

ネレウスが後ろではしゃいでいる。
このぐらいの速度なら馬に乗っているときとさほど変わらないはずだが、音や振動も加わるとやはり違う感じ方をするのだろう。
新鮮な反応につい気を良くしてしまったおれは、アクセルを強めに回す。
ぐんと加速した自動二輪車は土埃と枯れ草を巻き上げながら街道を爆走した。
雪が降らないとはいってもやはり風は痛いほどに冷たい。
しかし畑以外になにもない大地を突っ切るのは何にも代えがたいほど爽快だ。
到着は早ければ早いほうがいいしネレウスも大人しくしているし、と自分の中で言い訳して、おれは速度を下げずに目の前の真っ直ぐな街道を駆け抜けることに没頭した。
 


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