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オケアノス号のディナー

2話

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 結局おれは、お土産まで持たされて大満足で帰路についた。
ケイジュはまだ帰ってきていないようで、自宅兼倉庫には鍵がかかったままだった。
センリとは表の通りで別れたので、そのまま大人しく預かった鍵で扉を開け、家の中で待っておくことにする。
せっかくケーキをもらったけど、ケイジュの家に皿やフォークなんてあっただろうか。
この家にはもともと台所も無いし、もしかしたら置いてないかもしれないな。
勝手に荷物を漁るのは気が引けるけど、少し探してみるか。
おれが積み上がった箱を慎重に退かして、使えそうなものを探していると、玄関の扉が開く。
ケイジュだ。案外早かったな。

「あ、おかえり。どうだった?」

ケイジュはおれがゴソゴソと木箱の山脈の間から出てきたことに驚いていたが、すぐにおれを片腕で抱きしめてきた。
片腕には紙袋を抱えている。
何か買ってきたらしい。

「ただいま。実りの多い時間にできた。今すぐにデュラのような技術を身につけるのは無理だが、以前よりかなり上達したように思う。それより、何か探していたのか?」

「ああ、うん。センリがお土産にお菓子をくれたんだ。だから皿とかフォークとか無いかな~、と」

「ああ、なるほど。それなら確かどこかに……」

ケイジュは積み上がった箱を見上げ、それから気まずそうにおれを見た。

「……たぶん、どこかにあるはずだ」

ケイジュの情けない表情に、おれは笑う。
ケイジュは片付けが出来ないと言うわけではないんだけど、この部屋はとにかく物が多すぎるんだよな。
おれは手の埃を払い、一先ず食器の捜索は中断することにした。
ケイジュは木箱の上に紙袋を置いて、中を確認する。

「ちょうど帰り道で売っていたからつい買ってしまった。食べるか?」

おれも中を覗き込むと、そこには香ばしい匂いを漂わせる屋台料理が詰め込まれていた。
白いのはパンか?
それともヘレントスでは定番の肉まんか?

「箱に入ってるのは焼きそばで、こっちはおやきだ。こっちのおやきは中に肉が入ってる。こっちのはネギのおやきだ」

ケイジュは料理をとりあえず全部広げてみせた。
結構たくさん買ったんだな……晩飯を買いにいく必要はないかもしれない。
ケイジュは凛々しい眉をしょんぼり下げておれを見ている。

「……腹が減っていたから、つい買いすぎた……」

空腹だとそうなりがちだけど、ケイジュも買いすぎて後悔したりするんだな。
おれは笑いをこらえながらケイジュの背中を叩く。

「いや、ちょうど良かった。夕飯どうしようか迷ってたんだけど、今晩はこれを食べよう。美味しそうだ。おれも腹減ってきた」

ケイジュは安堵したようにほのかに笑うと、ぐるりと部屋を見回した。

「良かった。少し荷物を動かそう。何とか座って食べるくらいの場所は確保できるはずだ」

ケイジュは木箱の中身を確認しながらテキパキと端に寄せ、何とかテーブルになりそうな台と椅子代わりの木箱を引っ張り出した。
ちょっと埃っぽいけど十分だ。
おれは天井にぶら下がっていた布巾を洗面台で濡らし、ざっと台を拭いていく。

「ああ、あったぞ。こんな所にしまいこんだままだったか……」

荷物を動かしていたケイジュが年季の入った木箱を開けると、そこには食器が一揃い入っていた。
木の皿や箸、フォークやマグカップまで入っている。
その形や材質にどこか見覚えがあり、おれは首を傾げる。

「あれ、それ、スラヤ村の実家にも無かったか?」

「ああ。実家から持ってきたものだ。最初は自炊するかと思って持ってきたんだが、いざ一人で生活すると外食の方が楽でな」

「まぁ、それは確かに」

ケイジュは長年使ってなさそうなそれらに浄化魔法をかけ、即席の食卓に並べていく。
そこに買ってきた料理を並べれば、案外ちゃんと食卓っぽくなった。
その頃には日も傾いてきたので、ケイジュはそのまま魔力灯もつける。
部屋の中を通るパイプがすでに発熱していたので室温は丁度いいのだが、お湯を沸かしたかったので魔力式のストーブも使うことにした。
小さめの鍋ならそこにのせられるので、水を注いで置いておく。
慌ただしかったが、なんとか料理が冷めきる前に準備できた。
二人できしむ木箱に腰掛けて料理を囲む。
おやきも焼きそばも、屋台らしい安っぽさはあるがそれが美味い。
ひき肉の入ったおやきは中がピリ辛で食欲をそそるし、ネギのおやきはシャキシャキした食感が良い。
ケイジュは昼飯もちゃんと食べずに出かけていったので、無言でおやきを口に詰め込んでいた。
焼きそばも麺の一部がカリカリに焼けていて、なかなか美味だった。
屋台飯をあらかた食べ終わったケイジュは、今度はセンリからもらったお土産の箱を開けた。

「ん?ケーキか?クッキーもあるな」

「うん。おれはもう食べたから、ケーキはケイジュが食べてくれ。そのチーズケーキ、すごく美味しかったんだ」

「そうか……これは?」

ケイジュは箱の中に手を突っ込むと、箱の隅っこに入っていた葉っぱの形をしたチョコレートのようなものをつまみ出した。
あれ?チョコレートなんて売ってたっけ?
おれが疑問を頭に浮かべた直後、ぼふん、と白い煙が立ち上った。

「うわっ!なんだ?!」

「……センリ……またか……」

ケイジュが手に持っていたチョコレートは跡形もなく消え、かわりに茶色い薬瓶を手に持っていた。

「えっ、な、なに?何が起きたんだ?」

「センリの得意技だ……変身魔法を応用して、この瓶をチョコレートだと錯覚させてこの中に忍ばせていたらしい」

「な、なんのために?」

「単なる悪戯だ。意味はない。いつも人を驚かせてからかっているんだ。全く……」

そんなこともするお茶目な爺さんだったのか、センリ……。
一緒に居るときは博識で紳士的な人だとしか思わなかったんだけど、やっぱりケイジュぐらい付き合いの長い人にはそういうおふざけもやるんだな。
ケイジュは手の中の瓶のラベルを読むと、なんだか妙な顔になってそれをすぐに後ろに隠してしまった。

「なんの瓶だったんだ?薬か?」

「ああ。ただの風邪薬だった。それより、観光はどうだった?退屈はしなかったと思うんだが……」

話をそらされた気はするけど、おれは素直に頷いた。

「すごく楽しかったぜ。久々に普通の観光ができて、いい気分転換になったよ。センリは物知りだな。色々教えてくれたし、優しいし、良い人だった」

ケイジュは満足そうに頷いている。

「センリは傭兵団に加わる前からずっとヘレントスに居たからな……おれが知る中で一番街に詳しいんだ」

「うん、あの知識量はすごい。おかげで、いつも通り過ぎるだけの道も、歴史がわかると結構面白いってわかったよ」

その後、ケイジュはケーキを食べながら、おれはクッキーを摘みながら、今日あったことを話し合った。
しばらくジーニーやデュラと行動を共にしていたから、二人きりで話すのが楽しい。
やっぱりこの方が落ち着くな。

 買ってきた料理もお土産のお菓子もなくなり、白湯も飲み終わった頃。
一通り話も終わったので、ケイジュが食器を片付け始める。
と言ってもゴミを集めて何枚かの皿を洗うだけなので、時間はかからなかった。
まだ日が暮れたばかりだけど明日の予定もあるし、もうこのまま早めに寝てしまうべきだろうか。
今日デュラに会ってきたケイジュは、ジーニーからの走り書きも預かってきていた。
酷いクセ字で読みにくかったけど、イルターノアでの交渉はうまく行きそうだから、早ければ灰月9日の朝にはヘレントスに帰還する、だから9日は城に来て待機しておくように、と書いてあった。
一安心だ。
具体的にどんな結果になったかはわからないけど、ジーニーがうまく行きそうと言っているのだから、きっとイルターノアの協力も取り付けられるだろう。
となると、次の目的地はオクタロアルだ。
ジーニーの言うとおりことが運べば、明日には転送装置でフォリオに戻り、親父やヴァージル兄ぃにこの件を報告することになる。
それから東島に渡るための準備をして、それから改造を依頼していた自動二輪車を受け取って、その後はいよいよ船に乗る。
ネレウスが客船を準備する手はずになっているけど、あまり揺れない船だとありがたいんだけどなぁ。
客船だから、ナイエア島に向かった時ほど激しい航海にはならないと思うけど、あのネレウスだしなぁ。

 おれが船旅のことに思いを馳せていると、ふと頬に手を当てられた。
皿を洗ったせいでひんやりしてしっとりした指先が、おれの頬をなぞる。
ケイジュはおれを真剣な顔で見つめたまま、小さな声で詠唱して浄化魔法を発動させた。
冷たい感触が、頭から足の方まで流れていく。
いつもより丁寧な詠唱に、おれはすぐに気付いて俯くことになった。
荷物を動かして埃っぽくなっていたから丁寧にやっただけ、じゃない。
たぶん、そういうこと、だよな。
おれの真横にはベッドがあるし、もうこの後は寝るだけだし、ここしばらくできていないし。
それに、これからオクタロアルに渡れば、いつゆっくり安全な場所で休めるかもわからない。
顔にじわじわ熱が集まっていくのがわかる。
おれは意を決して顔を上げた。
ケイジュはおれの顔色を見てもまだ真面目な無表情を崩すことはない。

「……体調はどうだ?まだ疲れは残っているか?」

「いや、大丈夫だ。今日は気晴らしもできたし、調子良いよ」

おれは頬に当てられたケイジュの手に自分の手を重ね、真面目に返答した。
療養が終わってからも、おれの体調や精神状態を逐一確認するのがケイジュの日課になっている。
元気になったと言ってもごく最近の話だから、まだケイジュとしては油断できないと思っているのだろう。
だからか、体を重ねる頻度はかなり下がった。
おれが精神退行を起こす前は、時間に余裕があれば多少疲れていてもベッドになだれ込んで好きにしていたのに、ここ2週間くらいで最後までしたのは1回だけ。
ここ数日は殻の外に居たから出来ないのは当然だし、本番まではせずに触り合うだけなら何回かしたので、愛情を感じられないなんて喚くつもりはないけど、やっぱり物足りない。
おれの負担になると思ってケイジュは我慢してくれているんだろうけど、でももう大丈夫だって、言ってもいいよな?
今日こそは、我慢なんかしないで、抱いてくれって、求めてもいいよな?

「……ケイジュ、キスしたい。それ以上のことも、今日なら……」

頬に当てられた手を引っ張り、ケイジュの遠慮がちな態度を押し流すべく懇願する。
ケイジュは身を屈めてくれたので、おれはそのままケイジュを抱き寄せて唇を重ねた。
冷たい風に晒されたせいか、ケイジュの唇は少しカサついていた。
それぐらいでケイジュの美貌は揺らいだりはしないけど、おれは何とか治せないかと丹念にそこを舌先で湿していく。
ケイジュはふ、ふ、と短い呼吸を吐き出していたけど、いつものようにおれを呑み込むような激しいキスはしてくれない。
やっぱりそんな気分じゃなかったかな、とおれが自信をなくして顔を離すと、ケイジュは険しい表情でおれを睨んでいた。
鋭い視線におれの背中がぞわりとする。
ただの寒気じゃない、期待と興奮を孕んだ震え。

「……セオドア、少しでもきつかったらすぐに言ってほしい。今後の仕事に影響があったら、後悔してもしきれない。身体は良くなったかもしれないが、心には自覚していない疲れが溜まっているかもしれないし、特に今は重要な役割を任されて緊張状態が続いている。おれの行動がセオドアの負担になってほしくない、だから……」

言葉はつらつらと淀みないのに、ケイジュの目元はストレスを訴えるようにぴくんと震えていた。
おれはたまらなくなって立ち上がり、ケイジュの腕を掴んでベッドの方に押しやった。
怒りにも似た衝動に任せてケイジュの肩を掴んで押し倒す。
おれに組み敷かれてもまだ戸惑いと遠慮に染まったケイジュの唇にかぶりついて、はぁ、とわざと熱っぽく息を吐いてみせた。

「……ケイジュ、言い訳ばっかり言ってないで、本心を言えよ……なぁ、おれを、抱きたいんだろ?だって、おれが屋敷から帰ってきた日にしたっきり、2週間以上最後までしてない。ここまでお預けされて、おれはもう、限界なんだけど?」

おれの挑発に、ケイジュは眉を切なげに寄せてぐっと拳を握りしめていた。

「……それは、おれも同じだ……だが、無理をさせたくない……手酷く扱ってしまいそうで、怖いんだ。もう、二度と失いたくないと思っているのに、おれの欲望が、セオドアを壊してしまわないかと……怖がらせて、しまわないかと……」

ケイジュは絞り出したような低い声で告げる。
おれは精神退行を起こしていた1ヶ月のことを、断片的にしか思い出せない。
けど、ケイジュの記憶にはその時の感情が今も鮮やかに残っている。
だからこんなに怯えているんだ。
おれに執着しているからこそ、こんなケイジュらしくない姿を晒している。
それに昏い歓びを感じて、おれはケイジュの身体の上にのしかかる。
すでに興奮し始めて熱を持った身体を擦りつけ、耳元で囁く。

「……平気だ。おれはもう、あんな風に自分を見失ったりしない。ケイジュが連れ戻してくれたから、もうどこにも行かないよ……それに、ケイジュになら、壊されても構わない」

自分の中で一番甘えた声で告げると、ケイジュの腕が反射的におれの腰を抱き締めた。
そのせいで下半身が密着して、衣服越しに熱い塊を感じられる。
臀部に食い込む指先の容赦のない力に、じわりと腰の奥が濡れるような感覚に襲われた。

「だめ、だ……今は、大事な時期だ……何かあったら、」

それでも悪足掻きをしているケイジュに、おれは痺れを切らして起き上がる。
朝、ケイジュが結んでくれたタイを乱暴に緩め、シャツのボタンをちぎりそうな勢いで外していく。

「……もういい、ケイジュはそのまま寝てろよ。おれが、好きにするから……それなら、ケイジュも心配しなくていいだろ?」

おれはシャツを脱ぎ捨て、適当に放り投げる。
ケイジュの服にも手を伸ばし、抵抗しないのをいい事にどんどんボタンを外した。
ケイジュはまだ煮え切らない表情でおれを見上げている。
おれは笑った。
本当に拒絶するつもりなら、おれぐらいあっという間に突き飛ばせるだろう。
それをしないのは、内心期待してるからだ。
わからせてほしいんだ。
おれがもう大丈夫だって。
その期待には、応えないと、な。



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