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森人の果実酒
6話
しおりを挟む翌朝。
おれは風の音で目を覚ました。
目を開けて辺りを見回すが、まだ暗い。
まだ日は昇っていないようだ。
風が強まっているようで、屋根の蔓草がぎしぎしと軋んでいる。
おれは身震いしながら体を起こし、枕元に置いていた携帯魔力灯に明かりを灯す。
小屋の中が淡く照らし出され、外の様子を見ていたケイジュが振り返る。
「おはよう、セオドア。体調に変化はないか?」
おれは蓑虫のように外套に包まったまま、少し頷いた。
寒いことには寒いが、小屋のおかげで風は防げたのでそこまで身体は冷えていない。
昨日寝る前にも、ケイジュがどこからか乾いた枯れ草刈り取ってきて床に敷いてくれたので、結構寝心地は良かった。
「……おはよう……体調は悪くない……けど、天気は悪くなってきたみたいだな……」
おれはあくびを噛み殺しながら固まった体を伸ばし、ぼさぼさになった髪を後ろに撫で付ける。
ケイジュは少し体をずらして、出入り口から外の景色を見せてくれた。
木々の向こうでは、雪が横殴りに降っている。
吹雪とまではいかないが、この調子だとあっという間に積もりそうだ。
吹き込んできた冷たい風におれが体を縮めると、ケイジュがにじり寄って来て後ろから抱きかかえられた。
体をじわじわ温められて思わず二度寝したくなったけど、そういうわけにもいかない。
後ろを振り返り、ケイジュに口付けを強請って甘える。
ケイジュは頬をすり寄せて、おれの目が完全に覚めるまで軽いキスをあちこちに落としてくれた。
続けておれの絡まった髪を根気よく指で整え、紐でまとめてくくってくれる。
ありがとう、と言うと、返事の代わりに物欲しげに見つめられた。
おれからも口付けるとようやく満足げに淡く微笑まれる。
小さい穴蔵の中に引きこもって、雪を見ながらこうして身を寄せ合うのも悪くない。
今日もジーニーとデュラと行動を共にすることになるから、二人きりの時間を今のうちに堪能しておかないと。
おれはそう言い訳して、ケイジュの胸元に顔を押し付けた。
おれがケイジュにくっついたまま眠気を振り払っている間に、徐々に外が明るくなってきた。
雲が厚いので薄暗いが、朝日は昇ったらしい。
ケイジュの体温が心地よくて離れがたかったけど、外からフットマンたちが話す声も聞こえてきたので、寝床を出ることにした。
枕にしていた襟巻をしっかりと首に巻き、手袋もはめ、しっかりと外套の前のボタンを留めてから外に這い出す。
木立の中なので、地面に雪はさほど積もっていないが、かなり寒い。
そんな中、ジーニーは既に起きていて、テントを片付けている所だった。
おれたちに気付いたジーニーが、寒さなど感じていないような気楽さで片手を上げた。
「おはよう、セオドア君、ケイジュ君。昨夜はちゃんと眠れたかい?」
「……はい。おかげさまで」
「片付けが終わるまで、焚き火で温まっておきなさい。お湯も沸かしてあるから、好きに飲んでいい。今日は徒歩でイスト村に向かうから、準備運動もしておくんだよ」
ジーニーは手際よくテントを畳みながら、昨夜の焚き火の場所を指し示した。
そこでは既に御者の猫人やフットマンたちがぬくぬくと火に当たっていた。
3人ともぎゅっとくっついて暖を取っている様子が微笑ましい。
猫科の獣人は寒さに弱いというのは本当なんだな。
ジーニーの厚意に甘え、鍋の中のお湯をおれとケイジュのマグカップに注ぐ。
ちびちびと飲んで乾燥した喉を潤し、干し果物をかじっていると、野営地の外に出ていたらしいデュラが戻ってきた。
「……ここより少し西側に、丁度いい場所がありました。そこなら雪もさほど積もらないはずです」
「ありがとう、デュラ。移動を始めようか。ほら、君たちも、寒いだろうけど馬車を動かしておいてくれ。雪で動きにくくなる前にね」
昨日はあんなに礼儀正しかったフットマンたちも、流石に焚き火の側から追い出されると悲しそうな顔でジーニーを見つめていた。
しかしやることはわかっているらしくすぐに行動を開始する。
雪の中でも相変わらず元気に荒ぶっている一角馬2頭に声をかけ、馬車を動かす準備を始めた。
「彼らには少し西側の森の中に移動してもらう。ここだと雪に埋もれてしまいそうだったからね。デュラ、彼らを新しい野営地に案内したら、私たちを追いかけて来てくれ。私たちは先に歩いてイスト村に向かうことにするよ」
焚き火の始末をしながら、ジーニーはテキパキと指示を出した。
いよいよ森人の集落に向かうのだ。
おれも残りの白湯を一気に飲み干し、小屋の中に置いたままの荷物を馬車に積み込んだ。
そうしてデュラの先導に従って馬車が移動を始め、おれとケイジュはジーニーの後をついてその場を後にした。
野営していた木立を抜け、一度街道に戻る。
街道はすっかり雪に覆われ、どこからどこまでが道なのかわからないほど真っ白に染まっていた。
灰色と白だけで構成された物悲しい景色が広がる。
しかし、雪が風に煽られて踊る様は美しい。
ジーニーは薄っすらと明るい太陽の位置と地形を見比べ、一度頷いて迷い無く歩き始めた。
積もったばかりの雪はさらさらと軽く、それを蹴飛ばしながら歩くのは意外と楽しい。
フォリオにこんなに雪が積もることは稀だ。
積もったとしても、フォリオの雪は重くて水分混じりなので踏むとザクザクしている。
だけど、ここの雪は粒が細かく、淡い太陽光を反射してきらめく粉雪だ。
ジーニーもケイジュもこういう雪には慣れっこらしく、何も言わずに足を踏み出していた。
おれは足が雪に埋まる感覚が新鮮で、内心では結構はしゃいでしまった。
しばらく歩いて、小さな丘のてっぺんにたどり着くと、ジーニーが北の方を指差した。
「見えてきた。あそこだ」
指し示した方角に、雑木林にしか見えない集落がひっそりとあった。
森人は木を切り倒して家を建てることを良しとしないので、魔法で植物を操って住居を作る。
なので、遠目からだと村だとは気付けないほど、自然に溶け込んでしまうのだ。
日が暮れてくると明かりが灯ったり料理の煙が立ち昇っていたりするのでわかりやすいけど、雪に覆われた今は更に見つけにくい。
人の気配は感じられないけど、あそこに、ユリエとフランが居るのか。
「デュラはそのうち追いついてくるだろうから、私たちは先に向かおう。私が森人と交渉するから、君たちは落ち着いて後をついてきてくれ。決して、森人に反撃したり、敵意を見せたりしないでくれ。彼らは攻撃してくるかもしれないけど、それはただの脅しだ。慌てて逃げ出したりしないでくれよ?」
「はい、わかりました」
ジーニーの言葉におれは頷く。
前に訪れたときは、ある程度近付いたところで弓矢が飛んできて、去れ、と言われてしまった。
あの時はそのまま素直に立ち去ったけど、今回はそうはいかない。
おれは何度か手を握ったり開いたりして気持ちを落ち着け、ケイジュとも頷き合う。
丘を下り、木々が複雑に絡み合って形成された独特な住居の形が見えてきた頃、前回と同じように足元に弓矢が突き刺さった。
「去れ!ここは森人の住処だ!」
姿は見えないが、男の大きな声が響く。
おそらく、魔法で声を増幅して響かせているのだろう。
その声に応えるため、ジーニーが一歩前に進み出る。
「……私は第七殻都ヘレントスの元老院議長、ジン・レント・ミンシェンである。この集落に匿われている森の魔女、ユリエ・ノア・スズカに会うためにここに来た。私はあなたがた森人にも、ユリエ嬢にも、彼女と行動を共にしている森竜の子にも、決して害を及ぼさないと誓おう。私が望むのは対話のみ。どうか、彼女と面会する許可を与えてほしい」
ジーニーの堂々とした声にも、返事はない。
おれたちはその場に立ち尽くし、ひたすら森人の応答を待った。
その間にもしんしんと雪が降り積もっていく。
ジーニーの赤毛のてっぺんが薄っすらと白くなり始めた頃、やっと男の声が返ってきた。
「……断る。疾く去ね!」
取り付く島もない返答に、おれは思わず足を踏み出してしまった。
「待ってくれ!」
その瞬間、背後からケイジュに腕を引っ張られて体勢を崩す。
おれが足を踏み出した場所には、弓矢がぐっさりと突き刺さっていた。
「……セオドア君。ここは退こう。いいさ、今回は顔見せみたいなものだ」
ジーニーはおれの肩をぽんぽんと叩き、片目をつぶってみせる。
「わかった!今は退こう!たが、また来る!その時にまた改めて返答をくれ!」
ジーニーは静まり返った木々の住居に向かって呼びかけた。
当然何も返事はなかったが、ジーニーはあっさりと道を引き返し始める。
こんなにバッサリ断られると、流石に心が折れそうだ。
だけど、ジーニーの足取りは軽い。
最初からこうなることは予想していたんだろう。
おれたちに残された時間はそう多くはないのに、こんな調子で大丈夫なんだろうか。
気持ちは焦るけど、このまま強行突破したらあっという間に森人に仕留められて終わりだ。
おれはもどかしさを押し込め、踵を返した。
街道を戻っていると、デュラが早足に近付いてきた。
無事に馬車を新しい野営地に案内し終わったようだ。
「遅くなりました。どうでしたか?」
「断られたよ。最初から受け入れてもらえるわけ無いよ。まぁ、予想通りだね」
ジーニーは軽い口調で返し、デュラも驚いた様子もなく頷く。
「では、しばらく待機しましょう。森人たちにも話し合う時間が必要です」
デュラは穏やかな笑みを浮かべ、おれを見ていた。
焦っていることが顔に出ていたらしい。
おれはいつの間にかシワが寄っていた眉間を自分で揉んで、気持ちを切り替える。
時間がないとはいっても、今日中に話をつけなければいけない訳ではない。
デュラの言う通り、おれたちの願いを聞き届けるべきか否か、森人たちも話し合ってくれているはずだ。
「この後はどうしますか?」
おれが問いかけると、ジーニーは少し振り返って肩をすくめた。
「残念ながら、今できることは少ない。また夕暮れ前に集落を訪問してみよう。それまでは野営地でのんびりするなり、薪とか食料を調達するなりして時間を潰してくれるかい?」
呑気にも思える軽い口調に、おれはこっそりため息をつく。
だけど、実際出来ることはそれぐらいしかない。
「……わかりました……少し、この辺りを散策することにします」
「うん、好きにしてくれたまえ。ただし、イスト村に近付き過ぎないようにね。警戒心を煽らないように、程よく距離を保っておいてほしい」
「気を付けます」
「うん、よろしい。私は夕飯の食材を探すことにするよ。暇なら付いて来るかい?今夜は川の近くまで足を伸ばして、オステガかラケルタを狙おうと思っているんだ」
ジーニーの提案に、おれはすぐに頷いた。
オステガもラケルタも食べたことはあるけど、生きた状態では見たことがない。
思い詰めて一人で集落に突撃したくなるよりは、何かをしていた方が気は紛れるだろう。
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