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スラヤ村の肉じゃが

1話

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 藍月9日、朝。
昨夜は久々に屋根のある場所に宿泊できたので、少し寝坊してしまった。
ケイジュは先に部屋を出て、今ごろは預けていた自動二輪車を受け取ってくれているはずだ。
ここは街道沿いの小さな宿場町の宿屋だ。
これまで何度も在来生物の襲撃を受けたらしく、壁は補修の跡が残っているし、天井も継ぎ接ぎだらけ。
それでも雨漏りもしてないしちゃんとベッドもあるので、野宿と比べたら格段に快適だ。
しっかり睡眠もとれたし、体も軽い。
あと数時間走ればヘレントスに到着するのだが、行きのときと比べるとかなり少ない日数でここまで来ることができた。
体調を崩したり、船酔いしたりすることもなかったし、誰かを探しているわけでもなかったので、順調に走破できたのだ。

 藍月4日にリル・クーロを出発したおれたちは、ヘレントスまでの最短距離の街道をひたすら南下した。
船も使わず、途中で集落にも寄らず、少々単調な旅ではあったけど退屈する暇はなかった。
大型の在来生物に出くわすこともあったし、夜中にロノムスの群れに囲まれて追っ払うこともあった。
リル・クーロを出るまではふわふわと甘い雰囲気を漂わせていたケイジュも、一歩殻の外に出れば百戦錬磨の傭兵の顔になって在来生物を撃退してくれる。
その頼もしい戦い振りとおれに向ける柔らかい表情のギャップにおれがますます惚れ込んだのは言うまでもない。
途中でケイジュと自動二輪車の運転を代わることもあった。
道が平坦で難しいハンドル操作が必要ない時だけだったが、ケイジュは嬉しそうに運転していた。
エンジンを動かすのはおれなのでのんびり休憩するわけにはいかないが、それでも腕の疲れは軽減できるのでかなり助かった。
それに、広くて逞しいケイジュの背中に遠慮なく抱きつけるのは嬉しい。
速度もそんなに出してないしカーブも緩やかなので、抱きつく必要なんてないのだが、目の前にあるのに触ってはいけない理由もない。
ケイジュの背中にくっついていると温かくて、ここにいる限りおれは世界一安全なんだと思えて幸せだ。
恋人になれて本当に良かったとおれは何度も噛みしめることになった。
そうして運転を交代していたおかげで休憩の時間を減らせたし、一日の走行距離は今までで一番だったと思う。
一度天気が崩れかけたけど、上手く雲に追いつかれずに移動できたのも大きかった。
おかげでそれほど疲れていない。
リル・クーロの保存食が結構美味しくて、食べすぎてしまうくらいには食欲もあるし、段々と低くなっていく気温にも防寒具のおかげで適応できている。
順調すぎるぐらいだが、少しだけ不安なこともある。
夜の、アレだ。ケイジュから予告はされていたし、異論があるわけでもないんだけど、この調子じゃおれはフォリオに辿り着く前にどうにかなってしまいそうだ。

  おれは妙なことを口走りそうになったので慌てて口を閉じて、録音を切った。
おれは朝っぱらから何を思い出しているんだ。
ケイジュも待ってるだろうしひとまず出発しよう。
おれはまだ途中だった身支度を終わらせて、荷物をまとめて部屋を出た。
宿の前でケイジュと合流し、荷物を自動二輪車にくくりつける。

「これから天気が悪化しそうだな。ヘレントスに着くまで持てばいいけど」

おれは下世話なことを考えまいと、あえて呑気な顔を作って空を見上げた。
昨日の夕方から生暖かい風が吹いていたし、今の空模様もどんより曇っていて今にも雨が降りそうだ。
ケイジュはおれと同じように空を見上げて目を細める。

「昼ごろまでに到着できれば濡れずに済むだろう。だが、急いだほうがいいな」

「よし、じゃあ少し飛ばすか」

おれはケイジュから自動二輪車のハンドルを受け取って、宿場町の土色の道を歩き出した。
人通りが少なくなってきたところで自動二輪車にまたがり、エンジンを始動させる。
殻都が近くなってきたので街道も綺麗に整備されているし、問題なく進めば3時間くらいで到着できるはずだ。
アクセルを開けると静かな宿場町に自動二輪車の爆音が響く。
横を歩いていた獣人の運び屋がぎょっとしていたが、おれは構わず地面を蹴った。
最初から速度をどんどん上げたので、土埃が舞い上がる。
青空の下を駆け抜けるのも爽快だけど、湿った空気を追い越すように走り抜けるのも結構いい気分だ。
あっという間に人工の建物は遠ざかり、目の前には延々と続く街道と木がぽつぽつと生える草原が広がる。
リル・クーロほどではないが、このあたりでも秋が深まっているのか紅葉している木もあった。
自動二輪車の音に驚いた在来生物が逃げていく気配も感じられる。
冬に入るまでは油断できないな。
おれが地平線を睨んでいると、低い雲の隙間を縫うように黒い不吉な影が飛んでいた。

「ケイジュ、あれ、」

「ネウルラの群れだな……森の方に向かっているからこっちには来ないと思うが……」

ネウルラは巨大なトンボのような在来生物で、群れで移動しながら死骸を漁る不吉な生き物だ。
ネウルラよりも巨大で、空を飛ぶ在来生物では最強格のロカリスも近くにいることが多いので、見かけたらなるべく早く身を隠すべきだと言われている。
ヘレントスに向かっているのなら一大事だが、ネウルラの群れは雲に隠れて見えなくなった。
雨を避けるために雲の上に逃げたのかもしれないな。
このまま見逃してくれるにしろ、殻都を襲撃に向かったにしろ、おれたちはヘレントスに向かうしかない。
おれは更にスピードを上げた。

 ようやくヘレントスの殻壁が見えてきた頃、ついに雨が降り出した。
大粒の雨がおれとケイジュに打ち付け、視界もどんどん悪くなる。
ケイジュはおれの体調をしきりに心配したが、ここまで来て止まるわけにも行かないし、体調にも変化はないのでそのまま突っ走る。
そしておれもケイジュもぐっしょり濡れて街道に泥水の川が流れ出した頃、なんとかヘレントスの殻壁までたどり着き、殻の中に飛び込んだ。
ヘレントスの街中は豪雨のため人通りが殆どなかった。
ネウルラの群れはヘレントスには来ていないようだ。殻壁を守る衛兵たちは鬱陶しそうに空を見上げている。
リル・クーロで預かった荷物が濡れないうちに、急いで冒険者ギルドに向かう。
今日は朝から天気が悪かったので、ギルドにも人は少ない。
無事に荷物を受付に預け、ついでに自動二輪車もギルドの馬繋場で預かってもらった。
そのまま宿を探すには雨が酷すぎたので、一旦ケイジュの自宅で雨宿りすることにした。
おれを先導して歩くケイジュの表情は険しい。
早くしないとおれがまた倒れるんじゃないかと心配しているようだった。
おれは何度も大丈夫だと言ったんだけど、ケイジュは唇を引き結んだままだ。
そして水滴をぽたぽた垂らしたまま自宅の扉を開け、床が濡れるのも構わずおれを家の中に押し込んだ。

「ケイジュ、家の中、濡れちまうって」

ケイジュの自宅は相変わらず荷物だらけで、足の踏み場も最低限しかない。

「構わない。暖房もあるからすぐに乾かせる」

ケイジュに押されるまま、なんとか部屋の奥に進む。
木箱に囲まれるように質素なベッドが置かれていて、その横は少しスペースがある。
ケイジュはおれに服を脱ぐように言い、重くなった外套をベッドの横のストーブの上に引っ掛けた。
服を乾かす用の紐が天井に張ってあって、そこにケイジュも外套を脱いでぶら下げる。
下にぼたぼたと水滴が落ちるので、ケイジュはどこかからか引っ張り出してきた金ダライを床においた。
更に狭くなった部屋の中をケイジュは慣れたように歩き回って、魔力を注ぐことで発熱する暖房器具を起動させ、クローゼットから乾いたシャツなんかを引っ張り出した。

「濡れてる服は全部脱げ。身体を冷やすな」

ケイジュは焦ったようにおれの濡れたシャツにも手をかけて脱がせようとしてくる。
その表情があまりにも切迫していて痛々しかったので、おれはケイジュの両手を握る。

「ケイジュ!おれは大丈夫だ。焦らなくても、倒れたりしない」

おれが真正面からケイジュの目を見つめる。
ようやくしっかり視線を重ねてくれたケイジュは、一瞬息を止めて、それから俯いた。

「……わるい、セオドア……」

ケイジュの両手がおれの手を包み込み、顔に引き寄せる。
祈るようにおれの手の甲に口付けたケイジュは、長い溜息をついてようやく肩を落とした。

「どうしても、思い出してしまって、平静ではいられない……本当に、大丈夫なんだな?」

おれはケイジュの不安げに揺らぐ瞳に胸を締め付けられながら、ケイジュの唇に口付けた。
雨のせいでひんやりしていたけど、すぐに身体の内側の熱が伝わってくる。
力強くぎゅっとケイジュの指先を握ってから顔を離し、不敵に笑ってみせる。

「大丈夫だ。ケイジュも着替えろよ。じゃないと、おれが全部剥ぎ取るぜ?」

ケイジュはちょっと目を丸くしてから、唇の片側だけをかすかに上げる。

「……セオドアが脱がせてくれるのか?積極的だな」

おれはそんな色っぽい返しをされるとは思っていなかったので一瞬怯んだ。
けど、これで負けるのも悔しかったのでケイジュの服に手を伸ばす。
濡れて肌に張り付くシャツのボタンをやけくそで外し、ケイジュの濡れた肌を外気に晒す。
鍛えられた胸板と肌理細かい白い肌にいちいちドキドキしつつ下までボタンを外すと、ケイジュはシャツを脱ぎ惜しげもなく美しい上半身をおれにさらけ出す。
物に囲まれた部屋の中は雨のせいでより一層暗くなり、もう少しで昼なのに日が落ちた後のようだ。
その薄暗くて湿った部屋の中で、肌の色だけが生々しい。

「セオドアも、脱げ」

ケイジュが低く掠れた声でおれに囁き、濡れたシャツを無造作に木箱の上に放る。
そしておれのズボンのベルトに手を伸ばしてきた。
ズボンも濡れてるから脱がしてるだけだと言えばそうだけど、ケイジュの表情はあからさまに欲情していた。
おれは熱を持ち始めた手で自分のシャツのボタンを外していく。
焦っているせいでうまく手が動かない。
それでもおれはケイジュのギラついた表情から目を離さず、至近距離で睨み合ったままシャツを脱いだ。
べしゃりと濡れた服が床に落ちる。
ズボンを脱ごうと腰をかがめると、ケイジュに肩を押されてベッドの上に押し倒された。
木枠にマットレスを置いただけの簡素なベッドだったけど、おれとケイジュの体重を受け止めても小さく軋むだけだ。
ケイジュはおれの足からズボンを剥ぎ取り、ついでにブーツも脱がせると、おれに伸し掛かって口付けてきた。
発情した短い呼吸を隠そうともしないまま、おれの口内にケイジュの舌が入り込んでくる。
あっという間におれの思考はケイジュ一色に染め上げられて、ケイジュの背中に腕をまわした。
外からは相変わらず激しく雨が打ち付ける音が聞こえてくる。
ケイジュからズボンを剥ぎ取ろうと四苦八苦していると、かなり大きな雷鳴も響いてきた。
その荒れた天気は、おれの声とベッドが軋む音を誤魔化してくれる。
昨夜は宿の壁が薄すぎて健全にキスだけをして寝てしまったので、身体が期待で熱くなった。
たった一晩お預けになっただけなのに、おれの身体はどうしてしまったんだろう。
おれは素肌が重なる感触に陶然としたため息をついて、ケイジュの足に自分の足を絡めた。

 

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