少女のこころは。

阿零

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心の衝突

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陽音は波打ち際まで駆けると大きく息をすった。







「くだらない!くだらないくだらないくだらない!!」


声を荒らげて陽音は叫ぶ。


「成績ってなんだよ!?跡継ぎなんて知らないよ!!私は好きでこの家に生まれてきたんじゃない!誰にもわからないよ!救われたいとも思わない!!」

海は彼女の声を静かに受け止める。

涙目でこちらを振り向く彼女はとても少女らしかった。

そんな陽音を見て、月穂も叫ぶ。
海に向かって。

「誰も私を受け入れてくれない!ずっとひとりで苦しかった!!居場所がないの!」

海は2人の思いを吸い込む。その青さはふたりの思いを反射することはせず、ただ深い色を平等に広く保っていた。

月穂はそっと陽音に歩み寄った。

「何かすっきりしたよ。」

月穂の瞳は澄み渡り、迷いは一切ないような色をしていた。

「あなたはひとりなのね。」

そう、と短く月穂が言ったあとに、でも、と繋げる。

「私だってみんなと同じがいい。出た杭は抜かれるよ。打たれて同じにはしてもらえない。仲間はずれに、輪から、群れから、追放されるの。」

「そんなの!」

陽音は叫ぶ。その声は悲壮感に満ちていた。

「努力すれば同じになれるのよきっと。」

叫び声が頼りなくしぼんでいく。

「違う!どんなに努力して馴染もうとしても私は誰にも調和できなかった。」

月穂も声を荒らげた。その声は自分が今まで信じてきたものを貫き通すように強い声だった。

「努力しても変えられないことはいくらでもある。そうなのよ。」

月穂はそう言った。彼女の言葉は世のことわりを残酷に、飾らずに表していた。

陽音はその場に力なく立ち尽くしていた。

「それじゃあ、私は結局いつまでも変われないじゃない。」

その声は潮風にさらわれて空へと高く舞っていった。

陽音の頬を一筋の涙が伝う。

その姿は儚げだったがどこか少したくましく、凛と佇んでいた。

「苦しいの。毎日毎日。」

陽音は力なくその場に崩れ落ちた。

彼女は静かに涙を流した。

海は波の音を奏でる。その音には意志はないが火照った心を落ち着けるにはこれ以上ない音だった。

「私ね、家柄のこともあって常に完璧を求められていたの。失敗は許されなかった、何度も自分が生まれてきた家を、厳格な両親を恨んだ。」

波は静かに音を立てる。海はどんな時でもささやかに奏でている。海に沈黙は似合わないのだ。

月穂が口を開く。その口調は穏やかだった。


「私ね、昔から友達が少なくて。すごく内気な女の子だったの。」

陽音は月穂の顔を見上げる。

「年頃の女の子って社会性を身につけてきて空気をよんだり、話を合わせたり、そういうスキルを習得していくんだよね。」

月穂は続ける。

「女の子の成長って、そんなものでさ。私の周りもそういう傾向になってきたんだよね。小学6年生くらいだったかな。」

陽音は黙って耳を傾けている。

「内気な私はいつしかイジメのターゲットにされてたんだ。」

陽音の瞳はじっと月穂を見つめていた。

「私は何の抵抗もしなかった。ていうかできなかったんだよね。抗う術を知らなかったの。
そんな日々がしばらく続いて、無反応な私にイジメの首謀者たちは飽きたみたいで。ほかの子をターゲットにしてイジメ始めたの。」

風が強く吹き抜ける。月穂は少し間を開けて話始めた。

「私はその子の肩を持つことも、いじめグループ側につくこともしなかった。いま考えたら、先生に密告するとか方法はいくらかあったと思うけど。…うん、まあでもそれはそれで彼女達の感情をを逆なでしてまた私がいじめられてたのかもね。その時の私はそこまで考えてなかったけど。」

「私はその後しばらくして転校したから、いじめられてた子がどうなったかわからない。そこから私は人間関係に敏感になったの。」

陽音の声は少し掠れていた。

「月穂は、いまのままその時に戻れたら彼女のことを救うの?」

「救う」という言葉にイントネーションが置かれていた陽音の問いかけは、言葉以上の意味があったのかもしれない。


「うん。」

と、月穂は力強く答えた。


海は少女たちの懺悔のような言葉も引きづってさらっていき、また別の何かを連れ出して来るようだった。

2人はやはり、噛み合わない。

欠陥だらけで脆い。

真実を直視して心を切り離して生きてるきた月穂は、陽音が押しつぶされそうになるプレッシャーを理解出来ない。

しかし月穂は臆病で、踏み込んで関係を崩すことを何よりも望まない優しい不器用人だ。
人間関係の中の弱さ、儚さを理解しているからこそ崩壊を何より恐れている。


常に周囲から期待されてきた陽音は後戻りができなかった。
一歩選択を間違えれば人生が終わるとすら考えている。
否、実際にそういう状況で生き延びてきたのだ。

彼女の友達付き合いは工夫の上で成り立っていた。
そこには本質的な友情は成り立っていなかった。
彼女の友達付き合いは社交的だった。それでも陽音は、その関係に満足していた。
だからそれでよかった。
誰にでも 親しく振る舞い、誰彼構わず営業スマイルの仮面で接する。
その上辺関係で安定した地位につけたのは彼女のカリスマ性あってのことだったのだろう。
だから陽音は月穂の気持ちが理解出来なかった。


お互いどこか理解が足りないふたりは欠けたもの同士、引き合ったのかもしれない。







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