上 下
7 / 8

追憶に浸る 後《せせらぎ視点》

しおりを挟む
≪せせらぎ視点≫
 私は今、非常にいら立っている。原因は目の前の少年たちだ。光希君よりも一回りか二回り大きく、中には恰幅のいい子もいた。光希君が崖から落ちたのも、時々する怪我の原因はきっと彼らなのだろう。

 村に戻り、光希君の叔父を訪ねようと思い、村中を彷徨っていた。すると、いきなり石を投げられた。狙いは光希君だったみたいで、光希君をかばった。いったい誰が投げたのかを探していると、彼らが現れてこう言った。

 「やーい!!お化け野郎。外から来た女に守ってもらってよわっちーの!!あんたもこいつにかかわるのはやめたほうがいいぜ」
 「そうだそうだ!!こいつのせいでこいつの母ちゃん死んじまったんだぜ‼母ちゃんは惨めだな。お前なんて生まなければ、それなりに生きられただろうによぉ。だから、あんたも死にたくなかったらかかわるのはやめときな」

 この発言だけでも十分腹立たしいのだが、なによりも許せなかったのは彼女のことを惨めだと言ったことだ。彼女は光希君のことを心の底から愛していたように思う。短期間だけでも、それはよくわかる。

 光希君の方を見て見ると、目に涙を蓄えていた。それだけではなく、悔しさか怒りかはたまたその両方か、唇をかみしめて彼らを睨みつけていた。

 「ぼ、僕だって、か、母さんに……生きていて、欲しかった。ぼ、僕がいなけりゃ、よかった。って思ったこと……ある。けど、母さんに、生きてって、言われ、たんだ。だから、そ、そんなこと……言うな」
 「不気味なだけじゃなくて、こいつ泣き虫かよ。本当にお前、死んだほうがましじゃね。」

 生きようとして何が悪い。泣いて何が悪い。だって、この子はまだ生きていて精神的に未熟な子供だ。

 本当に彼らの神経が理解できなかった。死んだ方がまし?言っていいことと言ってはいけないことがあるだろう。これがはらわたが煮えくり返るというのだろうか、頭が怒りで支配されそうになる。

 「それは、あなたたちにも言えることではありませんか?」

 私はできるだけこの感情を表に出さないようにして言った。もっとまくし立ててもいいのかもしれない。だけど、なんとなくそれは違うと思った。

 「あなたは生まれたときから今のように喋れましたか?あなたは1度も泣いたことがなかったのですか?あなたは化け物と呼ばれたことはありますか?」
 「きっとどれもないでしょう。歩けば化け物と罵倒されたり、不吉なものだと嫌煙される。少しつたない喋り方で喋るだけで気味が悪いという。極めつけはそこにいるだけで存在を否定する。実に滑稽ですね。」

 彼らはあくまで自分たちが普通であるとしているようだが、実際には彼らも異常なのだ。

 異常なものを徹底的に排除するというものは誰でも持っている感情だが、それを表に出す人間は一つ前提条件を忘れている。それは自分たちにも異常だったという時期、ものを持っていることだ。実に愚かしい。同時に哀れに思う。

 「な、何がだよ。」
 「自分よりも、いくつも年下の子供をよってたかっていじめて楽しいんですか?しかも、その子供は身寄りがないという。私からすればあなたたちの方が気味が悪い」
 「お、俺らは間違ってねぇもん。こいつが喋れないのが悪い。」
 「そ、そうだ。こいつがいると不幸しか呼ばないってみんな言ってたもん。だから、こいつは化け物なんだ。」

 みんなが言っていた。ある意味この言葉は非常に便利だ。自分がやったことを平気で他人に擦り付ける。これを醜いと言わなかったらなんと言う?

 「化け物を化け物って言ったら何がいけないの?そこにいるだけで害があるんだし。正直崖から落ちたときもとっとと死んじまえばよかったのに、なのになんで生きているんだよ」

 光希君を化け物と彼らは言うが、私には彼らの方が化け物のように思える。平気な顔して自分よりも弱い者を傷つけ、笑い話にする。そんなに化け物が見たいのなら見せてやろう。

 ヒュン!!

 ごく少量の水を指先に集め、針のようにして彼らに当たらないよう意識して彼らの後ろに放った。そしたら、全員座り込み、中には気絶しかけている者もいた。

 「化け物、ねぇ。化け物ってこういうことを指すんですよ」
 「ひ、ひぃ」
 「光希、行きましょう。」
 「う、うん。……ありがとう」

 指先に先ほどより多めの水を集め、今度は槍状にして彼らに向けながらそう言うと、彼らはそそくさと逃げ出した。そのすきに私は光希君の手を引いてその場を後にした。

 それからは光希君の義理の親ととお話をさせてもらって、光希君の叔父、光太郎とともに暮らすようになった。

 本当に束の間だったけどとても幸せで長く続いてほしいと思っていたそんな生活だった。でもこの残酷な世界はそれすらも許してくれない。

 「なんで、なんでなのですか。」
 「……すまんな。約束を守れなくて。頼むぜ、あいつのこと」
 「……っ!!なんでもそんな風に頼むのですか!!生きようと足搔こうとも思わなかったのですか!!あの子を本当の意味でこれ以上孤独な思いをさせるつもりですか!!」
 「生きたかったよ。生きて見守りたかった。でもだめなんだ。俺みたいなやつがそばにいてもあいつは幸せになれない。」

 炎の海の中、悔し気に彼はそう語った。周りからは断末魔が聞こえる地獄絵図だった。光希君の安全を確保して、光太郎さんを探した。見つけたときにはすでに絶命の寸前だった。

 私は間に合わない。どうしてなの。どうして生きることを諦めるの?私なら、あなたをまだ生きさせることができる。それなのにどうして。

 「お前に頼みたいことがある。」
 「何ですか。」
 「あいつから、俺との記憶を抹消してくれ。頼む……俺が記憶の中にいるときっとあいつ復讐のために動いちまう。でも復讐なんて何も生まないから。」

 彼は私に懇願した後、ひどく満たされたような顔をして息を引き取った。きっと、これ以上光希君の心の負担を増やしたくなかったのだろう。だから何だ、何なんだ!

 「光希君、本当に……ごめんなさい。」

 この日、私は人の記憶を隠すという咎を犯した。これは誰にも話さない、いや、気づかせてはならない。

 あれから、10年光希君も立派に成長した。時にはぶつかって、何日も口を利かなかったりして、それでも仲直りをする。そんな普通の日常を過ごしてきた。

 そんな日常が壊れるのはもう嫌だ。唐突な別れなんてもう二度と味わいたくない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

処理中です...