67 / 73
第六十七話
しおりを挟む
思わず声量を考えず、素っ頓狂な声を出してしまった。
私は口を抑え、レテの困ったような声に耳を傾ける。
「多分だけど……サナシスの代わりに、色々な呪いを受けてるんだと思う。サナシスへの呪いを誰かが神々に祈り、それを聞き届けようとしたけど、ステュクスお母様の加護の前には無意味だから、代わりにヘリオスへ全部なすりつけられてる。それに、ステュクス王国の第一王子だから生まれる前から一身に呪いを受けてきたみたい」
それは多分、私には想像もつかない世界の出来事だ。
人間は神に祈る。それは願いを叶えてもらうためだ。しかしその中には、悪意をもって願うこともある。それがいわゆる呪いであり、神は人間の善意や悪意なんかまったく考慮しない。叶えたいものを叶え、叶えられるものを叶える。そういうことだろう。
それが——どんな結果を招こうとも、神は痛痒すら感じない。ちょうど、主神ステュクスがサナシスのために何でもして、他の国がどうなろうと知ったことではないのと同じだ。
しかし、レテは若干違うようだ。
「こんなことがあるから、私は願いとか祈りとか、嫌いなのよ……誰も彼も、神々も人間も、あんまりにも無責任すぎるわ」
はあ、とため息がばっちり聞こえた。レテは神に似つかわしくなく、苦労性のようだ。というより、私が祈らなかったことは、逆にレテにとっては気軽でよかったのかもしれない。私はついそんなことを思った。
しかし、それはどうでもいいとして、肝心なのは呪いだ。ヘリオスがどうしようもなく神を信じず、あの温室庭園から出られないほど健康に問題があることは私も知っている。それが呪いのせいであるなら、ステュクス王国第一王子としての責務も果たせないほどであるなら。それはとても恐ろしいことだ。人々はヘリオスを呪い、サナシスを呪い、神々はそれに応えたというのだから。
私は首を振る。そんな世の中のことを、知りたくはなかった。いくら醜く嫌いな世界でも、悪意を振り撒くような世界であってほしくはなかった。私は、込み上げてきた怒りと吐き気を我慢して、レテへ質問する。
「あの、呪いのことは、当然、ヘリオス様はご存じではない」
「うん、ステュクスお母様もそういうことには神託を下さない。それに、人間は知らないほうがいいこともある」
「どうしてそうなったのでしょう。ヘリオス様は、呪われるような悪いことなどしてないのではありませんか」
半ばその言葉は、吐き捨てるようになってしまった。本音を言えば、強く誰かを非難したいほどに、私は身につまされていた。
「意外ね。あなたは、サナシスのことだけを考えるかと思ってた」
私はレテへ、そうではないのだと、言いたかった。
「おつらい境遇にあるヘリオス様も、サナシス様のことを大切に思っていらっしゃいます。そのような方が、悪い方だとは思えないのです。それに、サナシス様なら、このことを知ればヘリオス様を助けようと全力を尽くされるはず。ただ、お伝えすべきかどうか……サナシス様は、ヘリオス様が自分の身代わりになって呪いを受けていると分かれば、大変落ち込まれるでしょうし、きっとご自分を責めてしまいます」
それは想像に難くない。サナシスは善良で、心優しい青年だ。いくら世界の醜さを知っているとはいえ、兄であるヘリオスのつらい身の上が自分のせいだった、などとなれば、どうなる。呪いを与えた神々を憎み、その敬虔なる信仰心は潰えてしまうのではないか。もしくは、主神ステュクスへ、私のように復讐を願ってしまうのではないか。サナシスが望めば、主神ステュクスはきっと叶えてしまう。そして、その影響は世界にどんな被害を与えてしまうだろう。もはや、私ごときには考えつかない悲劇を生むだろう。
だめだ。そんなことは、あってはならない。
「どうにか、どうにかなりませんか。私にできることであれば、何でもします」
「うーん……これまで受けた呪いはもう発動してるからどうしようもないけど、これから受ける呪いなら何とかなるわ」
「本当ですか?」
「エレーニ、ステュクスお母様を説得して、ヘリオスへ加護を与えるよう頼んで。そうすれば、マシになるはず」
説得、それはまたおしゃべりではない私には難易度が高い。
だが、やらなければならない。このままヘリオスが不幸の谷底に落ちてしまう前に、サナシスが自分を責める前に、少しでも状況を改善しなければならない。それが、知ってしまった私の責務だ。
「私に、できるでしょうか」
「うん……あなたしかできない」
レテの言葉に、私は信を置くことにした。
主神ステュクスを説得する。その任務を負い、初めて私は、誰かのために祈る。
「かしこまりました。早速神域アルケ・ト・アペイロンへ向かい、神殿で祈りを捧げます」
私の決意を聞き届けたのか、レテの声は聞こえなくなった。
私は、急いで王城へ戻ることにした。
私は口を抑え、レテの困ったような声に耳を傾ける。
「多分だけど……サナシスの代わりに、色々な呪いを受けてるんだと思う。サナシスへの呪いを誰かが神々に祈り、それを聞き届けようとしたけど、ステュクスお母様の加護の前には無意味だから、代わりにヘリオスへ全部なすりつけられてる。それに、ステュクス王国の第一王子だから生まれる前から一身に呪いを受けてきたみたい」
それは多分、私には想像もつかない世界の出来事だ。
人間は神に祈る。それは願いを叶えてもらうためだ。しかしその中には、悪意をもって願うこともある。それがいわゆる呪いであり、神は人間の善意や悪意なんかまったく考慮しない。叶えたいものを叶え、叶えられるものを叶える。そういうことだろう。
それが——どんな結果を招こうとも、神は痛痒すら感じない。ちょうど、主神ステュクスがサナシスのために何でもして、他の国がどうなろうと知ったことではないのと同じだ。
しかし、レテは若干違うようだ。
「こんなことがあるから、私は願いとか祈りとか、嫌いなのよ……誰も彼も、神々も人間も、あんまりにも無責任すぎるわ」
はあ、とため息がばっちり聞こえた。レテは神に似つかわしくなく、苦労性のようだ。というより、私が祈らなかったことは、逆にレテにとっては気軽でよかったのかもしれない。私はついそんなことを思った。
しかし、それはどうでもいいとして、肝心なのは呪いだ。ヘリオスがどうしようもなく神を信じず、あの温室庭園から出られないほど健康に問題があることは私も知っている。それが呪いのせいであるなら、ステュクス王国第一王子としての責務も果たせないほどであるなら。それはとても恐ろしいことだ。人々はヘリオスを呪い、サナシスを呪い、神々はそれに応えたというのだから。
私は首を振る。そんな世の中のことを、知りたくはなかった。いくら醜く嫌いな世界でも、悪意を振り撒くような世界であってほしくはなかった。私は、込み上げてきた怒りと吐き気を我慢して、レテへ質問する。
「あの、呪いのことは、当然、ヘリオス様はご存じではない」
「うん、ステュクスお母様もそういうことには神託を下さない。それに、人間は知らないほうがいいこともある」
「どうしてそうなったのでしょう。ヘリオス様は、呪われるような悪いことなどしてないのではありませんか」
半ばその言葉は、吐き捨てるようになってしまった。本音を言えば、強く誰かを非難したいほどに、私は身につまされていた。
「意外ね。あなたは、サナシスのことだけを考えるかと思ってた」
私はレテへ、そうではないのだと、言いたかった。
「おつらい境遇にあるヘリオス様も、サナシス様のことを大切に思っていらっしゃいます。そのような方が、悪い方だとは思えないのです。それに、サナシス様なら、このことを知ればヘリオス様を助けようと全力を尽くされるはず。ただ、お伝えすべきかどうか……サナシス様は、ヘリオス様が自分の身代わりになって呪いを受けていると分かれば、大変落ち込まれるでしょうし、きっとご自分を責めてしまいます」
それは想像に難くない。サナシスは善良で、心優しい青年だ。いくら世界の醜さを知っているとはいえ、兄であるヘリオスのつらい身の上が自分のせいだった、などとなれば、どうなる。呪いを与えた神々を憎み、その敬虔なる信仰心は潰えてしまうのではないか。もしくは、主神ステュクスへ、私のように復讐を願ってしまうのではないか。サナシスが望めば、主神ステュクスはきっと叶えてしまう。そして、その影響は世界にどんな被害を与えてしまうだろう。もはや、私ごときには考えつかない悲劇を生むだろう。
だめだ。そんなことは、あってはならない。
「どうにか、どうにかなりませんか。私にできることであれば、何でもします」
「うーん……これまで受けた呪いはもう発動してるからどうしようもないけど、これから受ける呪いなら何とかなるわ」
「本当ですか?」
「エレーニ、ステュクスお母様を説得して、ヘリオスへ加護を与えるよう頼んで。そうすれば、マシになるはず」
説得、それはまたおしゃべりではない私には難易度が高い。
だが、やらなければならない。このままヘリオスが不幸の谷底に落ちてしまう前に、サナシスが自分を責める前に、少しでも状況を改善しなければならない。それが、知ってしまった私の責務だ。
「私に、できるでしょうか」
「うん……あなたしかできない」
レテの言葉に、私は信を置くことにした。
主神ステュクスを説得する。その任務を負い、初めて私は、誰かのために祈る。
「かしこまりました。早速神域アルケ・ト・アペイロンへ向かい、神殿で祈りを捧げます」
私の決意を聞き届けたのか、レテの声は聞こえなくなった。
私は、急いで王城へ戻ることにした。
9
お気に入りに追加
2,641
あなたにおすすめの小説
英雄騎士様は呪われています。そして、記憶喪失中らしいです。溺愛の理由?記憶がないから誰にもわかりません。
屋月 トム伽
恋愛
戦が終わり王都に帰還していた英雄騎士様、ノクサス・リヴァディオ様。
ある日、ノクサス様の使者が私、ダリア・ルヴェルのもとにやって来た。
近々、借金のかたにある伯爵家へと妾にあがるはずだったのに、何故かノクサス様のお世話にあがって欲しいとお願いされる。
困惑する中、お世話にあがることになったが、ノクサス様は、記憶喪失中だった。
ノクサス様との思い出を語ってくださいと言われても、初対面なのですけど……。
★あらすじは時々追加します。
★小説家になろう様にも投稿中
★無断転載禁止!!
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
お母さんに捨てられました~私の価値は焼き豚以下だそうです~【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公リネットの暮らすメルブラン侯爵領には、毎年四月になると、領主である『豚侯爵』に豚肉で作った料理を献上する独特の風習があった。
だが今年の四月はいつもと違っていた。リネットの母が作った焼き豚はこれまでで最高の出来栄えであり、それを献上することを惜しんだ母は、なんと焼き豚の代わりにリネットを豚侯爵に差し出すことを思いつくのである。
多大なショックを受けつつも、母に逆らえないリネットは、命令通りに侯爵の館へ行く。だが、実際に相対した豚侯爵は、あだ名とは大違いの美しい青年だった。
悪辣な母親の言いなりになることしかできない、自尊心の低いリネットだったが、侯爵に『ある特技』を見せたことで『遊戯係』として侯爵家で働かせてもらえることになり、日々、様々な出来事を経験して成長していく。
……そして時は流れ、リネットが侯爵家になくてはならない存在になった頃。無慈悲に娘を放り捨てた母親は、その悪行の報いを受けることになるのだった。
身代わり皇妃は処刑を逃れたい
マロン株式
恋愛
「おまえは前提条件が悪すぎる。皇妃になる前に、離縁してくれ。」
新婚初夜に皇太子に告げられた言葉。
1度目の人生で聖女を害した罪により皇妃となった妹が処刑された。
2度目の人生は妹の代わりに私が皇妃候補として王宮へ行く事になった。
そんな中での離縁の申し出に喜ぶテリアだったがー…
別サイトにて、コミックアラカルト漫画原作大賞最終候補28作品ノミネート
公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~
薄味メロン
恋愛
HOTランキング 1位 (2019.9.18)
お気に入り4000人突破しました。
次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。
だが、誰も知らなかった。
「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」
「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」
メアリが、追放の準備を整えていたことに。
天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする
カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m
リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。
王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。
転生おばさんは有能な侍女
吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした
え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀?
転生おばさんは忙しい
そして、新しい恋の予感……
てへ
豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!
異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい
千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。
「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」
「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」
でも、お願いされたら断れない性分の私…。
異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。
※この話は、小説家になろう様へも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる