37 / 73
第三十七話
しおりを挟む
カイルス宮殿の悲劇の第一報が、ステュクス王国王城のサナシスの執務室に届けられたのは、三日と経たないうちだった。ほぼ同時に、カイルス王国の王侯貴族は皆殺しにされてしまい、国としての機能が完全に麻痺してしまったことも報告に上げられた。
報告に来たニキータは、眉間にしわを寄せたサナシスへ、簡潔に状況を説明する。
「つまり、馬鹿な王侯貴族の乱痴気騒ぎへ、怒った民衆が大挙して押し寄せて皆殺しにした。そういうことだね」
ニキータはどこか嬉しそうだ。
「ご安心を、我が君。へメラポリスとアンフィトリテのまだ話を聞く貴族たちは逃してある。ソフォクレス将軍の仕事は残っているさ。今回の反乱、予想よりも拡大が速く、制御は叶わなかったが、我々にとって被害は最小限だ。国境沿いにいる兵団を派遣し、反乱軍を監視、交渉を始めよう」
ニキータは喜びを隠しもしない。この男は、自分たちに益のある他人の不幸を、思う存分に喜べるたちだ。それが国王の不興を買って、ステュクス王国の王族だというのに聖職から追放されたほどだというのに、改める気はないらしい。
そんなニキータをサナシスは有用だからとずっと使ってきた。ニキータもまた、尽くすに値する主君だとサナシスを認めている。それなりに長く付き合ってきて、君臣の間柄ながら、気の置けない仲ではある。
だから、サナシスは思いっきり深いため息を吐く姿を見せた。
「どうかしたかい?」
「いや……」
「ああ、気分が優れないようなら」
「それは大丈夫だ。そうじゃない、何というか」
言い繕っても仕方がない。サナシスは執務室に自分とニキータだけしかいないことを確認して、執務机を手のひらで何度も叩いた。
「どいつもこいつも、馬鹿だろう! 民を殺すほどに税を搾り取り、贅沢に贅沢を重ねた貴族など殺されて当然だ! なのに安穏と舞踏会? 前兆はいくらでもあっただろう、遠くこの国にいるお前が把握できていたほどなのだから! こんなことのために、あらゆる国、あらゆる人々にどれほどの悪影響が出ると思っている!」
そう、あまりにも馬鹿馬鹿しい。民衆に反乱を起こさせるような統治の仕方をしている王侯貴族など、もはや支配者として許しがたい。暴虐の革命を誘発するほどに度を過ぎた行いを看過してきたなど、言い訳さえ許されない。とうの昔に、いわゆる貴族層がいなくなっている大国ステュクス王国からしてみれば、いつまで旧態依然の支配体制を続けているのか、だから戦争が終わらないのだろうと愚痴も言いたくなってくる。
ニキータはうんうん、と大いに頷く。
「確かに。だがね、神聖なるステュクス王国の誇る聡明なる王子よ。世界は醜いのだ」
その言葉に、ほんの少し、サナシスは機嫌を悪くした。王子様には分かるまい、そんなことをニキータは言わないと分かっていても、だ。
「その醜悪さは、毎日毎日、毎年毎年、年輪のように積み重ねられてきた。削っても削っても、父祖の恨みや過ちが尽きることはなく、今を生きる誰もが修正すること叶わなかったのだ。だから、この反乱の萌芽からは誰もが目を逸らしてきていた。その結果、あまりにも衝撃的な出来事となってしまったがね」
報告に来たニキータは、眉間にしわを寄せたサナシスへ、簡潔に状況を説明する。
「つまり、馬鹿な王侯貴族の乱痴気騒ぎへ、怒った民衆が大挙して押し寄せて皆殺しにした。そういうことだね」
ニキータはどこか嬉しそうだ。
「ご安心を、我が君。へメラポリスとアンフィトリテのまだ話を聞く貴族たちは逃してある。ソフォクレス将軍の仕事は残っているさ。今回の反乱、予想よりも拡大が速く、制御は叶わなかったが、我々にとって被害は最小限だ。国境沿いにいる兵団を派遣し、反乱軍を監視、交渉を始めよう」
ニキータは喜びを隠しもしない。この男は、自分たちに益のある他人の不幸を、思う存分に喜べるたちだ。それが国王の不興を買って、ステュクス王国の王族だというのに聖職から追放されたほどだというのに、改める気はないらしい。
そんなニキータをサナシスは有用だからとずっと使ってきた。ニキータもまた、尽くすに値する主君だとサナシスを認めている。それなりに長く付き合ってきて、君臣の間柄ながら、気の置けない仲ではある。
だから、サナシスは思いっきり深いため息を吐く姿を見せた。
「どうかしたかい?」
「いや……」
「ああ、気分が優れないようなら」
「それは大丈夫だ。そうじゃない、何というか」
言い繕っても仕方がない。サナシスは執務室に自分とニキータだけしかいないことを確認して、執務机を手のひらで何度も叩いた。
「どいつもこいつも、馬鹿だろう! 民を殺すほどに税を搾り取り、贅沢に贅沢を重ねた貴族など殺されて当然だ! なのに安穏と舞踏会? 前兆はいくらでもあっただろう、遠くこの国にいるお前が把握できていたほどなのだから! こんなことのために、あらゆる国、あらゆる人々にどれほどの悪影響が出ると思っている!」
そう、あまりにも馬鹿馬鹿しい。民衆に反乱を起こさせるような統治の仕方をしている王侯貴族など、もはや支配者として許しがたい。暴虐の革命を誘発するほどに度を過ぎた行いを看過してきたなど、言い訳さえ許されない。とうの昔に、いわゆる貴族層がいなくなっている大国ステュクス王国からしてみれば、いつまで旧態依然の支配体制を続けているのか、だから戦争が終わらないのだろうと愚痴も言いたくなってくる。
ニキータはうんうん、と大いに頷く。
「確かに。だがね、神聖なるステュクス王国の誇る聡明なる王子よ。世界は醜いのだ」
その言葉に、ほんの少し、サナシスは機嫌を悪くした。王子様には分かるまい、そんなことをニキータは言わないと分かっていても、だ。
「その醜悪さは、毎日毎日、毎年毎年、年輪のように積み重ねられてきた。削っても削っても、父祖の恨みや過ちが尽きることはなく、今を生きる誰もが修正すること叶わなかったのだ。だから、この反乱の萌芽からは誰もが目を逸らしてきていた。その結果、あまりにも衝撃的な出来事となってしまったがね」
18
お気に入りに追加
2,641
あなたにおすすめの小説
英雄騎士様は呪われています。そして、記憶喪失中らしいです。溺愛の理由?記憶がないから誰にもわかりません。
屋月 トム伽
恋愛
戦が終わり王都に帰還していた英雄騎士様、ノクサス・リヴァディオ様。
ある日、ノクサス様の使者が私、ダリア・ルヴェルのもとにやって来た。
近々、借金のかたにある伯爵家へと妾にあがるはずだったのに、何故かノクサス様のお世話にあがって欲しいとお願いされる。
困惑する中、お世話にあがることになったが、ノクサス様は、記憶喪失中だった。
ノクサス様との思い出を語ってくださいと言われても、初対面なのですけど……。
★あらすじは時々追加します。
★小説家になろう様にも投稿中
★無断転載禁止!!
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
お母さんに捨てられました~私の価値は焼き豚以下だそうです~【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公リネットの暮らすメルブラン侯爵領には、毎年四月になると、領主である『豚侯爵』に豚肉で作った料理を献上する独特の風習があった。
だが今年の四月はいつもと違っていた。リネットの母が作った焼き豚はこれまでで最高の出来栄えであり、それを献上することを惜しんだ母は、なんと焼き豚の代わりにリネットを豚侯爵に差し出すことを思いつくのである。
多大なショックを受けつつも、母に逆らえないリネットは、命令通りに侯爵の館へ行く。だが、実際に相対した豚侯爵は、あだ名とは大違いの美しい青年だった。
悪辣な母親の言いなりになることしかできない、自尊心の低いリネットだったが、侯爵に『ある特技』を見せたことで『遊戯係』として侯爵家で働かせてもらえることになり、日々、様々な出来事を経験して成長していく。
……そして時は流れ、リネットが侯爵家になくてはならない存在になった頃。無慈悲に娘を放り捨てた母親は、その悪行の報いを受けることになるのだった。
身代わり皇妃は処刑を逃れたい
マロン株式
恋愛
「おまえは前提条件が悪すぎる。皇妃になる前に、離縁してくれ。」
新婚初夜に皇太子に告げられた言葉。
1度目の人生で聖女を害した罪により皇妃となった妹が処刑された。
2度目の人生は妹の代わりに私が皇妃候補として王宮へ行く事になった。
そんな中での離縁の申し出に喜ぶテリアだったがー…
別サイトにて、コミックアラカルト漫画原作大賞最終候補28作品ノミネート
公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~
薄味メロン
恋愛
HOTランキング 1位 (2019.9.18)
お気に入り4000人突破しました。
次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。
だが、誰も知らなかった。
「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」
「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」
メアリが、追放の準備を整えていたことに。
天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする
カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m
リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。
王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。
転生おばさんは有能な侍女
吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした
え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀?
転生おばさんは忙しい
そして、新しい恋の予感……
てへ
豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!
異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい
千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。
「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」
「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」
でも、お願いされたら断れない性分の私…。
異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。
※この話は、小説家になろう様へも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる