24 / 73
第二十四話
しおりを挟む
色々と考えるべきことはあるけど、私はそこには同意する。
「確かに、サナシス様のためならば、主神ステュクスのご加護はぜひとも賜りたく存じます」
「そうそう。あなたがこの国で受け入れられやすくするためでもあるし、何より彼はあなたをちゃんと愛する。それは保証するわ」
そもそも私はそれも含めて神託を降ろしたんだけど、とステュクスはにっこりと上機嫌だ。どうやら、ステュクスは私とサナシスが結ばれることを祝福してくれているらしい。
それはいい。それは、いいのだ。
でも私は、本当は、神を信じていない。いや、神を信じ祈る心を、嫌っている。
だから私は、どうしても聞きたかった。
「主神ステュクス。私は、あなたにお尋ねしたいことがあります」
「なぜあなたの母の祈りを聞き入れなかったのか?」
まるで私の心を読んだかのように、ステュクスは先回りした。
その眼差しが、翳る。先ほどまでの無邪気さは鳴りを潜め、声も落ち着いていた。
「数多の祈りは、願いは、信仰は、何かを求めるでしょう。でも、それらすべてに応えられるほど神々は全知全能ではないし、あなたの父の信じる神とあなたの母の信じる神が争い、あなたの母の信じる神が負けただけのこと。そのだけ、があなたの人生を大きく左右し、苦難を与えたことは知ってる」
ステュクスは淡々と言った。やはり、神なのだ。知りうることは多く、私の父母のことも知っている。私の知りえないことも——そして、他人には分からないであろうことも。ステュクスは、その権能をもって、知っていた。
私は、ステュクスの言葉を信じる。
「つまり……母は、やはり、間接的にでも父に殺されたということですか」
「そういうこと。そこで質問よ、エレーニ。あなたは仇討ちを望む? 望むのであれば、あなたにも加護を与えるわ。私の巫女、私はあなたを特段贔屓する者よ」
悩むことではない。ためらうこともない。ましてや、遠慮さえしない。
私は即答した。
「お願いします。私が受けた苦難はかまいません、でも母が受けた苦痛は、よりにもよって夫たる父から与えられた絶望と死は、許せません」
母のために。祈りの届かなかった母、その母を邪魔して殺したのは父。たとえ二人のそれぞれ信じる神の争いの結果だとしても、父は母を死に追いやったのだ。
許せない。なぜ守るべき妻を殺した。なぜ私の母を死なせた。なぜのうのうと生きている。
その気持ちは、私の心の奥底から、溢れ出す。今まで忘れようと努めていた気持ちが、記憶が、噴き出す。目の前に復讐の手段を差し出された人間というのは、ここまで躊躇なくそれを受け取るのか。私は、そのことを当然であると実感していた。忘却の女神レテでさえも、私の気持ちと記憶は忘れ去らせられなかったようだ。
復讐が成るのなら、ステュクスの巫女にだって何にだってなる。その決意を、ステュクスは鷹揚に頷き、承諾した。
「分かった。ちょっと加減はできないけど、あなたには祝福を、あなたの敵には神罰を!」
私は、目を閉じた。指を重ね、祈りの手を、ステュクスへ捧げる。
高揚感に包まれ、私はまた意識を手放した。
「確かに、サナシス様のためならば、主神ステュクスのご加護はぜひとも賜りたく存じます」
「そうそう。あなたがこの国で受け入れられやすくするためでもあるし、何より彼はあなたをちゃんと愛する。それは保証するわ」
そもそも私はそれも含めて神託を降ろしたんだけど、とステュクスはにっこりと上機嫌だ。どうやら、ステュクスは私とサナシスが結ばれることを祝福してくれているらしい。
それはいい。それは、いいのだ。
でも私は、本当は、神を信じていない。いや、神を信じ祈る心を、嫌っている。
だから私は、どうしても聞きたかった。
「主神ステュクス。私は、あなたにお尋ねしたいことがあります」
「なぜあなたの母の祈りを聞き入れなかったのか?」
まるで私の心を読んだかのように、ステュクスは先回りした。
その眼差しが、翳る。先ほどまでの無邪気さは鳴りを潜め、声も落ち着いていた。
「数多の祈りは、願いは、信仰は、何かを求めるでしょう。でも、それらすべてに応えられるほど神々は全知全能ではないし、あなたの父の信じる神とあなたの母の信じる神が争い、あなたの母の信じる神が負けただけのこと。そのだけ、があなたの人生を大きく左右し、苦難を与えたことは知ってる」
ステュクスは淡々と言った。やはり、神なのだ。知りうることは多く、私の父母のことも知っている。私の知りえないことも——そして、他人には分からないであろうことも。ステュクスは、その権能をもって、知っていた。
私は、ステュクスの言葉を信じる。
「つまり……母は、やはり、間接的にでも父に殺されたということですか」
「そういうこと。そこで質問よ、エレーニ。あなたは仇討ちを望む? 望むのであれば、あなたにも加護を与えるわ。私の巫女、私はあなたを特段贔屓する者よ」
悩むことではない。ためらうこともない。ましてや、遠慮さえしない。
私は即答した。
「お願いします。私が受けた苦難はかまいません、でも母が受けた苦痛は、よりにもよって夫たる父から与えられた絶望と死は、許せません」
母のために。祈りの届かなかった母、その母を邪魔して殺したのは父。たとえ二人のそれぞれ信じる神の争いの結果だとしても、父は母を死に追いやったのだ。
許せない。なぜ守るべき妻を殺した。なぜ私の母を死なせた。なぜのうのうと生きている。
その気持ちは、私の心の奥底から、溢れ出す。今まで忘れようと努めていた気持ちが、記憶が、噴き出す。目の前に復讐の手段を差し出された人間というのは、ここまで躊躇なくそれを受け取るのか。私は、そのことを当然であると実感していた。忘却の女神レテでさえも、私の気持ちと記憶は忘れ去らせられなかったようだ。
復讐が成るのなら、ステュクスの巫女にだって何にだってなる。その決意を、ステュクスは鷹揚に頷き、承諾した。
「分かった。ちょっと加減はできないけど、あなたには祝福を、あなたの敵には神罰を!」
私は、目を閉じた。指を重ね、祈りの手を、ステュクスへ捧げる。
高揚感に包まれ、私はまた意識を手放した。
19
お気に入りに追加
2,641
あなたにおすすめの小説
英雄騎士様は呪われています。そして、記憶喪失中らしいです。溺愛の理由?記憶がないから誰にもわかりません。
屋月 トム伽
恋愛
戦が終わり王都に帰還していた英雄騎士様、ノクサス・リヴァディオ様。
ある日、ノクサス様の使者が私、ダリア・ルヴェルのもとにやって来た。
近々、借金のかたにある伯爵家へと妾にあがるはずだったのに、何故かノクサス様のお世話にあがって欲しいとお願いされる。
困惑する中、お世話にあがることになったが、ノクサス様は、記憶喪失中だった。
ノクサス様との思い出を語ってくださいと言われても、初対面なのですけど……。
★あらすじは時々追加します。
★小説家になろう様にも投稿中
★無断転載禁止!!
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
お母さんに捨てられました~私の価値は焼き豚以下だそうです~【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公リネットの暮らすメルブラン侯爵領には、毎年四月になると、領主である『豚侯爵』に豚肉で作った料理を献上する独特の風習があった。
だが今年の四月はいつもと違っていた。リネットの母が作った焼き豚はこれまでで最高の出来栄えであり、それを献上することを惜しんだ母は、なんと焼き豚の代わりにリネットを豚侯爵に差し出すことを思いつくのである。
多大なショックを受けつつも、母に逆らえないリネットは、命令通りに侯爵の館へ行く。だが、実際に相対した豚侯爵は、あだ名とは大違いの美しい青年だった。
悪辣な母親の言いなりになることしかできない、自尊心の低いリネットだったが、侯爵に『ある特技』を見せたことで『遊戯係』として侯爵家で働かせてもらえることになり、日々、様々な出来事を経験して成長していく。
……そして時は流れ、リネットが侯爵家になくてはならない存在になった頃。無慈悲に娘を放り捨てた母親は、その悪行の報いを受けることになるのだった。
身代わり皇妃は処刑を逃れたい
マロン株式
恋愛
「おまえは前提条件が悪すぎる。皇妃になる前に、離縁してくれ。」
新婚初夜に皇太子に告げられた言葉。
1度目の人生で聖女を害した罪により皇妃となった妹が処刑された。
2度目の人生は妹の代わりに私が皇妃候補として王宮へ行く事になった。
そんな中での離縁の申し出に喜ぶテリアだったがー…
別サイトにて、コミックアラカルト漫画原作大賞最終候補28作品ノミネート
公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~
薄味メロン
恋愛
HOTランキング 1位 (2019.9.18)
お気に入り4000人突破しました。
次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。
だが、誰も知らなかった。
「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」
「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」
メアリが、追放の準備を整えていたことに。
天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする
カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m
リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。
王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。
転生おばさんは有能な侍女
吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした
え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀?
転生おばさんは忙しい
そして、新しい恋の予感……
てへ
豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!
異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい
千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。
「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」
「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」
でも、お願いされたら断れない性分の私…。
異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。
※この話は、小説家になろう様へも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる