上 下
8 / 73

第八話

しおりを挟む
 城の客間の一つに通され、私はステュクス王国の使者が迎えにくるまでそこに待機しているように、と言い付けられた。

 いつ迎えにくるかまでは聞いていない。できるだけ早く来てほしいけど、どうだろう。私は今か今かと待ち——突如部屋の扉が開け放たれたことで、不意を突かれた。

「あら、あなたがエレーニ? ふぅん、初めまして。私、ポリーナよ。あなたの姉に当たりますわ」

 数人のメイドを引き連れ、いかにも貴族の娘、という風貌の女性が現れた。華やかなレースに彩られた長いラベンダーのドレスを纏い、金の髪は乱れ一つなく結い上げられ、金銀の髪留めやイヤリング、首飾りが光る。ろくに貴金属に触れたことのない私にはろくに価値は分からないけど、高級そうである、ということは確かだ。残念ながら、顔の作りは悪くないのに、肌は荒れに荒れて化粧で隠せないほどだった。

 私の異母姉に当たるポリーナは、胸を張り、自信満々だった。おおよそ、この世に生まれてから自分の思いどおりにいかなかったことはないのだろう。ウラノス公にも愛され、だからこその贅沢を許されてきたに違いない。

 正直に言って、羨みや妬みはない。こんなに高慢さを体現するような人間になるくらいなら、私は修道女に押し込められて正解だったかのようにすら思った。

 私は胸のメダルに手を当て、一礼をする。貴族式の礼ではないのは、私がまだ修道女だからだ。

「お初にお目にかかります、ポリーナ様」
「姉と呼ばないあたり、嫌味ったらしさが見え透いていましてよ」
「申し訳ございません、そのようなつもりは」
「かまいませんことよ。私も、あなたを妹だなんて思うつもりはございませんもの」

 えらく、ポリーナは喧嘩腰だった。対抗しても仕方がない、私は抗弁しない。

 ポリーナはじろじろと私を舐めるように見回して、眉をひそめた。

「それにしても……貧相な。修道女? その喪服じみた衣装、何とかしなさいな」
「そうしたいのはやまやまですが、私はこれ以外の服を持っておりません」
「まあ。嫁入りする淑女たる者、情けない話ですわね。お父様の顔に泥を塗る気かしら?」

 分かっているくせに、ポリーナはくすくすと笑う。

 私の境遇を知らない、ということはないはずだ。少なくとも、自分より贅沢をしているとは思っていないだろう。なのにそんなことを言うということは、当てつけの嫌味以外何物でもない。

 私は堪える。黙っていれば、そのうち帰るだろう。下手に暴れられて、ウラノス公に告げ口でもされれば嫌味が十倍にも二十倍にもなるだけだ。

 しかし、ポリーナの口は閉じる気配がない。

「それとも、ステュクス王国なら、その衣装のほうが喜ばれるとでも思っているのかしらね。神に仕える身でございますと言ったほうが、受けはいいでしょう。あら、よく考えているものね。感心しますわ」

 ポリーナは一人でにんまりと、満足げに笑う。言い返されないと分かっているのだ。思いつくことを、思いつくままに言えることは、さぞかし快感なのだろう。後ろのメイドたちも、主人の上機嫌さに釣られて、自分たちも同じように私を見下して悦に浸っている。こういうおもちゃなのだ。彼女たちにとっては、私はいじって遊ぶために与えられたおもちゃ。何と下卑た話だろう。世俗というのは、本当に下らない。人間というのは、本当に醜い。

 ポリーナの悦は、最高潮に達する。

「何にせよ、あなたの帰る家はもうありません。貴族として生まれながらその責務も果たせないのですから、その身分にふさわしく楽しみも何もない土地で一生を終えればよろしいのですわ。どうせステュクス王国の王子なら、正妻以外いくらでも女性を囲うことはできるでしょうし……あらまあ、かわいそうね。閨にさえ呼ばれないでしょうに妻を名乗らせられるなんて」

 ポリーナの高笑いが響く。

 私は、プツッと来た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

英雄騎士様は呪われています。そして、記憶喪失中らしいです。溺愛の理由?記憶がないから誰にもわかりません。

屋月 トム伽
恋愛
戦が終わり王都に帰還していた英雄騎士様、ノクサス・リヴァディオ様。 ある日、ノクサス様の使者が私、ダリア・ルヴェルのもとにやって来た。 近々、借金のかたにある伯爵家へと妾にあがるはずだったのに、何故かノクサス様のお世話にあがって欲しいとお願いされる。 困惑する中、お世話にあがることになったが、ノクサス様は、記憶喪失中だった。 ノクサス様との思い出を語ってくださいと言われても、初対面なのですけど……。 ★あらすじは時々追加します。 ★小説家になろう様にも投稿中 ★無断転載禁止!!

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

お母さんに捨てられました~私の価値は焼き豚以下だそうです~【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公リネットの暮らすメルブラン侯爵領には、毎年四月になると、領主である『豚侯爵』に豚肉で作った料理を献上する独特の風習があった。 だが今年の四月はいつもと違っていた。リネットの母が作った焼き豚はこれまでで最高の出来栄えであり、それを献上することを惜しんだ母は、なんと焼き豚の代わりにリネットを豚侯爵に差し出すことを思いつくのである。 多大なショックを受けつつも、母に逆らえないリネットは、命令通りに侯爵の館へ行く。だが、実際に相対した豚侯爵は、あだ名とは大違いの美しい青年だった。 悪辣な母親の言いなりになることしかできない、自尊心の低いリネットだったが、侯爵に『ある特技』を見せたことで『遊戯係』として侯爵家で働かせてもらえることになり、日々、様々な出来事を経験して成長していく。 ……そして時は流れ、リネットが侯爵家になくてはならない存在になった頃。無慈悲に娘を放り捨てた母親は、その悪行の報いを受けることになるのだった。

身代わり皇妃は処刑を逃れたい

マロン株式
恋愛
「おまえは前提条件が悪すぎる。皇妃になる前に、離縁してくれ。」 新婚初夜に皇太子に告げられた言葉。 1度目の人生で聖女を害した罪により皇妃となった妹が処刑された。 2度目の人生は妹の代わりに私が皇妃候補として王宮へ行く事になった。 そんな中での離縁の申し出に喜ぶテリアだったがー… 別サイトにて、コミックアラカルト漫画原作大賞最終候補28作品ノミネート

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。 王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

処理中です...