1 / 26
第一話 旦那様はお怒りです
しおりを挟む
ああ、大ピンチです、私。
夕暮れの中、屋敷の玄関先に立たされて叱られるなど子どもの時分以来です。
それも、目の前にいらっしゃるのは軽鎧姿の私の旦那様で——黄金の二つ角と立派な尻尾を持つ鮮やかな赤髪の竜生人のイオニス様はとりわけ長身ですし、低音ながらも耳朶をよく叩くお声は上から威厳と重みを伴って降ってくるようです。
ええと、竜生人とは人間体に化身することのできる種族のことです。ゴドレ大陸西半分を領土とするここ『ドラゴニア九子連合国』は、竜生人の九大貴族が統治しており、私の旦那様であるイオニス・ハイドロス・ナインス竜爵はそのうちの一つ『第九竜頭領』の領主をしておられます。一つの国の王にも等しきご身分なのです。
「私に隠れてこそこそと何をやっているかと思えば……どういうことか説明してもらおうか、エルミーヌ」
ちょっと事情がありまして、ちょこちょこ旦那様に隠れて外出しておりました私ですが、どうにも何も言えないでいると、降ってくるように一際大きなため息が聞こえてきました。
「エルミーヌ、ここが気に入らないならばそう言えばいい。所詮は政略結婚、それも異国の竜生人に嫁ぐなど御免だ、とでもな」
とてもお怒りです、イオニス様。
はい、イオニス様に叱られておりますので、私、しゅんとうなだれております。ちらりと様子を窺って「イオニスさまは今日も凛々しく素敵なお方でございますね」などと思ってはおりません、はい。濃紫色の眼光が鋭く私に刺さるようです。
数ヶ月前、遠い土地でも頑張りなさいエルミーヌ、と温かい言葉をかけてくれた母の言葉が頭の中でリフレインしております。
なぜこうなったのでしょう——これには色々とわけがありまして、どこからご説明したものか。
□□□□□□
私、エルミーヌ・サフィールはゴドレ大陸中央に位置するリトス王国の宮廷魔導師の家系に生まれました。
サフィール家は代々魔法を得意とする家系であり、男女問わずいわゆる知識人としてリトス王国のために働くことを義務付けられた家でもあります。魔法の全般的かつ徹底的な探究、そのための国内外のあらゆる知識の収集、後進の魔導師育成、私の祖父母も父母も兄も姉もみな立派な魔導師として認められ、リトス王国内で活躍しております。
では、私は?
ええと、いえ、その……魔法の才能はここ数百年のサフィール家出身魔導師の中でもピカイチだと太鼓判をもらっております。ええ。
ただまあ、それだけなのです。
たとえば、私が火を熾すと、それこそ山一つ吹き飛ばすほどの業火を生み出せます。幼少期に地図を書き換えてしまってからというもの、使用を禁止されております。
私が水を生じさせると、日照りで川底が渇いてしまった土地にさえ大洪水が発生します。その夏はよかったとはいえ、二度とやらないよう厳重に叱られてしまいました。
とまあ、あまりにも私は生来生み出せる魔力量が多く、質も最上級、かつ出力が強すぎるため、魔法を唱える前に「とにかく魔力の制御を覚えるように」と教育されてまいりました。
他者の追随を許さないほど出力のある魔法——実際は魔力の方向性を定めただけの単純な魔力の流れ——を使える、それはいいのです。いいのですが、私は感覚的にそうやって魔法もどきを使えてしまうせいで、知識としての魔法の使い方をまったく知らないし、覚えられないのです。制御だってほとんど意味をなしません。初めて魔力を形あるものとした三歳から十四年余りもリトス王国最高峰の魔導師である父に直接指導を受け続けてさえ、魔法のオンオフはできても強弱はつきません。残念ながら、制御できない力は百害あって一利なし、それでは使い物にならないのです。
宮廷では有能な父への当てつけとして、こんなふうに私のことが口さがなく罵られていると聞きます。
「いくら強大な力を持っていても、使えないのではないのと同じだ。サフィール家の出来損ないのご令嬢は、数百年に一人の逸材であっても、それは数百年に一人の無能と同義なのさ」
いつしかその悪口は宮廷から街へ、街から村へと伝播し、私は世間から恐れられ、呆れられてしまっていました。貴族たちは私の力の暴走を恐れて近寄らず、友達だってろくにいません。
こうなってしまっては、私へ国内貴族の縁談など来るはずがないのです。野心ある平民出身の魔導師たちでさえ「いや、エルミーヌ嬢はちょっと……」と言っているのだと聞きました。
仕方なく、私は人前に出ることを避け、手慰みにと母から教わったレース編みや切り絵に没頭しておりました。魔力は制御できませんが、手先は器用なのです。いくつか匿名で作品を国内外の展示会に出してもらったり、作品に買い手が付いたりする程度には上達し、のめり込んでいました。
そんなある日のことです。
夕暮れの中、屋敷の玄関先に立たされて叱られるなど子どもの時分以来です。
それも、目の前にいらっしゃるのは軽鎧姿の私の旦那様で——黄金の二つ角と立派な尻尾を持つ鮮やかな赤髪の竜生人のイオニス様はとりわけ長身ですし、低音ながらも耳朶をよく叩くお声は上から威厳と重みを伴って降ってくるようです。
ええと、竜生人とは人間体に化身することのできる種族のことです。ゴドレ大陸西半分を領土とするここ『ドラゴニア九子連合国』は、竜生人の九大貴族が統治しており、私の旦那様であるイオニス・ハイドロス・ナインス竜爵はそのうちの一つ『第九竜頭領』の領主をしておられます。一つの国の王にも等しきご身分なのです。
「私に隠れてこそこそと何をやっているかと思えば……どういうことか説明してもらおうか、エルミーヌ」
ちょっと事情がありまして、ちょこちょこ旦那様に隠れて外出しておりました私ですが、どうにも何も言えないでいると、降ってくるように一際大きなため息が聞こえてきました。
「エルミーヌ、ここが気に入らないならばそう言えばいい。所詮は政略結婚、それも異国の竜生人に嫁ぐなど御免だ、とでもな」
とてもお怒りです、イオニス様。
はい、イオニス様に叱られておりますので、私、しゅんとうなだれております。ちらりと様子を窺って「イオニスさまは今日も凛々しく素敵なお方でございますね」などと思ってはおりません、はい。濃紫色の眼光が鋭く私に刺さるようです。
数ヶ月前、遠い土地でも頑張りなさいエルミーヌ、と温かい言葉をかけてくれた母の言葉が頭の中でリフレインしております。
なぜこうなったのでしょう——これには色々とわけがありまして、どこからご説明したものか。
□□□□□□
私、エルミーヌ・サフィールはゴドレ大陸中央に位置するリトス王国の宮廷魔導師の家系に生まれました。
サフィール家は代々魔法を得意とする家系であり、男女問わずいわゆる知識人としてリトス王国のために働くことを義務付けられた家でもあります。魔法の全般的かつ徹底的な探究、そのための国内外のあらゆる知識の収集、後進の魔導師育成、私の祖父母も父母も兄も姉もみな立派な魔導師として認められ、リトス王国内で活躍しております。
では、私は?
ええと、いえ、その……魔法の才能はここ数百年のサフィール家出身魔導師の中でもピカイチだと太鼓判をもらっております。ええ。
ただまあ、それだけなのです。
たとえば、私が火を熾すと、それこそ山一つ吹き飛ばすほどの業火を生み出せます。幼少期に地図を書き換えてしまってからというもの、使用を禁止されております。
私が水を生じさせると、日照りで川底が渇いてしまった土地にさえ大洪水が発生します。その夏はよかったとはいえ、二度とやらないよう厳重に叱られてしまいました。
とまあ、あまりにも私は生来生み出せる魔力量が多く、質も最上級、かつ出力が強すぎるため、魔法を唱える前に「とにかく魔力の制御を覚えるように」と教育されてまいりました。
他者の追随を許さないほど出力のある魔法——実際は魔力の方向性を定めただけの単純な魔力の流れ——を使える、それはいいのです。いいのですが、私は感覚的にそうやって魔法もどきを使えてしまうせいで、知識としての魔法の使い方をまったく知らないし、覚えられないのです。制御だってほとんど意味をなしません。初めて魔力を形あるものとした三歳から十四年余りもリトス王国最高峰の魔導師である父に直接指導を受け続けてさえ、魔法のオンオフはできても強弱はつきません。残念ながら、制御できない力は百害あって一利なし、それでは使い物にならないのです。
宮廷では有能な父への当てつけとして、こんなふうに私のことが口さがなく罵られていると聞きます。
「いくら強大な力を持っていても、使えないのではないのと同じだ。サフィール家の出来損ないのご令嬢は、数百年に一人の逸材であっても、それは数百年に一人の無能と同義なのさ」
いつしかその悪口は宮廷から街へ、街から村へと伝播し、私は世間から恐れられ、呆れられてしまっていました。貴族たちは私の力の暴走を恐れて近寄らず、友達だってろくにいません。
こうなってしまっては、私へ国内貴族の縁談など来るはずがないのです。野心ある平民出身の魔導師たちでさえ「いや、エルミーヌ嬢はちょっと……」と言っているのだと聞きました。
仕方なく、私は人前に出ることを避け、手慰みにと母から教わったレース編みや切り絵に没頭しておりました。魔力は制御できませんが、手先は器用なのです。いくつか匿名で作品を国内外の展示会に出してもらったり、作品に買い手が付いたりする程度には上達し、のめり込んでいました。
そんなある日のことです。
2
お気に入りに追加
205
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
一目ぼれした小3美少女が、ゲテモノ好き変態思考者だと、僕はまだ知らない
草笛あたる(乱暴)
恋愛
《視点・山柿》
大学入試を目前にしていた山柿が、一目惚れしたのは黒髪ロングの美少女、岩田愛里。
その子はよりにもよって親友岩田の妹で、しかも小学3年生!!
《視点・愛里》
兄さんの親友だと思っていた人は、恐ろしい顔をしていた。
だけどその怖顔が、なんだろう素敵! そして偶然が重なってしまい禁断の合体!
あーれーっ、それだめ、いやいや、でもくせになりそうっ!
身体が恋したってことなのかしら……っ?
男女双方の視点から読むラブコメ。
タイトル変更しました!!
前タイトル《 恐怖顔男が惚れたのは、変態思考美少女でした 》
不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。
猫宮乾
恋愛
再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。
【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。
猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。
『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』
一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる