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第一話 旦那様はお怒りです

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 ああ、大ピンチです、私。

 夕暮れの中、屋敷の玄関先に立たされて叱られるなど子どもの時分以来です。

 それも、目の前にいらっしゃるのは軽鎧姿の私の旦那様で——黄金の二つ角と立派な尻尾を持つ鮮やかな赤髪の竜生人ドラゴニュートのイオニス様はとりわけ長身ですし、低音ながらも耳朶をよく叩くお声は上から威厳と重みを伴って降ってくるようです。

 ええと、竜生人ドラゴニュートとは人間体に化身することのできる種族のことです。ゴドレ大陸西半分を領土とするここ『ドラゴニア九子連合国』は、竜生人ドラゴニュートの九大貴族が統治しており、私の旦那様であるイオニス・ハイドロス・ナインス竜爵はそのうちの一つ『第九竜頭領エンネア・ケファリア』の領主をしておられます。一つの国の王にも等しきご身分なのです。

「私に隠れてこそこそと何をやっているかと思えば……どういうことか説明してもらおうか、エルミーヌ」

 ちょっと事情がありまして、ちょこちょこ旦那様に隠れて外出しておりました私ですが、どうにも何も言えないでいると、降ってくるように一際大きなため息が聞こえてきました。

「エルミーヌ、ここが気に入らないならばそう言えばいい。所詮は政略結婚、それも異国の竜生人ドラゴニュートに嫁ぐなど御免だ、とでもな」

 とてもお怒りです、イオニス様。

 はい、イオニス様に叱られておりますので、私、しゅんとうなだれております。ちらりと様子を窺って「イオニスさまは今日も凛々しく素敵なお方でございますね」などと思ってはおりません、はい。濃紫色の眼光が鋭く私に刺さるようです。

 数ヶ月前、遠い土地でも頑張りなさいエルミーヌ、と温かい言葉をかけてくれた母の言葉が頭の中でリフレインしております。

 なぜこうなったのでしょう——これには色々とわけがありまして、どこからご説明したものか。




□□□□□□




 私、エルミーヌ・サフィールはゴドレ大陸中央に位置するリトス王国の宮廷魔導師の家系に生まれました。

 サフィール家は代々魔法を得意とする家系であり、男女問わずいわゆる知識人としてリトス王国のために働くことを義務付けられた家でもあります。魔法の全般的かつ徹底的な探究、そのための国内外のあらゆる知識の収集、後進の魔導師育成、私の祖父母も父母も兄も姉もみな立派な魔導師として認められ、リトス王国内で活躍しております。

 では、私は?

 ええと、いえ、その……魔法の才能はここ数百年のサフィール家出身魔導師の中でもピカイチだと太鼓判をもらっております。ええ。

 ただまあ、それだけなのです。

 たとえば、私が火を熾すと、それこそ山一つ吹き飛ばすほどの業火を生み出せます。幼少期に地図を書き換えてしまってからというもの、使用を禁止されております。

 私が水を生じさせると、日照りで川底が渇いてしまった土地にさえ大洪水が発生します。その夏はよかったとはいえ、二度とやらないよう厳重に叱られてしまいました。

 とまあ、あまりにも私は生来生み出せる魔力量が多く、質も最上級、かつ出力が強すぎるため、魔法を唱える前に「とにかく魔力の制御を覚えるように」と教育されてまいりました。

 他者の追随を許さないほど出力のある魔法——実際は魔力の方向性を定めただけの単純な魔力の流れ——を使える、それはいいのです。いいのですが、私は感覚的にそうやって魔法もどきを使えてしまうせいで、知識としての魔法の使い方をまったく知らないし、覚えられないのです。制御だってほとんど意味をなしません。初めて魔力を形あるものとした三歳から十四年余りもリトス王国最高峰の魔導師である父に直接指導を受け続けてさえ、魔法のオンオフはできても強弱はつきません。残念ながら、制御できない力は百害あって一利なし、それでは使い物にならないのです。

 宮廷では有能な父への当てつけとして、こんなふうに私のことが口さがなく罵られていると聞きます。

「いくら強大な力を持っていても、使えないのではないのと同じだ。サフィール家の出来損ないのご令嬢は、数百年に一人の逸材であっても、それは数百年に一人の無能と同義なのさ」

 いつしかその悪口は宮廷から街へ、街から村へと伝播し、私は世間から恐れられ、呆れられてしまっていました。貴族たちは私の力の暴走を恐れて近寄らず、友達だってろくにいません。

 こうなってしまっては、私へ国内貴族の縁談など来るはずがないのです。野心ある平民出身の魔導師たちでさえ「いや、エルミーヌ嬢はちょっと……」と言っているのだと聞きました。

 仕方なく、私は人前に出ることを避け、手慰みにと母から教わったレース編みや切り絵に没頭しておりました。魔力は制御できませんが、手先は器用なのです。いくつか匿名で作品を国内外の展示会に出してもらったり、作品に買い手が付いたりする程度には上達し、のめり込んでいました。

 そんなある日のことです。
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