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第二十一話 生き字引
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マルヤッタの表情は険しい。元々生真面目そうだが、彼女の語った目的——『世界樹を鎮める』というものが、よほど重大なことのようだ。
とはいえ、イフィゲネイアに説明はほぼ不要だろう。
「ああ、あれね。ダンジョンの仕組みを利用して、核に巨大火山生物スルトを使った極北の植民都市」
「え!? 何ですか、それ!」
もはや驚かないと思っていたが、あまりにもイフィゲネイアがあっさりとよく分からないものを解説するものだから、それに冒険心をくすぐる不思議な単語を口にするから、タビは驚愕と関心を同時に示さざるをえない。「ダンジョンの仕組みを利用」、「巨大火山生物スルト」、「極北の植民都市」。まるで聞いたことのない響きの言葉ばかりだ。少年タビの知的好奇心が刺激される。
しかも、イフィゲネイアの説明は正しかったようで、マルヤッタはタビよりもはるかに驚いて目を見開いている。一見落ち着いているシノンはただ慣れているだけで、
「やっぱり分かるのか」と呆れている。
イフィゲネイアはその言葉に応じて、頷く。
「あれは空を目指す人々が中継基地として作ったもので、確か軌道エレベーターの建設予定もあったはず。今の世界の様子では、計画が頓挫したようだけれど、どうなったの?」
何もかも知っているようなイフィゲネイアの問いかけに、マルヤッタの堂々とした態度がなりをひそめた。明らかに、現時点において情報で優位に立っているのは『アングルボザの磐座』からモンスターを放とうとしているらしきマルヤッタではなく、『世界樹』というものに詳しいイフィゲネイアだ。千年分くらい年季が違う、とタビはマルヤッタに同情した。
マルヤッタは明らかに動揺して、声が上擦っていた。
「く、詳しいな、錬金術師」
「ええ。千年前に訪ねたことがあったから。申し遅れたわ、私はイフィゲネイア、世間では『双生の錬金術師』と呼ばれているわ」
前にタビはイフィクラテスから聞いたことがある。たとえ相手が自分たちを知らなくても、偉そうな肩書きと錬金術師だということを教えれば、一目置かれて話し合いが上手くいくこともある、と。争いばかりではなく、話し合いで事が済むなら肩書きも便利なもの、らしい。
イフィゲネイアもまた、そういう思惑でマルヤッタへ自己紹介したのだろう。案の定、マルヤッタは注意を引かれ、考え込んでいる。
「イフィゲネイア……先ほどの、アングルボザをあっさりと撃破した腕前といい、その知識といい……」
「信用ならないのも無理はないわ。でももし、あなたの故郷で何か問題が起きているのなら、私たちが手を貸せるかもしれないわ。ここでモンスターを異常繁殖させて外に放たれるとラエティアの人々が困るの。別の手段を取れるならそれが有り難いのだけれど、どうかしら」
タビはさりげなく、マルヤッタの変化を観察する。
マルヤッタの真っ白な肌は、北国のラエティアよりももっと北から来たことを意味する。金色の髪にしてもそうだ、タビのくすんだ金色よりもずっと鮮やかで細い髪の毛をしている。シノンが指摘した、彼女がヒュペルボレイオス人だということは本当だろう。
しかし、このダンジョンの『管理人』であるアングルボザを、まるで操っているように見えたし——ダンジョン内のモンスターの異常繁殖にも関与しているのではないか。ヒュペルボレイオスにはそんな技術があるのか、それとも彼女が何か特殊な人間なのか。
何分、ヒュペルボレイオスは雪と氷と山に閉ざされた土地で、交易品は流れてきても情報は滅多に大山脈を超えてこない。そもそも、ラエティア以南の人間は、大した産物もない辺境と思われているヒュペルボレイオスに興味がないのだ。ヒュペルボレイオスからわざわざ出稼ぎにやってくる人々にしたって寡黙で、故郷について語りたがらない。
その知られざるヒュペルボレイオス人が、何をしようというのか。そこにイフィゲネイアの言った「ダンジョンの仕組みを利用」、「巨大火山生物スルト」、「極北の植民都市」という言葉が本当に関わっているのか。
困っているであろうマルヤッタには悪いが、ちょっとだけわくわくする気持ちを、タビは隠しきれない。知りたい、早く話を進めてほしい、そう願いながらイフィゲネイアを見上げると、ニコッとタビに笑いかけて意を汲んだ。
イフィゲネイアは、ずばりとマルヤッタの状況を当てる。
「なるほど、『世界樹』内部で問題が起きているのね?」
「な、なぜ」
「おそらく、千年も経過して知識の継承が途絶え、各部分のメンテナンスが上手くいかなくなっているんじゃないかしら。核の作動にも経年変化による異常があって、ダンジョン化している都市内の食物連鎖を補助するためにここでモンスターを繁殖させて連れて行こうとした。違う?」
マルヤッタは唇を噛んで、口をつぐむ。どうやら、当たりのようだ。しばし黙る。
そこへ、シノンがダメ押しした。
「おい、そろそろ大人しく話し合いのテーブルについたほうがいいぞ。何たって相手は錬金術師だ、それも世界屈指の」
ヒュペルボレイオスで、錬金術師がどういう扱いをされているのかは分からないものの、先ほどのマルヤッタの反応からある程度知識人、技術者として評価されている様子だった——ということからだろう、シノンのダメ押しはマルヤッタの固く結んだ口を、ようやく開かせた。
「分かった……どうせ、私の計画はお前たちに阻止されたんだ。今更、抵抗する気はない」
はあ、とため息を吐き、観念した様子のマルヤッタは踵を返して歩き出した。
「話せば長くなる。来い、こっちにテントがある」
とはいえ、イフィゲネイアに説明はほぼ不要だろう。
「ああ、あれね。ダンジョンの仕組みを利用して、核に巨大火山生物スルトを使った極北の植民都市」
「え!? 何ですか、それ!」
もはや驚かないと思っていたが、あまりにもイフィゲネイアがあっさりとよく分からないものを解説するものだから、それに冒険心をくすぐる不思議な単語を口にするから、タビは驚愕と関心を同時に示さざるをえない。「ダンジョンの仕組みを利用」、「巨大火山生物スルト」、「極北の植民都市」。まるで聞いたことのない響きの言葉ばかりだ。少年タビの知的好奇心が刺激される。
しかも、イフィゲネイアの説明は正しかったようで、マルヤッタはタビよりもはるかに驚いて目を見開いている。一見落ち着いているシノンはただ慣れているだけで、
「やっぱり分かるのか」と呆れている。
イフィゲネイアはその言葉に応じて、頷く。
「あれは空を目指す人々が中継基地として作ったもので、確か軌道エレベーターの建設予定もあったはず。今の世界の様子では、計画が頓挫したようだけれど、どうなったの?」
何もかも知っているようなイフィゲネイアの問いかけに、マルヤッタの堂々とした態度がなりをひそめた。明らかに、現時点において情報で優位に立っているのは『アングルボザの磐座』からモンスターを放とうとしているらしきマルヤッタではなく、『世界樹』というものに詳しいイフィゲネイアだ。千年分くらい年季が違う、とタビはマルヤッタに同情した。
マルヤッタは明らかに動揺して、声が上擦っていた。
「く、詳しいな、錬金術師」
「ええ。千年前に訪ねたことがあったから。申し遅れたわ、私はイフィゲネイア、世間では『双生の錬金術師』と呼ばれているわ」
前にタビはイフィクラテスから聞いたことがある。たとえ相手が自分たちを知らなくても、偉そうな肩書きと錬金術師だということを教えれば、一目置かれて話し合いが上手くいくこともある、と。争いばかりではなく、話し合いで事が済むなら肩書きも便利なもの、らしい。
イフィゲネイアもまた、そういう思惑でマルヤッタへ自己紹介したのだろう。案の定、マルヤッタは注意を引かれ、考え込んでいる。
「イフィゲネイア……先ほどの、アングルボザをあっさりと撃破した腕前といい、その知識といい……」
「信用ならないのも無理はないわ。でももし、あなたの故郷で何か問題が起きているのなら、私たちが手を貸せるかもしれないわ。ここでモンスターを異常繁殖させて外に放たれるとラエティアの人々が困るの。別の手段を取れるならそれが有り難いのだけれど、どうかしら」
タビはさりげなく、マルヤッタの変化を観察する。
マルヤッタの真っ白な肌は、北国のラエティアよりももっと北から来たことを意味する。金色の髪にしてもそうだ、タビのくすんだ金色よりもずっと鮮やかで細い髪の毛をしている。シノンが指摘した、彼女がヒュペルボレイオス人だということは本当だろう。
しかし、このダンジョンの『管理人』であるアングルボザを、まるで操っているように見えたし——ダンジョン内のモンスターの異常繁殖にも関与しているのではないか。ヒュペルボレイオスにはそんな技術があるのか、それとも彼女が何か特殊な人間なのか。
何分、ヒュペルボレイオスは雪と氷と山に閉ざされた土地で、交易品は流れてきても情報は滅多に大山脈を超えてこない。そもそも、ラエティア以南の人間は、大した産物もない辺境と思われているヒュペルボレイオスに興味がないのだ。ヒュペルボレイオスからわざわざ出稼ぎにやってくる人々にしたって寡黙で、故郷について語りたがらない。
その知られざるヒュペルボレイオス人が、何をしようというのか。そこにイフィゲネイアの言った「ダンジョンの仕組みを利用」、「巨大火山生物スルト」、「極北の植民都市」という言葉が本当に関わっているのか。
困っているであろうマルヤッタには悪いが、ちょっとだけわくわくする気持ちを、タビは隠しきれない。知りたい、早く話を進めてほしい、そう願いながらイフィゲネイアを見上げると、ニコッとタビに笑いかけて意を汲んだ。
イフィゲネイアは、ずばりとマルヤッタの状況を当てる。
「なるほど、『世界樹』内部で問題が起きているのね?」
「な、なぜ」
「おそらく、千年も経過して知識の継承が途絶え、各部分のメンテナンスが上手くいかなくなっているんじゃないかしら。核の作動にも経年変化による異常があって、ダンジョン化している都市内の食物連鎖を補助するためにここでモンスターを繁殖させて連れて行こうとした。違う?」
マルヤッタは唇を噛んで、口をつぐむ。どうやら、当たりのようだ。しばし黙る。
そこへ、シノンがダメ押しした。
「おい、そろそろ大人しく話し合いのテーブルについたほうがいいぞ。何たって相手は錬金術師だ、それも世界屈指の」
ヒュペルボレイオスで、錬金術師がどういう扱いをされているのかは分からないものの、先ほどのマルヤッタの反応からある程度知識人、技術者として評価されている様子だった——ということからだろう、シノンのダメ押しはマルヤッタの固く結んだ口を、ようやく開かせた。
「分かった……どうせ、私の計画はお前たちに阻止されたんだ。今更、抵抗する気はない」
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