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第十七話 普通のやり方ではだめだったのか

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 二人がようやく駆け足を緩めたのは、日が少し傾いたころだ。森と『アングルボザの磐座いわくら』がある岩場の境界にほど近いところで、ようやくシノンはタビを肩から下ろした。

 生まれて初めて乗り物酔いを体験し、ふらふらと頭と目が回っているタビは木に背をもたせかけて座り込む。とても立ってはいられないほどだ。

 一方で、イフィゲネイアとシノンは岩場の様子を観察していた。

 切り立った自然の要害である岩場は、ずっと先の大山脈に繋がっている。大山脈の先にはヒュペルボレイオスという極寒の地があり、国家はないもののそこに住まう少数の人々は独自の文化、環境を維持している。

 この付近の岩場はヒュペルボレイオスへは繋がっていないらしく、交易道として整備はされていない。大山脈にはたった三本の縦断する道しか人間が足を踏み入れることが許されておらず、それ以外の場所は人間にとって数刻の生存さえ危うい土地だ、とタビはイフィクラテスから聞いていた。なので、この先は大山脈の向こうまで繋がっておらず、『アングルボザの磐座』があるのみだ。

 だからなのか、空には人間よりも大きな鳥が群れをなして飛び、断崖絶壁には鋭い剣のような角を持った一角山羊カプリコーンたちが縄張りを巡って走り回っている。寒冷地に適した大型爬虫類アイスリザードも岩場には数少ない平地をびっしりと行き交っているし、気性が荒いのかそこかしこで後ろ足で立ち上がって喧嘩をしている。アイスリザードが立ち上がると、タビの身長より大きそうだ。

 ダンジョンが近いためか、それとも何か原因があるのか、タビには分からないが——座りながらそれらの光景を見ていると、タビはこう思った。

「何だか、賑やかというか……モンスターの数が、多い?」

 タビの疑問に、イフィゲネイアとシノンは頷いた。

「確かに、モンスターが異常繁殖しているみたいね」
「これだけいるとさすがに邪魔だな。少し駆除しておくか?」

 シノンは物騒なことを言う。すると、イフィゲネイアが岩場へと一人歩み出た。

 赤い宝石のついた錫杖をしゃらんと振る。ささやかな音のはずが、錫杖の音はモンスターたちの注意を存分に引きつけた。

「この程度、問題ないわ」

 すぐに、イフィゲネイアは錫杖を頭上に掲げる。

 その動きがぴたりと止まった瞬間、赤い宝石が強烈な光を放った。その光が強すぎて、視界が光と同じ赤みを帯びてしまうほどだ。その眩さにタビとシノンは急いで腕で目を塞ぎ、瞼を固く閉じる。

 それから十数秒ののち、タビはゆっくりと目を開けた。

 光に気を取られて、異変の音に気付かなかった。先ほどまで騒がしかったモンスターたちは断末魔を上げることもなく、空からは墜落し、崖からは落ち、少ない平地にはモンスターたちが折り重なって倒れていた。ぶつかった岩がパラパラと落ちる音だけが、岩場にこだまする。

 あまりの光景に、タビは立ち上がって、目を見張る。モンスターたちは——イフィゲネイアが錫杖を掲げて宝石を光らせただけで、動きがすっかり止まってしまった。

「な、何、何がどうなったんですか?」

 イフィゲネイアは淡々と説明する。

「分解したの。モンスターは鉱石生物だから、核と肉体の繋がりでもっとも重要な命接脈アニマ・インシトゥスを破壊されれば肉体を維持できなくなるわ」

 タビは自分と同じ、信じられない、という顔をしているシノンを見た。それは本当なのか、と聞く前に、シノンは目の前の光景を受け入れていた。

「おっそろしいな……そんなこと、分かっていてもできることじゃないぞ」
「でしょうね。頭や心臓を失えば死ぬ、という普通の生き物と同じ弱点も当然持っているから、そちらから攻略したほうが無難ではあるわ」

 分解、命接脈、弱点、攻略。説明を聞いたって原理も何も分からない、ただモンスターを討伐したという事実だけが残る、とんでもない会話だった。

 イフィゲネイアほどとなれば、モンスター討伐さえ錫杖を振るだけで終わってしまう。もしかしてイフィクラテスもそうなのだろうか、そしてさらにシノンも? ——シノンはまだ普通の冒険者であってほしい、びっくりしすぎて心臓が保たない。タビはそう思った。

 しかも、この目の前に広がるモンスターの大量死現場は、さらにイフィゲネイアが錫杖をもう一度振るだけで——さあっとモンスターの死骸はすべて砂と化してしまった。あとに残るのは大量のモンスターの核だけだ。

 イフィゲネイアは指示を出す。

「量は多いけれど、モンスターの核は放っておいてもなかなか自然に還らないから、できるだけ端に寄せて埋めておきましょう。それがせめてもの弔いよ」
「それはいいがな、これじゃ明らかに大量虐殺だぞ……その錫杖、もうちょっと加減はできないのか?」
「タビがいるから、危険を減らしたかったのよ」

 たったそれだけの理由で付近一帯のモンスターを砂にしないでほしい、そう思う気持ちと、一角山羊カプリコーンやアイスリザードの群れに突入させられるよりはマシだ、という気持ちがタビの中でせめぎ合い、結局イフィゲネイアのその過保護さに甘える形でタビは危険を避けられてよかったと思うことにした。

 三人は大量のモンスターの核を集めて道端に埋めながら進む。小一時間ほどかけて、視界にあるモンスターの核をすべて処理し、先を急ぐ——その最中、シノンはタビにこう告げた。

「言っておくが、このモンスター討伐方法はあの二人以外、他の誰もできないからな。普通はモンスターを避けて通るか、適当にあしらいながら先へ進むもんだ」
「……ですよね」

 冒険者であるシノンがそう言うのだ、そうなのだろう。タビは少しだけ安心した。イフィゲネイアのやったようなことは、自分は錬金術を極めたってできそうにないのだから。

 ところが、その安心はさっぱり無意味だったと、『アングルボザの磐座』でタビは思い知ることになる。
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