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番外編

爆走、乙女チック花嫁街道! 5

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 ようやく夕食会の日が訪れた。
 前日に例のサロンでオイルマッサージを受け、ピカピカにしてもらったヘザーは張り切ってバークレイ邸へ向かう。
 ヒューイのお父上からの連絡によれば、ヘザーとウィルクス夫人の泊まる部屋も用意してくれているらしい。
 ヒューイとのイチャイチャはもちろん無理だが、でも、朝に食堂へ行けばヒューイがいる……ヘザーに「おはよう」と言ってくれるのだ。なんだか新鮮で、その風景を想像すると胸が躍った。

 ヒューイは昨日王都に戻ってきている筈だが、彼は屋敷にはいなかった。なんでも、今回の旅の報告のために王城へ行っているらしい。
 すぐに戻るはずだという話なので、双子たちとお喋りしたり、ラッキーと遊んだりして彼の帰りを待つ。
 すると、使用人がやってきて、ヒューイの帰宅を知らせてくれた。

 二週間ぶりの再会だ。玄関ホールで彼を出迎える。
「おかえりなさい」
 ヒューイと次に会ったなら、そう言おうと思っていた。だが自分の方が客であるのに「おかえりなさい」はなんだかおかしいとも感じていたので、こうして出迎える形になったのは好ましい。
「……ただいま。」
 彼はヘザーの前に立つと、一拍だけ間を置いてそう答えた。

 ああ、ヒューイだ。懐かしいヒューイだ。
 本能の命ずるままに動いてよいのならば「会いたかった会いたかった! もう大好き! 好き好き!」と言いながらヒューイに抱きついて胸に顔を埋めて彼の香りを吸い込みたい。
 そしたらヒューイはちょっと戸惑って「お、おい」と言うに違いない。彼の狼狽の仕方はヘザーの嗜虐心を妙に刺激する。興奮したヘザーはそのままヒューイを押し倒し馬乗りになって……
 ……と、そこまで考えたところで、すぐ後ろにウィルクス夫人やレジナルド、双子たちがいることを思い出した。
 だから小さな声で「会いたかった」と伝えた。
 後ろのみんなにも聞こえてしまっただろうが、これくらいの可愛い表現ならばウィルクス夫人も何も言わないだろう。

 これに関しては、ヒューイからの返答を期待して口にした訳ではなかった。彼が感傷的な科白を──しかも恋愛方面においての科白を──吐くなんて想像もしていなかったから。
 だから彼がヘザーの隣に立ち、
「僕も会いたかった」
 ぼそりとそう呟いたとき、ヘザーは耳を疑った。
「え……えっ?」
 聞き返した時にはヒューイはすでに歩き出しており、着替えてくると言って自室の方へ行ってしまったのだった。

 彼の背中を見送りながらうっとりと立ち尽くすしかない。
 なに今の。なに今の。……萌えるんだけど!!
 今度は乙女心が刺激されまくりである。



 ヒューイの家の夕食に招待されたのは初めてではないが──騎士時代に一度、婚約してからも何度か招かれている──ヒューイの帰還、双子たちの帰省祝いも兼ねているから、晩餐として並んだ料理は非常に豪勢であった。

 食べきれないほどの量であったが、ロイドはものともせずに口に運び続けている。グレンも以前より食べるようになった。
 双子たちの話によると、寮の食事は不味くはない。しかしそれほど美味しいわけでもないらしい。要するに家を出たことで、これまでの自分がどれだけ恵まれていたかに気付いた、そういうことだ。

 お腹いっぱい食べた後は、テーブルを囲んでチェスの対決をする。
 わかりきっていたが、何度対戦してもグレンに勝つことはできなかった。ロイド相手ならば互角といったところだ。
 レジナルドとも対戦したが、意外なことにヘザーが勝利した。だが、レジナルドは何故かヘザーのことを気に入っているようだから、わざと負けてくれたような気がしないでもない。
 ヘザーたちがチェスで盛り上がっている間、ヒューイはウィルクス夫人とメモを取りながら話をしていた。ヘザーの勉強、花嫁修業についての相談だろう。或いは禁止令解除について語っているのかも。
「……。」
 そしてヘザーは改めて部屋の中を見渡した。
 ここはやがて自分の家になるのだ。
 ヒューイがいて、優しい義父がいて、犬がいて、週末には双子たちが帰ってくる。
 幸せがいっぱい詰まった家だ。

 そこでウィルクス夫人の言葉を思い出す。
 ──貴女のような女性が傍にいてくれたら、ヒューイ様も安らげるでしょう
 そうなのかな。そうだといいな。そうなるように頑張ろう。



 ヒューイに「おやすみ」を言った後は、用意してもらった客間へ向かう。
 ヘザーの部屋は一番奥。その手前の部屋をウィルクス夫人が使うことになっていた。
 夫人の部屋の前を通らなければどこにも行けないように配置されている。
 別に夫人は廊下に出て夜通し見張っている訳ではないのだろうが、ヘザーがこっそり歩き回ったりし難くなるような部屋の位置である。
 禁止令が解けたばかりなので、さすがにヒューイのところへ夜這いをかけるつもりはないが。

 ヘザーは広くてふかふかの寝台の上に寝そべり、いかに自分が幸せものかを考える。
 ──僕も会いたかった
「うふ、うふふ……ふふふふふ」
 ヒューイの言葉を思い起こすと、胸がきゅんとなる。
 彼はどうしてこうも毎回毎回、ヘザーのハートを鷲掴みにしてくれるのだろう。
 一見すごく感じが悪いのに、可愛いしセクシーなのだ。
 たくさんいるであろうヒューイを誤解している人たちに「ほんとはヒューイは可愛くて素敵なんだから!」と、大声で告げて回りたい気もするが、自分以外の人間が彼の魅力に気づいてしまっても困る。
 どこか楽しいジレンマに陥りながら、ヘザーは身を捩じらせた。
「……。」
 なんだか、身体が火照るのだ。詳しく言うと、頭がぼんやりして胸がドキドキして、ついでに足の間が疼く。
 妙な薬を飲んだわけでも盛られたわけでもない。単にヒューイのことを想って欲情しているだけである。
「…………。」

 夜這いをかけるつもりはない。
 そう思ったばかりであるのに、ヘザーは寝台から降りると静かに部屋の扉を開けてみる。
 ウィルクス夫人の部屋の扉の隙間から、うっすらとした明かりが漏れているのがわかった。夫人はまだ起きているのだ。……案外、彼女はとっくに休んでいてあの明かりはダミーだったりして。ヘザーとヒューイが夜中にコソコソ会ったりしないように、警戒して「私は起きていますからね、ふしだらな真似は許しませんよ」と明かりだけを灯しておく。あり得る話だ。
 しかし。
 ヘザーは暗い廊下に目を凝らした。
 廊下に細い糸がピンと張られていて、足を引っかけた途端、ベルが鳴り響くような仕掛けが施されていたりして……そう考えた。いつの間にか笛を用意してくるようなバイタリティ溢れる女性である。これも充分にあり得る話だ。
 次にコソコソしているのが見つかったら、今度は結婚式の日までヒューイ禁止令が続くかもしれない。いやその前に夫人に首を締めあげられるかも。
 危ないことはやめておこう。

 ヘザーは寝台に戻ると、毛布の中に潜り込んだ。
 足の間は未だにムズムズしている。
 ああ、ヒューイの顔を見て声を聴いて、身体を触って抱きついて押し倒したい。それと同じくらい夢中で自分に触ってほしい。貪ってほしい。
 こんなことを考えて足の間を濡らしている自分は、ウィルクス夫人にふしだらとか淫乱とか色情狂とか言われても仕方がない気がした。(だからそこまで言ってない)

 いったん膝をこすり合わせ、それから寝巻の裾を持ち上げて、下穿きの中に手を入れようとし……ヘザーは躊躇った。
 ここはヒューイの屋敷である。
 いずれはヘザーの住まいとなる場所であるし、そうなったらヒューイと考えられ得る限りのエッチなことをするつもりであるが、今は客として招かれている立場なのだ。
 手っ取り早くスッキリしてしまいたいが、さすがにこれは不謹慎ではないかと。
「あ~! もう~~~っ!」
 下穿きから手を離し、毛布の中でひとしきりもがいた後で、ヘザーは顔を出した。
 それからナイトテーブルの引き出しを開ける。
 旅の宿なんかでは、こういう場所に「フェルビア創世神話」などの無難な本が置いてあったりするものだ。
 この部屋も客間であるから、何かの本が入れてあるかもと、そう思ったからだ。本を読んで気を紛らわせようと。

 しかし、引き出しの中には見覚えのある木箱が収まっていた。
「ん……?」
 この木箱、大きさといい、留め具のデザインといい……アレに似ている。
 ヘザーは木箱を取り出して開けてみる。
 中にはどろりとした液体の入った壜。
「これって……」
 やっぱり、アレだ。ヒューイと二人で使っている避妊薬。アレにそっくりなのだ。なぜこんなところに。しかしアレはヘザーの部屋の引き出しに入っている筈だ。
 一瞬、ヒューイとエッチなことをしたいあまり、無意識に自分が持ち込んでしまったのだろうかと考えたが、この壜の中身は使われた形跡がない。
 では、前にバークレイ邸に泊まった客が持ち込んだのだろうか。いや、もしかしたら実はレジナルドにはそういう相手がいて、たまに泊まりに来ているとか……? レジナルドは独り身なのだし、おかしい話ではない。

 なぜヒューイの家の客間に避妊薬が置いてあるのか。
 思いつく理由を頭の中で並べ立てていると、背後でコツンと音がした。


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