愚者の勲章

Canaan

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第2章 Viva! Stupid People

09.君に童貞を捧ぐ

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 ロイドの胸に痕を付けるなど、自分でも大胆なことをしたと思う。
 だが彼は口紅の跡のことをキスマークだと思っているようで──それも間違いではないのだろうが──そんなロイドが愛しく思えて仕方がなかったのだ。

 それに、デボラからロイドに言ったのだ。領地のために結婚してほしいと。
 自分には、シラカの地に身を落ち着ける覚悟をしてくれたロイドを幸せにする義務がある。デボラと結婚したせいで身体に不具合が生じたなどと、後悔してほしくなかった。

 彼の陥ってしまった勃起不全に関しては……今の孤立状態を何とかしてからの話になるが、大きな街から医師を呼んでみようと考えていた。
 それまでは、ゆっくりお互いのことを話し、教え合い、触れ合うことに慣れてみようと。

 さっきのデボラの行動がロイドの中の何かに触れて、それで彼が奮い立ったのならば、とても意外で、でもとても嬉しいと思った。



「ロイド様……」
 デボラはガウンの紐を解くと、ロイドの首に腕を回した。
 結婚するまでは、動物の交尾などから生き物が数を増やしていく自然界の法則を頭の中で考え、知識としていたつもりだった。
 だが、結婚式の夜に大体の流れが分かったような気がする。

 失敗してもいい。途中でダメになってもいい。
 でも今は、もっと自信を持ってロイドに触れてほしい。
 言葉でそう伝えても良いのだが、ここは寝台の上だ。言葉よりも伝わりやすい方法が、きっとあるはずだ。
 デボラは彼の首に回した腕に、少し力を込めた。

 するとロイドはデボラをゆっくりとシーツの上に倒し、唇を重ねてきた。
 はじめはぎこちなく触れ合わせ、次は角度を変えて、押し付けるような力強いキスを交わした。互いの唇を食み合ううちに舌が触れて、それを絡ませる。
「んっ……」
 思わず声が漏れて、そこで自分はロイドに力いっぱい抱きしめられていたと知る。
「あっ。ご、ごめん、苦しい?」
 ロイドは謝って身体を離そうとしたが、デボラは彼にしがみ付いた。彼にならばもっと苦しくされたってかまわない。

 一度目に交わろうとした時、デボラはこれを夫婦の、そして領主としての義務だと思っていた。
 ロイドに触れられ、彼を受け入れるのは……怖いけれど、嫌ではない。そんな気持ちだったと記憶している。
 だが二度目に交わろうとしている今は、まるで違う気持ちが根底にあった。
 この、素朴で一生懸命な愛しい人を、自分だけのものにしてしまいたい。そして自分も、彼だけのものになりたい。
 交わったらからといって、お互いがお互いのものになる訳ではないと思うけれど、それでも二人の関係はずっと親密になるだろう。

 しばらくの間きつく抱きしめ合いながら口づけを交わしていたが、だんだんともどかしくなってきた。衣類越しに抱き合っているのが。
 彼も同じことを思ったのだろうか、デボラが羽織っていたガウンと寝巻を脱がせにかかる。
 デボラもまた、ロイドのシャツのボタンに手をかけた。先ほど彼の胸に痕をつける際に、二つ外したが、残りのボタンを最後まで外す。
 ロイドもデボラも、ぎこちない動きだった。だが二人の周りの空気が熱を持っているのが分かる。

 着ているものを脱いでしまったあと、寝台の上で見つめ合い、
「デ、デボラ殿……」
「ロイド様……私のことは、デボラとお呼びください」
「デボラ」
「ロイド様」
 初夜の時とそっくりなやり取りがなされた。
 けれどもあの時とは違う。少なくとも自分は。
 デボラは、ロイドを迎え入れるように両手を広げた。
 彼はデボラの腕の中に収まり、デボラを潰さないように上に乗りながらその耳を食んでくる。
「あっ……」
 僅かに身体を襲った刺激にデボラは小さな悲鳴を上げたが、ロイドはもう、「ごめん」とか「痛かった?」とか訊ねて来なかった。
 彼はデボラを気遣っていない訳ではない。もちろんデボラの声が悲痛なものであったなら、ロイドは身体を離しただろう。でも今の彼はただ、デボラとの行為に夢中になっているのだ。
 ロイドの唇はそのまま頬に、首筋に下り、胸元を目指している。

 彼はデボラの乳房を掴み、何度か揉みしだいた後で、その先端にキスをした。
「んんっ……」
 初めてこれをされた時、デボラの中には戸惑いもあった。どうしてこんなところにキスをするのだろうと。
 でも今のデボラは思う。キスは……したいところにすべきだし、して欲しいところにしてもらうべきだ。自分だってロイドの胸にキスをして、しかも痕をつけたいと思ったのだから。

 胸にロイドの息がかかる。彼が動くたびに、その髪がデボラの肌をくすぐった。
「ん。んああ……」
 乳首を舐め上げられ、ちゅっと吸われて妙な声が出る。一度目の時よりも、足の間がずきずきと疼いていた。
「あっ、ああ……ロイド様……」
「デボラ……」
「き、気持ち良いです……もっと、私に触ってください……」
 すると、ロイドが息をのむ音が聞こえた。
 彼の胸にキスする以上に大胆な発言だっただろうか? 淫らな女だと思われてしまっただろうか?
 でも違った。
「デボラ」
「んっ……」
 彼はデボラに深い口づけを与えながら、デボラの膝を割り、足の間に手を滑り込ませてきたのだから。
 ロイドはデボラの想いに応えてくれたのだ。潤った襞を捲り、そこを指で辿る。何度かそれを繰り返した後で、中に指が入れられた。

 最初の時は……後ろの方に指が入って来そうになって、デボラは焦ったものだ。
 夫婦の営みにはこういう行為も必要なのだろうか、それとも彼の趣味なのだろうかと。ひょっとしたら、自分の身体の造りは他の女性と違うのかもしれない……とも不安になった。
 だが、彼は、初めてだった。たぶん、場所が分からなかったのだ。
 デボラを不安にさせないよう、そして嫌われないように取り繕っていたのかと思うと、それもまた愛しい。
 デボラは足を開き、ロイドの指を深く受け入れた。
 他人の身体の一部が自分の中へ入って来て怖いような、少しだけ痛いような、でもくすぐったいような、そんな感覚はある。
 それでも一度目の時よりずっとロイドを信頼していたし、ずっと好きになっていた。そのせいなのだろうか、すぐに淫らな音が立ちはじめた。
「あっ、ロイド様……!」
 自分の中から滑る水が溢れてロイドの動きを助けている。彼の指が自分の中を擦るたびに、首筋がぞくぞくとした。

「あの、デボラ……そろそろ、いい?」
 やがて指が引き抜かれ、デボラの大好きな掠れた声で、そう訊ねられる。
 よかった。彼はまだ勢いを失っていないようだ。
「はい」
 デボラは改めて彼の背中に腕を回し、ロイドを迎え入れようとした。

 指よりずっと太いものが入り口に押し当てられ、デボラは少しだけ恐ろしかった。だが今の気持ちを態度に表してしまったら、ロイドの方こそ遠慮して怖気づいてしまうのだろう。
 それが分かっていたから、「私は大丈夫、来てください」そう言葉にする代わりに、腕に力を込める。

 自分の入り口が硬くて熱いものに押し広げられていく。
 もう充分に受け入れたような気がするのだが、まだまだ深く入ってくる。どこまで侵入されるのだろうとまた怖くなったが、ロイドを失う方が──失敗して落ち込み、再起不能となってしまう彼を見るのが──ずっと怖い。
 デボラは、ただ夢中でロイドを抱きしめていた。

 ようやく、足の間にロイドの腰がぴったりと押し付けられた。そんな気がすると同時に、
「あっ……」
 ロイドが呻いた。
 デボラの中で、彼のものがびくびくと脈打っているのが分かる。
 結婚式の夜にデボラの内腿や腹にかかった液体が、今は自分の中に注がれているのだ。
「あっ、ご、ごめん、俺……!」
 彼はデボラの上で何度か震えた後すぐに身体を離そうとしたが、デボラは腕と足を使って、彼を自分の中に留めた。

「できました」
「えっ」
「私たち、ちゃんと出来ました……!」
 なぜ彼が「ごめん」と言ったのか良く分からなかった。ロイドの子種を、デボラの中に入れることができたではないか。
「私たち……本当の夫婦に、なれました」
 そのように告げると、ロイドは虚を衝かれたような顔でデボラを見下ろしていたが、次第に彼のものが自分の中で再び硬さを取り戻していく。
「あ……あの、もう一回、しても……いい?」
 ロイドがちょっと申し訳なさそうに呟いた。
 一度の交わりで子供ができるとは限らない、それは知っている。だが、これは一晩に何度繰り返すものなのだろう? デボラには良く分からなかったが、ロイドがそうしたいならばと頷いた。

「はい……あっ」
「痛かったら……言って」
 ロイドが自分の上に覆い被さり、身体を動かし始めた。繋がっている場所を軸にデボラの身体も揺さぶられる。
 痛くないと言えば嘘になるが、我慢できないほどではない。それに今は、自分たち二人が本当の意味で夫婦になれたことの方が嬉しかった。
 デボラは目を閉じ、黙ってロイドの背中にしがみ付く。
 やがて、ぎこちなかった往復の仕方が滑らかになって、二人が繋がった部分から淫らな湿った音が響きだした。最初のような痛みも殆どない。

「あっ、」
 深く強く穿たれた時、頭の芯が痺れたような気がして、自分のものにしてはやたらと艶めかしい声が出た。
 寝台がギシギシ軋んで、自分とロイドの吐息が混ざっている。
 子孫を増やす目的とは別に、男性は快感を得るためにこの行為をしたがるらしい。でもそれは、男性だけではないのかもしれない。
 自分も、すごく淫らな気分になり始めているのだから。

 そのうちに、ロイドが再び呻いて自分の上で震えた。
 デボラは彼を受け止めながら、言い表しようのない愛しさを感じて、ロイドの髪を撫でる。
 彼は顔を上げ、デボラに口づけた。
 口づけとともにとても大切なものを貰ったような気がして、デボラはこの上ない幸せを感じていた。


*


 できた。
 不格好だったかもしれないが、「入れて出す」ところまではできた。

 一度目、「入れた途端に出しちゃった」時は、先走ったのとそれほど変わらないような気がして血の気が引いた。
 だがデボラはこれを失敗と受け止めなかったようだった。いや、完璧だとまでは思わなかったのだろうが、まずは彼女が「できた」「夫婦になれた」と言ってくれたから、ロイドは本当に救われた。
 デボラはなんと心の広い女性なのだろう。

 たまたま道に迷って辿り着いた場所でデボラに出会い、困っている彼女を助けるつもりで──もちろん彼女への好意はあったが──結婚したというのに、今はデボラに選んでもらえたことが光栄でならない。

 ロイドは身体を起こして寝台を降りると、脱いだ服のポケットを探った。
「デボラ、これ……」
「それは、チェリー様ですね」
「うん。俺のお守り」
 デボラが毛布を纏って寝台の縁に腰かけたので、ロイドは彼女の前に跪いた。全裸で。
「これ、実は……君に会うちょっと前に拾って……童貞の俺を見守ってくれる神様として持ってたんだ」

 これまでは捨てたくても捨てる機会のない童貞だったが、その童貞をデボラ・ステアリーに捧げることができて、自分は幸福な男だとすら思う。
 ロイドは跪いた状態でチェリー様をデボラに差し出し、頭を垂れた。

「俺……俺、ロイド・ステアリーは騎士として、君の夫として、これからの人生、精一杯君に仕えます! 俺の気持ち、どうか受け取ってくださいっ」
「ロイド様……」
 デボラは静かにロイドの両手からチェリー様を受け取った。
「はい。私も妻としてあなたに尽くします」
「デボラ……」
「ロイド様」

 チェリー様を握るデボラの手を、ロイドが自分の手で覆う。
 互いの顔が近づいて、唇が重なった。
 それは結婚式のキスのやり直しのようなものだった。情欲のキスではなく、厳かな誓いのキス。

 今ここに、名実相伴う夫婦が誕生したのだった。



(第2章 Viva! Stupid People 了)

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