愚者のオラトリオ

Canaan

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第3章 Lady Commander

09.私を、喚かせろ

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「話とは、なんだ」
 ベネディクトの部屋に入ったステラは、椅子を勧める前に、勝手に机に腰をかけた。
 仕方がないのでベネディクトは彼女の正面に立つ。
「まずは、あんたに訊きたいことがあるんだけど……」
 ステラからは腰を据えて話をする気が窺えなかったので、挫けそうになったが、思い切って言った。
「俺と結婚できない理由を教えてくれないか」
「仕事を辞める気はない。私は家庭には入れん」
「やっぱり、そんなことだったのかよ……」
「そんなこと? いったん海に出たら二週間以上戻らないんだぞ。陸地にいるときも私は執務室かドックに出入りしている。私に『家』があるとしたら、そこに戻るのは月に二、三日だろうな」
 彼女があまり家にいないであろうことは承知の上だった。そして数字にして表されると、一緒にいられる時間はベネディクトが考えていたよりもずっと少ないことがわかった。
 だが、
「それが何だって言うんだ……? 俺は指揮官としてのあんたにも惚れてんだよ。海軍におけるあんたの価値は充分に理解しているつもりだ。俺一人のためにあんたに退役してもらおうとは微塵も思っちゃいないね」
 そう告げると、ステラは俯き、少し考えてから言った。
「貴様と私が結婚するとしても……子供は与えてやれないだろうな。私が家にいることは滅多にない。家で貴様の帰りを待つこともない。貴様のハンカチに刺繍を入れてやることもできない。そんな結婚に、意味はあるのか?」
 たしかに、あまり意味は無いのかもしれない。世間的に見れば。
 それよりも、今の彼女の言葉で、引っかかった部分がある。
「家で、俺の帰りを待って……し、刺繍……?」
「ああ、苦手だ」
「やめろよ! あ、あんたが刺繍とかしてたら……きっ、気持ちわりぃじゃねえかよ!」
 ステラが暖炉の前で椅子に座って刺繍をしているところを想像したら、はっきり言って、気持ちが悪かった。
「私が気持ち悪いだと!!」
「ああ、やめてほしいね! 俺はあんたにそんなことは望んじゃいねえんだよ」

 だんだん、腹が立ってきた。
 それは「普通の男」が女に、妻に求めることではないのか。
 ステラは、自分をほかの大勢の男と一緒にしている……彼女はまだわかっていない。ベネディクトが、ステラに心底惚れている理由を。それが腹立たしかったのだ。

「だいたい、あんたに惚れる時点で俺は『普通』じゃねえんだよ! なんでそれがわからねえの?」
「なんだと……!? 貴様、人を珍獣みたいに言いやがって……!!」
 ステラは机に腰かけたまま、ベネディクトの胸ぐらを掴んだ。ブチブチとシャツのボタンがはじけ飛ぶ音がしたが、構わずに叫んだ。
「ああ! 珍獣じゃなきゃなんだって言うんだ? 猛獣か!?」
「貴様ァア……殺されたいのか!?」
 怒鳴り合い、睨み合った。それこそ猛獣同士のように。
 そのあとで、続けた。
「俺はその猛獣に惚れてんだよ……あんたが猛獣なら、俺は変人だ……。あんたを飼い慣らせるなんて、端から思っちゃいねえよ……それに、あんたに殺されるなら、本望だ」

 ベネディクトは、ステラ・ハサウェイの苛烈で危険で横暴なところに惚れた。
 そしてヒューイみたいな結婚をしたいと、今も思っている。
 しかしステラに、ヘザーのようになってほしいわけじゃない。
 ベネディクトは、自分だけの、ただ一人の女に仕えたいのだ。
 ベネディクトにとって、ステラにはそれだけの価値がある。一生を捧げる価値がある。それをわかってほしかった。

「いま言ったとおり……私はほとんどの時間を船や海軍の詰所で過ごす。『普通の家庭』の妻にはなれない」
「……あんたに惚れて、求婚した時点で、『普通の家庭』ってもんは想定してねえよ」
「それでは、結婚の意味が……貴様はいつか後悔することになる」
 彼女は結婚自体を拒否しているわけではない。意味を見出そうとしている。それも、ベネディクトのために。つまり、ベネディクトのことは「憎からず思っている」と考えてもいいのだろう。
「なあ、ハサウェイ代理。俺のこと、好き?」
「……私と結婚した場合に、貴様が被る不利益を考慮する程度には」
 そこでベネディクトは笑ってしまった。やっぱり、彼女はベネディクトのことを真剣に考えてくれているのだ。それに、こういう時だけ遠回しな言い方をするのも、すごくステラらしい。
 ステラの腰に手を回し、額をくっつける。
「俺は、あんたが俺のところに帰って来てくれるならそれでいい。『家』であんたを待ってるよ……そうだな、あんたが帰ってきた時のために、美味い肉を出す店を探しとく。貴重な休日は、美味い肉を一緒に食いに行こうぜ」
「貴様、私と結婚したいなど……相当な変人だぞ」
「さっきから、そう言ってるだろ。ほかには? 結婚の条件、何かあるか?」
 ステラの手が、ベネディクトの上着の襟を握った。
「私を、裏切ったら許さない……」
「それも言っただろ。俺が他の女にうつつを抜かした時は殺せよ。あんたになら殺されてもいい」
 彼女は、一度裏切られている。惚れた男が相手ではないものの、その出来事は醜聞となって社交界を駆け巡った。
 もちろん、ベネディクトにはステラを裏切るつもりなど毛頭ない。ステラを諦めるのでなければ、貞節を誓い、尽くすしかない。彼女に惚れた時点で、それはわかっていた。
「……ほかには?」
 そう問うと、ステラの片足が持ち上がってベネディクトの腰を絡めとり、さらに近くに引き寄せる。
「ベネディクト」
「おっと」
 ベネディクトの身体がステラとぴったりくっついたとき、彼女は言った。
「私を、喚かせろ」
「……了解」
 彼女にどれほどの質量があるか、ベネディクトはもう知っている。ステラの腰に回した手に力を込めて、自分にしがみ付かせるようにして抱き上げた。



 ベッドの上で互いの着ているものを脱がせ合う。最後に彼女のヘアピンをはずして、艶のある焦げ茶色の髪を指で梳いた。
 ステラの肩を抱いて口づけながら、二人でシーツに身を横たえていく。
「ん……」
 ベネディクトが舌を動かすと、ステラが低く呻く。彼女の頬に添えていた手をゆっくりと下のほうに滑らせて、その乳房に触れた。執拗にキスを続けながら、硬くなった胸の先を摘んで刺激する。
「んうっ……」
 唇で肌を辿りながら乳首を口に含むと、ステラの身体が強張った。
「あ、あっ……」
 舌で乳首を転がし、淫らな音が出るようにしてそこをしゃぶると、彼女は喘ぎながらびくびくと震える。
「ベネディクト……も、もういい……」
「うん?」
「もう充分だ。早く入れろ」
「おいおい。俺まだほとんど何もしてないんだけど。それに、濡れたら入れりゃいいってもんでもないだろ」
 必要なことしかしないという、彼女の効率優先なところはベネディクトも気に入っている。だが、そういうのは仕事だけにして、ベッドには持ち込まないでほしいものである。
「あんたを喚かせるためにも、もっと時間をかけなくちゃな」
 もう少し焦らしてからするつもりだったが、せっかちなステラはまた痺れを切らすかもしれない。ベネディクトは唇で彼女の腹を辿って、臍に口づける。さらに下におりて行ったとき、ようやく彼女は気づいたようだった。
「だ、だから、それはいい! それはやめろ!」
「いやだね」
 こうなることがわかっていたから、すでに足の間に身体を入れてある。それでも彼女は足を閉じようとしたので、ベネディクトはその太腿を押し返した。
 強弱をつけて突起を捏ねながら溝に舌を這わせる。
「ば、ばか! やめろ……うぁっ……」
「やめないね。あんたの反応、それ、すげえいいよな」
 はじめは散々騒いでいても、快楽を与えるにつれて抵抗が弱まっていくところとか、ものすごくいい。
 舐めて、つついて、溢れてきたものを啜ってやると、じたばたと暴れながらステラが叫ぶ。
「や、やめ、あっ……死にたいのか貴様ァ!」
 ベネディクトが彼女を裏切るようなことがあれば、その時は命を捧げると宣言したが、これをするたびにも自分は殺されるのだろうか。
「……あんたとヤるのは、命懸けだな」
 でも、そのスリルがたまらないと思った。
「くっ、ああっ……」
 ステラの身体から次第に力が抜けていく。ベネディクトは指も使って、さらに彼女を追いこんだ。
「っ……」
 これでもかというほど騒いでいたくせに、絶頂を迎えるときはやたらと静かだった。小さく喉を鳴らして、彼女は震えながらベネディクトの与えた快楽を味わっている。
 ベネディクトは身体を起こすと、今度は彼女の両膝に手をかけ、自分の硬くなったものを彼女の襞に滑らせた。
「あっ、なんだそれは……っ……!」
「いや、あんたを喚かせるって約束しただろ。イッたのに、なんか静かだったからさあ」
 罵るという意味では喚きまくっているし、それはそれでベネディクトも大好きなのだが、約束した方の喚き声は未だ控えめである。
 ベネディクトは自分の先端で彼女の蕾を刺激したり、足を抱えて閉じさせたうえで、自分の腰を往復させたりした。
「あっ、あっ、それは……あうぅ」
「気持ちいい?」
「んっ、あああ……」
 濡れた性器がこすれ合う淫らな音と、彼女の掠れた声が混じり合う。なかなかいい反応だ。
「じゃ、もっと喚いてくれよな」
 ベネディクトはそう告げて、ステラの中に腰を進めていった。

「ああーっ」
 奥まで到達したと同時に、ステラはベネディクトの背中につかまって悲鳴をあげる。
「おっと、またイッてる?」
 惚れた女が自分にしがみ付いて嬌声をあげている。その悦びだけでベネディクトも達しそうになる。あまり持ちそうになかったが、ベネディクトはやる気にもなっていた。だいたいわかってきていたステラの好い場所を、執拗に突いて、擦る。
「あっ、や、やめろ……おかしくなる、おかしくなるっ……ああっ……」
「前にも言っただろ。ふたりでおかしくなればいいんだよ」
「ん……ベネディクト……んん、あっ」
「ステラ──」
 彼女をぎゅっと抱きしめながら腰を押しつけて、親愛と慕情のキスをした。



 二人で横たわって息を整える。彼女の肩を抱いて引き寄せようとすると、ベネディクトの動きよりも早くステラはむくっと起き上がった。
「え? おい、どした……?」
 ステラはベネディクトの膝を割り、今はたいへん満足してぐったりしているものを手で掬う。真剣な表情でそれを眺めたあと、意を決したようにベネディクトのそれに向かって顔をおろしていった。
「えっ? え……?」
 いいの!?
 そう期待したと同時に、ベネディクトの逸物はむくむくと元気を取り戻していく。しかしステラはぎょっとして、まるでゴミを見るような目つきになった。ベネディクトのそれからも、ぱっと手を放してしまう。
「貴様……なぜ興奮するんだ!?」
「え? いや、だって……好きな女がしゃぶってくれたら、そりゃ嬉しいじゃん」
「……チッ、変態め」
「いやいや、別におかしいことじゃないと思うんだが……」
 彼女は何がしたいのだろうと不思議に思っていると、答え合わせはすぐに行われた。
「では、貴様に羞恥と屈辱を与えるには、どうすればいいんだ?」
 なるほど。彼女は口でされたのが、よほど恥ずかしかったらしい。同じような羞恥心をベネディクトに与えたいのだ。
 だが、ベネディクトはステラが口でしてくれたら……まあ、恥ずかしいことは恥ずかしいが、それでも嬉しさのほうが大いに上回ってしまうだろう。
「いやあ……そりゃ、難しいんじゃねえの」
 ステラは、自分に羞恥を与えることはできない……ちょっとした優越感が生じて、ニヤニヤとしながらそう答えると、彼女はポンと手を打った。
「尻か……!」
「え。」
「尻だな!? 貴様、尻を出せ!」
「うあ、ちょっと待っ……」
「大人しくしろ! 貴様にも羞恥と屈辱を与えてやる!」
「あああっ」
 違う。別に尻は性感帯ではない……はずだ。抵抗もむなしく、女にあるまじき腕力でベネディクトの身体はうつ伏せにひっくり返されてしまう。
「貴様、興奮しているではないか! やはり、尻なんだな……!?」
「うぁあ、」
 それは違う。
 違うはずなのだが、ステラの探求心と征服欲にベネディクトは屈服した。これからの人生をこんなに激しい女と一緒に過ごせるのだと思うと、ゾクゾクしてもいる。
 ステラの手が、四つん這いになったベネディクトの昂ぶりを握った。その上で彼女はベネディクトの太腿と尻を撫で上げていく。
「違うは言わせないぞ。貴様は、こんなにも硬くなっているではないか」
「あ、あっ、ちょっ……、すみませ……」
 彼女の剣幕に、うっかりと服従してしまったベネディクトである。
 きっと自分は一生ステラには敵わない。でも、それでもいいかと思った。


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