愚者のオラトリオ

Canaan

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第1章 What's Going On?

08.彼女が騎士になった理由

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「おう、来たか。逃げるのかと思ったぜ」
 訓練場の入り口にオットー・レミントンは立っていた。
 身体の大きさはベネディクトよりもひと回り小さい男であった。そして後方には部下と思しき痩せた男が控えていた。どちらに対しても体格はベネディクトが勝っているが、安心はできない。なにかのスピード勝負になったら、自分のほうが不利かもしれないからだ。
「……何をぬかしているんだ? あの部屋を手に入れられるチャンスを見逃すわけがなかろう」
 ステラはオットーの前に立つと、挑戦的な態度で彼を睨み上げる。
 どんな勝負が待っているか分からないので、相手を怒らせるような真似はやめてほしい。なのに、彼女の攻撃的言動は止みそうにない。
「ああ、そういえば、貴様らの団旗だがな。日に焼けてボロボロではないか。ケツを拭く布にもなりやしない。焚きつけに使えるくらいだろうな」
「ァア!? なんだとこのクソアマァ!」
「ちょ、ちょっ……ハサウェイ代理!」
 彼女がクソ女である件に関してはオットーにおおむね同意であるが、ハラハラ感に堪えられなくなったベネディクトはステラの袖を引っ張った。
 すると、オットーがベネディクトを指さして言った。
「なんだそいつは、お前の腰巾着か?」
「その通りだ。馬術や剣の勝負ならばこいつがやる」
 そこは否定するとか、せめて「部下」って言ってくれませんかね……。
 ステラが腹の立つ女であることに変わりはないのだが、虐げられている期間が長くなってくるにつれて、だんだんと諦めの境地に入ってきているのだろうか。今では彼女に対して反論する気も起きないから不思議である。
「おいおい。自分から俺らにケンカ売っときながら、勝負は黙って見てるだけのつもりかよ! いいご身分だよなあ、女騎士さんはよォ!」
 まったくもってその通りである。オットーの言い分に心の中で頷きそうになっていると、ステラが言い返した。
「貴様、適材適所という言葉を知らんのか? 私の得意分野であれば、私がやる」
「お前の得意分野だと? 罵倒大会か何かか?」
「……ナイフ投げ」
「ほおん……」
 オットーはステラの全身を眺めまわす。腰にカットラス。背中と、両のブーツに短剣というのはいつもと同じだ。
「まあ、飛び道具に頼るってところが、所詮は女だよな」
「……ふん。何をもって勝負するつもりなんだ? とっとと言わないと、貴様の脳天をナイフでぶち抜くぞ」
 彼女ならば本当にやりそうだ。
 ステラは腕を組み、ふんぞり返ってオットーを睨みつけている。
 風が吹いて雑木林の木々がざわざわと音を立てたが、後れ毛ひとつこぼさず結い上げられた彼女の髪の毛が、風に揺れることはもちろんない。

『普段は海軍の騎士たちを纏めているのだろう? あのぐらいでなくては、務まらんのではないか?』

 以前、ヒューイがそう言っていた。その時ベネディクトは「なんであんな女を褒めるんだよ」と面白くない気分に陥ったことを覚えている。
 でも、今ならわかる気がした。
 最強最悪レベルで口が悪くて、横暴で、無茶で、向こう見ずな女だが、でも、自分の騎士団を纏め上げて海賊たちと戦うには、きっと彼女みたいでなくてはダメなのだ。
 司令部に勤務しているとたいていの騎士からは「王国軍の花形じゃん、エリート街道まっしぐらだな」と、そういう風に言われることが多い。
 しかしステラ・ハサウェイからみたら、ベネディクトは「ぬるま湯に浸かったお坊ちゃん」でしかないのだろう。

 誰が相手でも臆さず立ち向かう彼女の姿は、無謀でもあり、厳かでもある。
 ステラを見つめながらそんなことを考えていると、オットーが親指で崖のほうを示した。
「あそこに、ロープがぶら下がってるの、見えるか?」
 崖は、高層住宅の五、六階か、それよりも少し高いくらいだろうか。そこからロープが五本、等間隔に吊るしてあった。
 これが何の訓練に使われるものなのかはすぐに分かった。この訓練を積んでおけば、敵方の拠点──城でも砦でも──に攻め入る際に非常に有効なスキルとなるのだ。
 そして、オットーはこのロープをのぼり切る時間を競うつもりのようだった。

 崖のすぐそばまでやって来ると、ベネディクトは改めて上を見あげた。そして息を飲んだ。
 ロープを辿って登るだけならば、なんとかなるだろうと思っていた。
 だが、崖の上方はひさし状に張り出しており、ぶら下がったロープと崖の距離は横から見るとだいぶ離れていた。崖を利用して──崖に足を掛けたりして──登ることができないようだった。途中で休憩することもできないから、体力が底をついた時点で真っ逆さまだ。
 崖下には柔らかな黄色土が広がっているが、打ち所が悪ければ命を落とすことも充分に考えられた。
 自分ならばどこまでなら登れそうか、落ちるとしたらどのあたりで力尽きるのか、そういうことを考えながら崖を見上げていると、
「これは、私の分野のようだな」
 ステラが上着を脱いだ。
「バーキン。貴様、これを預かっていろ」
「えっ?」
 思わず上着を受け取ってしまったが、ベネディクトはステラに詰め寄った。
「いや、どう考えたって危ないでしょう!」
 彼女は指の力だけで自分の身体を持ち上げることができる……それは知っている。腕全体を使えるのならば、もっと容易になるだろう。だが、落ちたら死ぬかもしれない高さまで登れるのだろうか? しかも休憩はできない。いくらステラ・ハサウェイといっても、体力は底なしではあるまい。
 ……まあ、自分だって底なしではないし、スタミナもひょっとしたら彼女のほうがあるかもしれないが、ステラを本来の職務──海賊の討伐──以外で怪我をさせるわけにはいかないと思った。
「戦闘以外で怪我をするのは馬鹿らしいって、あんた、言ってたじゃないかよ!」
「違いない。だがこれは私の分野だ」
 ステラはベネディクトが止めるのも聞かず、自分の靴まで脱ぎだした。
「おおっと、女騎士さんがやるのかよ。てっきりそっちの男がやると踏んでたんだがなあ?」
「これは私に向いている」
「おいおい、たいした自信だな。これ、普通の女じゃぶら下がるだけで精一杯だぜ。自分の身長より高いとこまで行ける女は、まずいない」
 オットーはにやにやと笑いながら、ステラとベネディクトのいる場所を回り込み、一本のロープの下についた。五本あるうちの、右から二番目、左から四番目の位置にぶら下がっているロープだった。
 ベネディクトは一歩下がって五本のロープをざっと確認する。

 左側の二本は、新品同様のものらしい。手垢のような汚れは殆どついていない。ロープ自体もこなれておらず、硬そうに見える。つかみ難いようにも思えた。
 そして一番右側のロープは古いもので、ボロボロだった。麻の繊維が所々飛び出しており、手垢まみれでかなり劣化している。
 そしてオットーが選んだ右から二番目のロープは、ほどほど使い込まれている。だが「古い、汚い」という言葉が当てはまるほど劣化してもいない。その隣の真ん中のロープも似たような状態であった。
 使うとしたら、真ん中のロープが良さそうだ。

 そこで、なんだかおかしいと感じた。
 自分たちは真ん中のロープを選ぶように、誘導された……そのように思えたからだ。
「ちょっと、ハサウェイ代理……」
 何かがおかしい。ロープには細工がしてあるかもしれない。そう伝えようとして、ベネディクトはステラに小声で話しかける。
「貴様。今頃気づいたのか」
「……え?」
「オットーのやつは、『こちらが敗北した場合』の条件は出していない。その時点でおかしいと思うべきだろうが」
「!!」
 そういえば、そうだ。こちらが勝ったら部屋を明け渡してくれる……約束はそれだけだった。こちらが負けた場合に何かを差し出す条件はない。オットーのような性質の男が出す条件にしては生易しすぎる気がした。
「じゃ、じゃあ。ハサウェイ代理。ますますあんたにやらせるわけにはいかねえよ。あんたは俺たち新人教育課のために動いてくれたんだろうが……でも、これは命をかけるような問題じゃねえ。あんたが命を懸けるのは、自分の騎士団を護る時だけにしておくべきだ。本来の、黒鴎騎士団をな」
「……私は死なん。別に命を懸けているわけでもない」
「え? いや、何を根拠のないこと言ってんだよ!? あ痛っ!?」
 彼女を制止するためにその肩に手をかけようとすると、目にも留まらぬ速さでベネディクトの親指が握られた。スパン、と小気味よい音がした。ステラはさらにそれを捩じりあげる。
「バーキン。黙らんと、このまま貴様の指を折るぞ」
「いで! いででで!」
 ベネディクトが「降参」と口にする代わりに、自由な方の手で彼女の腕をタップすると、それはぱっと解かれた。
「貴様は黙って見ていろ」
 オットーが面白がるように口笛を吹いた。
「おいおい仲間割れかよ」
「貴様も黙れ」
「はっ、怖ぇ女」
 ベネディクトは折られそうになった親指を押さえながら、心の中で頷きまくった。
 はっきり言って、教材室の確保など優先事項ではない。教官長のような怪我人がでる恐れはあるが……今までのままだって充分なのだ。
 自分の苦手分野を押しつけようとしてベネディクトを連れて来たくせに、結局は自分がやるといってきかない。しかも止めたベネディクトの指を折ると言って脅すような、とんでもなく恐ろしく、そして憎たらしい女である。
 だが、いくら憎たらしい女だとはいえ、命をかける必要はまったくないし、彼女が怪我をするところも見たくないと思った。
 ステラは真ん中のロープの下に立つと、上を見あげた。
「おい、オットー。確認するが『崖の一番上に、早く到達できた方が勝ち』でいいんだな?」
「ああ。単純でいいだろ? 準備はいいのか?」
 ステラは無言でロープを──何かの仕掛けが施されているであろうロープを──握った。オットーがにやりと笑って自分の部下に視線を移す。
 痩せた身体のオットーの部下は、「えーと、じゃあ、スタート」と締まらない合図をした。

 合図が聞こえた途端、ステラはものすごい速さでロープをよじ登っていく。
 自分の身体を持ち上げる力、体躯に対する腕力に関しては、たしかにステラのほうに分がありそうだった。だが、瞬発的な力は発揮できても、彼女の体力は崖のてっぺんまで持つのだろうか。
 それを考慮したうえで、ステラはスタミナが切れる前に登り切ってしまおうとしているのかもしれない。
 しかし、ロープには細工が施されている可能性が高い。オットーはこちらが負けた場合の条件を出さなかったが、大怪我をさせるつもりなのではないだろうか。
「だから止めたのによ……」
 彼女は教官長代理だが、それも一時的な役割に過ぎないのだ。ここで騎士生命を絶たれるような怪我をするのは、まったく割に合わない。
 ベネディクトはせめて落ちてきた彼女を受け止められるように、崖に近づいた。場合によっては自分も大怪我をするのだろうなと覚悟しながら。
 もしもそうなったら……彼女はちょっとでもベネディクトを見直すだろうか。と、そんなことも考えた。

 ステラは自分の身長の三倍くらいの高さまで一気によじ登ると、そこでぴたりと止まった。
「おっ? もうスタミナ切れか?」
 彼女に少し遅れを取っていたオットーは、嬉しそうに囃し立てた。
 ステラはお構いなしといった風で、ロープにつかまった状態でぎゅっと身体を縮こまらせた。それから、ゆらゆらとロープを揺らし始める。反動をつけて、大きく大きく。
「え? おい、まさか……」
 ベネディクトがそう呟くと同時に、彼女はロープから手を離し、崖に飛び移った。
「えっ?」
 オットーの部下も慌てている。当のオットーも、自分が登るのをやめてステラの動きに見入っていた。
 ステラはまるで蜘蛛のような動きで、崖に貼りつきながらも上へ進んでいく。途中、一瞬止まって首を動かした。次に手足をかける場所を探しているのだろう。
 彼女の少し上に、ちょうどよい具合に岩の切れ目がある。ステラは反動をつけて狙った場所に飛び移った。なんとかそこにぶら下がる状態になって、見ているベネディクトは気が気ではない。しかし彼女は自分の身体をぐんと持ち上げて足を掛ける場所をみつけ、再び身体を安定させた。
 ベネディクトはほっと息を吐き出したが……たいへんなことを思い出した。崖の上方はオーバーハング気味になっているのだ。それこそ蜘蛛でもない限り、登れるわけがない。横に移動して崖の張り出している部分を避けるルートもあるが、気の遠くなりそうな距離の回り道だった。
 ステラはそこまで考慮して登っているのだろうか。どうするつもりなのか訊ねたいが、少しでも彼女の気が逸れたらと思うとそれも恐ろしくて、ただ祈りながら見上げているしかできない。
 ステラはときに、自分の顔の横にまで足を持ち上げる体勢になって登り続けている。彼女はそのまま突き出た部分に取り掛かった。
 オットーはというと思い出したように自分のロープを登っていたが、さすがにステラがその部分の攻略に取り掛かると手を止め、再び彼女に見入る。

 ステラは大きく腕を伸ばし、指を引っかけられる場所を探り当てた。一度そこを引っ張るようにして、岩の強度を確かめる。大丈夫だと確信したのだろうか、彼女は勢いをつけて移動を行った。
 そしてまた片腕だけでそこに留まり、もう一方の手で次につかまる場所を探る。突き出した部分にぶら下がり、移動できる場所を探っては進み、そうして崖の上まで近づいていく。
 ハラハラしながら見ていたベネディクトは、彼女はこのまま腕の力だけで崖上に這い上がるのだろうと思った。でも、ちょっと違った。
 ステラは両手でぶら下がった状態からぐぐぐっと下半身を持ち上げて身体を捩り、自分の頭よりも足を上にあげたのだ。
「……!?」
 変な声が漏れ出そうになって、慌てて口を閉じた。
 まずは足を引っかけてから上半身を引っ張りあげるかたちで崖の上に立ったステラは、手のひらをズボンにごしごしと擦り付けながらベネディクトを見下ろす。
「バーキン! このロープを調べろ!」
 そのセリフのあとで、ステラの姿が死角に入った。彼女はロープの結び目を解いているようだった。少しして、解かれたロープがどさっと落ちてきた。
 ついでに、力尽きたオットーもどさっと落ちた。

 ステラの身体能力はベネディクトの想像をはるかに超えていた。彼女の手のひらは崖に吸い付いているようだった。
 いま見たものをヒューイに話して自慢したいところだが、果たして信じてもらえるだろうか。そのくらい、クレイジーな見世物であり、ショーだった。
 半ば夢心地でロープの前にしゃがみ込んだが、少し不自然に変色した部分を見つけ、触れてみる。指をこすり合わせてみると、やたらとぬるぬる滑るような気がした。
 油だ。油がしみ込ませてあったのだ。
 幸いステラはそこに到達する前に崖に飛び移ったが、もう少し長くロープを使っていたら、彼女は手を滑らせていたはずだ。
 オットーは右肩を打ち付けたのだろう、その部分を押さえて蹲っていた。ベネディクトは彼の前まで行く。
「オットー・レミントン! これは、どういうことだ!?」
 下に落ちたロープを指さしながら糾弾すると、オットーは肩を竦め……そこで肩を痛めていることを思い出したのか、顔を顰めた。でも、ちっとも可哀想だとは思わなかった。
「どういうことだと聞いているんだ、答えろよ」
「どういうことって……それだけじゃわかんねえな」
「ロープに油を塗っただろうが」
「さあ? 俺が塗ったって証拠でもあんのか? 最後に使ったやつの手が油で汚れていただけじゃねえのか? それに、そのロープを選んだのはお前らだろうがよ」
「……!」
 真ん中のロープを登るように仕向けたのはオットーたちではないか。絶対にこいつらが仕組んだはずなのだ。ベネディクトか、ステラが怪我をするように。
 いや、自分だったらまだいい。オットーはステラが落ちる──実際には落ちなかったが──であろうことを知っていながら黙っていた……そう考えると気分が悪くて仕方がなかった。
「……おい。オットー。あんた、自分が何をやったかわかってんのか?」
「いでっ……」
 ベネディクトはもう一歩踏み出し、オットーが肩を痛めているのも構わずにその胸ぐらを掴んだ。
「やめろ、バーキン! もういい」
 そこに、ステラがやって来た。崖の横には岩を削って造った階段があって、そこから下りてきたようだった。彼女もまた、オットーの前に立つ。
「オットー・レミントン。私の勝ちだ。貴様らのサボり部屋は貰うぞ」
「おい、女ぁ! 話が違うぞ! お前のやり方はズルじゃねえか! 勝負は無しだ、無し!」
「勝負の条件はしっかり確認したぞ。『先に崖の上に到達した方が勝利』だったはずだ。『必ずロープを使うこと』は条件に入ってない。つまり、私の勝ちだ」
「ちがう! お前のやったことはインチキだ! やり直せ!」
 ステラが素早く腕を動かしたと同時に、ベネディクトの指をつかんだ時のような、パンという小気味よい音が響く。
 彼女はオットーの顔をつかむと、片方の眉をあげた。
「まだほざくのか? 口がきけなくなるようにしてやろうか」
「うっ、ううう!?」
 ステラは指に力を込めていく。少し離れたベネディクトのところまで、オットーの頭蓋骨がミシミシいう音が聞こえてくる気がした。
「うううう!」
「これが最後だ。貴様らの部屋は貰うぞ」
 オットーが小さく頷き、ステラはそこで手を離した。

 ステラは剣術も乗馬もそれほど得意ではないらしいが……でも、彼女の「手のひら」は、何よりも強力な武器だ。
 それに彼女は相手の策略を考慮したうえで、見事に勝ってみせた。
 彼女はこうして海賊たちと渡り合ってきたのだろう。
 改めて思う。ステラ・ハサウェイは恐ろしい女だ。
 恐ろしくて激しくて無謀で腹の立つ女だが、ベネディクトの身体はゾクゾクとした興奮に包まれていた。

「サボり部屋を片づけておけ。明後日になっても荷物が残っていたら、ほんとうに団旗は燃やしてしまうぞ」
 ステラはベネディクトに「来い」といって訓練場を後にしようとした。ベネディクトはもちろん彼女のあとに続く。
 早くどこかに落ち着いて、ステラと話をしたかった。あの身体能力をどうやって身につけたのか、どんな鍛錬を重ねたのか、黒鴎騎士団の団長を務める前は何をやっていたのか、そういうことを訊ねたかった。彼女についてひとつでも多くのことを知りたいと思ったのだ。

「ああー! わかった! 聞いたことがあるぞ!」
 だが、オットーの叫び声で立ち止まり、振り返ることになる。彼は部下の手を借りて立ち上がったところだった。
「おい女ァ! 旦那に逃げられて騎士になった女って、お前だろう!」
 オットーはそこでがははと下品に笑い、肩に響いたのか顔を顰めた。でも、部下に支えられながらも面白そうに続ける。
「男に逃げられた腹いせに、海賊をしばいてる女ってお前のことだったのか! 今度はなんだ? 新人教育課で男漁りでもしてんのか? あっはっは!!」

 ベネディクトはオットーに対し、何を言っているのだろうと思った。そして悔しまぎれの戯言だと判断した。
「ほっときましょう、ハサウェイ代理」
 そう告げて彼女に視線をやった途端、動けなくなった。
 ステラの周囲の気温がぐっと下がったように見えたからだ。そう、見えるものではないのに、見えたのだ。
 ステラは瞳を閉じ、一度だけ深呼吸した。
「ああ……行くぞ」
 目を開けると再び歩き出す。

 オットーの言葉は真実なのだと、ステラの態度が何よりも雄弁に物語っていた。



(第1章 What's Going On? 了)

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