上 下
29 / 31
【番外編】媚薬騒動

3.仲直り

しおりを挟む
 職場では、グレンとシリルは持ち場が違う。シリルは植物研究室、グレンは絵画チームだから、ゆっくり話が出来るのはまとまった時間があるお昼休憩くらいだ。
 ――ルイスに教えて貰ったんだから、落ち着いて話し合わなきゃ。
 自分に言い聞かせながら、食堂へと向かうと、廊下の端にグレンの姿が見えた。

「グレ……」

 だれかと話しているようだ。相手の姿は柱の陰になっていて、こちらからは見えない。――と、グレンが赤い贈り物のような小箱を受け取った。なにか話して、はにかんだ顔をしているのが見えた瞬間、グレンの方向へと歩き出していた。

「あ、シリルさん! じゃ、僕はこれで」

 ぺこりと頭を下げて、狸獣人が去って行く。たしかβで、グレンのチームの後輩だったはずだ。屈託もなくシリルに挨拶をするのは、浮気相手らしくない。グレンを見ると、持っていた小箱を背中に隠した。
 ルイスとの約束を忘れたわけじゃない。だけど、そんな「隠してます」みたいな動きをされて黙っていられない。

「グレン、その手に持ってるのはなに? 僕、さっきから見てたんだ」
「う……」

 家で悶々としていたことが甦ってしまう。ルイスの忠告もどこかへ行ってしまった。背後に回って、グレンの手から箱を引っ張る。なかなか手を開かなかったが、箱が壊れるとおもったのか、抵抗しなくなった。

「昨日から怪しかったのは、これが原因? さっきの後輩からプレゼント貰ったんでしょう。それともだれかから言付けられたとか…...」

 明るいところで箱を見てみると、「愛するシリルへ」というメッセージカードが付いていた。

「えっ、僕へのプレゼントだったの……?」

 今までの疑問が一気に氷解する。グレンが街に行ってなにも買わなかったのも、帰ってから嬉しそうにしていたのも、プレゼントを渡すときのことを考えていたせいだったのか。

「メッセージは、デニス……さっきの後輩が気を利かせて付けてくれたんだ。感謝しないとな。本当はふたりで使うためのものだ」
「ふたりで……?」

 よく分からないのでラッピングされたリボンを外そうと引っ張ると、「待ってくれ、職場で開けるのは勘弁してくれ。恥ずかしい」と止められた。Hな器具なのかと察し、それ以上は開けなかった。

「でも、ホッとした。隠しごとをしてたのはこれだったんだね」
「そうだ。コソコソして悪かった」
「サプライズだったなんて嬉しいよ。それじゃ、今朝どうして先に行ったの?」
「朝に鍵を開ける当番だったからだ」
「あ、そう……か」

 そういえば、昨日帰って来たときそんなことを言っていた気がする。もっとも、浮気が気になって忘れてしまったのだが。

「疑ってごめんね。今朝、ルイスに仲直りしてって言われたから、なんとしても話したかったんだ……。帰りにグレンの好きなもの買ってくるからね!」

 グレンに箱を渡し、そのフカフカな手を握って約束していると、規則にうるさいことで有名な課長がそばを通った。

「廊下は静かに。夫夫の語らいは食堂か家でやってもらえませんか、シュレンジャーさん」


「ママ、ごめんなさい出来た?」
「うん。僕の勘違いだったから、謝ったよ」

 帰宅早々、ルイスに尋ねられた。まだ小さな子供に確認されるなんて情けなさすぎる。だけど、今朝までそのことで頭がいっぱいだったのだ。グレンが好きな鮭の大きな切り身をソテーにしてあげると、目を輝かせていた。旦那の胃袋を掴めとはよく聞くが、こういうことかなと思う。
 お腹一杯になったところでルイスを寝かしつける。明日も仕事があるから、夜の営みに早く取りかからないといけない。
 夫婦の寝室に入ると、枕元に赤い箱が置いてあった。中身はなんだろう、と開けると同時に、グレンが部屋に入ってきた。

「中身を見たか、シリル」
「な、なにこのえげつない名前……。媚薬って本物なの?」
「気持ちよくなるための効果を大袈裟に謳ったものだ。実際は感度が少し良くなる程度だろう」
「そっか」

 とんでもないことになるかと思ったが、強壮剤みたいなものらしい。

「それでも、使えば盛り上がると思う。子供が出来てから、お前は寝台で以前のように乱れなくなった。もっと我を忘れるほど夢中になってほしくて……こういう薬の力を借りれば、前みたいに溺れてくれるかと」
「だ、だってルイスが気付くかもしれないじゃない。まだ三歳のルイスに、変な影響を与えたくないよ。声を抑えようと思ってどれだけ僕が気をつけてると思うの?」

 思わず非難する口調になったが、仕方ない。

「声か……。それはネックだな。この薬を使ったら声を出しやすくなるだろうし、そうしたらルイスが気付くだろうし。そうだ、家から少し城のほうへ行ったところに、お屋敷を改造した宿が出来たからそこへ行こう。石造りの頑丈な建物だから思う存分声を出せる」
「えっ、泊まるの? ルイスはどうするの?」
「深夜から夜明けのあいだに帰れば大丈夫だろう。金は心配するな。俺の小遣いから出すから」

 ポン、と胸を張る。家計から出すと言いたかったが、今月は家具を新調したのでピンチだったことを思い出し礼を言った。

「じゃあ、音を立てないようにそうっと出かけよう」

 お屋敷を改造した宿は、城下町の入り口にあったはずだ。職場との往復で何度か見かけたが、灰色の石で出来たこぢんまりした建物で、庭木なども丁寧に植えられているお伽話に出てくるような瀟洒な宿だった。
 城下町に出てみると、あちこち街灯がついていて、何人か買い物帰りのような人々とすれ違う。

「夜でも賑わってるんだね。ここ何年か、夕方になると家で過ごすばかりで気付かなかった」
「そうだな。ほら、着いたぞ」

 薄明かりに照らされたホテルは隠れ家のようだ。

「夜だから、看板以外あまり分からないけど、お忍びで来るんだから丁度いいね」

 一泊だけ、もしかしたら朝までに帰るかも知れないとフロントで告げると、店主らしい男は残念そうな顔をした。

「先をお急ぎでしょうか、お客様? 朝食は当店自慢のフレンチトーストがありまして、遠くから食べに来る方も多くおすすめなのですが……」

 そんなことを聞いて、夜中に帰るわけにはいかない。

「一旦外出して、朝に三歳の子供を連れてきてもいいですか? 子供の朝食代は払います」
「大丈夫ですよ。当ホテルは六歳未満のお子様は無料ですので」

 ニコリと微笑まれると同時に、グレンが肩に手を置いた。

「よかったな、朝になったら迎えに行こう」

 部屋に案内されるあいだも、ルイスが大喜びでフレンチトーストを食べる姿が頭に浮かんで、笑顔になってしまう。

「いいホテルじゃない、ルイスも呼べるなら寝たまま連れてきても良かったね」
「そうだな、フロントの感じもよかったし。近くだけどまた来てもいいな」

 グレンが服を脱ぎはじめ、上衣を脱いでしまうと、ポケットから赤い箱を取り出した。

「これを飲むのを忘れないようにしないとな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーの悪役モブに転生しました〜処刑は嫌なので真面目に生きてたら何故か公爵令息様に溺愛されてます〜

百日紅
BL
目が覚めたら、そこは乙女ゲームの世界でしたーー。 最後は処刑される運命の悪役モブ“サミール”に転生した主人公。 死亡ルートを回避するため学園の隅で日陰者ライフを送っていたのに、何故か攻略キャラの一人“ギルバート”に好意を寄せられる。 ※毎日18:30投稿予定

セイクリッド・レガリア~熱砂の王国~

西崎 仁
SF
 裏社会で腕利きの運び屋として名を馳せるシリルの許に、あるとき国家の中枢から依頼が舞いこんだ。 『あるもの』を王都まで運んでほしい。  きな臭さをおぼえつつ要請に従い出向いたシリルだったが、運搬物の引渡し場所として指定された科学開発研究所は、何者かによるテロ攻撃を受け、壊滅させられたあとだった。  事故現場で出逢ったのは、一体の美しいヒューマノイド。 「私を、王都まで運んでください」  民間軍事組織による追撃をかわしながら、王都への旅がはじまる――

悪魔に憑かれた男

大松ヨヨギ
BL
__その男は何度も蘇り、何度も死んでみせる。 無差別殺傷テロの被害者の中にその男はいた。皮膚が裂け、激しい痛みに襲われようとも、命を枯らすことなく。 帝国警察、国家秩序維持課機密部隊所属のノエル・アーサーはその不死身の男を探し出す任務を与えられるが何も情報を得られぬまま一ヶ月経過してしまう。しかし、帝国第二の都市、エレモア・シティーで『怪しい男が夜な夜な公園で自殺を繰り返して困っている!』という奇妙な話が耳に入る。ピンと来たノエルは早速現場へ向かうが…。

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

油彩の箱庭

だいきち
BL
それは、擬態にも似ていた。 油彩の花畑の中で、佐一郎は蛹のように丸くなっていた。 望まれない体を憎むように追い詰める佐一郎を前に、その殻を不躾に破いたのは執事である久慈だった。 カンテラの光が揺れる中での、命の営み。 佐一郎を蛹だと馬鹿にする久慈の手によって、素直にされていく体。 油彩の花畑の中で、佐一郎が曝け出した真実とは何か 口にできない想いを抱えた二人が、互いを確かめるように狭い部屋で一つになる。 感情の底にあるのは愛情なのか、醜い執着なのか。 不遜が服を着ている執事久慈×己を愛せない画家の佐一郎 狭い部屋、偽りの花に埋もれながら、佐一郎が本当の意味で己を知る。 サクッと読める地獄BLはこちら!

陥れられた若き伯爵と偽りと真実

竜鳴躍
BL
元隣国王子×虐げられ伯爵家当主。 ランスロットは18歳。幼い頃に母を亡くし、数ヶ月前に父も亡くして学生にして当主になった。伯爵家を狙う父の再婚相手の母と連れ子の姉、弟。疲弊する中、手を差し伸べたのは教師のアーサーで…… モチーフは昔のテレビドラマの高校教師です。 短くなりました…… 次回は明るいほわっとしたの書こうと思います。

【完結】王命婚により月に一度閨事を受け入れる妻になっていました

ユユ
恋愛
目覚めたら、貴族を題材にした 漫画のような世界だった。 まさか、死んで別世界の人になるって いうやつですか? はい?夫がいる!? 異性と付き合ったことのない私に!? え?王命婚姻?子を産め!? 異性と交際したことも エッチをしたこともなく、 ひたすら庶民レストランで働いていた 私に貴族の妻は無理なので さっさと子を産んで 自由になろうと思います。 * 作り話です * 5万字未満 * 完結保証付き

ある旅行者の日記

マメ
BL
あるお城の倉庫で発見された日記には、ある王とある旅行者の赤裸々な日々が記されていた。 その日記を発見した使用人は、少しずつ読み進めていく…… 日記形式で進む物語。 ※第3者(使用人)が日記を読んでいるという設定です。 ※両性・妊娠・出産・強姦・獣姦表現があります。苦手な方は閲覧をお控え下さい。閲覧は自己責任でお願いいたします。

処理中です...