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シリルの危機

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 セスが近付きながら、研究者が着る長めの上着を脱ぐ。シャツも脱いでしまい、窓から差す月の光を浴びると「ウウ」と唸り声を上げた。バリバリとズボンが裂ける音が聞こえ、目の前にいたはずの男が獣に変わってゆく。鼻は長く伸び、皮膚には獣毛が生えて体がひとまわり大きくなる。

「ウォオオオ!」

 遠吠えのような声を発し、セスは狼型の獣人に変化した。狼の獣人は今までに見たことがあったが、青黒い毛並みで凶悪な目つきをしたこのような獣人には出会ったことがなかった。ペタリと床に座りこんだまま、シリルは後退る。姿を自在に変化出来る獣人がいたなんて。このままだと確実に犯されてしまう。逃げないといけないのに、腰から下が痺れたように動かない。
 獣人が長い舌を出し、ハッと荒い呼吸をする。

「この甘い香り、たまらない……。こんな匂いは九年前、ここに近い森の小屋で嗅いだとき以来だ。あの時は見付けた女に酷く抵抗されて、やり返して犯すうちに死んでしまったけれど。――つがいに選んでやったのに失礼なオメガだった」

 その言葉を聞いた瞬間、すべてのものが静止した気がした。狼型の獣人、森小屋のオメガ、死んでしまった女。―――みな、九年前の事件と一致する。

「セス先輩、あなた……、お前がお母さんをむごたらしく殺したのか! よくも今まで……。どうやって隠れていたんだ」
「森に入ったときは狼の姿、帰るときは人の姿に変化すると、だれにも疑われない。僕は混血の中でも貴重な変身種だけど、変身する瞬間でも見られない限り気付かれない。森を出たあとは、職を探していると言うと、それまでに修めた学問の知識とアルファだというだけで、純粋な獣人だちは快く研究所に迎えてくれたよ」

 シリルの目に悔し涙が滲む。領主様たちを欺き、残酷な方法で父と母を殺した奴を今まで自分は先輩と慕っていたのか。

「……許さない。お父さんとお母さんを殺した奴を、忘れたことなどなかった。僕は犯人を絶対に殺すと決めたんだ」

 服の内ポケットに忍ばせた銃を取り出す。丸腰相手に卑怯だと言われようが構わない、こいつは母を蹂躙した悪党だ。弾丸が入っているところまで回転式弾倉シリンダーをカチカチと音を立てて廻す。固くて廻らないと気付いた瞬間、狼の長い腕が銃をはたき落とした。

「慣れないことはしないほうがいい、シリル君。銃はしょっちゅう手入れしないと錆びるものだ」
「くっ……!」

 手の甲に、爪で引っかかれた傷が一本走っている。

(死んだお母さんの顔にあった引っ掻き傷と同じだ。僕は両親の敵を取れずに、同じ殺されかたをするのか)

 セスの声で話す狼が、一歩ずつ間合いを詰めてくるので、シリルは自分を抱きしめるようにして身を守った。じり、と近付いたセスが右手を上げ、シャツの前合わせを裂くべく長い爪をひた、と這わせた。
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