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親に言えないこと※

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 三か月に一度の発情期を迎えるたびに、シリルは抑制剤を飲むようになった。これでフェロモンが外に洩れるのは抑えられるが、熱やだるさなどは緩和されず、抑制剤とは別に痛み止めや熱冷ましなどを飲まねばならない。特にひどい二日目までは、グレンに頼んで職場に連絡してもらい欠席にしてもらった。ほぼ同じ頃、グレンも食後に薬を服用しはじめた。黒豹の母に尋ねると「成長時によくある貧血で、血を増やすために増血剤を飲んでるのよ」と説明された。

 そういえば、グレンはここ数か月でひときわ大きくなった気がする。背丈は母親の黒豹を抜いて、シリルより頭三つ分は大きいし、時々家の鴨居に頭をぶつけている。領主様の館でも、彼より大きく思えるのは領主側近のアルファ数人くらいだ。

「僕の背はもう伸びないのかなぁ」

 グレンと並ぶと、まるで子供のような自分を鏡でひとしきり観察すると、寝台に転がりグレンに描いてもらった絵を眺める。父母が仲睦まじく笑っている、一番最初に描いてくれたものだ。

「僕はオメガだったよ、お母さん……」

 母が生きていれば、黒豹の母と同じように励ましてくれただろうか。それとも嘆き悲しんだろうか。ため息をついたとき、シリルは体の異変に気が付いた。急に体が熱くなり、喉が渇き始めたのだ。―――この症状には覚えがある。

(……発情期ヒート! どうして、先月来たばかりなのに)

 体の奥が疼きだして、尻からなにかヌルリとしたものが溢れてくる。気が付いた時には下着が濡れていた。慌てて新しいものに替えるとき、自分の粘液から発する果実のような甘い匂いで咽せそうになった。

「ゲホッ……」

 咳をしてやり過ごすうちに、頭がいやらしいことで一杯になってゆく。セックスの知識は本で読んだり、聞きかじったことしかないのに、今すぐにそれをしたいという欲求に支配されたのだ。

(おかしい、なにか変だ。まるで欲求不満みたいに尻が寂しい。ここに長いなにかを挿れてしまいたくなる。……どうしたんだ、僕!)

「はっ……はぁっ」

 たまらなくなってシャツの胸元を握り締める。オメガ性が出てくるまで、シリルには男性としての欲求しかなかった。だとすれば、これはオメガ特有の発情期によるものだろう。苦しい、汗が噴き出る、熱のせいで頭が朦朧とする。はぁはぁと口で呼吸をしながら、シリルはどうすればこの危機を乗り越えられるか考えた。

(そうだ、この部屋には僕しかいない。僕がなにをしても、皆に知られることはないんだ)

 そう気付いたあとの行動は早かった。万が一扉を開けられた時の予防策として上掛けをかぶり、ズボンを下ろす。すでに勃ちあがった性器を擦り、同時にぬるぬるとした後孔に指を入れた。

「ん……っ」

 指をやみくもに動かしていると、体がしなるほど気持のよい場所にあたった。そこを重点的に弄ると、性器もいっそう硬く大きくなる。だがしばらくして、尻の奥底がきゅうんと鳴くように締まった。これは切ないという疼きではないだろうか。こんな奥にシリルの指なんて届かない。もっと長い指でなければ。

(そうだ。グレンくらいの指なら……)

 何度も指を行き来させ、口から唾液をこぼしてだれかに犯されることを想像する。きっと今、シリルは発情期でまともな思考が出来ていない。発情の波に飲まれてしまっている。その時。

「シリル、研究室長に頼まれてた絵を持って来たんだが……」

 ノックもなしに、グレンが部屋に入って来た。スケッチブックを手に持っているところから見て、おそらく仕事絡みの雑用を頼みにきたのだろう。

「……っ、この匂い。お前、発情期か」

 グレンが踵を返す。

「待って!」

 スケッチブックを机に置き、すぐにでも立ち去ろうとする尻尾をぎゅっと掴む。
「尻尾はよせ」と睨まれたが、今は緊急事態だ。許してもらうしかない。

「ごめん。だって、こうでもしないとグレンが出て行っちゃうから。……僕がなにしてたか、分かるでしょう? グレンに手伝って欲しいんだ」
「手伝う? 自慰はひとりでするものだろう」

 グレンが後退るが、シリルの体はベータの雄に反応したようで、またジュッと尻からなにかが流れ出る感触がした。

「……っ!」

 気持ち悪い、また下着を替えねばならない。ぎゅっと目を瞑ると、幼なじみが心配そうに額に手をあててくれる。

「大丈夫か? ……熱が出てるな。氷嚢を持ってこよう」

 グレンは発情期を単なる風邪かなにかのように思っているのだ。そんな簡単なものではない、熱っぽくて息が苦しくて、何より色欲に溺れそうだ。

(……まただ。また、お尻の奥がきゅうって締まった)

 切なくて苦しい。この濡れた隘路あいろに、なにかを突き立てたい衝動に駆られる。

「グレン……、苦しい」

 柔らかな獣毛に覆われた手を取り、自分の置かれた窮状を分かりやすく口に出す。きっと今、シリルの瞳は熱で潤んでいる。

「今日の発情が来てから、自分が自分じゃないみたいなんだ。まるで雌猫になったみたいな気がする。だれでもいいから、お尻になにかを入れてほしいんだ」
「シリル」

 ぎょっとしたようなグレンの顔が見える。単なる幼なじみにこんなことを言われたら当然だろう。
 グレンは「ウウ……ッ」と唸ると、荒い呼吸のあとに枕に噛みついた。中に入っていた羽毛がバサバサと舞う中呆然としていると、鼻に皺を寄せたグレンと目が合った。

「シリル、お前は発情期でおかしくなってるんだ。軽はずみに子供を作ると、きっと後悔する。オメガの男が尻になにかを入れるというのはそういうことだ」
「でも、このまま耐えろっていうの? 薬だけじゃ抑えられない。長ければなんでもいいんだ、棒でも、指でも」

 心からの声だった。この際無機物でもいい。疼く体を今すぐ鎮めてもらえるなら。

「指でいいんだな?」

 そう囁いたかと思うと上掛けを剥がされ、尻があらわになった。カッと頬が熱くなる。だが羞恥よりも、グレンの指が押し入ってくる圧迫感のよさのほうが勝った。散々自分で弄った入口付近を過ぎ、シリルの届かなかった奥へと獣毛を纏った指に侵入される。狭隘な内壁にぴったりと沿う感触がたまらない。その長い指を、シリルでは届かなかった奥へと進めてほしい。

「もっと奥、奥がいい……」

 目の前がぼんやりと揺らいでくる。もはやシリルは完全に発情に取り込まれてしまった。耳のどこかで「……くそっ!」というグレンの舌打ちが聞こえると同時に、意識を失った。

 再び目を覚ましたときには、グレンはいなかった。いつもの抑制剤を飲むと、体の疼きは少しましになった。落ち着くと、なんてことを頼んだのだろう、と顔から血の気が引いて赤くなった。翌朝、グレンに会うと気まずそうに顔を逸らされ、なにも言うことが出来なかった。

「どうしたの? あなたたち」と黒豹の母に尋ねられたが、「なにもないです」と誤魔化すしかなかった。生まれて初めて、親に言えないことが出来てしまった。
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