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さみしくなったら

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 いくらシュレンジャー一家が心を開いてくれるとはいえ、獣と人に隔てられた壁を否応なしに感じることがあった。彼らが毛繕いをし合うとき、シリルはそれに加わることが出来ないのだ。獣人である彼らの舌は猫科のそれと同じでザラザラとしており、人間であるシリルの舌は滑らかで獣毛を舐めるとくっついてしまう。

 薪がパチパチと音を立て爆ぜる暖炉の前で、母の膝に仰向けで寝転がって毛繕いをせがむグレンと同じ格好をすると、黒豹の母が頬をサリサリとした感触で舐めてくれる。
「くすぐったい!」と笑い転げるシリルとは正反対に、首筋を舐められているグレンはもっと、と首を伸ばしている。ひとしきり毛繕いをしてもらったグレンは、お返しに母への腕を舐めはじめた。シリルは少し考えて、自分もグルーミングをしようと試みた。グレンが右腕、シリルが左腕を舐め、毛並みを整えてゆく。しかし五分も経たないうちにシリルの口は黒い毛まみれになってしまった。

「ご、ごめん。僕、ここまでにしておく」

「無理しないでいいのよ、シリル君」と慰められるが、無理をしてでもやり遂げられない情けなさが勝ってしまう。居間の隅に行き、藁を舌に乗せて毛を取っていると、グレンの母がゴロゴロと喉を鳴らし始めた。見ると、グレンが母の首筋を毛並みに逆らって舐め、整えている姿が見えた。同じ姿、同じような嬉しそうな表情。そこにはお互いを思いやる親子の愛情があった。彼らは獣人で、シリルはどんなに無理をしてもそのあいだには入れないのだ。

 シリルはそうっと足音を忍ばせ自分の部屋に戻り、寝台に座ってグレンの描いてくれた絵を見た。幸せそうに笑う両親の姿。雪の日の事件がなければ、シリルも今頃彼らと共に暖炉で寛いでいただろうに。

「……う、えっ」

 いつの間にか目から何粒もの大きな涙が溢れていた。腰掛けていた寝台の白いシーツに雨粒が落ちたように濡れてゆく。

(お母さん、お父さん……)

 グレンも彼の母も、良くしてくれている。だけど、シリルは別の種族なのだ。どう努力しても彼らのあいだに入ることが出来ない。シリルは必死で涙を止めようとした。せっかく家族になろうとしてくれているシュレンジャー一家に知られてはいけない。泣いていると分かると、彼らが悲しんでしまう。そう思うのにカーテン越しに見える夜空は怖ろしいほどに綺麗で、シリルから水分を引き出してしまうのだった。
 どれくらいの時間が経ったころだろう。泣きすぎて頭がぼうっとしてきたとき、爪でカリカリと扉を引っかかれる音がした。

「……シリル、入っていいか?」

 この声はグレンだ。断ると不自然に思われる、と上掛けを頭から被り「いいよ」と返事をする。少し鼻声だろうが、顔を見せなければ泣いていると気付かれないだろう。コツコツという木靴の音が、寝台の前で止まった。

「悪かった、寝てたんだな。今日は寒いから俺も一緒に寝ていいか?」
「えっ、な、なんで」

 断る隙も与えず、グレンは掛布をめくると体を寄せてきた。寒いと言ったくせに、上着を脱いで椅子に放り投げる。

「さ、寒くないの? 風邪ひいちゃうよ」
「くっついて眠ると暖かいから大丈夫だ。それにシリルもまだ寝間着に着替えてないだろう、上着を脱げ」
「えぇ……。なんでそんなに強引なの」

 胴のあたりの服をたくし上げられ拒否混じりの返答をしていると、顔をグレンの方へと向かされた。

「獣人はさみしいとき、こうやって体を暖め合うんだ。さっき廊下にいたら、お前の泣き声が聞こえた。なにか思い出して泣いてたんだろう」

 グレンは気付いていたのだ。上掛けをかぶって誤魔化したつもりでも、すべて見抜かれていたのだとわかり、顔が熱くなる。

「悲しいことやさみしいことがあっても、体をくっつけるとほっとするって、昔から言われている。多分獣人でも動物でも人間でも、温かい心臓を持ってる者なら皆同じだ」

 上半身がふさふさの獣毛に覆われた姿で、抱きついてくる。かなり強引だが、グレンなりの慰め方なのだろう。それに、言われた通り素肌に毛皮があたると、ふわふわとしていて気持ちがいい。しばらくすると、スウスウという安らかな寝息が聞こえてきた。シリルの否応を効くよりも先に、グレンは眠ってしまったらしい。ふかふかの毛布よろしく抱きついてくる豹人の顔を観察していると、鼻がひくひくと動き、ユーモラスな音が響き始めた。

「くぅ、くぅ……ふくくく」

 まるで笑っているように口の端を上げて、ふざけているような鼻息を吹き続ける兄弟分を見ていると、笑いを禁じ得ない。思わず「ぶっ……あはは!」と大声で笑ってしまった。

「グレンの言う通りだ。体をくっつけると毛布より温かいし、おかしな寝息を聞いていたら、悲しい気持ちも吹っ飛んじゃった」

(この家に来てよかった)

 暑いと思えるほどに、眠ったグレンは熱を分け与えてくれる。そのせいか、シリルはもう悲しい気持に陥ることなく、眠りにつくことが出来た。以来、少しでもさみしくなったら、グレンかシュレンジャーの父に同衾してほしいとねだれるようになった。恥ずかしいから口には出さないけれど、いつかここを出てゆくときには礼を言おう。この愛すべき獣人たちに。
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