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エディ 4

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「ここ、ですか」
「ああ。以前から世話になってたじじいが医者をやってるんだが、最近助手になるような奴を探しててな」
「・・・なんで俺が治癒術師だって知ってるんですか」
「・・・なんだ、あんた治癒術師だったのか。それならこんな寂れた診療所紹介するのは失礼だったか」

俺が治癒術師だと知ってて声を掛けたんじゃ無いのか。そりゃそうか。治癒術師を必要とするなら俺みたいなしょぼい魔術しか使えない人間選ぶ理由が無い。

「薬や包帯の補充、買い出しなんかをやってもらう事になるが、どうだ?」
「やります」

即答だった。
先程の男に着いて行くよりよっぽど安心して働けそうな場所だ。それに正直、人を癒す場所で働けると言うのが大きかった。治癒術師を名乗るのも烏滸がましい俺だが、人を癒す事に執着する気持ちもあった。

「そうか、じゃあじじいに話を通すから待ってろ」

即答した俺にグレアムはおかしそうにふっと笑うと、俺の頭をポンと叩くと診療所の扉を開き奥へ消えた。

俺は閉じた扉を眺めながら、ぼうっと先程までの出来事を思い出す。憧れの英雄と再会し、仕事まで斡旋してもらえる。こんな都合の良い事がそう起こるだろうか。
あまり運の良い人間では無い事を自覚している分、どうにも一連の流れが自分都合が良すぎるのでは無いかと思う。

それでも、これは好機だ。ここできちんと働ければ金や働き先の心配も無くなる。期待を持たれているかは分からないが、グレアムの気持ちに精一杯応えたい。
俺はパンッと両頬を叩き気合を入れると、グレアムが扉から姿を現すのを待った。






あれから二十日ほど経ったが、思いの外診療所での助手の仕事は上手くいっていた。
グレアムがじじいと読んでいた医者とも打ち解け、仕事内容も覚えた。何よりここには不用意に触れようとする客も、絡んでくる客もいなかった。
当然だ。皆体調を悪くしている人間が訪れるのだから、誰も彼も俺にちょっかいをかける余裕なんて無い。
俺は仕事内容に満足していた。
こうして落ち着いた今だからこそ言えるのは、イーノックのパーティの一員として治癒術師の立場にしがみ付くより、診療所の雑用として働いている方が向いていると言う事だ。あのまま共に戦っていれば、俺が足を引っ張る事でパーティメンバーが無駄な怪我をする羽目になっていたかも知れない。
イーノックはそれが分かっていたから俺を追放したんだろう。そして同時に、俺の身を案じる意味を持っていた事も。
それでもあの時納得するには、パーティメンバーとして旅をしてきた時間が長すぎた。理想だけじゃ冒険者は務まらないと言うのに。
俺とイーノックのパーティでは無く、イーノックのパーティと言ってしまっていた時点で、俺はあのパーティにいる資格なんてなかったのに。
そう考え至った時、俺はふっとイーノック達への執着が切れるのを感じた。いない方がマシなくらい役に経たない俺でも、思い出に浸って懐かしむくらいは許されるだろう。

それでも、もう決めた。
俺はここで働いて行く事を。冒険者はとしてでは無く、治癒術師でも無く、診療所の雑用として。
きっと俺はそれでも満足できる。

俺は鞄に買ったばかりの包帯といくつかの薬草をしまうと、足早に診療所へ向かった。昼休みの間に補充しておこうと思ったのだ。
先生に知られたら休憩を取れと怒られる。気付かれる前に戻ろう。


しかし診療所に近付くにつれ、何やら喧騒が聞こえてきた。
この時間は時間外の為、患者は来ないはずだ。それに聞こえてくる声は怒声のようで、低い男の声が怒鳴り散らしている。
今は老齢の先生しかいない。何か問題が起こっているなら俺が対応した方が良い。

「先生!どうしましたか!?」
「エディ、下がっていなさい!」

急いで扉を開けた先には、大柄な男に胸倉を掴まれている先生の姿があった。
見覚えのある男だ。この男は確か、大衆浴場で俺が働いていた時、背中を流せた酷く絡んできた男だ。

「今すぐその手を放して下さい、警邏を呼びますよ!」
「おお、怖い怖い。んじゃあその前にさっさと用事を済ませるかね」
「ぐっ!」
「先生!」

男は掴んでいた先生の胸倉を乱暴に放すと俺に近寄って来た。思わず後ずさるが、伸ばされた手に腕を掴まれる。
男の背後では、身体を打ち付けたのか先生は地面に横たわったまま立ち上がれていないようだった。気を失っているのかもしれない。

「お前っ」
「まったく、さっさと風呂屋を辞めてこんな場所で働いてるんだからよ。探すのに手間取ったぜ」
「何を...」

この男の目的は俺だったのか?
俺がここで働いていたから先生に迷惑が掛かったのか。

「この辺じゃ滅多にお目にかかれない綺麗なツラだったからな、一発お願いしたくてよ。いやぁ、街を出てなくてよかったよ、っと」
「うぐっ!」

男の手に引っ張られ、診察用のベッドに倒される。男の言葉の意味を理解し、俺はざっと顔を青褪めさせる。正気とは思えない。
態々俺を犯す為に探し出して診療所を押し掛けたって言うのか!
先生まで傷付けて。

「やめろ!クソ野郎!」
「顔に似合わず生きが良いな。だがちょっと静かにしてもらおうか、本気で警邏が来ちまうかもしれねぇからな」

ベッド横の棚から大ぶりの布を取り出すと、男は俺の口に詰め込んだ。その所為で声はくぐもり響かなくなった。
更に男は俺の抵抗を抑えつけると、ガーゼで後ろ手に縛り付けた。

「ん"ん!!」
「静かにな、さもないとうっかりこいつが刺さっちまうかもしれないぜ」

そう言って顔の前にちらつかせたのは同じように棚から取り出したハサミだった。細身のそれは先端が鋭い。力を込めれば凶器として十分の働きを見せるだろう。

「さぁて、お楽しみの時間だ」
「!!」

ハサミの刃を開かせると、俺の着ていたシャツに勢いよく滑らせる。ビィッと高い音を立てシャツの前方に切れ目が入れられる。

「んんん!?」
「ああ、予想通り白くて綺麗な肌だ。ひと目見た時決めたんだよ、絶対にこの服の下を暴いて見せるってよぉ」
「ああ、そうかよ」

ハサミを持たない方の手で素肌を晒す胸元を男が撫でる。うっとりとした様子で思わず溢した言葉に返事をしたのは、気を失っている先生でも、口を塞がれている俺でもない。

「さっさとその手をどかしてもらおうか、変質者」


ーーーグレアムさんだ。


男が振り向き驚きの表情を浮かべる前に、グレアムさんの拳が男の頬にめり込んだ。その勢いのまま男の身体は宙を舞い、大きな音を立て扉へぶつかった。

「遅くなってすまない、怖い思いをさせたな」
「いいえ!そうだ、先生は!?」
「ああ、回復ポーションを飲ませてある。直ぐ目が覚めるさ」
「・・・良かった」

先生が無事で良かった。先生が死んでいたら俺はきっと後悔しきれなかっただろう。だってこの男がここに来たのは、俺が目的だったんだから。

「気に病んでいるのか、お前の所為じゃない」
「でも」
「いいか、先生は被害者だが、お前も被害者。んで加害者はあそこで寝転がってる変態。お前は悪くない、話はこれで終わりだ」

優しく背を撫でる手にほっと安堵の息を吐く。そこで漸く自分の手が小さくふるえている事に気が付いた。
先生が無事で、グレアムが助けに来てくれた。安心したのは勿論だが、得体の知れない男に突然襲われ恐ろしかったのだと気付く。

「俺、情けないです。だって仮にも冒険者だったのに、強くなれなかったけど身体だって鍛えた!冒険者でさえ無いこんなゴロつきみたいな男に良いようにされて悔しいです・・・!」
「エディ、大丈夫だ。お前の仕事は診療所で先生の手伝いをする事。あの男とは体格の差もある、抵抗できなくても無理は無い」

グレアムの言葉にはっと気付く。
そうだ。冒険者としていつまでも半人前で、結局追放され、それからいくつかの仕事を経験した。どれも俺には合わなかったけど、漸くここでーーー診療所で自分に合った働き方が出来たと思った。ここで求められているのは戦う事でも、掃除をすることでも、迷惑な客の相手をする事でも無い。

傷ついた患者を癒す手伝いをする事だ。

治癒術師として無能な俺でも、こうして人を癒す仕事に就けると。
それをこの人が教えてくれた。

「それに何かあったら、何度だってこうして俺がお前を助ける」
「グレアムさん」

優しく包み込むような台詞にぎゅうっと胸の奥が苦しくなる。
隠し通そうと思っていた子供の頃からの憧憬が、言葉となって口から溢れ出そうだった。かつて手を伸ばす事さえ出来なかった存在が、今こうして触れられる距離にある事。
真摯にこちらを射抜く目に自分の姿が映っている事にこの上無い喜びを感じる。

「どうして・・・俺をこんなにも助けてくれるんですか」

だから部不相応にもこうして尋ねるのは、グレアムの方から突き放して欲しいからだ。ただの庇護すべき存在だと、彼の正義心から構うのだと本人の口から伝えられれば、これまで通りの関係でいられる。
かつて村を救ってくれたように、俺にとって手の届かない英雄のままでいてくれるから。

俺はむしろ、心のどこかでそれを望んでいた。あの日再会した時から、生殺しのようにこの人のそばにいる事が辛かった。そばにいる事を許されていると勘違いする前に、俺の言葉を否定して欲しい。

俺は優しく肩を掴むグレアムの手に自分の手を重ねると、ぎゅっと力を込めた。

「エディは俺のことを勘違いしてるな」
「え?」
「いつも思っていた。俺の事をまるで聖人か、あるいは英雄でも見るかのような目で見てきた」

グレアムは掴まれていない左手を持ち上げると、俺の前髪にそっと触れた。少し伸びた前髪は、再会してから過ぎた時間を感じさせる。

「そんな目で見ていましたか」
「ああ、言葉は無くとも雄弁だった」

自分で思っている以上に隠し事が下手だったのか、それとも彼が他人の感情に敏感だったのかは分からない。
ただ言えるのは、これまでグレアムに向けていた憧れが伝わっていた事だ。心の内を暴かれる羞恥と自己嫌悪で頬に熱が増す。

「ただ少し、その思いが重荷に感じる時もあった」
「ッ!」

グレアムの言葉は、深く俺の心に突き刺さった。突き放されたいと願いながら、実際望む言葉を与えられれば傷つくなんて都合が良い。
先程まで熱くなっていた頬の熱もすっかり冷め、今は指先まで冷えていた。
しかしその指を暖めるように、髪に触れていた左手に包み込まれる。

「俺はそんな目で見てもらう程の人間じゃ無いから」
「そんな事ないです!グレアムさんは・・・覚えてないかもしれないけど、ずっと昔に俺の村を救ってくれた。俺はあの時からあなたに憧れて冒険者にまでなったんだ。それなのに、どうしてそんな事を言うんですか」

きっとグレアムは覚えてもいないのだろう。
村を救った事だって偶然で。ああ、言われてみればそんな事もあったかもしれないと、そう記憶の片隅で思い出す程度に違いない。

それでも。
命を救われたあの日からずっと、グレアムが俺にとっての英雄だったんだ。

そう思って間違えないように言葉を尽くすのに、どうしてそんなにも苦しそうな顔をするのだろう。

「エディは少しもわかっていない」
「何がですか?」
「俺はさっき殴ったおっさんと少しも変わらない」
「そんなこと、」
「エディが好きなんだ」

否定するより早くグレアムは言葉を重ねる。そして不意に、グレアムの唇がふっと近付けられた。
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