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エディ 3

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給料は日数分受け取れたが、とにかく次だ。大衆浴場の清掃員。ギルドを訪れると、あれから日数が経っていない事もあり幸いまだ募集は終わっていなかった。

例の如く端の方に追いやられているカウンターへ向かい、仕事を斡旋してもらった俺は募集先である大衆浴場を訪れた。
食事処と比べると宿屋から距離はあるが、続けられるようなら近い宿を取れば良い。

「あの、すいません」
「ああ、お客さんかい?」

建物の中に入って直ぐのカウンターには、うとうとと船を漕いでいる老婆が座っていた。俺が話しかけると彼女はパチリと目を覚まし、青い暖簾の掛かった通路を指差した。

「ギルドの斡旋で来ました。ここで働かせていただきたいのですが」
「そうかい、ならさっそく仕事に掛かってもらおうか。あんた名前は?」
「エディと言います」
「そうかい、エディ。忙しくなる前に簡単に仕事の説明をするよ、良く聞いて覚えな」

開店中の仕事はシンプルだった。客が来たら硬貨を受け取り代わりに鍵を渡す。それと帰る客から鍵を受け取る事。
あとはタオルの回収や石鹸の補充、あとは閉店後の風呂場、脱衣所の清掃だ。
因みに俺に仕事内容を説明した老婆はこの大衆浴場の店主らしい。

「飯屋と違って賄いなんかは出ないが、代わりに風呂は好きなだけ入って構わないよ。風呂のついてない宿を借りてるなら良い条件だろう」

そう言って老婆は冷えたミルクの入った瓶を渡してくる。

「金さえ払えばここで売ってるミルクも飲んで良い。今日はあたしの奢りだ、飲みな」
「ありがとうございます」

ひんやりとした瓶に口をつければ、よく冷えたミルクが喉を通る。イーノック達と旅をしている時はあまり大衆浴場を利用する機会は無かった為知らなかったが、意外と風呂以外のサービスも充実しているらしい。
俺は空になった瓶を指定の籠に戻し、席を外した店主の代わりにカウンターへ腰を下ろした。

しばらく待っていると、一人の男性客が訪れた。

「あん?いつもの婆さんはどうした?」
「今は席を外しています。風呂をご利用になりますか」
「ああ、頼む。・・・兄ちゃん、初めて見るツラだな」
「はい、今日からここで働く事になりました。よろしくお願いします」

恐らく常連なのだろう。慣れた様子で鍵を受け取ると、男はじろじろこちらを見てきた。不躾な態度に困惑しながら、座っているせいで上の方にある男の顔を見上げる。

「あの、何か?」
「いや悪いな。婆さんも一人じゃ手が回らなかっただろうし、兄ちゃんみたいな若いもんが一緒に働くなら助かるだろうさ」

誤魔化すように笑うと、男はそそくさと青い暖簾を潜った。
暖簾の先に消えて行く後ろ姿を眺めながら、"桃色うさぎの食事処"の時の二の舞には成るまいと固く決意を決める。
開店時間中はカウンターで硬貨と鍵のやりとりをする事がメインなのだから、食事処で働くよりは客との距離も取りやすいはずだ。
酔った客を相手にする訳でも無いし、うっかり尻を触られたり酒を被って服が透けたりする事はそうそう無いだろう。

多分。





「兄ちゃん、美人だねぇ」
「はは、は」

そう期待した時もあった。
酔った客は確かにいない。ただし素面で絡んでくる客は少なく無かった。

「あの、離してくれませんか」

鍵を渡そうとした俺の右手は、男の両手に包まれている。酔っているのかと思いきや、酒臭さは一切感じない。この男は素面で絡んできているようだ。店主は未だ帰って来ないし、男が絡んでくる所為で若干客の列が出来ている。
他の客に配慮してさっさと退いて欲しいものだがそう都合良くいかない。

「そんなつれない事言わないでさ、背中流すサービスくらいしてくれても良いんじゃないか?俺、常連だぜ、大事なお客さまでしょ。もう来なくなっちゃうよ」
「・・・他のお客様の迷惑になりますので」

引き攣りそうになる頬を堪え鍵ごと掴まれた手をなんとか外そうと試みるが、素面な分男の手に込められる力は強く簡単に外せそうにない。
絡まれているのが女性でも無いからか列を成す他の客が仲介に入る様子も無く、この場を切り抜けるにはやはり自力でどうにかしなければならないようだ。
流石にこれ以上この客を相手にしていては、店の評判さえ落ちかねない。
流石にそれは店主に申し訳ない。

一人の自称常連の迷惑客と他の利用客たちを天秤に掛ければ、大事にするべきは圧倒的に後者だ。客を一人失う事になるが、ここは強く出るべきだろう。

「背中を流すサービスはしません!他のお客様のご迷惑となりますのでお引き取りください!」

握られた手を何とか振り解き一息で言い切る。
若干息切れしながら男を睨むと、俺の様子を歯牙にもかけず男は軽い調子でへらりと笑った。

「まあまあ、それぐらいいいじゃん」
「つ・・・ッ」

・・・通じないだと!?





そうして男はカウンターを陣取ったまま、迷惑にもこの場から立ち去ろうとはしなかった。
店主の老婆が女湯のタオル交換から帰ってきた事で男はようやく動いた。
長い列ができたカウンターを見た店主は俺がサボっていたと判断し、怒りながらもう来なくて良いと言ってきた。
弁明する暇もない。

まさか働き始めて数時間でクビになるとは思わなかった。

子供の小遣い稼ぎかと言いたくなるようなしょっぱい金額の給料を受け取り宿に戻った俺は、ベッドに座り残りの所持金を確認する。
金銭にまだ余裕はあるが油断はできない。ここで俺は一つ考えた。

冒険者を辞めろと行ってきたイーノックの言葉。確かに俺一人では討伐系の依頼は受けられないだろう。ただし低ランク向けの採取系の依頼ならその限りじゃない。
危険度の低い依頼を選べば一人でも日銭くらいは稼げるはずだ。

「よし!」

俺はパン、と膝を叩くと善は急げとばかりに立ち上がりギルドへ向かった。
幸いまだ空は明るい。
割りの良い討伐依頼は直ぐに捌けるが、採取系の依頼は基本常に受け付けている。今からでも間に合うはずだ。







「受けられないですね~」

ギルドカードと依頼の紙をカウンターに差し出し言われた言葉がこれだった。

「う、受けられないってどう言う事ですか?」

俺が選んだ依頼はポーション素材となる薬草の採取だ。ランクはF。それに対し俺のランクはC。依頼を受けるランク条件を満たしてるはずだ。

俺があまりに狼狽えるからか受付の女性は困った様に笑うと、俺が依頼を受けられない説明をし始めた。

「当ギルドでは、若手育成のためEからFランクの採取依頼はDランク以下の冒険者までしか受けられない決まりになってるんです」
「Dランクまで・・・」
「あ、でもでも!依頼を受けなくても薬草を採取いただければ買取は出来ますので~」

ただ買い取るだけの場合と、依頼を受けて薬草を渡すのでは随分報酬に差が出来る。
薬草系の素材買取は、よほどのレアアイテムじゃないと報酬はしょぼい。討伐したモンスターの毛皮なんかは品質次第では高く買い取ってもらえる事もあるのだが、それは俺には出来ない。



ーーー詰んだ。

そもそも俺のCランクだって、イーノック達とパーティを組んでいたお陰で上がったんだ。そのツケをこうして今払う事になるとは思わなかった。
俺に仕事を斡旋してくれた男性から憐れみの視線を向けられるのを感じつつ、俺はそっとギルドを後にした。

「俺、イーノックに本当に助けられてたんだな・・・何にも出来ないじゃないか」

安定して収入を得られる仕事に就きたかったが、あとは俺でも出来そうな単発の仕事を受けるかどこかのパーティに入れてもらうくらいしか稼げる方法が思い浮かばない。

「お兄さん一人?」
「え?」

とぼとぼとと道を歩いていると、不意に知らない男に話しかけられた。派手な身なりで柄の悪い男だった。
思考に耽っていた所為で宿に帰る道から外れ裏道に入っていたらしい。ふと辺りを見回せば何やら治安の悪い店が立ち並んでいる。

「いや、道を間違えただけだ」
「そっかぁ~、てかお兄さんうちの店で働かない?」
「店?」
「そうそう!ちょ~っと客と話すだけでいっぱい稼げるよ。お兄さん美人だし人気出るって」

胡散臭い男の言葉は普段なら聞く気にならないだろう。しかし稼ぐあての無い今の俺には振って湧いた好機のように思えた。

「それってどんな仕事なんだ?」
「おっ、興味湧いちゃった感じ?いいね、うちの店においでーーー」
「悪いがこいつには先約がある」

距離を詰める男と俺の間に、ふっと手が差し込まれる。

「えっ?」

後ろを振り向けば、暗い赤色のローブを纏った大柄な男が立っていた。姿は隠されているが、男の背に担がれた大剣が只者じゃ無い事オーラを一層増している。
この辺りで武装してるのは冒険者以外なら店の護衛くらいのもので、この男は雰囲気的にも冒険者と判断して良いだろう。

「赤いローブに大剣・・・あんたA級冒険者のグレアムか!あんたの獲物とは知らなかったんだ、悪かったよ!」

声をかけてきた男は笑みを引き攣らせると、ぱっと腕を引き逃げ出した。

A級冒険者のグレアム。

他の冒険者に疎い俺でもその名前は知っている。
いや、むしろ俺がーーー"俺達"が冒険者を目指すようになったきっかけとなった男だ。
身の丈ほどの大剣を操り襲い来る魔物を屠る姿。俺の村を救った英雄。今でも当時の姿は思い出せる。かつてより年齢を重ねていても記憶の中の姿と殆ど相違ない。

「悪かったな、もしかして乗り気だったか?」
「えっ」
「でもあいつの店はやめといた方がいいぜ。さっきみたいな甘言に乗せられたスタッフが客と寝るよう強要されたって聞く」
「!」

グレアムの言葉にかあっと顔が熱くなる。そんな店に誘われた事よりも、憧れの存在にそんな場所で働く人間だと思われたかもしれないと思ったからだ。
店の実情を知らなかったとはいえ、金に釣られ気が引かれた事も事実で。

「・・・いえ、助かりました」
「そうか?・・・もしかして金に困ってるのか?」
「え!」
「もしそうなら、働き先を紹介する。さっきの店よりはマシだと思うぜ」

正直すごく怪しい。俺にとって憧れの冒険者でも、向こうにとって俺は初対面の相手だ。そんな相手にいきなり働き先を紹介するだろうか。

「ほら、ここだ」

そう思いながらも着いて行った先には、こじんまりとした診療所があった。
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