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エディ 2
しおりを挟むまだ早い時間と言う事もあり、空いている宿は簡単に見つかった。治安は良くも悪くもない普通の町だが、宿選びは十分気をつけないといけない。複数人で雑魚寝するような部屋に泊まれば荷物が盗まれるばかりか貞操さえ危うい。
イーノックと旅をしていた時は雑魚寝でも何も起きなかったが、一人で情報収集の為に酒場へ足を運んだ時や買い出しに出かけた時はやたらと同性から絡まれた。
旅を続けていても焼けにくい白い肌と淡い金髪の所為で、俺の外見はひどく舐められやすい。格安宿と比べると値は張るが、身の安全には変えられない。
個室で鍵が掛かる部屋である事が宿の最低条件だ。
手持ちの金はまだ余裕があるが、いつまでも働かずにいれるほどの金額じゃない。早く仕事を決めて安定した生活が出来る様にならないと。
冒険者ギルドは冒険者以外にも職業斡旋をしている為、まずはギルドへ向かう事にする。
ギルドの扉を開けば、向かって左の壁に冒険者向けの依頼が貼られた掲示板があり、正面にはカウンターがある。素材の買取や、依頼の受注はこのカウンターで行う。
そしてさらに右側、端っこの方に設置された狭いスペースが、俺の目的である一般人向けの職業斡旋所だ。
カウンターには無精髭が目立つ恰幅の良い男が新聞を片手に座っている。幸い俺以外の利用者はいないようで、待たずに対応してもらえそうだ。
「すみません」
「なんだ?・・・あー、素材採取の依頼ならあっちのカウンターだが」
「いえ、仕事を紹介してほしくて」
「・・・ああ」
男は俺の着ている装備をじろじらと見ると、一人で納得したように頷き新聞をたたんで端へよけた。机の上に放置されていた冊子を手に取りページを開くと、男は俺に見やすいよう冊子の向きを変える。
「人員募集か、いくつかあるな。短期か長期か?」
「では、長期で」
「長期ってぇと、今あるのは娼館の護衛、飯屋の配膳係、手紙の代筆、大衆浴場の清掃員辺りだな」
娼館の護衛は取り敢えず無しだ。手紙の代筆が出来るほど達筆でも無い。無難なのは配膳係と清掃員か。配膳係と清掃員なら報酬が高いのは清掃員の方だ。ただ配膳係の方は賄いが出るらしい。食費が浮く事を考えると、飯屋の配膳係を選ぶべきか。
「単発の仕事ならもっと色々あるが、この町にはしばらく滞在するつもりなんだろう?」
「そのつもりです。・・・ではこの"桃色うさぎの食事処"の仕事を紹介してもらっても?」
「ああ。兄ちゃんなら向いてるだろうさ、食事がうまい店だから賄いも期待して良いぜ」
「それはありがたい」
職員に礼を言い簡単な道筋が書かれた地図を受け取り、目的の場所へ向かう。"桃色うさぎの食事処"は、俺が宿を取った場所から程近くにあった。
うさぎの形を模した看板を確認し扉を開ける。
「いらっしゃいませ!」
店内に入ると元気な声が掛けられた。時間が中途半端な事もあり、客の入りは疎だ。配膳係は俺を迎えた少女一人だけのようだった。
「一名様ですか?」
「申し訳ない、俺は客じゃ無くって・・・ここで働きたいんだが」
「ああ!ギルドの紹介ですね。店長を呼んできますから、そこの席でお待ちになってください」
促された席に座り待っていると、カウンターの奥から大柄な男が出てくる。彼が少女が呼んでくると言っていた店長なのだろう。エプロンで濡れた手を拭っているあたり、この店の食事も作っているのかもしれない。
強面のスキンヘッドは中々迫力がある。
「あんたか?ここで働きたいって奴は」
鋭い眼光に見据えられ、思わず背筋が伸びる。俺は悪い印象を与えないよう気をつけながら、その言葉に返事を返す。
「はい。ホールスタッフを募集しているとギルド員から紹介を受けました」
「ああ、そうだ。昼間の手は足りてるんだが、夜の時間帯のスタッフが出産の為に辞めちまってよ。お前、今日の夜から入れそうか?」
「大丈夫です!」
こちらとしては願ったり叶ったりだ。むしろこんなに直ぐ仕事が決まるとは思わなかった。
嬉しい誤算だ。それに俺の泊まっている宿屋から距離も近い。良い幸先だと言えるだろう。
「んじゃ給料形態の説明をするぞ」
羊皮紙で出来た契約書を広げると、店長は契約内容を説明し始める。まあそんな複雑な内容では無い。働く時間や給料、手当に関する説明を聞き契約書にサインをする。
店長はサインを確認し書類を懐に仕舞うと、この店のメニュー表と制服を差し出した。
「メニューには一通り目を通して置いてくれ」
「分かりました」
「じゃあ今日は夜の一番鳥が鳴く頃、この店に来てくれな」
「はい!よろしくお願いします」
店長と話している間に店には客が入り出していた。俺の所為で注文を滞らせるのも申し訳ないし、制服とメニュー表を受け取り店から出る。
宿屋に戻り広げた制服は、無難な白いシャツに黒いパンツ、それと腰に巻く長めのエプロンの3点セットだった。胸ポケット部分には、"桃色うさぎの食事処"と刺繍が施されている。因みにロゴは可愛いピンクのうさぎだった。
店長の趣味なのか正直気になる所だ。
メニュー表を確認すれば、品数はそこまで多くないようでこれなら夜までに暗記出来るだろう。
問題なく働ける。そう思っていた時もあった。
メニュー表の暗記は難しく無かった。分厚い魔術書を暗記したくらいだから、記憶力は悪くない方だと思う。
ただ酒に酔った客を捌く能力が、俺には圧倒的に足りていなかった。
「新人の兄ちゃん!こっちさっきと同じ酒二つ追加で頼むぜー!」
「はい!」
「兄ちゃん美人だねぇ、もっと割の良い仕事紹介するぜ?」
「ん"っ!?」
赤ら顔をだらしなく緩ませた客の一人が黒いエプロンに包まれた腰を無遠慮に撫でる。酒の入ったジョッキを両手に持ったまま固まっていると、隣の席の客が近寄ってきた。
「俺ら常連だからよぉ、ちょっとサービスしてくれよ」
「は、は、はははっ」
強引に肩を組まれれば、客の酒臭い息が顔にかかった。引き攣る口角を無理やり上げ笑顔をキープするが、それを都合良く解釈した客はさらに距離を詰めてくる。
「仕事終わるまで店で待つからさぁ、そしたら次は別の店一緒に行こうぜ」
「・・・いや、帰るんで」
「おいおい、振られてるぜ!ジジイはお呼びで無いってよ」
「はあ?うっせ!」
別の客の野次に冷静さを失った男は俺が手に持っていた酒を唐突に奪うと、あろう事か野次を飛ばした男に中身をぶち撒けた。
「ちょ・・・お客さん!?」
酒を掛けられた男は椅子から立ち上がると、怒りに目をつり上げ掴み掛かってきた。肩を組まれたままだった俺はその勢いの所為でバランスを崩し、手に持っていた酒を自分が被る事になったのだった。
ジョッキは木製だから割れはしないが、頭から被った所為で酷く酒臭い。
先程まで騒がしかった店内はシン、と静まり微妙な空気に包まれていた。
酔っ払いのする事だ。その上相手はタチが悪いと言えど常連客だと言う。
ここで怒りに任せて行動すれば、店に迷惑を掛ける事になる。
冷静に、冷静に・・・。
頭の中で酔客をタコ殴りにしながら、なんとか笑みを顔面に貼り付ける。
「・・・桃色うさぎって、これか」
「は?」
客の一人がぽつりと呟いた不可解な言葉を理解するのに、そう時間は掛からなかった。店内の客の視線が集まる先。
白い薄手のシャツは酒にひどく濡れた所為で肌に張り付き透けている。
視線は上半身に集まっており、男の指す言葉は即ち俺のちーーー・・・。
結局同じような事が何度か起き、店長の方から辞める事を薦められた。
俺には酔っ払いを捌けるだけの能力が無かった。メニューを暗記し、食事や酒を運び、金勘定をする。そんな単純な仕事では無かったのだ。
そもそもパーティで過ごしていた時はメンバーの半分が女性で、イーノックはあまり酒を口にしなかったし、下ネタを言うタイプでも無かった。
良くも悪くも真面目なタイプが集まったパーティだったのだろう。
そんな俺が慣れない酔っ払いを相手にする事がそもそも無謀だったのかもしれない。
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