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エディ 1

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「エディ、お前もうパーティ抜けろ」
「え?」

幼馴染でパーティリーダーのイーノックからそう言われたのは、他のパーティメンバーが寝静まっている夜も深い時間だった。
その日は俺とイーノックが火の番をしており、パチパチと焚き火の燃える音だけが聞こえる静かな夜だった。

死刑宣告にも等しいその言葉は、神妙な顔をして黙り込んでいたイーノックの様子が気まずく、手持ち無沙汰を誤魔化すべく魔物避けの匂い袋を作っている時なんの前触れも無く放たれた。

「え、な、急にどうした?」
「・・・急にじゃねぇよ、ずっと前から考えてた」

がん、と頭が殴られるような衝撃を受ける。ずっと、と言うとそれはいつからなのだろう。15歳の時にパーティを結成し、それから三年が経った。もしかして初めからとでも言うのだろうか。

冒険者とは常に命の危険が隣り合わせだが、その分一攫千金の可能性があり見返りは大きい。
この国の人間の多くは冒険者に憧れを持ち、俺たちのような国の端っこにあるような、裕福じゃ無い村に生まれた奴らの殆どはは冒険者の道を選ぶ。

イーノックとパーティを組み冒険者として生きていく約束を決めたのは、10歳の頃だった。
村のすぐそばに魔物の巣が作られ、作物の被害、さらには村人が攫われる問題が起きた。たまたま通りかかった冒険者に村が救われ、その姿に憧れた事がきっかけだった。身の丈ほどの大剣を振るい魔物を屠る冒険者の姿を見て、憧れるなと言う方が無理がある。

「お前、魔術の才能無いよ。かと言って剣を振れる訳でも無い。やれることと言ったら魔物避けの匂い袋を作ったり、食事を作ったりする事。俺たちでも出来る事だ」
「ッ!で、でもこれまで治癒術師として皆の怪我を治してきただろ?」
「ああ。かすり傷をな」

イーノックの言葉に閉口する。

そう、俺は魔術の才能が無い。攻撃魔術も防御魔術も一才使えず、唯一使えるのが治癒魔術だった。だから治癒術師を名乗ってはいるが、保有魔力の総量が少ない所為で大きな怪我は治せない。値は張るがポーションを使う方が効き目が良い程だ。

なんでパーティを抜けろなんて言うのか、そう聞く事こそ愚問だったのだろう。
俺が無能だと言うのは、俺自身が一番分かっていた。

「夜明け前の一番鳥が鳴く時間にここから去れ。一番近くの町ならそう時間は掛からない」
「・・・惜しんではくれないのか」

返答は無言のまま地面に投げ捨てられた硬貨の入った袋だった。路銀のつもりだろう。イーノックは空間魔術であるインベントリの特殊能力を持っている為普段使わないパーティの荷物や、金銭類の管理をしている。中を確認すれば、少なくない金額が入っていた。

「パーティメンバーとして、役立った記憶があるのか?」

温度を持たない言葉は、鋭いナイフで抉られるような痛みを齎した。
それでも俺はこのパーティに思い入れがあった。冒険者に憧れ、約束をし、成人を迎えた事でようやく村をでられた。初めての野営は魔物どころか虫や小動物にさえ怯え、割りの良い仕事を取る為早起きしてギルドに向かった事。俺とイーノック以外の仲間が初めて加わった時の喜びは、今でも鮮明に思い出せる。

大切だった。
それでもイーノックにとっては、その思い出さえ煩わしい事だったのだろうか。

「・・・分かった。このパーティを去るよ」
「二度と冒険者になろうと思うな、剣も魔術も碌に使えない人間が慣れるほど甘い職業じゃない事はこの3年間でよく分かっただろう」

無一文で魔物の活性化する夜間に放り出されなかったり、パーティメンバーの前で惨めに追放されるよりはマシだったのだろう。

それでも、荷物持ちだろうと飯炊きだろうと毎日の見張りだろうと何だってやる。だからこのパーティにいさせて欲しい。
本当はそんな厚かましい願いが口から溢れそうだった。それでもこのパーティが大切で、イーノックと過ごした時間が大切だったからこそ、ここを去らなければならないと嫌な程理解出来た。

「迷惑を掛けた。本当はこんな事言える立場じゃないんだろうけど、このパーティで過ごした時間は、本当にかけがえの無いものだった・・・ありがとう」
「・・・ああ」

たった二文字の素っ気無い言葉を寂しく思うが、これ以上言葉を重ねるにはあまりに惨めだった。大人しく口を閉じ、これが最後になるであろう見張りに集中する。
静かな空間には、パチパチと木が燃える音だけが空々しく響いた。





一番鳥の鳴き声だ。

もうすぐ夜が明ける。このパーティを去る時が来た。焚き火を挟み正面に座るイーノックは起きているのだろうが、その目は閉じられている。
俺はまとめていた自分の荷物を手に立ち上がり、静かにその場を離れた。

朝日が天に登り出すこの時間は、一番魔物の動きが少ない。イーノックがこの時間を指定したのは、俺の身の安全の為だ。

パキパキと小枝を踏みしめながら道を進む。背後を振り向きそうになる身体を抑え、未練を断ち切るように走り出す。息苦しいのは走っているからだ。視界が滲むのは、朝日が眩しいからだ。

冒険者として向いていないのは、早い段階で分かっていた。
剣を扱うのに向かない、鍛えても筋肉の付きにくい身体。どれだけ素振りをしようと手のひらの皮は厚くならず、柔い皮膚のまま剣を握る手の怪我だけが増えた。
見かねたイーノックにそれなら魔術を使えるようになれと言われた。

かと言って魔術の才能も無く、使えるのは僅かな治癒魔法のみ。
魔術書は浴びるほど読んだ。たまたま安く手に入った魔術書の呪文は全て暗記したし、頭では理解も出来た。ただどうしても発動せず、呪文を口にした後何も起こらない虚しさに何度も唇を噛んだ。

唯一治癒魔術が使えたのは救いであったと共に、冒険者への執着をより強固なものにした。
治癒魔術を使いこなすには、魔力量が圧倒的に足りなかったからだ。
魔術の中でも治癒術師はとりわけ魔力量がものを言う魔術だと言われており、本来なら魔力量の少ない俺とは相性の悪い魔術だと言える。

最終的には魔力量を増やす禁じ手にも手を出した。
魔力過多を起こす事で総量を増やす裏技があるが、それをMPポーションを大量に飲む事で擬似的に引き起こすのだ。酒を大量に飲んだ翌日のような吐き気と頭痛、全身の倦怠感に襲われ何度も体調を崩した。しかしその甲斐も無く、増えた魔力量は微々たる物だった。


むしろ3年間、よく一緒にいてくれたものだ。
こうして振り返り、俺がいかに無能だったか再確認する羽目になった。

「ッ、っひ、ぅぐ」

冒険者になんてなるもんじゃない。風呂には入れないし、食事に使う獣の肉は臭いし、魔物と戦えば怪我をして痛いし。

それでもそんな感情を上回るくらいーーー楽しかった。

楽しかったんだ。


がむしゃらに走った所為か、そう時間も掛からず目的の町が見えて来る。
自分の姿を隠せる木々はこれ以上先に行けば疎になる。俺はその場にしゃがみローブのフードを深く被り顔を覆い隠すと、膝を抱え身体を小さく丸めた。

あの町に着けば、俺は冒険者じゃ無くなる。

与えられた金が無くなる前に棲家と仕事を見つけないとならない。冒険者(あこがれ)への執着心は生きる為の足枷にしかならない。

「ーーーはぁっ」

息を大きく吸い空気で肺を満たしてから僅かに止め、深く吐き出す。憧れも、執着も、後悔も、何もかもこの場に置いて行く。
冒険者のエディとしてでは無く、ただのエディとして生きていく為に。

みっともない涙で濡れた目元をごしごしと擦り立ち上がると、俺は再び町に向かって歩き出した。

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