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本編

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「テイト、お待たせしました。」

そう言ったザックに肩を抱き寄せられる。

「あ、ザック・・・!」

聞きなれた声に安心してその主を見上げる。ほんの十数分離れていただけなのにザックが現れたことにひどくホッとしている自分がいる。

ザックは俺に大丈夫だと言うように頷いて侯爵に向き合った。・・・俺はそんなに不安そうな顔をしていただろうか。

「ホイットリー侯爵。人の婚約者を誑かそうなど貴族として恥ずかしくはないのですか?それに私は彼を手放したりしません。他を当たってください。」
「・・・これは失礼しました。婚約者殿が所在なさげにされていたのでてっきりあなたに愛想を尽かされているのかと・・・」
「そのようなことは全くありません。私は彼を愛していますから。」
「ふむ、どうやら聞いていた噂とは違うようですな。」
「噂とは信用ならないものですからね。」

2人の間に火花が散っているのが見えるようだ。不穏な雰囲気に息を呑んでいると、先に下がったのは侯爵だった。

「とんだ失礼をいたしました。ただ、不安そうにされていた婚約者殿を気遣ったジョークだったのです。お許しください。」
「・・・次はないように。」
「ええ、もちろん・・・」

そうして侯爵は去っていった。その後ろ姿を見送ったザックが振り返る。

「テイト、大丈夫でしたか?」
「ああ、悪い。結局迷惑かけたな・・・」
「そんな!私が悪いんです。離れる気などなかったのに・・・」
「いや、一人であしらえなかった俺の力不足だよ。それより、もう殿下との話は終わったのか?」
「ええ、なかなか納得してくれないので思った以上に時間がかかってしまった。」
「納得?」
「殿下は私とテイトの関係に裏取引のようなものがあると期待していたみたいなんです。」
「ああ、なるほど・・・」

皆俺とザックが愛し合っているとは夢にも思っていないんだろう。だからその理由を探りたがってる。

「はぁ、疲れたな。今なら、カインがパーティーの後ぐったりしてた理由がわかる気がする。」
「ふふ、では帰りましょうか。家でゆっくり休みましょう。」

そう言って笑ったザックにドキッとする。

(一緒に家に帰る、か・・・)

なんだかその言葉の響きがすごく優しく感じた。疲れることばかりのパーティーだったがザックといれば不思議と嫌な事ばかりではなかったかもしれないと思える。

「あっ!ちょっと待ってください。まだ私たち踊ってませんね。最後に一曲だけ踊って帰りませんか?」
「おい、知ってるだろ?俺はダンスはあまり・・・それにさっき転んで注目を集めちゃったばっかだし・・・」
「さっき?」
「ああ、伯爵子息に強引に誘われて一曲だけ踊ったんだ。」
「・・・テイトを転ばせるなんてとんだポンコツですね。それに私より先に踊るなんて・・・帰ったらその子息のことじっくり教えてください。」

俺のことで憤ってくれるのが嬉しくて思わず小さく笑みをこぼせばザックが手を差し伸べた。

「テイト。私と踊ってくださいませんか?私は絶対にテイトを転ばせたりしません。」
「言ったな?責任を持てよ?」

まあザックになら転ばされられてもいいのだが。そう思いつつ冗談っぽく返せば、胸を張ったザックが同じように軽口で返してくる。

「ええ、もちろんです。転んでしまったらなんでもテイトが望むことを叶えてあげますよ。それに、そんな伯爵子息とのダンスの記憶なんて上書きしないと。」
「ふふ、なんだか転んだ方が俺には得がありそうだな。でもまあ・・・ありがとうな。」

そう言って俺は再びダンスホールへと出た。周りの貴族たちは先程の失態を思い出してからクスクスと笑っている。

先程はああ言ったが、もしまた転んだりしたら・・・気にする必要はないとわかっているのに思わず体が強張ってしまう。

「テイト。」
「ん?」

そんな俺の顔色を気遣ってか、ザックが顔を近づけた。

「私のことだけを見てください。周りの言葉など耳に入れないで。」
「っ、ああ。」

全部を見透かされたみたいなセリフに思わず顔が赤くなるのを感じた。

(年下のザックにばかり気を遣わせるなんて・・・しっかりしろ!)

俺は心の中で自分を叱責して深呼吸をする。

「もう大丈夫だ。」
「ええ、それじゃあ最後のダンスを楽しみましょう。」

そうして始まった曲に合わせて、ザックが俺をエスコートする。先程の伯爵子息とは雲泥の差でとても踊りやすい。

周りからも感嘆の声が漏れる。もちろんその対象はザックだろうが、俺もザックの踊りを損なわない程度には踊れているのだろう。先程のような嘲笑はなかった。

「テイト、とても上手です。」
「お前のエスコートのおかげだ。流石大口叩いただけはあるな。」

そう言って2人で笑ってくるくると踊り続けた。

ザックと踊るのはひどく楽しくて終わるのがあっという間だった。曲が終わり、俺は少し名残惜しく思いつつザックと離れて礼を取る。


そして、今度こそ帰ろうと共に出口へと向かう。途中でも嫌味のようなことを散々言われたがザックと一緒なら傷つくことなどなかった。

「まあ服で欠点を隠さないといけないなんて、障害のある方は大変ね。」
「ええ、そんな奇妙な服を依頼されて仕立て屋もさぞ困ったでしょうね。」

それどころか、案の定服のことで貶された時は、ザックの「この服は私がデザインしたのですが、どうやら夫人たちとは感性が合わないようですね。」の一言で相手を青ざめさせた。

俺はザックの優しさと強さに驚きつつ、気づけば"楽しかった"という気持ちで帰路についた。
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