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『ご主人様に専属執事を辞める、異動届けを見られちゃいました。』
恋をしてはいけない御方。
しおりを挟む私は桐生陽真。
職業は執事。
今時の時代、珍しい職業であると思う。
私がこの職業についているのは、私の家系が代々、大手企業『坂城グループ』のご家族に仕えているからだ。
私は、代表取締役社長の三男、清都様の専属執事をしている。
清都様とは、幼い頃からお世話係として一緒に過ごしていた。
執事として一人前と認められ、晴れて専属執事となれてときは嬉しかった。
今では、仕事面でもサポートできるようになった。
私が遣えている清都様は、大学生の時に起業され、事業が成功した凄い御方だ。
私よりも3歳年下の25歳。
今では立派に成長されて、1つの企業の代表取締役社長をされている。
容姿端麗に才色兼備。
スマートで上品な仕草に、男の色気も感じる。
一見穏やかそうに見えるが、苛烈で策略家。
そんな主人を支える生活は、忙しくもあるが、とても充実していた。
私が清都様に恋情を抱かないまでは……。
幼い頃から一番御側で支え、成長を見届けてきた。
昔は、主人でありながら、清都様を可愛い弟のようにも思っていた。
日に日に輝きを増していく清都様に、惹かれたてしまった。
もう、必然的だったのかもしれない。
いつしか、慈愛が恋心に変わってしまったのだ。
分不相応であることはもちろん、執事が主人に恋をするなんて以ての外だ。
この気持ちを押し殺して、ずっとお傍に仕えるつもりでいた。
自分はプロである。
情では簡単に流されないと、高を括っていたのだ。
そして、時が経てば叶わない恋も、自分で踏ん切りを付けれるだろうと、そう思っていた。
現実は厳しかった。
恋焦がれている人と、四六時中一緒にいるのは拷問に近かった。
同じ屋敷に住んでいるが、決して埋まらない立場と地位。
男同士という性別の問題。
叶わない思いを抱きながら、毎日、愛しい人に笑いかけられるのは辛かった。
私はその生活が、とうとう耐えきれなくなった。
執事長に、清都様の専属執事から外してもらえるよう、異動届けを提出したのだ。
雇用主は、坂城家となっているため、別のご家族の屋敷にて働かせてもらえるよう願い出た。
長年世話になっている執事長は、私の清都様への気持ちも薄々気がついていたらしい。
『本当にいいのか?』と念を押されたが、今は清都様からどうしても離れて、気持ちを落ち着けたかった。
このままでは、欲望に負けて清都様を襲ってしまう。
それくらい切羽詰まっていたのだ。
______________________
私が異動届けを出して数週間後、清都様が別荘で休暇を取られることになった。
私もお世話をするために同行する。
別荘にはすでに使用人が待機しているため、私と清都様だけで向かった。
今回の休暇が、清都様とゆっくり過ごせる、最後の時間になるだろう。
これから、仕事が忙しくなるし、あと数か月もすれば私は異動となる。
私はまだ清都様に、専属執事を辞めることを話していなかった。
後任は既に決まっているし、仕事上の引き継ぎもなにも問題がなかった。
今回の休暇でお時間をいただいて、話すことにしていた。
別荘に着いて、清都様はすぐに書斎に籠られた。趣味の読書をされているのだろう。
書斎に休憩用のお茶菓子とお茶を運んだ際に、清都様にお伺いした。
「清都様。今夜話したいことが御座います。お時間を頂けませんでしょうか。」
一人がけのソファに座って読書をしていた清都様が、本から目線を上げた。
美しい顔貌がこちらを見据え、快く頷いてくださった。
「久しぶりに、私も仕事以外で話したいことがあったんだ。夕食後に、寝室へ酒を用意してほしい。」
ふっと微笑んでくださった清都様に、私は罪悪感と寂しさを感じてしまった。
この美しい微笑を見れるのも、あと数か月か。
ずっとお傍に居たい。
でも、傍にいるのが辛い。
相反する感情が、私の心に淀んでいる。
夕食を終え、私は清都様の寝室に酒と軽食をお持ちする。
今回用意したのは、清都様のお好きなウィスキーだ。年代物のまろやかで上品なお酒。
清都様に、専属執事を辞めることを話さなければ……。
少し緊張した面持ちで寝室へと向かった。
清都様の寝室に入ると、シルクの寝巻に着替えた清都様がソファに座っていた。
ローテーブルに軽食と酒を用意する。
「久々に晩酌に付き合え。ハル。」
テーブルの準備が整って早々に、清都様は私を誘った。
部屋の飾り棚に近づくと、仕舞われていた美しいワイングラスを取り出された。
「実は、友人から美味しいワインを頂いたんだ。ハルも一緒に飲もう。」
部屋に設置された小型のワインセラーから、一本の赤ワインを取り出す。
「しかし…。」
私は、清都様に話さなければいけないことがある。
それに、主人と執事が一緒のテーブルにつくなど、マナーに反する。
「たまには、いいじゃないか。ここには俺たちに小言を言う侍女長もいない。昔のように気兼ねなく過ごそう。」
テーブルにはワイングラスが二つ置かれた。
「……これは主人からの命令だぞ。ハル、俺と一緒に酒を飲め。」
清都様は、茶目っ気たっぷりにウィンクをする。
こんなウィンクをされたら、女性なんてイチコロだろう。
戸惑っている私をよそに、清都様は急かすように、私の手を引いてソファに座らせた。
繋がれた手にドキリっと心臓が跳ねる。
どうか、顔が赤くなっていませんように。
「では、ワインを私にお渡しください。さすがに、主人にワインは注がせられません。」
私は清都様に手を差し伸べ、ワインボトルを渡してもらえるようにお願いした。
「いやだ。俺がハルに飲ませたいんだ。それに、敬語もなしだ。」
子供のように駄々を捏ねだす清都様は、いつものキリッとした人物とは違って可愛らしい。
ただ、言われたことのハードルが高い。
幼い頃は清都様に「敬語はイヤだ。」と言われ、清都様が中学生に上がるまでは普通の言葉遣いで話していた。
子供のころならまだしも、今は主人と執事だ。
上下関係はしっかりしていないといけない。
「清都様……。」
私は少し呆れたように清都様を見た。
こうなると、清都様は強引だ。
「観念しろ。」
クスクスと笑いながら、清都様が向かい側のソファに座って、2つのワイングラスに赤ワインを注ぐ。
繊細な模様が施された足の長いグラスを、濃く暗い赤色のアルコールが満たしていく。
「ほら、どうぞ。」
ワインの入ったグラスを、清隆様は私のほうに差し出してきた。
もう、主人の命令となれば、仕方がない。
「……ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただ__」
「敬語。」
向かい側で足を組んで優雅に座る清都様に、目と言葉で窘められた。
「………わかった。」
もう、私は観念した。
差し出されたワイングラスをそっと手に持つ。
私の観念した様子に、清都様はとても楽しそうに笑っている。
「久々にハルのため口が聞けて嬉しい。じゃあ、乾杯。」
グラスを上にほんの少し掲げて、ワインを口に運んだ。
完全に、話をするタイミングを失ってしまった。
どうしたものか、と考えながら、ワインを一口含む。
果実の芳醇な香りが口に広がり、舌を滑らかに通る。このワインは確かに上等な代物のようだ。
こくりっと、口に含んだワインを喉で飲み干した。アルコールが身体に入って、じんわりと体温が上がっていく。
最近、酒を飲んでいなかったからだろうか?
一口飲んだだけなのに、いつもよりもアルコールが回るのが早い気がする。
それとも、話をしなくてはと緊張して、食事があまり手に付かなかったからか?
火照っていく身体に、浮つくようなぼんやりとした感覚。
____なんだ…??
視界も何となくぼやけていく気がする。
これは、明らかにおかしい。
ワインに何か入っていたのか?
一緒にワインを飲まれた清都様も危険だ。
清都様の無事を確認するため、ぼやける視界の中で清都様の様子を確認する。
先ほどと同じく、足を組んで座っている清都様。
微笑を湛えて優雅に座っている。
清都様の無事が確認できたところで、気が抜けてしまったのだろう。
急激な眠気が襲ってきて、瞼が強制的に閉じていく。
異変に気が付いたところで、もう身体に力が入らない。持っていたグラスは清都様にそっと取られた。
なんとか堪えようと、私に近づいてきた清都様の顔を見上げる。
「…き…よ、と…さ、ま……?」
焦る私と打って変わって、清都様はとても冷静だった。整った彫刻のような美貌が、近づいてくる。
なんだろう、微笑んでいるのに目が冷たい。
いつもの穏やかな瞳ではなく、
奥に暗い影が見えたのは気のせいだろうか?
「ハル、おやすみ。」
耳元で清都様の低い声が聞こえた。
瞼の上に清都様の手の平が置かれ、視界が塞がれる。
こんなときでも、恋焦がれた人の手を意識してしまうとは、なんと滑稽だろう。
目の前が真っ暗になり、そのまま俺は意識を手放した。
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