上 下
54 / 72
第六章 決戦の地へ

不穏な渓谷

しおりを挟む


鉱山地帯を越えた先は、大きな谷だった。そびえ立つ岩壁のような崖と崖の間を、馬で駆けて行く。上を見上げれば崖によって無理矢理切り取られた細長い夜空が見えた。


ここを過ぎれば、泉へとたどり着く。馬を駆けている途中、突如として馬がスピードを落とした。

谷の硬い土の道に何かが散乱している。それは遠目から見ても分かるほどに散らかっていて数も多い。徐々に近づいていくと、その異様さに恐怖で言葉に詰まった。


「……な、に…、これ……?」

無造作に地面に捨てられていたのは、ロイラック王国の紋章が入った盾だった。盾だけではない。銀色の鎧に投げ出された長剣。ヒラヒラと無情にも風に舞う指揮旗。

そして、騎士たちが着ていたであろう服は、傷一つなく剣に引っ掛かって風に靡いていた。


さらに異様なのは、そこに人間の姿が見えないこと。
生きている人間はもちろんだが、死んだ人間の遺体や骨も何もない。


もしも戦闘によって命を落としたのであれば、服が裂けていたり、あるいは剣が折れ、盾が傷ついたりしているはずだ。
でも、地面にあるそれらはすべて無傷に近い。


まるで、物だけを残して人のみが居なくなったように。


薄ら寒い恐怖を感じた僕は、ぶるりっと身体が大きく震えた。自分の身体を抱きしめるように両腕を回す。

そうしていなければ、怖くて仕方なかった。


レイルは一度馬を降りると、周囲をゆっくりと見回した。


「……誰かいるな。」

そう言ったレイルは、崖の際を歩き始めた。数メートル歩いた先にある大きな岩の前まで行くと、するりと姿を消した。


「ひぃい!頼む!命だけは助けてくれ!!」

怯えた男性の悲鳴が、岩陰から聞こえてきた。
岩陰からレイルが姿を現すと、右手で何かを引きずって此方に戻って来た。

レイルに引き摺られながら、バタバタと手足を動かし藻掻いているのは、ロイラック王国の騎士服を着た1人の男性だった。


レイルはその男性を乱暴に地面へと投げ捨てる。地面に投げ出された男性は、受け身を取れないまま転んでしまった。

転んだ男性の喉元目掛けて、レイルが剣の切っ先を向ける。男性は短い悲鳴を上げ、怯えた様子で必死に僕たちに訴えた。


「……助けてくれ!!俺は死にたくない!!」

男性は僕たちを見ても攻撃しようとしてこない。よく見ると武器を何も持っておらず、丸腰だった。両手を必死に上げて、抵抗する気はないと示している。


「……ふん。お前のような小物の命など欲しくはない。……素直に話すのなら見逃してもいい。」

そう脅すレイルに、男性は頭が取れるのではないかと言うほど、首を縦に動かした。カレンさんが魔法を使って男性を拘束すると、レイルは切っ先を男性から離した。


「……ここで、何があったんだ?」

刃物が向けられなくなったことに安堵した男性は、レイルの言葉に震えながら話を始める。


「……実は、俺も何が起こったのか全く分からねえんだ……。」

男性はそこから、自分がなぜここにいるのかを説明した。

彼はロイラック王国の田舎町に住んでいた農民だが、国によって徴兵され強制的に騎士団となったそうだ。そして、何の任務かは知らされないまま、この渓谷まで他の騎士たちと一緒に辿り着いた。


「俺たち騎士全員は、出発前に守護石だという黒色の魔石を1つずつ渡されていた……。この渓谷に来た途端、突然その魔石が光り出したんだ。そしたら……!」


黒色の魔石……。思い当たるものは、一つしかない。
そんな……。もう嫌だ。


男性は目を見開き、ガタガタと身体を震わせた。恐怖のためか顔が青白くなり、唇が震えている。一度目を閉じた男性は息を詰まらせながらも、僕たちに言葉を続けた。


「魔石から黒い煙が蛇みたいに出て、一緒にいたやつらを丸飲みにしやがった!仲間が悲鳴を上げながら次々と姿を消した……!嘘じゃない、目の前で何人もの仲間が姿を消したんだ!」


男性は叫ぶように僕たちに訴えた。その目は僕たちを見ているようで、見ていない。その時の光景を思い出しているのだろう。


「俺は怖くなって、あの岩陰に逃げた。ひたすら走って身を隠した。……悲鳴が聞こえなくなってしばらくすると、もう、俺以外は誰もいなくなっていた……。武器や服を残したままな。」


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

俺の居場所を探して

夜野
BL
 小林響也は炎天下の中辿り着き、自宅のドアを開けた瞬間眩しい光に包まれお約束的に異世界にたどり着いてしまう。 そこには怪しい人達と自分と犬猿の仲の弟の姿があった。 そこで弟は聖女、自分は弟の付き人と決められ、、、 このお話しは響也と弟が対立し、こじれて決別してそれぞれお互い的に幸せを探す話しです。 シリアスで暗めなので読み手を選ぶかもしれません。 遅筆なので不定期に投稿します。 初投稿です。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる

彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。 国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。 王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。 (誤字脱字報告は不要)

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない

春野ひより
BL
前触れもなく異世界転移したトップアイドル、アオイ。 路頭に迷いかけたアオイを拾ったのは娼館のガメツイ女主人で、アオイは半ば強制的に男娼としてデビューすることに。しかし、絶対に抱かれたくないアオイは初めての客である美しい男に交渉する。 「――僕を見てほしいんです」 奇跡的に男に気に入られたアオイ。足繁く通う男。男はアオイに惜しみなく金を注ぎ、アオイは美しい男に恋をするが、男は「私は貴方のファンです」と言うばかりで頑としてアオイを抱かなくて――。 愛されるには理由が必要だと思っているし、理由が無くなれば捨てられて当然だと思っている受けが「それでも愛して欲しい」と手を伸ばせるようになるまでの話です。 金を使うことでしか愛を伝えられない不器用な人外×自分に付けられた値段でしか愛を実感できない不器用な青年

猫をかぶるにも程がある

如月自由
BL
陽キャ大学生の橘千冬には悩みがある。声フェチを拗らせすぎて、女性向けシチュエーションボイスでしか抜けなくなってしまったという悩みが。 千冬はある日、いい声を持つ陰キャ大学生・綱島一樹と知り合い、一夜の過ちをきっかけに付き合い始めることになる。自分が男を好きになれるのか。そう訝っていた千冬だったが、大好きオーラ全開の一樹にほだされ、気付かぬうちにゆっくり心惹かれていく。 しかし、弱気で優しい男に見えた一樹には、実はとんでもない二面性があって――!? ノンケの陽キャ大学生がバリタチの陰キャ大学生に美味しく頂かれて溺愛される話。または、暗い過去を持つメンヘラクズ男が圧倒的光属性の好青年に救われるまでの話。 ムーンライトノベルズでも公開しております。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

処理中です...