52 / 72
第六章 決戦の地へ
敵地への侵入
しおりを挟む夕暮れ時を過ぎて、仄暗い夜へと差し掛かろうとする時刻。
フードを目深に被った僕たちは今、ロイラック王国の国境にいる。鬱蒼とした森の中、半透明の膜が壁のように目の前にそびえ立っていた。
これが、各国境に設置されている防御結界なのだろう。
僕たちの前では、古びたコートを着たセルカ殿下と騎士たちが緊迫した面持ちでその時を待っていた。魔導士数人が、防御結界に向けて両手を翳す。
次々と魔導士たちの手の平には魔法陣が現れ、ミシミシと奇妙な音が聞こえ始める。軋んでいる音の方向を見ると、防御結界の半透明の膜が、固いガラスが震えるように揺れてた。
ピキッ、と小さな破壊音がしたかと思うと、そこから次々に結界に線状の亀裂が走っていく。蜘蛛の巣状のヒビの範囲が大きくなっていく。
空近くまで亀裂が入ったかと思うと、耐えられなくなった結界がバリンっ!と激しい音を立てて壊れた。
ガラスのように粉々になり、やがて宙へと消えていく。
「進め!」
セルカ殿下の号令とともに、一斉に騎士たちがロイラック王国の国境を越えた。
馬に乗った騎士たちが、ロイラック国内へとなだれ込んでいく。けたたましく鳴り響く緊急を知らせる警告音。
それをかき消すほどのドドドドッという大地を揺らす音が響く。馬たちの蹄が地面を強く蹴り、砂ぼこりを帯びながら駆け抜ける。
僕たちも騎士の人に混じって、馬で国境を越えた。
「っ……!」
僕が国境を越えたと同時に、首輪の革部分が一瞬だけ熱を帯びた。思わず自分の首元を両手で触る。
今のが、おそらく主人に対する首輪の共鳴なのだろう。
「……サエ、何か感じたのか…?」
僕を抱えるようにしながら背後で馬の手綱を握っているレイルが、心配そうな声で僕に問いかける。
「……たぶん、首輪が共鳴した。……大丈夫、身体はなんともないよ。」
僕の腹部に回していたレイルの手に、さらに力が籠った。
ここからは、もう止まれない。
僕の居場所が常にバレている。
途中までは大勢の騎士たちと一緒に駆けて、そのあとに泉へ向かうのだ。進行していく中で、小さな村の横を通り過ぎて行った。
壁が所々壊れた民家に、放置された畑が散見されて、その村は明らかに環境が劣悪だった。
こちらを恐怖の面持ちで見ている村民たちの、何度も縫い直した痕のあるボロボロの服に、やせ細った身体。村民たちは、声を出す気力もないと言った様子だった。
セルカ殿下は村民たちの様子を、ただ黙って見ていた。何個かの村を通り過ぎたが、どこの村も同じように貧困で苦しんでいるのが安易に見て取れた。
この村の人たちも、ロイラック王国の犠牲者だ。
いよいよ、僕たちが騎士たちから別の道に分岐する。
ここから殿下たちは、大きな町を抜けて行くそうだ。国境近くの田舎とは違い、確実に武装した騎士たちが待ち構えているだろう。
「どうかご無事で、セルカ殿下。」
別れ際に、馬に乗りながらセルカ殿下に祈りを捧げた。セルカ殿下の身体がうっすらと銀色に包まれる。ほんの少し驚いた顔をしたセルカ殿下は、そのあと嬉しそうに笑った。
それは、今までの貴族然とした微笑みではなくて、心から思わず零れたというような自然な微笑みだった。
「……ありがとう。君の祈りは本当に清らかで洗われる。……サエも気を付けて。」
その言葉を最後に、さらに馬の駆けるスピードを上げてセルカ殿下は僕の横を通り過ぎた。遠ざかっていく背中は、強い闘志と決意が現れた立派な姿だった。
僕たち別部隊は、大勢の馬が駆ける土埃に紛れて木々が生い茂る道へと素早く入り込んだ。舗装されていない、ただ木を切って切り拓かれた茶色の道。
夜の森は一層闇が深い。馬の蹄の音が、森の静寂にただ響く。
セルカ殿下と別れてから1時間ほど経過しただろうか。僕たちは足を止めることなく泉を目指していた。
「……来る。」
後ろからレイルがそう呟いた瞬間、木立からヒュンっ!という風切り音が聞こえた。
カキンッ!
目にも止まらぬ速さで、レイルが剣を抜いてはじき返す。火花が一瞬だけ散ったかと思うと、地面に投擲用であろう小型ナイフが転がっていった。
木立から何人もの黒づくめの人物たちが、狼型の魔獣に乗りながら姿を現す。僕たちをさながら狩るかのように、並走して追いつめようと囲い始めた。
1人の男が、僕に向けて弓を構える。鋭利な切っ先が僕に向かうあともう少しのところで、男はいきなり狼から身体が宙へと浮いた。
何かに引っ張られるようにグンっ!と不自然に動き、木に身体を激突させる。男は強かに身体を打ち付け、そのまま動かなくなった。
「あら、ごめん遊ばせ?」
優雅な声が隣から聞こえる。
僕たちの周囲を囲っていたロイラック王国の刺客たちが、次々と何かの力によって木に身体を打ち付けたり、突然身体を斬りつけられたかのように血飛沫が飛び散った。
「何を手こずっている!相手は2人だけだろう!」
ロイラック王国の刺客たちの怒号が聞こえた。
違う。
敵は大きな勘違いをしている。
「四方八方から攻撃させている!なんだ?なにか特殊な魔法か?」
「魔力の動いている気配がしないのに……、一体何が起こって__ぐはっ!!」
そう言った男の左胸に、弓矢が突き刺さる。ドサッと男は狼から落ちた。
そう、敵には僕とレイルの2人しか見えていないはずだ。
でも実際は、僕たちの周囲を囲むように騎士たちが一緒に並走している。
他の皆には、闇魔法の隠蔽を付与した魔石を渡しておいた。
気配のみではなく音も姿も消せる。
そして、身に着けている人の武器や、関節的に起こりうる土煙などと言った自然現象さえも隠してしまうのだ。
あたかも、そこには何も存在しないかのように。
僕の闇魔法は異世界人特典なのか、それとも暗黒魔術を使えるからなのか最上級の代物だった。
自分自身のことは隠蔽したとしても首輪で位置がバレてしまうため、あえて敵をおびき寄せるために姿を現したままにした。的を用意したほうが、敵も攻撃しやすい。
逆に言えば、味方も敵を攻撃しやすくなる。
見えない敵に、見えない攻撃。
それは、どれほど恐怖と混乱を招くだろうか。
「はあー。こんなにも楽な護衛、初めてよ。姿が敵に見えないとやりたい放題できるわね。」
カレンさんの手には、鞭のようなしなやかな武器が握られていた。ただの鞭ではなく、ワイヤーのように細い鞭には等間隔に鋭利な刃が付いている。
先ほど敵に巻き付けて狼から引き倒していたのは、この武器だった。
「人数が増えると厄介だ。ほんの少し狭い脇道に入る。」
僕の手には常に楽譜が開かれていた。かろうじて道と言える脇道に入ると、また楽譜の中の地図の記載が変わっていく。
獣道さえも記載されたそれは、とても精巧なカーナビのようだった。現在地には地図上で茶色の馬が駆けている。
敵の奇襲を返り討ちにしながら、僕たちはひたすらに次の仲間が待つ場所へと急いだ。
71
お気に入りに追加
1,076
あなたにおすすめの小説
神獣の僕、ついに人化できることがバレました。
猫いちご
BL
神獣フェンリルのハクです!
片思いの皇子に人化できるとバレました!
突然思いついた作品なので軽い気持ちで読んでくださると幸いです。
好評だった場合、番外編やエロエロを書こうかなと考えています!
本編二話完結。以降番外編。
追放されたボク、もう怒りました…
猫いちご
BL
頑張って働いた。
5歳の時、聖女とか言われて神殿に無理矢理入れられて…早8年。虐められても、たくさんの暴力・暴言に耐えて大人しく従っていた。
でもある日…突然追放された。
いつも通り祈っていたボクに、
「新しい聖女を我々は手に入れた!」
「無能なお前はもう要らん! 今すぐ出ていけ!!」
と言ってきた。もう嫌だ。
そんなボク、リオが追放されてタラシスキルで周り(主にレオナード)を翻弄しながら冒険して行く話です。
世界観は魔法あり、魔物あり、精霊ありな感じです!
主人公は最初不遇です。
更新は不定期です。(*- -)(*_ _)ペコリ
誤字・脱字報告お願いします!
名前のない脇役で異世界召喚~頼む、脇役の僕を巻き込まないでくれ~
沖田さくら
BL
仕事帰り、ラノベでよく見る異世界召喚に遭遇。
巻き込まれない様、召喚される予定?らしき青年とそんな青年の救出を試みる高校生を傍観していた八乙女昌斗だが。
予想だにしない事態が起きてしまう
巻き込まれ召喚に巻き込まれ、ラノベでも登場しないポジションで異世界転移。
”召喚された美青年リーマン”
”人助けをしようとして召喚に巻き込まれた高校生”
じゃあ、何もせず巻き込まれた僕は”なに”?
名前のない脇役にも居場所はあるのか。
捻くれ主人公が異世界転移をきっかけに様々な”経験”と”感情”を知っていく物語。
「頼むから脇役の僕を巻き込まないでくれ!」
ーーーーーー・ーーーーーー
小説家になろう!でも更新中!
早めにお話を読みたい方は、是非其方に見に来て下さい!
虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
人生に脇役はいないと言うけれど。
月芝
BL
剣? そんなのただの街娘に必要なし。
魔法? 天性の才能に恵まれたごく一部の人だけしか使えないよ、こんちくしょー。
モンスター? 王都生まれの王都育ちの塀の中だから見たことない。
冒険者? あんなの気力体力精神力がズバ抜けた奇人変人マゾ超人のやる職業だ!
女神さま? 愛さえあれば同性異性なんでもござれ。おかげで世界に愛はいっぱいさ。
なのにこれっぽっちも回ってこないとは、これいかに?
剣と魔法のファンタジーなのに、それらに縁遠い宿屋の小娘が、姉が結婚したので
実家を半ば強制的に放出され、住み込みにて王城勤めになっちゃった。
でも煌びやかなイメージとは裏腹に色々あるある城の中。
わりとブラックな職場、わりと過激な上司、わりとしたたかな同僚らに囲まれて、
モミモミ揉まれまくって、さあ、たいへん!
やたらとイケメン揃いの騎士たち相手の食堂でお仕事に精を出していると、聞えてくるのは
あんなことやこんなこと……、おかげで微妙に仕事に集中できやしねえ。
ここにはヒロインもヒーローもいやしない。
それでもどっこい生きている。
噂話にまみれつつ毎日をエンジョイする女の子の伝聞恋愛ファンタジー。
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
純情将軍は第八王子を所望します
七瀬京
BL
隣国との戦で活躍した将軍・アーセールは、戦功の報償として(手違いで)第八王子・ルーウェを所望した。
かつて、アーセールはルーウェの言葉で救われており、ずっと、ルーウェの言葉を護符のようにして過ごしてきた。
一度、話がしたかっただけ……。
けれど、虐げられて育ったルーウェは、アーセールのことなど覚えて居らず、婚礼の夜、酷く怯えて居た……。
純情将軍×虐げられ王子の癒し愛
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる