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第五章 それぞれの想い

迎えに行く

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「……時間がないわ。」


セレーネは話をし終えると、何処か焦った様子で僕の両手を握りしめた。気のせいだろうか。穏やかだった陽の光が、雲によって遮られて影が落ちている。


「……サエ、お願いがあるの。貴方の中にある、『暗黒の種』を私の魂とともに壊してほしい。」

異世界に転移したときに、僕は不思議な水底の中にいた。そして、僕の身体を包み込んだ光が、セリーヌの魂の一部だと言う。魂の一部だけでは『暗黒の種』を壊せないらしい。


「……でも、どうやって?」

「泉を目指して。その泉に私の魂のすべてがある。」


穏やかな風にサワサワと揺れていたはずの木たちが、一斉に騒めきだした。嵐の来る前触れのように、不穏な空気が辺りに漂う。突き抜ける青空は、灰色の曇天に変わっていく。

水面が風に煽られて落ち着きなく揺れ始めた。


「……あの宝玉を壊せるのは、あなたしかいない。お願い。彼を助けて。」


その言葉を最後に、空間が瞬く間に歪んだ。僕の手を握っていた温かな体温も、目の前にあった美しいサファイヤブルーの瞳も、ぐにゃりと曲がって渦をまく。

僕もひどい眩暈がして、ぐらりと頭が傾いて倒れた。


「キュイっ。」

高い鳴き声で、目が覚めた。身体が冷たい床とペッタリくっついている。

ふわふわとした感触が、僕の頬を撫でた。そのくすぐったさに瞼を上げると、心配そうにこちらを窺がうエストと目が合った。

ふんふんと、鼻先で僕の頬を突っついている。少し湿った感覚にビクッと身体を跳ねさせると、僕は身体を起こして周囲を見回した。


「???」

さっきまで美しい森の中だったのに、今度は宵闇の中だ。漆黒から蒼に変わるグラデーションの空間。下まで続く白色の光の長い階段。僕は、その一番上に身体を寝そべらせていた。


セレーネの姿はなく、この空間には僕とエストの2人だけ。あとは階段がジグザグと下まで続いている。


どうしてだろう。何故だか分かるんだ。
レイルは、この下にいる。


「__♪__♭?……__♪……??」

白銀色のほわりとした精霊が、子供が泣きそうな声で問いかけてくる。

帰るの?
外は危ないよ……??


「___#、___♪」

ずっとここに居よう。
そうすれば怖いことなんかないよ。


「……怖いこと……。」

あの世界に戻ったとしても、またあの国王や宰相に捕まってしまえば終わりだ。それに、魔獣とか恐ろしい生き物にも遭遇するかもしれない。

暗黒魔術だって、自分の身体の中でどうなっているのか怖い。
そんな恐怖のものが、ここには何も存在しない。


階段の先は、夜明けのように白色の光に覆われて見えない。その光から、微かに金色の粒子が漂って昇ってきているのが見えた。


金色の粒子はサラサラと僕の元まで届いて、頬を撫でていった。その温かな魔力に、幻惑に惑わされそうになっていた意識が覚醒した。


「レイル……。」


ここは確かに、怖いものが存在しない。
でも、それと同時に、僕の大切なものも存在しない。


僕は知っている。
大切な人がいる世界は、とても冷酷で残酷だ。

怖いものに立ち向かわなければいけない、そんな世界なのだ。


それでも、その世界で共にいると決めたんだ。


僕は階段を一目散に駆け下りた。エストも僕と一緒に階段を降りていく。降りていく最中で、精霊たちが大勢集まってきて、僕の服を引っ張ったり、時には集団で壁になって立ちはだかって来た。


「邪魔をしないで!!」

エストに大きくなってもらうようにお願いして、精霊の壁を飛び越える。金色の粒子は、下に行くにつれて多くなっていった。

その中に交じるのは、血の匂い。


レイルが、怪我をしているのかもしれない。急がないと!

階段の先は、まん丸な穴が開いていた。そこから見えたのは、黒い塔の中。古びた床や紫水晶が浮かぶ室内、そして……。


「っ!!!レイル!!」


階段の壁に右肩を付けながら、ゆっくりと足を進めるレイルの姿が見えた。左肩はなんだか黒みが増していて、服からは赤い液体が滴っている。右手で抑えている指には、紅い血が付いていた。


早く助けないと。レイルが!


あと数段降りれば、レイルに会える。そう思って足を掛けたその時だった。グイっと後ろから、手を引っ張られて抱き締められた。黒壇のように美しくて、長い髪が僕の頬に当たる。


「……異世界の子よ。ここに居ろ。そうすれば、何も苦しむことはない。老いることも無いし、哀しいことも無い。我とともに永遠を生きればいい。」


何処か苦しそうに、切なそうに、喉を詰まらせて発せられる言葉。抱きしめる力は強く、手は震えている。

振り返ったときに見えたのは、泣きそうな顔をした魔王だった。


「……僕は、永遠なんかいらない。苦しいことがあっても、哀しいことがあっても、それでもレイルと一緒に居たい。……一緒に居るって、約束したんだ!」


僕は身体を捩じって、魔王の腕から抜け出した。さらに手を伸ばしてきた魔王を見て、僕は階段からジャンプした。最後に見たのは、魔王の諦めたような顔だった。


「レイル!!」


愛しい人の名前を叫ぶ。必ず届くと信じて。


僕は、黒い塔に向かって宙へと身を投げ出した。



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