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第五章 それぞれの想い

存在意義(レイルside)

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『……なぜ、あのお方の武器を手にしている……!』


恨みのこもった鎧騎士の言葉。振り返った鎧騎士は、槍を握る手を小刻みに震えさせ力を込めた。そのまま、姿勢を屈めると瞬き一つの間に、ヒュっと小さな音を立て消える。


「ぐっ!!」

鎧騎士の重たい一撃が、上から降ってくる。双剣を交差させて何とか受け止めたものの、双剣の刃から火花が飛んだ。

先ほどの速さの非じゃない。視覚だけで追っていたのでは、確実にやられていた。魔力の動きと相手の気配を肌で感じ取り、意識よりも先に本能で身体が動く。


真上からの攻撃を双剣で受けた俺は、踏ん張っていた足を後ろに引いて鎧騎士の態勢を崩しにかかった。


相手は、そんなこと想定内だったのだろう。俺が後ろに身体を引いたと同時に槍を跳ね上げ、そのまま横に薙ぎ払ってくる。


『……返せ。我らが王の剣は、穢れた人間どもに相応しくない!』


低く脅す様に告げられた言葉に、驚きを隠せない。俺の手にしている武器は、魔王の武器だったのか。


攻撃を躱しながら、さらに相手の左足を狙って剣を突いた。金属の溶ける煙とともに、鎧騎士の左足が片方無くなる。やはり、鎧が溶けたそこには足はない。

腹部の壊された部分から覗く騎士の身体は、空洞だった。ぽっかりと闇が広がっている。この鎧騎士も死霊の一種なのだろう。


片足を失った鎧騎士の両目に、紅く怪しげな光が一閃走る。
鎧騎士の全身から滾るように灰色の炎が上がる。槍の先端は、灰色の炎がより一層強さを増した。

騎士は槍の切っ先を下に向けると、勢いよく床に突き刺した。


騎士を中心にして地面にヒビが入り、灰色の怪しげな炎が波紋状に広がる。地面を蹴って上に跳躍し、炎を躱す。


地面に降り立った直後、俺の背後から死霊が斧で切り掛かって来た。身体を捩じって躱した先で、さらなる死霊が長剣を振り下ろす。


室内には先ほどよりも、更に多くの死霊たちが姿を現した。


「くそっ!」


追加で魔力喰らいの球体を飛ばす。そうしている間に、呼吸が荒くなりら魔力がごっそりと抜けていることに気が付いた。剣を持っている手が微かに痺れる。


いくら魔法を連発しているとはいえ、身体が震えるほどの魔力は消費していない。気怠く、重くなる身体に違和感を覚える。


……何か、おかしい。

俺の怪訝な様子に鎧騎士は、見えない鎧の下で嘲笑っている気配がした。

『ふん。……死霊の瘴気を受けて、普通でいられるわけが無かろう?……漂っている霞は、全て瘴気だ。人間の身体は、毒に犯されたように麻痺する。』

「っ…?!」


霞は部屋全体を覆っていて、たとえ鼻と口を布で覆ったとしても吸い込まざる負えない。息を極力止めて吸わない様にするが、いかんせん気付くのが遅かったようだ。


瘴気は神経毒に近いのだろう。身体が段々と重くなって、指先から痺れが全身に広がっていく。


早く決着をつけて、この部屋から抜け出さなければ……。


鎧騎士は俺の腹部目掛けて槍を突き出す。痺れかけている足を何とか叱咤して回避した俺は、そのまま上へと跳躍しようとした、その時だ。


「……っ!!!」

死霊の魔導士が作り上げた魔法陣が、俺を中心として床に光り出す。それは束縛の魔法で、俺の足が縫い付けられたように地面から離せなくなった。


あまりにも洗練されたその魔法に、俺は一瞬気が付くのが遅れた。その動かなくなった一瞬を、百戦錬磨の騎士が見逃すはずがない。


「ぐっ!!!」

左肩に嫌な衝撃が走る。

肉を斬られる独特の感覚と、鋭い痛みが俺の全身を走った。鎧騎士の槍が、俺の左肩を貫いたのだ。心臓に目掛けて突き出された槍を、何とか身体を捩じって回避した結果だった。


左手に握りしめていた双剣の片方が、カランっと音を立てて地面に落ちた。布に自分の血が滲んでいく不快な感覚に、眉を寄せる。

槍で俺の左肩を串刺しにした鎧騎士は、紅く染まった目を俺に向けて、皮肉実に言葉を発した。


『……人間は古から変わらん。清廉潔白なものを汚す。真に美しい者が、なぜ穢れた人間の道具にされる?……もう、そのような愚行を見るのは耐えられぬ。』


槍がさらに押し付けられ、肩口にさらなる痛みが走る。鋭い痛みを、奥歯を噛み締めて耐える。目の前の鎧騎士が、鼻で笑う声が聞こえた。


『……はっ、口ほどにもない。そんなにも脆弱な力で、あの美しき魂を守れるとでも……?笑わせるな。』


槍の接している部分が熱い。チラリと肩口に目をやると、灰色の炎が槍から擽っているのが見えた。身体にじわりと瘴気が流れてくる。

毒のように血液に馴染み始め、出血も相まって身体の動きが鈍くなって槍から抜け出せない。


瘴気からは痺れだけではない。憎悪や痛み、哀しみ、怒り。全ての負の感情が流れて身体に入ってくる。

絶望を血液に染み込まされている。


視界と意識も、ぼんやりと遠退き始めた。それでも鮮明に、鎧騎士の言葉だけが俺の頭に響く。


……美しき魂。


夜闇を思わせる艶やかな髪、黒曜石の瞳。
触れてしまえば、儚く消えてしまいそうに清らかで。それでも、触れずにはいられない美しい存在。


『お前は何故、ここにいる?……お前は何故、存在する?』


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