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第四章 過去と現実

魔王 (レイルside)

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八枚の花びら。白銀色のツタ模様。


「……聖魔術か。」

外門にいる人間の一人が、厭らしく口角を上げる姿が見えた。

人間たちの聖魔術に、魔族たちからは戸惑いの声が溢れている。


「何だ?あの魔術は?」


横で魔族の一人が呟く間、とうとう外門が全て溶けて人間が石橋へと攻め入って来た。

灰色の鎧の左腕には、逆三角形の布を身に着けている。深緑色には、盾に2匹の蛇が絡みつく紋章が施されている。これはロイラック国の国章だ。そして、赤色の逆三角形の布に描かれているのは、1本の剣と鷲の紋章。ラディウス国の国章だった。


2国が手を組んで、魔族の国であるテネーブル国を侵略しているのだろう。人間の騎士たちが持っている武器には、柄や盾に白い石が嵌めこまれていた。


盾を構えた騎士たちが、魔族の魔法攻撃を結界で防ぎつつ、後方に身構えていた弓部隊が魔族に向けて矢を放つ。


それは、何の変哲もない弓矢にしか見えなかった。魔族たちは軽々とそれらを躱したり、魔法によって焼き防いでいた。闇魔法の炎によって、鋭利な矢尻だけが宙へと残った。

そのまま、矢尻は石橋へとただ落ちていく。


キンッ!


「グワァァーッ!」

矢尻が石橋に落ちた瞬間、閃光弾のような眩い光が魔族を襲った。近くにいた魔族の騎士たちが目を抑えたり、苦し気に胸を押さえて膝を崩している。

あまりにも閃光を間近で喰らった騎士は、その場で倒れ込んで動かなくなった。そこにトドメとばかりに、人間の騎士が背中から馬乗りになって魔族を突き刺した。


「なんという強烈な光だ……。これでは、闇が消えてしまう!」

人間と長剣で戦闘していた魔族は、常時強い光を放つ長剣に苦しめられ、動きが鈍くなったところを次々と人間に打ち倒されていく。

魔力も戦闘能力も、魔族のほうが確実に有利だったはずなのに、今の戦況は全く真逆になっていた。


しかし、あの聖魔法……。
サエがする聖魔法に、確かに模様や色は似ているが……。
何かが違う。


サエの聖魔法は、とても柔らかく、包み込むように温かい。
『癒し』を施されたときは、それだけで心地よくて、安堵のため息が漏れ出たほどだ。


あの、人間たちが放つ光とは全く違う。
あの光は、優しさが欠片もない。


包み込むような、慈悲深い光ではないのだ。
闇を滅ぼそうというような、強烈で攻撃的な光。


戦況は魔族に悪くなる一方だった。石橋の上には、魔族の遺体が溢れかえる。人間も打ち倒されてはいるものの、圧倒的に少ない。2国が手を取り合ったためか、騎士の数も魔族より人間のほうがはるかに多かった。


魔王城で話をしていた狼の騎士も、獣人騎士たちも次々と俺の目の前で命を散らしていった。屍が積み上がっていく。


とうとう、人間は魔王城の中にまで攻め入ってくる。城門は突破され、深紅の重厚な扉が複数の人間の手によって押し開かれた。


ひと際立派な鎧を付けた2人の人間が、率先して城内へと進んだ。2人の人間の左胸には、金色でそれぞれの国の紋章が描かれている。

おそらく、国王たちだろう。


「我はロイラック国国王、×××である。魔族の王よ、大人しく投降しろ。」

「我はラディウス国国王、××である。魔王よ、観念するがよい。」


2人の王が大きな声で、実に傲慢な態度で名乗りを上げた。頭の防具を脱ぎ捨て、もはや勝利は目前といった様子だ。
深紅の扉に一歩足を踏み入れる。


その瞬間、2人の王は、はくっと息を止めた。


顔色が一気に青ざめ、赤色を失った唇はわなわなと震えている。口を動かしているが、言葉が出ていない。

否、口から僅かな音を出すことさえも、許されない威圧。


魔王城は、異様なまでに静まり返っていた。
外での戦闘が嘘であるかのように、静寂に満ちている。


長い戦闘で夜となった空には、漆黒の月が灰色の光を放つ。深紅の重厚な絨毯に、ステンドグラス越しに差し込む月光。寒色で彩られたそれは、仄暗い月の光でさらに鋭利に凍てつく。


紫色のシャンデリアは輝きを失い、城内は暗い闇へと墜ちている。その、塔の広間の中心には、凍てついた光に照らされて佇む、1人の男。


漆黒の闇を全身に纏った男は、ただそこに立っていた。

覇気のあるその人物は、闇の使徒である魔族を従えるに相応しい。佇んでいるだけでも、威厳と強者の覇気を感じた。


黒壇のように艶やかな、背中まで伸びた髪。整い過ぎた容姿に白い肌は、人間ではないことが容易に見て取れた。


この世のモノとは思えない美貌の男は、凍てついた目を人間たちに向けた。視線だけで、鋭いナイフを首に当てられ、首を掻き切られる錯覚に陥った。


表情は、抜け落ちている。

赤色の瞳には、金色の揺らめき。
その揺らめきには、様々な感情が見えた。
絶望、虚無、怒気、全ての仄暗い負の感情。


そして、底なしの憎悪。


「……なぜ、だ……。」

誰に問いかけるでもなく、一言、男の口から声が溢れた。言葉の一文字が放たれる度に、暗く重い闇が俺たちを襲う。


息が上手く吸えない。
呼吸が荒くなるが、それさえも許されない。
身体は指一本も動かせない。


「……セ、レー……ネ」

紅い瞳は俺たちを見ているようで、その実、見ていなかった。正確には2人の国王が胸元につけた、白色の魔石に目を向けていた。

魔石の向こう側にある何かを、魔王は見ている。


そして、魔王は重く呟いた。


「……俺を、騙した、のか……。」



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