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第四章 過去と現実
泉
しおりを挟むゴォオゴォオーーーー。
地面を覆う土煙と轟音と共に、深紅の城門が開かれた。開かれた扉に勢いよくエストが飛び込む。
僕らの後を追って飛んでいたハーピーたちは、扉の前まで近づくとピタリと止まった。こちらを忌々し気な目で睨みながら、やがて背中を向けて飛び去って行く。
どうやら、ハーピーたちは中に入れないらしい。
「……降りるぞ。」
乗ったときと同じように、レイルが僕の膝裏に手をかけて抱き上げると、そのまま地面にヒラリと着地した。優しく、僕を地面に降ろしてくれる。
「ありがとう。」
レイルにお礼を言っていると、エストが黒煙のようにふわりと消える。
「キュイ。」
「エストも、乗せてくれてありがとう。」
小さくなったエストは、いつも定位置である僕の左肩へとトンっと軽やかに着地した。もふもふの毛並みが頬に当たる。エストを指先で撫でながら、僕は周囲を改めて見回した。
ボロボロと風化した半円形の石段。かつては美しかったであろう階段は、石の隙間から草が生え、木の根で土ごと持ち上げられて砕けていた。
変に隆起した石をコツ、コツと足音を響かせながら歩いていく。足音以外には、何も聞こえない。まるで、僕たち以外にはこの世界にいないような気さえしてくる。
薄暗い空を仰ぎ診れば、頂点の見えない黒色の塔がそびえ立つ。近くに来てみると、それはただの塔ではない。
豪華な彫刻と金で所々飾られた、荘厳で美しい塔だと分かる。花を思わせる枠組みのゴシック調の窓。細やかな細工が施された屋根。
デコボコとしたい階段を、時折り躓きながらも昇りきる。
石段の先には、アーチ状の大きな扉が待ち構えている。左右には灯を付けるための石の台。僕程の身長ほどある石の台には、透き通った紫色の石が浮かんでいた。
頭くらいの大きさの石は、怪しい光を揺らめかせている。
僕たちを招き入れるように、独りでに扉がゆっくりと開いた。
真っ暗な闇が、口を開けている。中の様子が全くと言っていい程見えない。
______ああ、懐かしいな。
「……?」
奥底から声が聞こえた気がする。
「……行こう。」
気を取られていた僕は、レイルの一言で我に返った。妙に響く二人分の足音を聞きながら、僕たちは魔王城へと踏み入った。
僕とレイルが塔の中に入りきると、ばたんっ、という音を立てて扉がしまった。
「……綺麗。」
最初の一言は、感嘆の言葉だった。
花火が咲き誇っているかのような、細かな模様のステンドグラス。その色合いは、全て寒色系でまとめられていて、この黒色のゴシックな赴きに良く映えていた。
蒼や紫の光が、四方から厳かに部屋を照らしている。
ぽっかりと開いた円の天井からは、測ったようにぴったりと満月が見えていた。見上げれば美しい柱が何本も連なって、この建物が何階層もあることが伺える。
床は艶やかな大理石で、石の濃淡を利用して格子状に幾何学模様が描かれていた。剥き出しの石柱と石造りの欄干が、上へと続く。
その欄干や柱一つ一つさえ、美しい彫刻で彩られていた。
紫色の砕けたような結晶が、上下と高さを変えて複数個、宙に浮いて辺りを照らしている。星が降り注いでいるかようにも見えた。
「あっ。」
紫の星の合間を、ヒラヒラと舞い踊るように飛ぶ蝶たちに気が付く。遥か高く舞う蒼色の蝶は、2羽で戯れるように僕たちの下へと降りてくる。
闇色で縁取られた、美しい蒼の蝶。
その一匹が僕の眼前まで近づいてきた。僕はそっと手を差し伸べて、指先を蝶へと向ける。
すっと、蝶が僕の指先へ足を止めた。
ピチャンっ。
蝶が指に降り立った瞬間、頭の中に水滴が一滴落とされた音が響く。意識が揺れて、また静かな水面に戻る。蝶へと移していた視線を、おもむろに上げた。
「……えっ……?」
眩しい陽光に、草の瑞々しい匂い。青々と茂る下草。心地よい風がサワサワと下草を揺らし、周囲の木々の葉が木洩れ日を作る。
優しい風に揺られて、キラキラと輝く水面。
「……ここは……??」
僕は、いつの間にか、小さな泉のほとりに立っていた。
先ほどまで、僕は荘厳で暗い魔王城にいたはずだ。
今は全く真逆の、色とりどりで明るい世界にいる。
コバルトブルーの水面。足元近くの水は澄んだように透明だ。そして、中央に行くにつれて蒼さが深くなる。蒼さが際立つ場所は水底が深い証拠だ。この湖は、中央がかなり深いようだ。
「___♯、___♭__。」
流れるように紡がれる音が聞こえる。
それは、高く澄み渡った歌声だ。
白色のふわりとしたスカートが、風に煽られて僕の視界をチラリと掠める。白金色の柔らかそうな長い髪が、ゆるりと震えた。
ほんのりと桃色に色づく小さな唇を微かに動かして、流麗な歌を静かに歌う。
「__、___♪、___♩」
泉のほとりには、僕以外にもう一人。
美しく大きな蒼色の瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。美しくも儚げな女性が、泉のほとりに立っていた。
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