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第三章 逃走、泡沫の平穏

外門

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「……蝶?」


お座りをしたエストの隣には、青色の蝶がヒラヒラと瞬いていた。エストも蝶に気が付いたようで、ふんふんと鼻先を動かしながら、蝶に前足を伸ばしてじゃれつこうとする。

蝶はひらり、ひらりとそれを躱して、でも逃げることなくその場で宙を舞っている。


「チョウチョ?」

「……チョウチョなんて、いないよ?」

ステラとシエルは、僕の言葉に不思議そうに小首を傾げた。


「えっ?」

僕が今度は、2人の言葉に目を見張った。
エストはまだ、蝶を目で追っている。僕とエストにしか見えていないのかもしれない。

何かの幻覚とか、幻惑の魔法なのだろうか?でも、エストが攻撃をしない辺り、悪い物ではないみたいだ……。


宙を舞っていた蝶は、やがて疲れたのか高度を下げて飛ぶ。
僕は咄嗟に自分の右手を差し出して、止まり木代わりになった。


すいっと僕の指先に、青色の小さな妖精がとまる。近くで見るとより美しい。ランプの淡い光に照らされ、揺らめく光に合わせて幾重にも輝きを変化させていた。


……どうしてだろう。
不思議とその一羽の蝶に惹かれる。懐かしさも感じるような、闇の色も纏った青色の蝶。


気まぐれに羽根を休めた蝶は、やがてテントの外に出たいというように、出入口近くまで飛んでいった。僕は蝶の意図を組んで、出入口を縛っていた紐を解いて蝶を外に出してやる。


「サエ?」

「……サエ!」

ステラとシエルが、僕の名前を焦って呼ぶ声が聞こえてくる。その呼び声は、とても遠くに聞こえた気がした。意識はずっとあの蝶を追っている。

僕は、自分でも気が付かぬうちに外に出ていたようだった。


雨は止んでいたものの、その名残のように森は霧に覆われている。蝶はヒラヒラと夜闇に怪しく羽根を光らせる。白い霧の中でも、確実に存在を示していた。


ひんやりとした外気に、身体中が薄着で晒されて悲鳴を上げてる。今の僕にとってはそんなこと、どうでもよかった。


僕の後をつけてきたエストは、右肩にトンッと乗る。尻尾をゆらゆらさせながら、僕と一緒に着いてくるような素振りを見せた。


あの蝶を追わないと。
その謎の焦燥に、僕の思考と心は支配されていた。


「待って!サエ!」

「どこに行くの!」

ステラとシエルが、必死に僕の後を追ってきているようだった。パタパタと足音が聞こえる。


異常事態に気が付いたのかもしれない。レイルとカレンさんも、気が付けば僕のすぐ近くに来ていた。僕はそれを、どこか意識の遠くで他人事のように確認していた。


「待て。サエ。」

レイルに手を掴まれる。僕の身体はそれでも、蝶を追って前へ進もうとする。


「レイル、サエが!チョウチョって!」

「……チョウチョなんて、見えない……。」

パタパタと羽根を瞬かせながら、遊ぶように僕を誘う。


「……蝶って、あれのことか?」

レイルの言葉に、シエルとステラ、そしてカレンさんまでも驚いた声を上げた。


「私にも蝶なんて見えないけど……。2人には見えているってこと?」

レイルには、この宝石のように美しい、怪しげな青い蝶が見えているようだった。


「サエ、蝶は青色か?」

「……うん。」


僕がこくりと頷くと、レイルは一瞬だけ逡巡して僕に告げた。


「……サエ、このままじゃ風邪を引く。コートを出せ。……それと、俺とサエ以外の荷物も出してくれ。」

「……うん。」


ぼんやりとした意識の中で、僕はレイルに言われるがまま、コートと荷物を亜空間収納から出した。僕に何かあれば、荷物を全て失うことになる。だから、レイルは僕に荷物を置くように言ったのだろう。


レイルは、何処までも僕についてきてくれるようだ。僕に、レイルは厚手のコートを着させた。寒さがほんの少し和らぐ。


蝶はなぜか、僕たちが足を取るのと同時に、ピタリと進行を止めていた。そして、僕たちが歩き出すと、また導くようにフヨフヨと前へ進む。


灰色の満月の月光を、深々と与えられる暗い森。
その森の入り口辺りまで蝶は進むと、突然、白色の霧に姿を消した。

昼間は気が付けなかった。
でも、今なら分かる。

この霧は、確かに本物だ。
だけど、自然現象ではない。意図して発せられている。


そして、蝶が消えた場所に僕とレイルは近づいた。
僕の中の何かが、強く反応する。

ここに、扉がある、と。


僕が呟いたのは、古代語だった。


「黒は奇なり、紅は貴き。我ら闇の使徒に、道を開けよ」


言葉は、口を流れるように出た。
まるでそう言うのが、当たり前であるかのように。


蝶が消えた場所の木が、ぐりゃりと歪んだ。正確には、木立を映していた空間自体が、大きく歪んだ。


そこに現れたのは、僕の背丈などはるかに超える、立派な外門だった。

黒い鉄で出来た上まで伸びる鋭利な鉄柱。鉄柱の合間には、植物のツタを思わせる美しい黒色の装飾。

大きな門扉は、複雑な幾何学模様を組み合わせていた。弧を描く月を模した模様や、ひし形が幾重にも重なったような装飾。そのどれもが黒色に染まっている。


姿を現した厳かに現した門扉は、ゆっくりとその扉を内側に開けた。


「……なんだ、これは……。」

レイルが隣で、驚きの声を上げている。青色の蝶が、門の中でヒラヒラと舞っているのが見えた。




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