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第三章 逃走、泡沫の平穏
青色の蝶
しおりを挟む翌朝は、朝日が昇りはじめて程なくして移動した。街道が混み合うのを避けるためだった。シエルとステラは、いまだ眠り続けている。
2人のことは、カレンさんとレイルが抱きかかえて移動した。
冬の足音がだいぶ近いように思う。朝の静けさにも相まって、身体が寒さをより敏感に感じ取った。朝霧が薄い煙のように白く霞んで、鬱蒼とした緑が所々から顔を出す。
街道は鬱蒼とした森の中を、一直線に人工的に切り拓いて出来ていた。舗装されているわけではなく、ただ木が生えていない地面が真っ直ぐ伸びる。
途中休憩を挟みつつ、僕たちはひたすらに街道を歩いた。
今は昼を過ぎたころ。重たい雲がどんよりと空を覆っている。森は霧に覆われたままで、街道を進むごとに霧は深くなっていった。
木々が生い茂る森は仄暗さを増して、薄ら寒い雰囲気に変わる。どことなく不気味に感じてしまうのは、人間の本能から来るものだろうか。
「……地図だと、ここから脇道に入るはずなんだけど……。」
カレンさんが本の地図を見ながら、困ったように笑った。それもそうだろう。街道以外に道はなく、地図が示したのは森の中。
「昔は道があったということか?……今は面影も無いな……。」
長らく人が通らなかった道は、踏み固められることが無くなり植物が生えたのだろう。自然の一部と化しているようだ。
全員で本と睨めっこをしていると、不意に頬に冷たい感触が当たる。肌を水滴が落ちていくと、そのあとにも幾度となく水滴が降って来た。
ポタポタっと、地面にも焦げ茶色のシミが落ちて、やがて道一面の色が変わる。
「……雨か。今日はここで休もう。どのみち、この状況では進めない。」
3人でテントを急いで張りながら、僕たちは野営の準備を始めた。準備をしていると、いつの間にか周囲は夜の闇へと変化していた。今日の食事は、各々のテントで済ませることになった。
「なんか、すごくすっきりする!」
「……いい夢見たの。サエ、聞いて?」
夕食どきになると、シエルとステラが元気よく目を覚ました。体調に問題が無いことを確認すると、思いっきり二人をぎゅうっと抱きしめる。
すやすやと眠っている姿は見ていたが、このまま起きないのではないかという、不安もあった。2人の体温の高さに、ほっと息を吐く。
僕は、亜空間収納からスコーンに似た焼き菓子を取り出した。これは、出発前にカレンさんと一緒に保存食として作ったものだ。
表面が香ばしいきつね色の焼き菓子を二人に手渡す。そして、今度は綺麗な赤色の瓶を取り出した。
可愛らしい緑色の蓋を取って、スプーンを入れ二人に差し出す。双子がお気に入りの、あのリンゴに似た果物のジャムだった。2人は、このジャムが大好きだ。
「お腹、すいているでしょ?好きなだけ食べて。サンドイッチもあるからね。」
そう言って、僕はテントに置いていた小さなテーブルに、サンドイッチも乗せた。パンにハムやチーズ、香草を挟んだ簡単なものだ。
「やったー!ジャムだ!サンドイッチだ!」
「……おいしい。」
ステラとシエルは目をキラキラとさせて、パクパクと美味しそうにご飯を食べた。2人の元気な様子に目を細めながら、僕は絨毯の上に座って、手元の本にじっと視線を移した。
昼間は、この本に魔力を流してみても、ページを捲っても何も起きなかった。地図も相変わらず、表記が変わらない。この森はかなり深く、道なき道を行くのは危険だとレイルは言っていた。
迷って帰って来られる保証がないと。
「キュイ。」
自分の近くからいきなり声が聞こえて、思わず僕は身体をびくっと大きく跳ねさせた。後ろを振り返ると、ゆらっと毛並みの良い尻尾を揺らしながら、エストが僕の足に頬ずりをしていた。
「!びっくりした……。エスト……。」
僕の驚いた様子なんて気にも留めずに、エストは呑気に絨毯にちょこんとお座りをした。ペロペロと前足を舐めながら、顔を毛づくろいしている。
もう、相変わらずマイペースなんだから……。
エストは本当に、闇に紛れて現れる。気が付くと近くにいるから、とても不思議だ。
エストの頭をもふもふしていると、ふと、視界に何か入る。
エストの隣を、ふよりとした何かが動いた。エストと同じ黒色を纏い、サファイアのように深い青色の羽根。
「……蝶?」
お座りをしたエストの隣には、青色の蝶がヒラヒラと瞬いていた。
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