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第三章 逃走、泡沫の平穏

綺麗なお姉さん、考古学者の家

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「……落ち着いたか?」

ひとしきり泣いたあとに、ライが僕の頭をぽんぽんと撫でる。やっと呼吸も落ち着いたころ、ライが抱き締めていた手をそっと離した。


「……あのレイルが、こうも優しくするなんて……。明日は空から剣が降るのかしら?」

いつの間にか、ベッドの近くにある椅子にカレンさんが座り、ライを不思議そうに見ていた。ライはその視線を無視して、隣に座るカレンさんを親指で差した。


「……サエ、こいつはカレンだ。口調は女だが、れっきとした男だ。」

「ちょっと!助けた恩人に向かって、その紹介は無いでしょ!」

ライの紹介に、カレンさんがぷりぷりと怒っている。ライは「ただの事実だ。」と、カレンさんに宣っている。僕は呆気にとられた。


ライに怒っている様子を見ても、綺麗なお姉さんが、ぷりぷり怒っているようにしか見えない。

それぐらいカレンさんは、スラっとした、芯のあるカッコイイ美人さんなのだ。思ったことが、素直にポロリと口を突いた。


「……えっ?こんなに綺麗なのに……?」


それを聞いた瞬間、カレンさんが頬に両手を添えて、興奮ぎみに僕へと話しかけてくる。


「まぁ!なんていい子なの!!レイルには勿体ない!!……ねえ、こんな不愛想な男は放っといて、私と良いことしましょ?」

綺麗なご尊顔が、僕を見つめてキラキラしている。

スリットから見せつけるように、すらりと美しい足を出し、意味有り気に組み替える。あまりの妖艶さに、僕は目のやり場に困ってキョドキョドしてしまった。


「……あの、僕はサエと言います。助けていただいて、ありがとうございます。……それと、さっきはごめんなさい。」

先ほどのカレンを怖がった態度は、失礼だ。僕は、座りながらも頭を下げた。


「……いいのよ。レイルに聞いたわ。……怖かったでしょう。ここではゆっくり休んでね。」

カレンさんは朗らかな口調で、やはりどこか男性的な掠れた声で、僕を慰めてくれた。僕が怖がらない様に、それ以上は距離を詰めない。

そんな気遣いが見てとれて、僕は自然と頬が緩んだ。


「はい。ありがとうございます。」


僕の顔を見たカレンさんは、アメジストの瞳をぱちくりと瞬いた。ほんのりと頬を紅く染めて、恥じらうように右頬に手を添えて、ふうっと息を吐く。


「……サエちゃん。天使なの?小悪魔なの?……その笑顔は反則よ。……どうしてこんな健気で可愛い子がレイルの……。ちょっと、怖い顔しないでよ!」


「もう嫌だ、心の狭い男は嫌われるのよ?」と文句を言いながら、カレンさんは食事を用意すると言って部屋を出て行った。何から何まで、ありがたい。


部屋に二人きりになったところで、僕はずっと気に掛かっていたことを口にした。


「……ねえ、その…、ライ。」

言葉がもごもごと、口の中で渋滞して上手く出てくれない。


「どうした?」

ライはベッド近くの椅子に座りながら、僕の言葉をゆっくりと待ってくれる。いつもの神官服とは違う、白いワイシャツに黒色のズボン姿。


はだけさせた襟からは、男らしい鎖骨がチラリと見える。シンプルな服装は、いつもの神官服よりよっぽど似合っていた。大人な雰囲気がほんのりと漏れ出ている。

美青年の姿を見ながら、僕はおずおずと質問した。


「……名前、やっぱりレイルなの?……その…、僕も、レイルって呼んでいい??」


僕の質問が予想外だったのか、ライは一度、紅玉の瞳をぱちくりとさせた。口も薄っすらと開き驚いた顔は、いつもの冷たく大人びた表情とは違っていた。

年相応の青年に見える。


「……なんだ。そんなことか。」


僕にとっては、そんなことではない。カレンさんはとても良い人だし、助けてくれた恩人だ。だから、こういう思いを抱くのは良くないけど……。


カレンさんがライの本名を知っていて、なおかつ親しそうなことに、モヤモヤしていたんだ。


僕の知らない、ライを知っている。
それだけで、曇天のように晴れない、灰色のモヤモヤが心に膨らんでいく。


せめて、僕もライのことを本当の名前で呼びたい。


「……サエの好きにしろ。」

ライは呆れたような口調で言葉を零した。でも顔を見ると、なんだか楽し気にしている。その証拠に、紅玉の瞳がすいっと細められ、口角が少し上がっていた。

……なんだよ。一人で何楽しんでるのさ。


本人から許可を貰ったことだし、僕は恐る恐るライの本名を口にした。


「……レイル。」


たった三文字の言葉なのに。
愛しい人の名前というだけで、心がほわりと浮いた気分がした。甘いような、擽ったいような。むず痒くて、ふへへっと変に笑ってしまった。


「……ああ。」

ライは一瞬、紅玉の瞳にトロリとした光を宿して、眩しそうに目を細めた。ここは陽の光が良く差し込むから、眩しかったのかな?


僕はレイルの名前を呼べたことに満足すると、今の状況を確認することにした。


「ねえ、レイル。……ここはどこ?僕たちは、一体どうやってここに来たの?」

僕の問いかけに、レイルは淡々と答えてくれる。


「ここは、カレンの家だ。地理的にはラディウス国にも、ロイラック国にも属さない場所。ここまでは、双子の転移魔法で来た。」


あのシエルとステラの置き石は、なんと転移魔術の魔方陣だったらしい。物語で見るような、美しい歯車の魔術。
言われてみれば、あの細かな細工の歯車は、シエルとステラの色だった。


シエルとステラは、魔力の消費が多く、今もぐっすり眠っているそうだ。しばらくすれば、魔力が回復して目覚めるから、心配はないと言われた。


「カレンは考古学者で、古代魔術に詳しい。そして、魔法にも長けている。……この場所も結界が張られているから、心配するな。」


カレンさんは、遺跡や古代の文献を研究している、優れた学者さんらしい。暗黒魔術についても、ここに来れば詳しく知れると思ったと、レイルが教えてくれた。


「……ここに来た目的は、首輪の呪いの解除。……そして、サエから『暗黒の種』を取り出す方法を、探すためだ。」




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