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第二章 出会い、隠し事
潜入、隠蔽魔法の双子 (ライside)
しおりを挟む(ライside)
左耳につけているカフスから、第一王子の声が聞こえてくる。カフスは伝達魔法を付与した魔道具だ。
「国内の湖や川の水が、突然黒く穢れ始めている。原因は不明だが、水からは強い魔力を感じたらしい。……おそらく、これは自然現象じゃない。」
音声伝達と共に、画像も送られてきた。ラディウス国内にある川の一つだ。この川は美しい水色だったはずなのに、画像は黒々とした渦が漂う沼に変わっている。俺はその画像をじっと見据えながら、思案した。
第一王子は、最初は川に毒を流されたのではないかと思ったらしい。しかし、何日たってものこの黒色の淀みは流れず、ずっと水を穢したまま。
……おそらくだが。
「……水源に、何か仕込まれたか……。」
水源に調査に言った諜報員は、あまりの穢れの濃さに水中まで確認できなかったらしい。ならばと、浄化魔法を神官に施させてみたが、一向に穢れが払われることが無かった。
神官の浄化でさえ、通用しない何か。
「……ここに、手がかりがあるだろう。」
俺は第一王子からの密命を受けてから、ロイラック王国の王宮に潜入していた。ここに来るまでに、ロイラック王国内を通過してきたが、国民の生活は苦し気だった。
それに比べて王宮の豪華絢爛で、貴族たちの肥えた体つきには反吐が出る。
数日潜伏していた際に、貴族たちの噂話の中で、気になる話題が飛び交っていた。
「あの者の作った魔石は、実に効果的だ。」
「我々が直接手を下さなくとも、時期にラディウス国は国力が削がれるだろう。」
「呪いとは、こんなにも効率が良いのですな。」
石、呪い……。
話の内容から、ロイラック国は、何者かに呪いを施した石を作らせているようだった。水源に仕込まれたのも、その石だな。
貴族たちの会話では、神殿でその石が作られているという。神官に変装して内部に潜入した。何日か潜り込んで、毎日ある作業が神殿では行われていることを知った。
「……始めろ。」
神殿の小さな部屋。木製の簡素な机と椅子が数個あるだけの、会議室のような部屋だ。机には数個の魔石。魔法が付与されていない魔石は透明で、綺麗に箱に納まっていた。
全て、上質な魔石であることが伺える。
神官の一人が、箱に入った魔石を指で摘まみ上げる。それを、椅子に座った小柄な人物は両手で受け取った。
ぎゅっと力を入れて握りこむ。
「っ…!」
部屋の中に大きな魔力の揺らぎを感じた。空間の魔力を揺るがすほどの、強力な魔力が小柄な人物から発せられる。
小柄な人物の手からは黒色のツタが伸びて、ツタの先からは小さな花が咲いた。黒色の八枚の花びら。
あれは……。
文献などでしか見たことはない。しかし、あまりにも有名なその特徴。黒色の植物に、八枚の花弁を咲き誇らせる魔術。
古に失われたと言い伝えられている、呪詛を操る力。
暗黒魔術、だと……?
自分の目が信じられない。だが、目の前で起きていることは紛れもない、現実だった。
しばらく魔力の放出は続き、やがて収まった。はぁ、はぁと肩で息をしながら、小柄な人物が両手を広げる。
そこに現れたのは、真っ黒に変色した魔石だった。ただ黒いだけではなく、ドロリとした魔力がヘドロのように重く、中で渦を巻いて滞留している。
誰が見ても、ぞっとするであろう悍ましさ。
「……はっ。気持ちが悪い。」
神官は厭味ったらしく鼻で笑い、その魔石を手袋で摘まみ上げる。そのまま、革製の袋に魔石を収めた。
「……次だ。」
また、空の魔石を神官が小柄な人物に渡し魔力を注ぐ。その一連の動作を小柄な人物が力尽きて、机に突っ伏すまで続けるのだ。
小柄な人物は、文句も何も一言も言わない。この行為に慣れているのだろうか。
あれほどの魔力を消費するのは、かなりの重労働だ。その証拠に、毎日最後はふらふらで、廊下の壁に手を突きながら神殿を出ていく姿を見ている。
第一王子には、魔石と暗黒魔術について至急報告をした。引き続き調査をすると伝言する。暗黒魔術を使用する、小柄な人物の正体を突き止める必要があるからだ。
焦って暗殺はしない。
無理に近づけば、力を使って返り討ちに遭うだろう。
小柄な人物は神殿を出ると、そのまま白い平屋の家へと入っていく。外廊下を通り、外門まで騎士が監視として送り届けるようだ。建物内の様子は伺えない。
何らや、結界が施されている。
侵入者を阻む結界に触れれば、とたんに警報が鳴って捕まるだろう。
建物を見ていたその時、ふと、二つの小さな影が建物の陰から顔を出した。その二人は子供のように小さく、神殿と建物を繋ぐ外廊下の隙間から入ってきたのだ。
外廊下は木立に囲まれていて、大人ではその隙間を通るのは不可能だ。しかし、小さな子供であれば通れるだろう。
そして、2人の様子に驚いた。
それは見事な、隠蔽魔法を使用しているからだ。
俺は、他人に比べて魔力量が圧倒的に多い上に、暗殺者の仕事柄、隠蔽魔法を看破する『透視』を身に付けている。
だから、俺よりも魔力量が少ない人物の隠蔽魔法を、見破ることができる。
この2人の隠蔽は、かなり高度だ。暗殺を生業としている俺だからこそ、見敗れたとも言っていい。同業者ではないかと、疑ってしまうほどだ。
その2人は、両手に食事を乗せたお盆を持ち、慎重な足取りで外廊下に侵入した。そして、建物内に堂々と入っていく。おそらくだが、小柄な人物に食事を与えにいったのだろう。
数時間後に、二人は建物から出てくる。俺は2人の足取りを追った。
小さな2人は、神殿の奥にある宿舎へと帰っていった。ここは、確か孤児院だったはずだ。隠蔽したまま建物に入っていった2人は、建物の奥にある部屋へと入る。
そこは、他の部屋とは少し違う。
まるで、敬遠されるような場所にあった。
部屋の中も、倉庫を無理矢理に部屋にしたのだろう。木製の壁は、所々に穴が開いている。隙間風が強いのか、窓を開けてもいないのに、破れたカーテンはしきりに風に揺らいでいる。
申し訳程度の軋んだベッド。大人一人が寝れるかどうかという、狭さだった。
部屋に入ると、フードを取った2人。その姿を見て俺は納得する。
2人の人物は幼い双子の兄弟だった。
そして、2人の目は左右で光彩の色が異なる、オッドアイ。
この国では忌み子として扱われる。
俺のいるラディウス国でも、昔は忌み子とされていた。今ではオッドアイは、魔力量の高い証拠で貴重な人材だと分かって、手厚く保護される。
生まれた国が違うと、こうも待遇に差異が出るのか。
2人の目は、左が水色、右が……。まさか、金色か?
この国のやつらは、あまりにも無知ではないだろうか?
それとも、エルフという存在を信じていないのか……。ああ、そういえば、この国が信仰している神は、人間こそが素晴らしいという人間至上主義だったか。
精霊やそれに近しい存在が書かれた文書を、大昔に禁書扱いにして燃やしていたらしいな。人々に知識さえも与えないという、徹底ぶりだ。
エルフは精霊の血を引くとされている種族。
まあ、実際に俺も見たことはない。御伽噺に近いからな。
この双子は、右目が美しい琥珀の金色。間違いなく精霊の色を纏っている。
だから、こんなにも幼いのに隠蔽魔法が使えたのだろう。双子は欠伸をすると、小さなベッドで抱き合うように眠りについた。
双子の様子を毎日観察する。どうやら双子はあの小柄な人物に、密かに会いに行っているらしい。
双子は神殿の厨房に、隠蔽魔法を使用して忍び込む。パンとスープ1人分を、朝と夕に盗んで行く。盗んだ食事を、あの平屋の建物に運んでいく。
双子は食事を運んだ後に、嬉しそうな様子で部屋に帰ってくるのだ。「楽しかったね。」「……うん、きれいだった。」と二人でひそひそと話をする。
どうにかして、あの建物に潜入できないだろうか……。
俺はこの双子に接触することにした。
神殿の厨房を、ひっそりと抜け出す二人に、声を掛ける。
「おい、そこの双子止まれ。」
双子は、コートに覆われた小さな身体を、ビクリっと身体を震わせた。隠蔽魔法を見破られたことへの警戒。ピリピリとした魔力を感じる。
「食事を盗んでいることを、黙っておいてやる。だから、止まりなさい。」
「「……だれ。」」
部屋での双子とは、雰囲気が違う。
明らかに大人たちを信用していない、冷たい声音。
鋭く棘をもった声は、この双子の苦労を物語っていた。
こんなにも幼い子供に、冷たく剣を帯びた声を出させるこの国は、やはり腐っている。
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