上 下
13 / 72
第二章 出会い、隠し事

潜入、隠蔽魔法の双子 (ライside)

しおりを挟む



(ライside)



左耳につけているカフスから、第一王子の声が聞こえてくる。カフスは伝達魔法を付与した魔道具だ。


「国内の湖や川の水が、突然黒く穢れ始めている。原因は不明だが、水からは強い魔力を感じたらしい。……おそらく、これは自然現象じゃない。」


音声伝達と共に、画像も送られてきた。ラディウス国内にある川の一つだ。この川は美しい水色だったはずなのに、画像は黒々とした渦が漂う沼に変わっている。俺はその画像をじっと見据えながら、思案した。


第一王子は、最初は川に毒を流されたのではないかと思ったらしい。しかし、何日たってものこの黒色の淀みは流れず、ずっと水を穢したまま。

……おそらくだが。


「……水源に、何か仕込まれたか……。」


水源に調査に言った諜報員は、あまりの穢れの濃さに水中まで確認できなかったらしい。ならばと、浄化魔法を神官に施させてみたが、一向に穢れが払われることが無かった。

神官の浄化でさえ、通用しない何か。


「……ここに、手がかりがあるだろう。」

俺は第一王子からの密命を受けてから、ロイラック王国の王宮に潜入していた。ここに来るまでに、ロイラック王国内を通過してきたが、国民の生活は苦し気だった。

それに比べて王宮の豪華絢爛で、貴族たちの肥えた体つきには反吐が出る。


数日潜伏していた際に、貴族たちの噂話の中で、気になる話題が飛び交っていた。


「あの者の作った魔石は、実に効果的だ。」

「我々が直接手を下さなくとも、時期にラディウス国は国力が削がれるだろう。」

「呪いとは、こんなにも効率が良いのですな。」


石、呪い……。

話の内容から、ロイラック国は、何者かに呪いを施した石を作らせているようだった。水源に仕込まれたのも、その石だな。


貴族たちの会話では、神殿でその石が作られているという。神官に変装して内部に潜入した。何日か潜り込んで、毎日ある作業が神殿では行われていることを知った。


「……始めろ。」


神殿の小さな部屋。木製の簡素な机と椅子が数個あるだけの、会議室のような部屋だ。机には数個の魔石。魔法が付与されていない魔石は透明で、綺麗に箱に納まっていた。

全て、上質な魔石であることが伺える。


神官の一人が、箱に入った魔石を指で摘まみ上げる。それを、椅子に座った小柄な人物は両手で受け取った。

ぎゅっと力を入れて握りこむ。


「っ…!」


部屋の中に大きな魔力の揺らぎを感じた。空間の魔力を揺るがすほどの、強力な魔力が小柄な人物から発せられる。

小柄な人物の手からは黒色のツタが伸びて、ツタの先からは小さな花が咲いた。黒色の八枚の花びら。


あれは……。


文献などでしか見たことはない。しかし、あまりにも有名なその特徴。黒色の植物に、八枚の花弁を咲き誇らせる魔術。


古に失われたと言い伝えられている、呪詛を操る力。
暗黒魔術、だと……?


自分の目が信じられない。だが、目の前で起きていることは紛れもない、現実だった。


しばらく魔力の放出は続き、やがて収まった。はぁ、はぁと肩で息をしながら、小柄な人物が両手を広げる。


そこに現れたのは、真っ黒に変色した魔石だった。ただ黒いだけではなく、ドロリとした魔力がヘドロのように重く、中で渦を巻いて滞留している。

誰が見ても、ぞっとするであろう悍ましさ。


「……はっ。気持ちが悪い。」

神官は厭味ったらしく鼻で笑い、その魔石を手袋で摘まみ上げる。そのまま、革製の袋に魔石を収めた。


「……次だ。」

また、空の魔石を神官が小柄な人物に渡し魔力を注ぐ。その一連の動作を小柄な人物が力尽きて、机に突っ伏すまで続けるのだ。

小柄な人物は、文句も何も一言も言わない。この行為に慣れているのだろうか。


あれほどの魔力を消費するのは、かなりの重労働だ。その証拠に、毎日最後はふらふらで、廊下の壁に手を突きながら神殿を出ていく姿を見ている。

第一王子には、魔石と暗黒魔術について至急報告をした。引き続き調査をすると伝言する。暗黒魔術を使用する、小柄な人物の正体を突き止める必要があるからだ。


焦って暗殺はしない。
無理に近づけば、力を使って返り討ちに遭うだろう。


小柄な人物は神殿を出ると、そのまま白い平屋の家へと入っていく。外廊下を通り、外門まで騎士が監視として送り届けるようだ。建物内の様子は伺えない。


何らや、結界が施されている。
侵入者を阻む結界に触れれば、とたんに警報が鳴って捕まるだろう。


建物を見ていたその時、ふと、二つの小さな影が建物の陰から顔を出した。その二人は子供のように小さく、神殿と建物を繋ぐ外廊下の隙間から入ってきたのだ。


外廊下は木立に囲まれていて、大人ではその隙間を通るのは不可能だ。しかし、小さな子供であれば通れるだろう。


そして、2人の様子に驚いた。
それは見事な、隠蔽魔法を使用しているからだ。


俺は、他人に比べて魔力量が圧倒的に多い上に、暗殺者の仕事柄、隠蔽魔法を看破する『透視』を身に付けている。

だから、俺よりも魔力量が少ない人物の隠蔽魔法を、見破ることができる。


この2人の隠蔽は、かなり高度だ。暗殺を生業としている俺だからこそ、見敗れたとも言っていい。同業者ではないかと、疑ってしまうほどだ。


その2人は、両手に食事を乗せたお盆を持ち、慎重な足取りで外廊下に侵入した。そして、建物内に堂々と入っていく。おそらくだが、小柄な人物に食事を与えにいったのだろう。

数時間後に、二人は建物から出てくる。俺は2人の足取りを追った。


小さな2人は、神殿の奥にある宿舎へと帰っていった。ここは、確か孤児院だったはずだ。隠蔽したまま建物に入っていった2人は、建物の奥にある部屋へと入る。


そこは、他の部屋とは少し違う。
まるで、敬遠されるような場所にあった。


部屋の中も、倉庫を無理矢理に部屋にしたのだろう。木製の壁は、所々に穴が開いている。隙間風が強いのか、窓を開けてもいないのに、破れたカーテンはしきりに風に揺らいでいる。


申し訳程度の軋んだベッド。大人一人が寝れるかどうかという、狭さだった。


部屋に入ると、フードを取った2人。その姿を見て俺は納得する。

2人の人物は幼い双子の兄弟だった。
そして、2人の目は左右で光彩の色が異なる、オッドアイ。

この国では忌み子として扱われる。


俺のいるラディウス国でも、昔は忌み子とされていた。今ではオッドアイは、魔力量の高い証拠で貴重な人材だと分かって、手厚く保護される。

生まれた国が違うと、こうも待遇に差異が出るのか。


2人の目は、左が水色、右が……。まさか、金色か?


この国のやつらは、あまりにも無知ではないだろうか?

それとも、エルフという存在を信じていないのか……。ああ、そういえば、この国が信仰している神は、人間こそが素晴らしいという人間至上主義だったか。


精霊やそれに近しい存在が書かれた文書を、大昔に禁書扱いにして燃やしていたらしいな。人々に知識さえも与えないという、徹底ぶりだ。


エルフは精霊の血を引くとされている種族。
まあ、実際に俺も見たことはない。御伽噺に近いからな。

この双子は、右目が美しい琥珀の金色。間違いなく精霊の色を纏っている。


だから、こんなにも幼いのに隠蔽魔法が使えたのだろう。双子は欠伸をすると、小さなベッドで抱き合うように眠りについた。


双子の様子を毎日観察する。どうやら双子はあの小柄な人物に、密かに会いに行っているらしい。


双子は神殿の厨房に、隠蔽魔法を使用して忍び込む。パンとスープ1人分を、朝と夕に盗んで行く。盗んだ食事を、あの平屋の建物に運んでいく。


双子は食事を運んだ後に、嬉しそうな様子で部屋に帰ってくるのだ。「楽しかったね。」「……うん、きれいだった。」と二人でひそひそと話をする。


どうにかして、あの建物に潜入できないだろうか……。

俺はこの双子に接触することにした。
神殿の厨房を、ひっそりと抜け出す二人に、声を掛ける。


「おい、そこの双子止まれ。」

双子は、コートに覆われた小さな身体を、ビクリっと身体を震わせた。隠蔽魔法を見破られたことへの警戒。ピリピリとした魔力を感じる。


「食事を盗んでいることを、黙っておいてやる。だから、止まりなさい。」

「「……だれ。」」


部屋での双子とは、雰囲気が違う。

明らかに大人たちを信用していない、冷たい声音。
鋭く棘をもった声は、この双子の苦労を物語っていた。


こんなにも幼い子供に、冷たく剣を帯びた声を出させるこの国は、やはり腐っている。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神獣の僕、ついに人化できることがバレました。

猫いちご
BL
神獣フェンリルのハクです! 片思いの皇子に人化できるとバレました! 突然思いついた作品なので軽い気持ちで読んでくださると幸いです。 好評だった場合、番外編やエロエロを書こうかなと考えています! 本編二話完結。以降番外編。

追放されたボク、もう怒りました…

猫いちご
BL
頑張って働いた。 5歳の時、聖女とか言われて神殿に無理矢理入れられて…早8年。虐められても、たくさんの暴力・暴言に耐えて大人しく従っていた。 でもある日…突然追放された。 いつも通り祈っていたボクに、 「新しい聖女を我々は手に入れた!」 「無能なお前はもう要らん! 今すぐ出ていけ!!」 と言ってきた。もう嫌だ。 そんなボク、リオが追放されてタラシスキルで周り(主にレオナード)を翻弄しながら冒険して行く話です。 世界観は魔法あり、魔物あり、精霊ありな感じです! 主人公は最初不遇です。 更新は不定期です。(*- -)(*_ _)ペコリ 誤字・脱字報告お願いします!

名前のない脇役で異世界召喚~頼む、脇役の僕を巻き込まないでくれ~

沖田さくら
BL
仕事帰り、ラノベでよく見る異世界召喚に遭遇。 巻き込まれない様、召喚される予定?らしき青年とそんな青年の救出を試みる高校生を傍観していた八乙女昌斗だが。 予想だにしない事態が起きてしまう 巻き込まれ召喚に巻き込まれ、ラノベでも登場しないポジションで異世界転移。 ”召喚された美青年リーマン”  ”人助けをしようとして召喚に巻き込まれた高校生”  じゃあ、何もせず巻き込まれた僕は”なに”? 名前のない脇役にも居場所はあるのか。 捻くれ主人公が異世界転移をきっかけに様々な”経験”と”感情”を知っていく物語。 「頼むから脇役の僕を巻き込まないでくれ!」 ーーーーーー・ーーーーーー 小説家になろう!でも更新中! 早めにお話を読みたい方は、是非其方に見に来て下さい!

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

人生に脇役はいないと言うけれど。

月芝
BL
剣? そんなのただの街娘に必要なし。 魔法? 天性の才能に恵まれたごく一部の人だけしか使えないよ、こんちくしょー。 モンスター? 王都生まれの王都育ちの塀の中だから見たことない。 冒険者? あんなの気力体力精神力がズバ抜けた奇人変人マゾ超人のやる職業だ! 女神さま? 愛さえあれば同性異性なんでもござれ。おかげで世界に愛はいっぱいさ。 なのにこれっぽっちも回ってこないとは、これいかに? 剣と魔法のファンタジーなのに、それらに縁遠い宿屋の小娘が、姉が結婚したので 実家を半ば強制的に放出され、住み込みにて王城勤めになっちゃった。 でも煌びやかなイメージとは裏腹に色々あるある城の中。 わりとブラックな職場、わりと過激な上司、わりとしたたかな同僚らに囲まれて、 モミモミ揉まれまくって、さあ、たいへん! やたらとイケメン揃いの騎士たち相手の食堂でお仕事に精を出していると、聞えてくるのは あんなことやこんなこと……、おかげで微妙に仕事に集中できやしねえ。 ここにはヒロインもヒーローもいやしない。 それでもどっこい生きている。 噂話にまみれつつ毎日をエンジョイする女の子の伝聞恋愛ファンタジー。    

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

純情将軍は第八王子を所望します

七瀬京
BL
隣国との戦で活躍した将軍・アーセールは、戦功の報償として(手違いで)第八王子・ルーウェを所望した。 かつて、アーセールはルーウェの言葉で救われており、ずっと、ルーウェの言葉を護符のようにして過ごしてきた。 一度、話がしたかっただけ……。 けれど、虐げられて育ったルーウェは、アーセールのことなど覚えて居らず、婚礼の夜、酷く怯えて居た……。 純情将軍×虐げられ王子の癒し愛

処理中です...