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第一章 異世界転移、渾沌
目覚めた僕、立ち尽くす身体
しおりを挟む意識を取り戻した僕が見たのは、所々剥げかけた木目調の低い天井だ。硬いベッドの上で、仰向けになっているようだった。
ギシギシと軋む身体は、上手く起き上がってくれない。長い間、寝込んでいたのだろうことは分かった。窓から差す光で、辛うじて今が、朝であることが分かる。
僕は黒真珠を飲まされたあと、気を失って1週間ほど寝込んでいたらしい。これは往診にきた医者から、露骨に嫌な顔をされて、文句と共に聞かされた。
「お前のような訳の分からないモノを、王宮医師の私がなぜ、診察せねばならん。王命でなければ、近づきたくもないわ。……醜くければ放っておいたぞ。」
僕が起きたと言う知らせを受けると、数名の騎士が部屋にやって来た。学ラン姿のまま寝かされていた僕は、騎士に着替えを渡された。
膝丈まである、白色のワンピースに、茶色の先が丸まったズボン。首元は詰襟で、しっかりと上まで閉めないと、騎士に鋭く怒られた。ウエスト部分は細い黄色の組みひもで結ぶ。
詰襟のボタンを全部閉めているような息苦しさを感じて、手を首元に当てる。つるりと滑るような感触があって、目を見張った。
良く触ると、それは首をぐるりと囲っていて、喉元にはひやりとした四角い金属が付いている。鏡が無いから、どんな色の首輪かまでは判断できない。
あの美丈夫は首輪がどうとか言っていたな……。
これが、そうか。
試しに外れないかと、引っ張ったり、金属部分を仕切りに指で挟んで壊そうともしたが、そんなことでは壊れなかった。自分の首元に、擦れた痛みが走るだけだ。サンダルのような、足首に紐を巻き付ける靴に苦戦する。
何とか履き終えると、すぐに別の場所に歩かされた。
そのまま、僕はひたすら長い廊下を歩く。目的地はどうやら、外廊下で繋がっているようだった。外が見えるだろうかと廊下の左右を見たが、残念なことにひたすら木の幹が続いて、何も見えなかった。
広葉樹を均等に植えている状況から、意図的なものを感じた。
しばらく木々に囲まれた廊下を歩いていると、僕を囲っていた騎士たちの歩みが止まった。白色の木製扉に金の装飾が施された、これまた豪華な両開き扉を開けて、中に入る。
そこは、一見すると教会の礼拝場のようだった。
騎士たちと僕が部屋を歩くと、床を踏む靴音が大きく響く。騎士は迷いなく、深緑色の絨毯が敷かれた、中央の通路を歩いて行った。
左右に等間隔に設置された、木製のベンチ。数百人は座れるのではなかろうかというほど、ベンチの波が続く。当然、その分奥へと続く通路は長い。
アーチ状の柱が連なる広間。上を見上げれば、天使や雲、月、星が描かれた天井画。金や銀で煌びやかに描かれたそれは、神の偉大さを露骨に示しているように見えた。
天井画の中央に、背中から翼を生やした男性の姿が描かれている。後光を描いて、やたらと目立つ。
部屋の真正面には色鮮やかな、大きなステンドグラスの窓。花火のように広がっているそれが、太陽の光を色とりどりに床に散らしていた。
その直下には、天井画の男性の姿が、大きな彫刻で祀られている。おそらくこの男が神なのだろう。
彫刻はその光を受けて、神々しく佇んでいた。
彫刻の目の前には教壇にも似た、大きな木製の机。人が数人は寝そべれるのではというほど、限りなく横に長い。
茶色の艶のあるどっしりとした造りで、細部にわたってアラベスク模様が彫られていた。祭壇というものだろうか。
自然と騎士たちが僕の前に道を開けた。僕に前へと進むように剣の柄で背中を小突かれる。「このノロマが。」という嫌悪の呟きが近くから聞こえた。
柄の先である硬いほうで小突かれた。身体だけではなくて心にもチクリと痛みが走る。
「ほう。黒真珠を飲んでもなお、生きているとは……。異世界人はやはり不思議な力をもっているのだな。」
ぬめりを帯びていると感じる、げへへっと笑うその声に、気持ち悪さで鳥肌がたった。
祭壇の近くには、見覚えのある後ろ姿が目に入る。
この世界に来て、初めて見た人物があの二人だ。
でっぷりとした腹の肉が、振り返る王の動作に一拍遅れて大きく揺れた。タプンッという音が聞こえそうなほどの身体。その体格に合わせたメッキのように輝く衣装。
横幅が長いのに丈が短いという、随分と不格好な様子だった。
もう一人の男は、ギョロリとした目で僕を一瞥する。相変わらず青白く不健康そうな顔色。宰相はすぐさま祭壇に置かれた石板を示し、僕に命令した。
「……異世界人よ、この石版に触れなさい。」
祭壇に置かれていたのは、透明なガラスの板だ。
僕が両手を広げても足りないくらいに大きい。後ろの彫刻が見える程透明で、厚みもかなりあるようだ。ガラス板を金の金具で挟むように、4か所ほど固定していた。
命令されても、僕は立ち尽くした。
この世界がなんなのか。僕が何をされているのか。
ココがどこなのか。
元の場所に帰れるかも、何も聞かされないまま。
ただ、僕を無視したままに進む、一連の出来事。
それは、恐怖以外の、何物でもなかった。
この世界に来てからというもの、僕は身体が震える恐怖しか味わっていない。何もしたくないと、その場に立ち尽くした。2人の命令を聞くことなど、到底できなかった。
心が拒絶をして、恐怖で身体は竦み、足を動かすこともできない。
言う事を聞きたくない。
そう、思ってしまったのが、いけなかったらしい。
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