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第11章 苦難を越えて、皆ちょっと待って
陽光の君と、今度は俺達から会いに行こう【最終話】
しおりを挟む「お兄ちゃん特権で結婚式に立ち会いましたが、フリルが動く度に花びらのように揺れて、それはそれは清らかでした。……もちろん、ソレイユの純白スーツ姿も、カッコよかったですよ?」
ヒズミの綺麗なことと言ったら、村の子供たちと男だけじゃなくて、女性までも溜息を零していましたと、穏やかな微笑を浮かべて言うアトリに、流石に褒めすぎではないかと顔が熱くなる。
写真は軟派な青年騎士の手から、怜悧な青年のもとへと移り行く。眼鏡越しに星を思わせる銀色の瞳を細めて、エストはしなやかな指先で写真をジェイドから受け取った。
「皆が言うとおり、溜息がでるほどに麗しい……。可憐な衣装も、ヒズミが着ると神の御使いのごとく凛とした空気を纏うのだな。……あの駄犬が必死になって隠すのも頷ける」
項辺りで一括りにした銀色の髪を後ろに流しつつ、エストはクレイセルの羽交い絞めから逃れたソルを揶揄うように見遣った。俺の心友であるエストは宰相になり、国王ロワの右腕として国政の中枢をになっている。
あまりにも多忙なようで顔を会わせる機会が少なくなったが、手紙のやり取りは頻繁にしている。最近では隣国の外交官と腹の探り合いをして、中々楽しいらしい。
「誰が駄犬だ。返せ、腹黒。……はあ。オレとアイトリアさんだけの秘密にしておきたかったのに。……いや、出来ることなら本当は……」
あんなに可愛くて綺麗な花嫁は、オレだけが知っておきたかった。誰にも見せたくなんかなかった。独り占めしたかった。
耳元でソルに熱をはらんだ声音で囁かれ、俺の顔に熱が一気に上がった。ソルは取り戻した写真を指先で撫でると、大事そうに右の懐にしまう。ソルの左手に陽光を反射して輝く銀の指輪を見て顔を綻ばせつつ、俺は談笑する皆の姿をふと見遣った。
__こうやって皆と会うのは、今度はいつになるのだろう__。
ここに居る全員が何らかの重要な立場を担い、責務を全うして多忙な身だ。全員で集まる機会など早々無いだろう。この穏やかな時間に終わりがあるのだと思うと、どうしても胸に寂しさが広がる。
せめて、この皆がいる光景を長く眺めていたい。
感傷的な気持ちに心を揺らしていると、背中に温かな体温が触れた。視界の端では太陽を思わせる黄金の髪がふわりと風に遊ぶ。胸上へ回された腕にぎゅっと抱きしめれ、ソルのたくましい胸に引き込まれる。
身の内に留めて置こうとした言葉は、どうやら知らず知らずに口に出ていたようだ。
「……きっと近いうちに、また会えるよ。……それに、皆が会いに来れないなら、俺達が会いに行けば良い」
俺の寂しさに気が付いたソルが、なだめるように左胸に手を優しく置いた。大きく温かいソルの手に、心細くなって小さく震えていた鼓動が、緩やかに落ち着いていく。
会いに行けば良い、か……。
そうか、そうだよな。
俺とソルは、魔王討伐の報酬として一代限りの侯爵位を頂戴し、さらにカンパーニュに2人で暮らすための屋敷まで貰ってしまった。ロワには王都にも屋敷を持たないかと促されたが、様々な場所を転々とする俺たちには管理しきれないだろうと、丁重にお断りした。
それからは主にオルトロス国や隣国を中心に活動して、国から依頼があれば率先して魔物を討伐したり、貴人の護衛を務めたりしている。有事の際にはすぐに駆け付けるれるように、王宮に繋がる緊急転送魔法の札も国王からもらった。
騎士団や魔導師団からの誘いを丁重に断り、貴族からの専属護衛にならないかという、安定した職種への誘いも断った。どこかに属してしまえば、大切なときに、大切な人たちの側に居られなくなってしまうから。
「……そうだな。俺達から会いに行こう」
何事にも縛られず、何者にも囚われない。
己の思うままに生きる、自由な冒険者。
誰かが窮地に追いやられていれば、すぐに駆けつけて守りたい。助けが必要なときは、手を差し伸べたい。
この道を選んだ理由が、誰一人として大切な人たちを失いたくないという、俺の願いからだった。
「ねえ、皆で一緒に写真を撮ろうよ!この日の記念に」
素敵なアヤハの提案に皆で賛同して、各々がカメラの前に集める。このパーティーの主役であるアヤハとアウルムを中心に全員が撮影準備を終えると、公爵家のメイドさんが撮影の合図を送る。
メイドさんが右上の小さなスイッチへ指先を降ろす直前、突如として黒い影が宙に出現して風を切った。影はカメラに吸い寄せられるように、ひゅーっと空中を滑空すると、ぽふっと小さな音を立ててレンズに貼り付いた。白色のふわりとした物体がレンズを覆うと、その立派なモフモフな尻尾を膨らませて、大きく一振りする。
「キューイ!!」
「あっ」
シャッター音が鳴り響くのと同時に、モルンの怒ったような鳴き声が周囲に響き渡る。そういえば、一心不乱に果物を食べていたモルンのことをすっかり忘れていた。カメラのレンズに顔面を押し付けたモルンは、レンズをずり落ちながら地面に着地した。ふわふわの白い身体を覆うように、1枚の紙がひらりとモルンの頭上へ舞い落ちる。
「キュイキュイ!!」
「ごめん、モルン。ほら、モルンも皆と一緒に写ろうな?」
抗議の声を上げながら、ぷんすかと怒るモルンの頭を撫でて宥め、白いもふもふの定位置である左肩に乗せてやる。頬をくすぐる尻尾に微笑みながら、俺は自分の足元に落ちた白い紙を拾い上げた。先程撮影された写真だろうと、ぺらりと裏返してみる。
「ふふっ」
その写真は、左端にモルンのまん丸な目と肌触りが良さそうな顔面が写り込み、それを見て皆が驚いたり爆笑している顔が撮影されていた。
日常の何気ない様子が切り取られた、気取らない皆の表情が穏やかな写真。とても良いモノが撮影されたそれを、俺はこっそりと胸ポケットにしまった。モルンが不思議そうに見上げてくるのを見て、人差し指を口元に当ててウィンクする。
「皆には内緒な?」
モルンが可愛らしく小首を傾げるのにクスっと笑いながら、俺は自分の名前を呼ぶ声に急いで駆け戻った。
「モルン、拗ねちゃったの?可愛い」
「めちゃめちゃお腹まん丸になってんじゃん。木の実の食い過ぎじゃねぇ?……へぶっ、痛!!」
所定の位置に戻った俺を、心友2人が迎え入れる。
リュイがモルンの頭を指先で優しく撫でると、ガゼットはモルンから身体強化のかかった往復ビンタをペチペチと喰らっている。その様子を皆で笑いながら、気を取り直した俺達は再びカメラへと向き直る。
先程よりも肩の力が抜けた、穏やかな笑顔と柔らかな雰囲気が漂う。言葉では表し難い、心の奥からじんわりと全身に広がる多幸感と、ずっとこの場に留まっていたいと思うほどの優しく温かな空気。
皆が一緒にこの場所にいて、微笑んでいること。
それが何よりも、幸せに感じた。
穏やかな微睡みのように、心地良い世界。
転生してたった一人だという、俺の胸に寂しさが巣食っていたときのことも、とても遠い過去に感じる。それほどまでに、俺はこの場所で沢山の人に愛されて、沢山の大切なものが出来た。
なによりも、隣にはその深愛を教えてくれた、俺の最愛の太陽がいる。
ソルの蜜色の瞳が愛しげに俺を見つめて微笑むから、俺も溢れる愛を目で伝えながら微笑んだ。
シャッターが降りる軽快な音とともに、優しい思い出がまた一つ紡がれていく。こうやって小さな幸せを大切に、一つづつ紡いでいきたいと、心の中でそっと願った。
俺とソルがその後にS級冒険者になって、オルトロス国内だけでなく、各国を駆け巡って顔が知られてしまい、しまいには『最強の冒険者夫夫』と世界中に噂が立つのはまた別の話。
【完】
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一気読みしました。
枕がびっちょびちょになりました。
心温まる素敵な作品に出会えて幸せです。
何回も読み返したいと思います!!!!!!
にもの 様
素敵なご感想をありがとうございます!
物語を楽しんでくださり、本当に嬉しいです❗️その上、読み返してくださるなんて…(泣)温かいお言葉をありがとうございます🙇励みになります。
にもの様に今後も楽しんで頂けますと幸いです!
いつもご愛読頂きありがとうございます🙇
一気読み終了。
重厚な物語を読み終えて、いろんな登場人物に感情移入しすぎてしまって、感動と同じくらい幸せと苦しさと切なさと、感情が大忙しでざわざわが修まりません。
全員にトラウマなどの闇があって、闇属性の主人公に癒され、前を向いて行けるようになるのも、話の中で出てきますが、最後に総集編の如くずらずらっと出てきたのにも泣きました。
設計図があるかのようなストーリーの進み方で、読んでいてストレスもなく、最初から最後までとても楽しく読ませていただきました。ありがとうございました。
りん 様
素敵なご感想をありがとうございます!
りん様に今作を楽しんでいただけて、とても嬉しいです❗️
さらには沢山の温かいお言葉まで…(TT)キャラクターと物語をこんなにも愛してくださり、誠にありがとうございます🙇
今後もりん様に楽しんで頂けますと幸いです!
いつもご愛読頂きありがとうございます🙇
一気読みしてしまった~。素敵な作品に出会えて幸せ反面、一気に終わってしまいさみしい気持ちがしちゃいました。ifルート、万が一にも書かれる事があるなら希望したいです。私推しのロワ様に縛られてほしい(笑)
白眼 様
素敵なご感想をありがとうございます❗
一気読みしてくださり、さらには温かいお言葉まで…(TT)とても嬉しいです!
ロワを推してくださり、ありがとうございます!いつか誰かを縛らせてみたいです😅
今後も白眼様に楽しんで頂けますと幸いです❗
いつも御愛読頂きありがとうございます🙇