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第11章 苦難を越えて、皆ちょっと待って

屈強な騎士はダンスが苦手、最大の敬愛を

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ルビーの瞳にいつもの不敵な光に戻ると、ロワは俺の手を流れるようにするりと離す。踊っていた勢いのままに流れた右手を、逞しく大きな手が包み込んだ。


「……次は私と踊ってくれないか?ヒズミ」

「……ヴィンセント?」


服の上からでも分かる鍛え上げられた筋肉に、猛禽類を思わせるような鋭い雰囲気の美丈夫。少し高い体温と、剣を振るうちに皮膚が硬くなった騎士特有の手の平。その強さを示す手とは裏腹に、壊れ物に触れるように優しく俺の手を掬い取ってダンスへ誘ってくれる。

俺はヴィンセントに応える意味で、その大きな手を握り返した。


「ああ、喜んで」

俺の返事を聞いたヴィンセントは凛々しい切れ長の瞳を僅かに細め、ふっと力を抜いて微笑んだ。緑風騎士団長として常に勇猛な姿を見せる彼が、不意な時に見せるこの笑顔は本当にズルい。ギャップ萌えというやつだな。


俺は両手を引かれながら、向かい合ったヴィンセントの姿をまじまじと見た。彼の髪色に合わせてダークな紺色の衣装は洗練された大人の色香が漂う。質実剛健の彼にふさわしい、実に奥深いデザインだ。そして何よりも、その鍛えた雄々しい身体。


いいなぁ、筋肉。俺は筋肉が付きにくいんだよな……。

俺もヴィンセントみたいな目に見える筋肉が欲しいと夢見ている。以前に思わず呟いたときは、何故か皆に『そのままで良い。ヒズミはむしろ、そのままが良い』と止められたのが未だに解せない。女性だけでなく同性の俺でさえも、その男らしさに惚れ惚れとするものだ。


そんな間抜けなことを考えながら、筋肉を視姦している俺に気付いたヴィンセントが、本当にヒズミは筋肉が好きだな、と苦笑気味に笑う。


「舞踏会はいつも面倒だと思っていたが、ヒズミと踊れるなら良いものだな。……といっても、私はダンスが苦手なんだ。踏んだらすまん」

ヴィンセントから予想外の暴露に、俺は思わず目を見張った。他者を圧倒するほどの凄まじい戦闘をして、国でも1、2位を争う強者の緑風騎士団長の弱点が、ダンスだったとは。

どうにも音楽に合わせて身体を動かすというのが剣術と違って馴染めないのだと、ヴィンセントが真面目な顔をして言うものだから堪らず笑みが零れた。戦闘も人柄も完璧だと思っていた人と、苦手なことが同じだったということに親近感がわく。


「ふふっ。すごく意外だな。……実は俺も、こういう畏まったダンスは苦手なんだ。だから、お手柔らかに頼むな?」

今度はヴィンセントが豆鉄砲を喰らったような顔をして、切れ長の瞳を見開いた。今日はヴィンセントの色々な表情を見れて新鮮で楽しいな。

お互いに仲良く驚いた反応をしたことが、どうにも可笑しくってヴィンセントと顔を見合わせて笑い合った。優しく繋がれたヴィンセントの手に誘われて、優雅な音楽に足を踏み出す。大人びた色香を纏う端正な顔が、そっと左耳に近づいて口を開いた。


「……今宵のヒズミは、凛然として一段と綺麗だ。深い紫色の目が、この広間を彩るどの装飾よりも、一等に美しい」

耳元で一段と低い声で紡がれた賛辞に、ふえっと俺は思わず間抜けな声を出して身体をビクつかせた。甘さを孕んだ重低音が耳を伝い鼓膜を震わせ、さらには脳を戦慄かせる。

思考がぶわっと熱さから粟立ち、嫌でも自分の顔が熱くなっているのが分かった。


「一目見たときから、ヒズミの透き通った瞳に惹かれていた。……どんな困難もその瞳で真っ直ぐと射抜いて、逃げずに立ち向かう。まるで研ぎ澄まされた剣のように」


音楽は先ほどよりも更にゆったりとした曲調のワルツに変わり、2人で足を滑らせるように回りながら踊る。後ろに添えられた手から感じる温かい体温が、こっちにおいで、というように背中をそっと押すのが心地よい。


「今までに出会った誰よりも、ヒズミは強靭で美しかった」


氷と称される寒色の透き通った瞳の奥に、青色の炎が静かに燻っている錯覚を覚えた。


「愛している、ヒズミ。……災厄にも強者にも恐れず、真っ直ぐと立ち向かう君に、私の心は惹かれてやまない」


力強く誠実な心が込められた愛の告白は、とても彼らしくて。ヴィンセントが俺に抱いてくれた、愛しいという好意が清風のように心に行き渡っていく。


「どうしても、言葉にしておきたかった。ヒズミを困らせると、分かっていながら……」

大人なのに情けないと、ヴィンセントは己自身を責めている。俺の心を慮って、愛を伝えるべきか悩み苦しんだのだろう。そんなにも、俺のことを大切に想ってくれた事自体が、俺は心から嬉しいんだ。


「困らせるだなんて、そんな筈無いだろう。……ありがとう、ヴィンセント。俺に愛を伝えてくれて、大切に想ってくれて」

誠実な心を伝えてくれた貴方に、俺も真っ直ぐと言葉を届けたい。勇ましくも優しすぎる、目の前の騎士に。


「ヴィンセントがいなければ、俺は心がとっくに折れていた。国の命運を背負うことは、俺たちには余りにも重すぎた。……その重みの大半を、ヴィンセントが肩代わりしてくれた」

人々からの集まる期待と、焦りの視線。確実に倒さなければという重圧。戦闘と長期間の旅に慣れていない身体。精神的に追い詰められ、疲労で命を落としてもおかしくはなかった。

その全てから守ってくれたのは、守護者であるヴィンセントだった。


人々からの心無い中傷は、騎士団長の権力と鋭利な殺気で黙らせた。戦闘に慣れない心と身体は、俺たちと一緒になって訓練に明け暮れて育ててくれた。長旅の疲労を軽くするために休憩を増やしたり、逐一全員の体調を確認してくれた。

何よりも百戦錬磨のヴィンセントがいるだけで、誰もが安心して戦えた。


「それに、俺は知っているんだ……。ヴィンセントが王たちと交わした制約を」

ヴィンセントが魔王討伐部隊に参加した初期に、王族達と秘密裏に交わした制約。


『もしも魔王討伐に失敗した折には、緑風騎士団長ヴィンセント・ゼフィロスが全責任を取り、どんな侮辱も、惨い処罰も、無言のまま受け入れる。その代わり討伐に参加した者に、一切の責任を取らせない』

その酷い処遇というのには、生きていることさえも後悔させるほど苦痛を伴う、目を覆うような処刑方法も含まれていた。英傑たちはまだ若く、幼い。もし、討伐に失敗したとしてもそれは致し方ない事なのだと。その責任は彼らを育て上げた自分にあるのだから。

それは共に戦った仲間たちを護るための、己の名誉と命を懸けた騎士の制約だった。


俺はヴィンセントの両手を取って、胸の前で包みこんだ。いつか自嘲気味に、ヴィンセントが話していた言葉を思い出す。自分の手は、人と魔物の血に染まっていると。


「……この手は、血に染まった手なんかじゃない。己の身を盾に、心を剣に代えて人々を守ってきた。誰もが尊敬の念を抱く、屈強な戦士の温かな手だ」

どれほどの人々が、この手に救われたことだろうか。仲間を大切に思い遣り、自分は仲間の代わりに苦境を進むと、強い覚悟を持つ英雄。


「貴方のように、真の強さを持った人になりたい。ヴィンセントは俺の目標とする、この世で最も偉大な騎士だ」


どうか貴方に、俺の抱く敬愛が届きますように。


「……こんなにも、最高の誉れはないな。」


目の前の騎士は、そっと俺の右手を恭しく持ち上げた。長いまつ毛に縁取られた瞼を閉じると、手の甲に顔を寄せる。柔らかな感触が手の甲に触れて、啄む音を一瞬だけ立てて離れていった。

淀みも雑味もない氷を思わせる瞳が、ふっと和らいだ。


「年甲斐もなく、こんな気持ちに浸るのも悪くはなかったな……。なぁ、ジェイド?」


「なーに、年寄りみたいなこと言ってるんすか、団長。次は俺っすよ?」



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