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第11章 苦難を越えて、皆ちょっと待って

戒めと決意を胸に、本当に乙女ゲームってパーティーが好きだな……

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長きに渡る国の憂いが消滅してから2週間が経った。今日までは魔王討伐の復興作業や報告に追われ、皆が忙しい日々が続いた。魔王による被害は歴代で最も少なく、騎士や冒険者に怪我人は出たものの、死者がいないという状況に誰もが奇跡だと喜んだ。

魔王城に近かったガゼットとリュイの領地は、外壁が壊れたり、街道が壊れたりしたものの、思った以上に被害が少なかったそうだ。復興にそれほど時間は掛からないと本人たちから聞いて、俺とソルは胸を撫で下ろしたものだ。


「……こうしていると、あの死闘が遠い過去のように思えてくるよ」

煌びやかな衣装に身を包んだアウルムが、グラスに入った果実水を見つめて苦々しく呟いた。俺達が今いるのは、王宮で最も華やかな場所とされる大広間だ。

煌びやかな光が金細工を輝かせる部屋は実に眩しく、楽団の弦楽器が優雅な音色を奏でる。話に花を咲かせる者たちのさざめきが、この場所を一層賑やかにしていた。復興作業が一段落したため、魔王討伐に参加した戦士や生徒たちを招いて、労いを込めた盛大なパーティーが開催されているのだ。

そんな絢爛な部屋を見渡しながら、アウルムはどこか遠いところを見ていた。


「過去の恋人たちのことを思うと、些か複雑だ……」

アウルムの呟きは小さなものだったが、俺の耳には確かに届いた。華やぐ喧騒を冷笑するような冷たさと、懺悔の苦しさが混ざった複雑な音だった。

ユキとスキアー先生の最期を見送った俺とソルは、魔王の呪いの全貌を英傑たちに打ち明けた。彼らと同じ運命を辿る者が生まれないように。それが俺たち未来に残された者の使命と思ったからだ。


王太子であるロワと第二王子のアウルムは、自分たちの先祖が元凶だったことに、激しい怒りと罪の意識に苛まれた。国民を脅かしていたのは、古の王の欲望。その事実を公にすべきだというロワやアウルムに対して、止めに入ったのは英傑たちである。


本当は公にして、王族たちが糾弾されるべきなのかもしれない。

でも、そのあとの国はどうする?
この国は何千年という間、良くも悪くも王が重要な役割を担い、ここまで国を発展させてきた。そのシステム自体が急に機能しなくなると、国内は大混乱に陥って、最悪の場合は路頭に迷う国民まで現れるだろう。

責任を放棄してはならないと、王子2人の友でもあり側近でもあるエストが厳しく言及したのだ。


「……王族はこの罪を、永遠に償っていく」

王族全員には、真名と血による制約魔法が施された。これはかなり強い効力の制約魔法で、決して抗うことは出来ない。その内容は必ず自分の子、さらにその子供にも魔王誕生の悲劇と王族の罪を、事実のままに伝えること。

王宮内には特別な部屋を設置し、決して風化しない魔法を付与した石碑に魔王誕生の事実を刻ませたらしい。歴史が湾曲されることなく、罪の事実を受け継ぐために。決して奢ってはならない、己の私利私欲のため動いてはならないという戒めとともに、彼らの悲劇は受け継がれていくことだろう。


「それだけで罪が償われるはずはない。……だから、私と兄はこの国をより良く、人々が幸せに暮らせるように励まなければならない。そのためにも……」

真っすぐと正面を見つめたサファイアの瞳には、強い決意の光が宿っていた。先ほどの国王との謁見の時も、アウルムはその玉座をただ静かに強い眼差しで見ていたのが印象的だった。今までの優秀なだけで覇気の無かった王子とは違う、精悍な若者の姿がそこにいた。

アウルムは、挨拶があると断って俺の隣を後にした。金糸の髪を優雅に緩く薄ろに流し、額を露わにしたその姿は実に華やかだ。煌びやかな衣装に身を包むアウルムは、絵本や物語に出てくる王子様そのものだろう。金髪碧眼の生ける国宝が颯爽と豪華の広間を歩く姿は、そのまま絵画になってもおかしくはない。


俺も、あれほどとは言わないが、せめて少しは様になっていればいいものを……。


「……こういう華やかな場所は、落ち着かないな……」

俺は正直戸惑って、壁の花に徹している。俺はふぅっとため息を零しながら首を動かして、ガラスの雫を幾層にも重ねたシャンデリアを見上げた。チカチカと瞬く光が眩しい。日本でもこの世界でも一般人の俺には、このキラキラ過ぎる空間は場違いな気がする。


「オレもだよ、ヒズミ。……だから、今日はずっとヒズミの隣に居させて?」

俺と同じく壁の花となっているソルが、琥珀色の瞳を潤ませながら俺の両手を握った。背が高いからソルから見下ろされているが、その姿は小さなポメラニアンが泣きそうな顔でくぅーんと鳴いているように見えて、可哀そ可愛い。


「ソル……」

黄金の髪には小さな三角耳が垂れている幻覚が見えて、可愛すぎて呻きそうになる。俺はどうにも、ソルのこの目と雰囲気に弱いんだよな。庇護欲というか、お兄ちゃんとしての血が騒ぐ。


「全く。そんな独占欲丸出しじゃあ、先が思いやられるな?……ヒズミ、騙されるな。そいつは犬の皮を被った悪人だぞ?」

「エスト……」

静かな星を思わせる貴公子が、一つ結びにした銀色の髪を靡かせて颯爽と姿を現した。エストを見つけたソルは俺から手をゆっくりと離すと、琥珀色の瞳を挑発的に細める。


「ヒズミの為なら、犬にでも極悪人にでもなんにでもなる。……それよりも、何の用だ?」

「俺にだって、宵闇の花と話す権利はあるだろう?それに、ヒズミが喉が渇いているかなと思ったんだ」

エストは俺に小さな気泡を立てる飲み物の入った、背の高いグラスを手渡した。一口飲んで広がるのは爽やかなミントの香り。炭酸の清々しい泡と清涼感が火照った身体を冷やしてくれる。ちなみに、ソルの分は用意されていないらしく、ソルの目が半眼になった。

ソルの抗議の眼差しを余裕の表情で受け流して揶揄うエストに、相変わらずこの2人は仲が良いんだからと、くすりっと笑ってしまう。ソルが飲み物を探しに行った間に、エストは思い出したかのように左腕の肩に近い部分を擦って、感慨深げに呟いた。


「……生まれてからずっと、忌み嫌っていたものだったというのに、急になくなると不思議な感覚だよ」

ユキとスキアー先生が黄泉に旅立ったその日の夜、英傑たちと聖女の身体に刻まれていた紋章が消えた。

ソルの右手の紋章が消えるときに俺も一緒にいて、黒い入れ墨のように刻まれていた紋章が、淡い光の粒子になって上空へと消えていったの儚い光景を、今でも覚えている。幼少期から英傑の呪いと共に歩んできたエストたちにとっては、自分の人生の一部が雪解けのように静かに消失した、嬉しいようで複雑な気分だとエストが教えてくれた。


エストは銀色のほつれた髪を、優雅な仕草で耳にかけると、天井に届かんばかりの大きな窓へふと視線を移した。俺も誘わるように窓に目を向けると、息を呑むほどに青白く、美しい満月が夜空に静かに佇んでいた。


「そう言えば、ヒズミは知っているか?……王宮の舞踏会でのジンクスを」

窓から視線を外したエストが、眼鏡の奥の銀色の瞳を輝かせて、蠱惑的な微笑みで俺に問いかけた。どこか誘うような甘い問いかけに、俺は、はてっ?と首を傾げる。

舞踏会のルールについては学園で習いはしたが、王宮で行うものには何か特別なことでもあるのだろうか?エストはそっと俺の右耳に唇を近づけると、その甘く低い声でそっと囁いた。


「満月の夜に開かれた舞踏会で、永遠の愛を誓った恋人たちは生涯ずっと幸せになれる」

今日は何と御誂え向きの月夜だろうなと、付け加えながら。



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