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第10章 魔王戦

決死の総力戦の末、誰かの声が聞こえた

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「クレイセル、行くぞ!」

「よし来た」

アウルムの掛け声に、クレイセルはエメラルドの瞳を細めてニヤリと不敵に笑った。幼馴染のこの2人は、言わずもがな阿吽の呼吸だ。清涼な風がさわりと頬を掠めたかと思うと、アウルムとクレイセルが同時に呟いた。


「「『反逆の大地』!」」

クレイセルたちの呟きと重なるように、魔王は自らの羽根で作った黒槍を放った。空気を鋭く裂く風切り音を立てながら、ぎらついた黒槍の切っ先が凄まじい速さで迫りくる。俺を射殺そうと降り注ぐ黒槍を正面から見据えながら、それでも俺は走るのを止めなかった。

彼らならこんな窮地さえも覆して、仲間を守ってくれると信じているからだ。


槍の切っ先が俺の額を射貫こうとした寸前で、その槍は不自然にピタリと止まった。

放射線状に魔王から放たれた無数の槍が、まるで時間が止まったかのように空中で留まって動けずにいる。空間にある物体の重力を操る、土と風の複合魔法『反逆の大地』。自然の理さえも操る見事な魔法は、数百はあるであろう黒槍を無害な浮遊物に変えた。


「はっ!!」

気合を発しながら、俺は地面を蹴って跳躍する。浮遊する黒槍にトンっと降り立つと、次々と槍を足場にして宙に浮く魔王へ全速力で駆けた。右前でソルが槍の上を飛び移り、左後方ではヴィンセントが駆けているのが視界の端で見えた。戦闘開始時に遠くで見上げていた魔王へと、こちらから距離を詰めていく。

黒槍の攻撃が効かないと分かった魔王の判断は早い。魔王は杖を上に掲げると、先端に付いた紅玉が不穏に光った。なにか仕掛ける気なのか。


警戒しながら次の足場に定めた槍へ靴底を着地させた直後、硬いはずの足場がぐにゃりと凹んだ。俺の着地した足を起点にして、金属のはずの黒槍が折れ曲がる。


「なっ?!!」

折れ曲がった黒槍は一瞬にして帯状の影に変わって、上に伸びた。影は漆黒の茨に変化して、俺を茨の檻へ囲い込もうとする。瞬時に表面を蹴って飛び去ろうとした俺の足に、茨がシュルリと絡まって捕らえた。食い込む茨の鋭い棘の痛さに顔を顰めた、そのときだ。


___ 見つけた ____


「っ?!」

一瞬、誰かの声が俺の頭の中に直接響いた。いつの間にか周囲の音が聞こえなくなった意識の奥で、誰かも分からない若い男の声だけが明瞭に聞こえた。その歓喜が混じったような声音に、心臓は杭が刺されたように大きく脈打って、鼓動が全身を貫いた。


「……??」


今のは、なんだ?一体、何が起きた??


「ヒズミっ?!!」

ソルの驚愕の声が俺の名前を呼んだ瞬間、はっと弾かれたように意識が覚醒した。耳に音が戻ったときには、俺の両手は既に黒い茨に捕らえられていた。腕にじわりとした血と痛みが滲む。力が緩んだ両手から、カランっと茨の床に双剣を取り落とした。


「ぐっ……!しまった……!!」

隙を見せたことを後悔している暇はなかった。茨はここぞとばかりに絡みついて、ギリギリとさらに俺を締め付ける。頭上の光が急速に小さくなっていくのが見えた。茨が完全に、俺を檻に閉じ込めようと蠢いていた。

……くそっ、まずいな。


茨の壁の隙間から、こちらを振り返ったソルの姿が見える。そのソルの背後には部屋中を覆う茨が、ソルさえも捕らえようと蠢いているのが見えた。

来るな、来てはだめだ。

俺はいわば、仲間たちを誘いこむための囮にされたのだ。俺を助け出すために集まる仲間たちを、確実に殺すための餌。


「ソ……、ルっ!!にげ、ろっ……!!」

茨に締め付けられ圧迫された身体で、息と共に掠れた声で、必死にソルへと叫んだ。頭上の明かりが目に見えて狭まる。茨の檻の隙間がなくなって、闇に包まれていく。こちらに駆けるソルを背中から貫こうと、切っ先のように鋭くなった茨の先が一斉に動き出したのが僅かな隙間から見えた。全身から血の気が引いた。


「私の弟子たちに手を出すなっ!!永久凍結!!」

アトリの怒号と同時に、冷気が一気に爆発した。部屋を蠢く黒色の茨が動きを止めて、一瞬にして霜が茨を覆い白ばむ。パキパキと凍てつく音が近くで聞こえると、俺を締め上げていた茨から力が抜けていくことに気が付いた。白い氷に変化した茨は、身体を捻じると脆く粉々に砕ける。


「ぐぅっ…、かはっ…!……はぁっ……」

締め上げられていた圧迫から開放され、空気を急激に取り入れた身体が派手に咳き込んだ。身体に絡みついていた茨を砕いた俺は、足元に取り落とした双剣を再び握りしめた。よくもやってくれたなっ、と怒りを込めながら双剣で連続斬りをして、氷漬けの茨の檻を壊す。


「ヒズミ、血が……!」

「俺は大丈夫だ……。っ!!」

砕け散った氷を浴びながら、氷漬けにされた太い茨の道を走りソルに合流するけど、ソルの問いかけに短い返答しか出来なかった。魔王が新たに生み出した茨が、俺たちを捕えようと次々と襲い来るのを避けるのに手一杯だ。怪我を治している余裕もない。


「あと、少しなのに……!!」

懸命に前へ進みながらも、ソルの悔しげな声が聞こえた。鞭のように自在に動く茨が邪魔で、魔王との距離が縮まらない。俺の正面から迫りくる茨を横に飛び退いて躱した瞬間、ふわりと風の魔力が俺を包みこんだ。

力強くも優しい追い風が、俺の背中を押す。


「限界までブーストを付与した!そのまま行けっ!」

ジェイドが地面に突き刺した剣で身体を支えながら、苦し気に胸を押さえ叫んでいるのが駆け抜ける視界から見えた。3人に最大限の魔力を使い、ジェイド自身は魔力枯渇に陥っているのだろう。

俺の身体は羽のように軽くなり、疾風のごとく茨の道を進む。魔王の放つ茨は、風を纏った俺たちの動きについていけず、空を掴んで置いてけぼりをくらっていた。

魔王までの距離が、あと数メートルまでに迫る。


魔王の右手に持つ紅玉が鮮血色に光り、黒色の雷が魔王を包んだ。魔法での攻撃に備えながら、魔王の禍々しい魔力の中に、肌を粟立たせる魔力が混じっているのに俺は気が付いた。あれは、ただの魔法攻撃じゃない。状態異常が付与された魔法だ。


俺の身体は小刻みに震えた。魔王が放つのは確実に最上級の状態異常で、即死するほどの威力だろう。そんなの、今までに反せたことなど一度も無い。上級の状態異常だって、このダンジョンに来てからやっと反射できるようになったのだ。


もしも反せなければ……。俺はもちろん、この場にいる仲間も全員死ぬ。即死回避の魔道具だって効果は一度きり。再度攻撃を喰らえば、ひとたまりもない。

怖い。とてつもなく怖い。だけど……。


頭の先からつま先まで、自分という存在全てに清い空気を馴染ませるように、俺は大きく深呼吸をした。激しい戦闘が行われている部屋の中、俺の意識は集中して心の奥深くに潜っていった。


深く静寂な闇に、己を沈めろ。
何色にも染まらない、何物にも揺らぐことのない高潔な漆黒に。


俺は闇魔法の魔力を練り上げて、双剣に纏わせた。今まで以上に濃く、深い闇をイメージして魔力を最大限に双剣に流し込む。本能から来る震えは、既に収まった。身体から余計な力が抜ける。頭の中は風のない夜のように静かで、感覚は凛とした冬夜のように研ぎ澄まされていた。


魔王の左手に黒い稲妻が不穏に集約されていく。バチバチと雷が爆ぜる音が耳に届くより早く、俺の肌が魔王の魔力を敏感に感じ取っていた。ソルとヴィンセント、俺の3人を一網打尽にしようと魔王が左手を翳したのが見える。魔王から放たれた漆黒の雷は、閃光となって凄まじい速さで俺たちに到達した。防御結界を張るには間に合わない。


守れ、仲間を。大切な場所を。
今やらないで、いつやるんだ!


空気を裂く雷撃の音がいくつも響く中で、俺の身体は自分の意識とは違うところで思考よりも先に動いていた。鋭敏に研ぎ澄まされた感覚が、身体の奥深くで機敏に反応する。闇魔法の魔力を身体から一気に放出した。頭に浮かんだのは、冬夜の静かな泉。


「『常闇の水月』」

胸の前で交差させた双剣を思いっきり振り払う。双剣から黒紫の三日月の斬撃が勢いよく放たれ、漆黒の雷撃と激突した。弧を描いた黒紫の爪に触れた雷が、キンっ!と澄んだ音を立てて瞬時に反射される。

反射された雷撃は、主である魔王に牙を向いた。状態異常の付与された雷撃を反された魔王は、全身が石化したように硬直する。その隙を見逃すまいと、空中で動けなくなった魔王の前に、素早くヴィンセントが剣を構える。黄金を纏った灼熱の剣が鋭く光った。


「これで終わりだ」

ヴィンセントの灼熱の剣が、漆黒のローブごと魔王の心臓である鮮血の魔石を貫いた。キンッ!と甲高い音が響き、石がひび割れる音が立て続けに聞こえ始める。漆黒のローブからは、血を滴らせるように魔石の破片が下に落ちていく。魔王の魔力が完全に絶たれた時、ヴィンセントは魔王の心臓から剣を思いっきり引き抜いた。

力を失くした魔王の身体は、真っ逆さまに下に落ちていくと鈍い音を立てて大理石の地面に落下した。




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