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第10章 魔王戦

魔王との激突、訓練成果を発揮します

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「……魔王」


俺の呟きが部屋の静寂を破ったとき、フードを被って見えない魔王の視線が俺を射抜いたと感じた。


この世界で、最凶の存在。
300年の時を経て蘇った災厄。

魔王が紅玉の付いた杖を持ち上げるのが見えて、俺は双剣を構えた。全身を隠す魔王のローブが翻り、闇魔法の魔力が魔王の身体から湧き上がる。風圧とともに放たれた漆黒の魔力は、弧を描いて魔王の周囲に着弾すると、黒炎の火柱を上げて人型を形成した。


「……影の騎士」

ゲームどおりの鎧騎士たちの姿に、俺は思わず呟いた。心臓部分に紫炎が揺らめく影の騎士が、幾人も俺たちの前に立ちふさがる。乙女ゲームでも登場した、影を操る魔王特有の闇魔法だ。騎士たちの鎧から滲み出る殺気に、皆の闘気が鋭くなるのを感じる。


殺気と静寂、戦闘の緊張感が、厳かな室内を支配する。

影の騎士たちの鎧が軋んだ音を立てたとき、限界まで張り詰めていた緊張の糸が、突如として切れた。


「行くぞ!!」

ヴィンセントの咆哮と同時に、魔王が杖を大理石の床に高らかに突き立てた。屈強な影の騎士たちが、瞬時に距離を詰めて俺たちに斬りかかる。


「はっ!!」

前線に立った俺は気合とともに地面を蹴り上げて、正面から襲い来る影の騎士に突き進む。振り降ろされる槍を双剣で受け止めると、金属がぶつかり合う激しい音が響き、槍の重みで手が痺れた。

影で出来ているはずの槍は金属のように鋭く、双剣と擦れて甲高い摩擦音を上げて火花が散る。双剣で受け流した槍が地面に振り下ろされると、槍から禍々しい魔力の斬撃が飛んで地面に一筋の亀裂が走った。


一撃が重いから、まともに双剣で攻撃を受け止めていれば力負けする。斬撃の威力もかなり強い。今までの魔物たちが小物に思えてくる。

背後からは凄まじい破壊音と地面に何かが崩れる轟音を聞きながら、俺は息吐く暇もなく膝を曲げて身体を低くした。


「くっ……!!」

俺の倍以上はある体格から、素早く次の攻撃が仕掛けられて思わずうめき声を上げる。影の騎士たちの洗練された動きと攻撃力の高さは、まさに歴戦の戦士そのものだ。


鋭い風切り音とともに、頭上ギリギリを槍の切っ先が通過した。毛先を風圧が掠めて、身体がよろめきそうになるのに耐えながら地面を蹴る。双剣で鎧の隙間を狙い闇魔法の斬撃を繰り出すと、影の騎士の胴体を横一線で真っ二つにした。

続けざまに、心臓に揺らめく紫炎を剣で突き刺すと、騎士は黒色の砂となって散り散りになった。黒色の砂はしばらく宙を漂うと、再び人型に戻ろうと集まりだす。この影の騎士たちは実体が無いため何度でも蘇る。切ったとしても時間稼ぎにしかならない。


ここまでゲームどおりだと、笑ってしまうな。


「ソレイユ。しくじるなよ」

「うるさい。言われなくても」

後方からのエストの声に、近くで影の騎士を斬りつけていたソルが素っ気なく返事をする。ソルの全身に黄金の魔力が練り上がるのを感じ取った。エストが水魔法の魔力を放ったのもほぼ同時だった。


「「『安息の睡蓮』」」

エストとソルの声がピッタリと合わさった直後、ソルの周辺の空気が震えた。ソルの足元から透き通った水が、清らかな水音とともに生き物のように捻れ沸き立つ。

ソルが魔法に集中出来るように、俺はソルに近づこうとする騎士たちを斬り続ける。やがて水がソルの頭上まで覆うと透明な水が白青色に色付き、大きな睡蓮の蕾がソルを中に閉じ込めた。


蕾の中心に立つソルが、目を閉じて光魔法の魔力を長剣に纏わせて集中する。黄金の髪が魔力の風圧でふわりと揺れた。


「なにっ?!しまった!!」

アウルムの切迫した声に視線を動かすと、僅かな隙を巧みにすり抜けて、斧を持った騎士がソルへと向かって行くのが見えた。


「ソルっ!!」

影の騎士が、巨大な斧を振り上げてソルを狙う。たまらず名前を叫んだ俺に、ソルは目をそっと開けると小さく微笑んだ。

俺に一瞬だけ目を細めて、『大丈夫』と口元を動かすと、金の魔力を纏った長剣を手元でくるりと回転して、切っ先を下に向けた。


「咲き乱れろっ!」

低く力強い声とともに、水の蕾の中心に立つソルは黄金の長剣を地面に突き刺した。床に涼やかな水面が現れて、金の魔力とともに水が波紋上に広がる。

清らかな波紋に呼応するように、白青色の睡蓮がパサッと音を立て花開いた。開花した睡蓮は花びらを散らし、花芯から黄金の粒子が一気に溢れ出して部屋を漂う。金粉と白青色の花びらが部屋を舞い踊る。


「……綺麗だ」

魔法の美しさに呆けて呟く俺の足元に、片手ほどの大きさがある睡蓮の花びらが舞い降りた。花びらは水面に波紋を作って着地すると、小さな白青色の睡蓮に姿を変える。

片手に収まる睡蓮が花開くと、黄金の粒子がふわりと花芯から立ち上り、俺の頬を優しく撫でて陽だまりのような暖かさが俺の心に触れた。


陽光を溶かした透き通った泉に揺蕩う、白青色の睡蓮たちの光景は極楽浄土と言っても良いほどに穏やかで、美しかった。


「グォッッ?!!」

斧を振り上げていた影の騎士が睡蓮の花びらに触れた瞬間、短い断末魔とともに一瞬にして黒い塵になった。塵は宙を舞う光魔法の粒子に絡め取られると、あっけなく消え去った。


「……へぇ、ちゃんと光魔法が水に溶け込んでるじゃないか。また私の水魔法だけになると思ったのに……」

「土壇場でそんなヘマはしない」

からかうエストにソルは素っ気なく答えると、プイッとそっぽを向く。2人共喧嘩ばかりしているけど何だかんだ言って、息ぴったりなんだよな……。


2人がこの魔法を完成させるのに、かなり苦戦したのを知っている俺は、思わず口元に笑みを浮かべていた。

『安息の睡蓮』は、光と水の複合魔法だ。水面に漂う睡蓮が、光魔法の粒子を常に生み出す大規模魔法だ。魔王討伐戦のために編み出された魔法の効果は絶大で、影の騎士は生み落とされるとすぐに睡蓮の光粒子によって胡散する。


影の騎士が次々と消え去っていく様子を、魔王は玉座に座ったままじっと見ていた。睡蓮が揺蕩う水面の波紋が魔王の玉座の脚に触れて、床まで引きずるローブの裾がじゅわっと黒色の煙になって溶ける。


無言のまま、僅かに魔王は首を動かしてその様子を見ていると、やがてゆらりと腰を浮かせた。背中に隠されていた黒色の翼が、重なる羽音を立てて左右に開く。


天使のような翼は、闇に染まった漆黒で。
まるで堕天使のようにも見えた。


「第二形態が来るよ!!」

アヤハの緊迫した声が、部屋に響く。魔王は宙へと重苦しいローブを引きずりながら、漆黒の翼を羽ばたかせて見上げるほど高く飛んだ。

翼が動く度に、漆黒の羽根がひらりと宙に舞う。魔王の持つ杖の紅玉が怪しく輝き禍々しい魔力が放たれると、舞い踊る羽根が次々と黒い槍に変化した。


「おいおい、冗談だろ……。なんて数だよ……!」

漆黒の羽根から生み出された槍は、目で見える範囲でも優に100本を超えていた。槍の無数の多さにジェイドは翡翠色の瞳を細め唸る。先端の鋭利な切っ先が、俺たちという獲物を狙ってぎらついた。魔王が左手をゆっくりと持ち上げ、黒い手の平をこちらに向ける。


「やばっ!!防御結界、展開!!!」

アヤハが叫びながら、素早く聖魔法を放った。半透明な白金色の防御結界がドーム状に俺たちを覆う。その直後、凄まじい数の黒槍が一気に俺たちへ降り注いだ。


「うわーーっ!!最大強化!!」

焦ったアヤハが防御結界の強度を最大にする。聖魔法の強固な結界が揺れる程の勢いで、俺たちを射殺そうとする黒槍は甲高い音を立て弾かれた。


乙女ゲームでは、何も対策をしていないとこの攻撃で全員瀕死になってしまう『黒槍の雨』。前世では初見殺しで有名だった魔王の技だ。アヤハと俺の前世の知識を持ってしても、攻撃の僅かな兆候を見逃せば大怪我は免れなかった。


「今だ!!少しだけ魔王が動けなくなる!」

黒槍の雨を放った魔王の、僅かなタイムラグを狙って、アヤハの結界が解かれた瞬間に俺は地面を強く蹴って駆け出した。魔王が次の黒槍を空間に装填するのを確認しながらも、俺は構わず突っ込んだ。装填が完了した黒槍が、再び俺たちに降り注ごうとする。

大丈夫。仲間を信じてとにかく走れ。


すぐ後ろで風魔法の魔力が膨大に膨れ上がり、クレイセルの力強い土魔法の魔力が地を這う。


「クレイセル、行くぞ!」

「よし来た」

アウルムの掛け声に、クレイセルはエメラルドの瞳を細めてニヤリと不敵に笑った。



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