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第9章 魔王討伐戦、全員無事に帰還せよ
禁断の果実の守り人、人を嬲る精神攻撃は嫌いだ
しおりを挟む「……『禁断の果実の守り人』」
植物が生み出したゴーレムは、その身体に見合う大剣を手に動き出す。太い幹が血管みたいにうねって出来た身体は、大樹の束が蠢いているようだ。
守り人は土から足部分である根を出すと、逞しい両足を踏ん張るように曲げて腰を落とした。
「身体の中にある核を壊せば……っ?!うわっ!」
アヤハが遠くにいる守り人に、先制攻撃を仕掛けるべく両手を伸ばしたところで、アウルムが素早くアヤハの膝裏に手を差し入れた。そのまま、風魔法を使って勢いよく地面を蹴る。俺たちパーティーメンバーは、ほぼ同時に全員が地面を蹴っていた。
「来るぞ!!」
クレイセルの声が警戒を促す声が聞こえる中、守り人の節くれだった後ろ足が地面を蹴った。逞しい右足が大きく一歩を踏み出した直後、守り人の巨体が宙に浮いた。ヴォォっ!と大きな風切り音を聞いた瞬間、俺たちの目の前に轟音を立てて、巨体が着地する。
「……ぐっ!!」
守り人を中心に爆発したのかと思わせるほど、土が激しく舞う。地面に埋まっていた岩が高く飛ぶくらい、凄まじい風圧が俺の身体を襲い、思わず呻いてしまった。宙に浮いている俺たちの服が大きく翻る。
先ほどまで俺たちが居た場所は、下草がえぐれて焦茶の大地が剥き出しになっていた。避けなければ全員が圧死だ。あの巨体がジャンプで移動しただけで、これだけの威力なのだ。
周囲を見回し、全員の無事を確認して安堵する。俺と同じく風魔法が使えないアヤハは、アウルムに横抱きにされて近くの宙を漂っている。それはまあ、一安心なんだがな……。
「……なんで、俺までお姫様抱っこなんだ……?」
「だって、ヒズミは風魔法使えないじゃない?……役得」
膝裏に逞しい腕が差し入れられ、俺はソルに横抱きにされながら宙を浮いていた。黄金の髪が視界の端でサラリと揺れる。確かに、俺は闇魔法以外使えない。だけど、これくらいの跳躍なら闇魔法でも対応可能だ。
それに、風魔法で俺を浮かせるだけで事足りるんじゃないか?お姫様抱っこはヒロインだけで十分だ。
その、戦闘中に思うのも何だが……。
皆がいる前で、目茶苦茶恥ずかしい……。
「……ありがと……」
風魔法を行使してくれたことにお礼を言いつつ、なんだか内心は面白くなくて、抗議の意味を込めてソルを下から睨みつける。俺の睨みは未だにソルに対して効果を発揮しない。
「どういたしまして」
ソルは悪戯っ子のように、琥珀色の瞳を細めて笑った。守り人は大ジャンプをした着地の余韻で、動きが止まっている。木の巨体を見下ろすと、ソルは表情を引き締めて真剣な口調で呟いた。
「話には聞いていたけど……。かなり大きいね」
俺の頭の中には、警告のアラート音とともに文字が表示されていた。
魔王討伐戦で最初に出会うボス『禁断の果実の守り人』。人間によって命を刈り取られた大樹たちが、負の感情から再び命を宿して集合した姿だ。植物系の魔物では最高レベル。石の剣は魔道具でもある。
地面に降り立った俺たちに、動きを止めていた守り人は大きく大剣を振りかぶる。風魔法を得意とするアウルム、ジェイド、ソルが、全員にブーストの魔法を施し、全員の回避速度を上げてくれた。地面に降ろされた俺は、肌を刺すゾクリっとした殺気を守り人から感じ取った。
「……狙いは、俺か」
巨体が剣を頭上に上げながら、俺へと身体を向ける。俺は、黒紫の魔力を双剣に纏わせた。
俺に向かって振りおろされた大剣を、ギリギリで左に跳躍して避けた。俺は守り人の攻撃直後にできる僅かな隙を利用して、魔力を流した双剣で大樹の表面を斬りつける。
キンッ!という甲高い音とともに、剣が弾かれた。硬いものに当たった両手が痺れる。
「……想像以上に、硬いな」
魔力を流して強化した双剣でも、かすり傷程度にしかなっていない。木のはずだというのに、まるで金属の鎧を相手にしたようだ。
「連続攻撃、来るぞ!!」
守り人が、石の大剣を大きく横に振る。ジェイドの声に合わせて、全員が回避行動を取った。大きな巨体とは思えないほど、剣を振るスピードは速い。その剣が振り下ろされるだけで、凄まじい衝撃波が起こる。
剣を地面に突き刺しての、広範囲にわたる地割れ攻撃も厄介だ。
「せめて、あの大剣をどうにか出来れば……」
何度目かの攻撃を躱した俺は、大剣が横に振り払われたタイミングを見計らって、石の大剣にトンっと降り立った。闇魔法の魔力を双剣に纏わせ、素早く石の剣の表面に傷をつけ駆け上がる。
魔力は墨のように黒く滴り、俺の動きに合わせてジグザグと黒線を引いていった。角になる部分には多めに墨を滲ませ点を作る。線が途絶えないように注意しながら、鞘の先端まで線を走らせた。
これは、いわば導火線だ。
鬱陶しいそうに大剣を立て続けに左右に振り回され、俺の身体は宙に舞った。ちょうど書き終えた頃合いだったから、都合が良い。
俺は宙に投げ出されたまま、俺は守り人の持つ大剣に、右片方の切っ先を向けた。大剣には墨だまりの点を繋いだ、つづら折りの線が書かれている。俺は双剣の切っ先に紫の雷を生み出し、黒色の導火線に飛ばす。
「爆ぜろ」
導火線の先に紫の雷ががチカッ!と着火したかと思うと、雷が黒色の線を素早く駆けあがる。大きく滲んだ墨だまりで紫色が眩しく輝き、瞬く間に激しく爆発する。
導火線を紫の雷が走り去り、次々と爆発を起こす。爆発が起こる度に石の剣は脆く砕け、守り人は堪らないとばかりに大剣から手を離した。
そのまま持っていれば、手ごと吹っ飛ぶもんな。
周囲には石屑となった大剣の欠片が飛び散り、白い噴煙が辺りを埋め尽くす。
これで、大剣での攻撃は封じた。
「かっけーなぁ!ヒズミ。……そんじゃ、俺もいきますか!『隕石の応酬』!」
クレイセルが上空に飛んだ岩塊を利用して、土魔法で一斉に守り人の頭上から岩を落とす。守り人の身体は、岩塊の攻撃によってバキバキっと壊れる音を立て所々へし折れた。
クレイセルの攻撃で、かなりのダメージを与えられたようだ。
長い左手で邪魔そうに岩を払い落とした守り人は、攻撃を仕掛けてきたクレイセルへと振り返った。巨体の頭部分の枝がギシギシと動きだし、枝が幾重にも絡まった、しわがれた老人を思わせる顔が露わになる。
……気味が悪いな。
人の目と口の位置にある、落ち窪んだ樹洞(うろ)に、陰湿な闇を感じて寒気がした。しわがれた老人の顔が、クレイセルへと向けられる。
くぐもった呼吸のような空気音が、口の部分にある穴から漏れ出てきた。
『……おぉ……』
ただの穴であるはずの目が、明確にクレイセルを捉えている気がする。口から漏れ出た呼吸音に、なぜか嘆きの色が混ざっている気がする。
『懐かしい血筋の者がいると思えば……。お主、火属性ではないな……?』
枝の髭を生やした老人は、さも好々爺だというように眉根を下げた。殊更な憐憫の情を視線から感じて、俺は舌打ちを打ちたくなるほどの、苛立ちを覚える。
甚だ、気分が悪い。
魔王城に現れるボスたちは、一定のダメージを与えらると、今度はこうやって英傑たちの心をかき乱すのだ。戦力を削ぐための、精神攻撃。
「っ?!!」
『お主の家系は代々、火属性が統べているだろう?……なんと、哀れなことよ……』
心の底から憐れんでいるというように、しかし周囲にの者たちに聞こえるようにはっきりと、守り人である巨体の老人はクレイセルに言い放った。
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