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第8章 乙女ゲームが始まる

ソルの想い、でも、受け止めてはいけない

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「……ねぇ、ヒズミ……。最近、どうしてオレのことを避けているの?」

「っ?!!」


金色の睫毛が見える距離までにじり寄ったソルに、俺は思わず後ろへとたじろいだ。背中の扉がぎしりっと音を立てて軋む。左右はソルに囲われ、目の前は美青年の冷たい表情で塞がれている。ほんの数秒間で、俺の退路はなくなっていた。

俺はソルの追及から逃れたい一心で、なんの言い訳も思い付かないまま、口だけが咄嗟に動いていた。


「……そんなこと、ない…… 」

俺は顔を右に向けて、ソルから逃れるように視線を逸らした。俺の消え入るような声で答えた返事は、なんの説得力も無い。ただ空々しく、部屋に響くだけだった。


「……本当に?」

案の定、ソルに聞き返されてしまった。左頬を撫でていたソルの手が、俺の顎先に移動してゆっくりと顔を上向かせられる。覆いかぶさっている影越しにソルを見上げた瞬間、はっと俺は息を飲んだ。

勇者と呼ぶのにふさわしい、強く勇ましい風格を纏った青年は、ひどく哀し気に眉根を寄せていた。


「……今までずっと一緒に居たオレが、気が付かないとでも思ってたの……?こうやって面と向かって話をするのも、久しぶりだよ?」

強引に俺のことを扉に押し付けたのに、俺の左頬を包むソルの手は、微かに震えていた。俺を見つめる琥珀色の瞳からは不安が滲み出ている。


「ヒズミは、オレのこと嫌いになった……?」

今にも泣きだしそうな、か細いソルの呟きに俺は思わずソルの胸元に縋りついた。そうせずにはいられないほど、目の前にいるソルの姿が心細そうに見えた。


「っ!!違う。嫌いなんかじゃない……!」


自分でも驚くほど切迫した大きな声が出た。縋りついたソルの服をぎゅっと握りしめる。嫌いなはずがない。今だって、こんなにも……。

何とか誤解を解きたくて、俺は必死でソルに訴えた。縋る俺の両肩に手を置いて、俺から距離を離すと俺をじっと見下ろした。


「……じゃあ、どうして……?」

苦悶の表情を浮かべたソルは、喉から絞り出されたような苦しげな声で俺に問いかけた。


「……それは……」

それ以上の言葉を発することが、俺には出来なかった。端から、言えるわけがないんだ。

ソルのことを勝手に好きになって、勝手に聖女であるアヤハに嫉妬して……。2人が一緒に居るところを見るのが辛いから避けていたなどと、言えるはずがなかった。何よりも、そんな醜い感情を抱いた俺を、ソルには決して知られたくなんでなかった。


何も言えないまま黙って俯く俺の身体を、温かな体温が包み込む。俺を囲っていたソルの逞しい腕が背中に回され、ぎゅっと強く俺を抱きしめた。


「……オレは、ずっと寂しかった。ヒズミがオレの元から離れていくんじゃないか、って……。本当に怖かったんだ」

俺の肩口から、ソルの小さな心の叫びのような、痛みを伴った声がして胸が締め付けられる。ソルがどれほど寂しかったのか、その声だけでヒシヒシと伝わってくる。


「ヒズミ……。お願いだ。オレから離れないで。オレがずっと一緒に居たいと思うのは、ヒズミだけなんだ。……オレの居場所は、永遠にヒズミの隣が良い」


ソルは胸元に縋りついていた俺の手をそっと剥がし、俺よりも少し大きな両手で包み込んだ。

太陽を思わせる黄金の髪が、ランプの光でキラキラと輝いている。長い金色の睫毛に縁どられた琥珀色の宝石は、許しを請うように切なげで、不安げに揺れる。それでも、俺をまっすぐと捕らえて離さない。

暗い影を宿した瞳に、熱を感じるのは気のせいだろうか。


「……好きだ、ヒズミ。」

「っ……!!」


ダメだ、勘違いをするな。これは違う。
俺の想いと、ソルの想いは違うんだ。ソルの言う『好き』は、恋愛感情のそれではない。

ソルは友人の傍に居たい、それだけなんだ。


そう何度も自分に言い聞かせて、変な期待に高ぶる胸を落ち着かせようとしている俺の内心を、ソルは見抜いたかのように言葉を紡いだ。


「オレの『好き』は、友人としての好きなんかじゃない……。ヒズミに恋人になって欲しい、『好き』だよ」

「……えっ……?」

俺は自分の耳を疑った。

あり得ない。だって、そんなはずはない。
聖女と勇者が惹かれ合うのは運命で。ソルが好きなのは、聖女であるアヤハのはずだろう?
そうじゃないと、おかしい。


壊れ物を触るかのように、ソルは俺の左指に触れる。俺の手の甲を、ソルは右手の親指でするりと撫でた。


「……貴方の一番近くで、貴方の全てを守る栄誉を、オレにください」

ソルは琥珀色の瞳をそっと閉じて、俺の左手を口元へ近づけた。左手の薬指に、柔らかな感触が押し当てられる。ソルの唇が触れた部分から、ぶわっと熱が粟立って一気に身体を駆け巡った。


いつかの戯れでしたキスとは違う。真摯な瞳で乞われる、騎士の口づけ。それは、恋い焦がれた騎士が愛しい者に永遠の忠誠を誓う、まるでプロポーズのようで……。


けたたましく鼓動を刻む心臓が、うるさくて仕方がない。鼓動が心臓だけじゃなく、身体、頭にと見境なく響く。顔に熱が全身に上がるのを抑えられない。少しでも口を動かしてしまえば、ソルへの恋情を零してしまいそうだった。


俺だって、ソルが好きだ。
目の前の勇ましく、誰よりも優しい心を持った青年が愛しくて、恋しくて仕方がない。
今すぐにでも、好きだと言いたい……。

だけど___……。


喉奥まで嬉しさと愛しさがこみ上げてくるのを、音になる寸前で押しとどめた。胸が張り裂けそうな痛みに眼を瞑って、とにかく堪える。

外に出ることが出来ず行き場を失った想いは、頬から目元さえもじんわりと熱を上がらせた。熱に当てられた目には、薄い膜が張る。


だめだ……。だめなんだよ。
だってソルは聖女と結ばれないと……!!


「……だめ、……だ……」

ソルの告白に歓喜して、熱に浮かれる心を閉じ込め、かろうじて絞り出した拒絶の言葉。

俺の小さな否定の言葉に、ビクッとソルの肩が跳ねたのが見えた。




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